朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜

沈丁花

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葬送のコンサート①(東弥side)

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ピアノの音で目を覚まし、静留と一緒に梨花が作った朝食をとって、彼がピアノを弾く傍らで本を読む。

夜になったら、静留にシャワーを浴びさせて、今度は東弥が簡単な食事を作って静留と一緒に食べる。

静留との日々は時間の流れが穏やかで心地よく、気づけばすでに一緒に暮らし始めてから1週間が経っていた。


「静留、ボタン掛け違えてる。」

「ここ?」

きょとん、と不思議そうに静留がぱちぱちと瞬く。

「ああ、そうじゃなくて…。うん、こうして…。」

ボタンが掛け違えすぎていてもはや別の服に見えるシャツのボタンを全て外し、きちんととめてやりながら、東弥はつい口元を綻ばせた。

今日は静留のコンサートの日。

そして現在東弥は楽屋で静留の着替えを手伝っている最中だ。

「下は自分で履ける?」

「うん。」

男同士とはいえ自分の恋愛対象が男性なこともあり、静留が頷いたのを確認すると、東弥は後ろを向く。

「わっ…!!」

しかし後ろを向いた途端悲鳴が上がり、背中に向かって勢いよく静留がのしかかってきた。

慌てるように手をバタつかせてこのままいくとまた倒れそうなので、東弥はやれやれと静留の手を取り、振り返る。

そして、目に入ってきた光景に言葉を詰まらせた。

まず、潤んだ大きな瞳がすがるようにこちらをのぞいている。そして、下が履きかけのせいで、シャツの裾からは白い腿が露わになっている。

下を履いている最中に躓いてしまったのだろうか。

__絵面的にちょっとやばい。

「危ないなあ…。あ、左右逆になってる。一旦足上げて…そう、上手。」

優しく守りたいのに、暴走してしまっては示しがつかない。

努めて平静を装いながら、結局下も東弥が履かせていく。

「西くん、ありがとう。」

一通り着替えさせ髪を後ろにまとめてやると、静留はあどけなく笑んで、東弥に感謝を述べた。

「どういたしまして。」

うまく笑えている気がしなくて、東弥はそのまま楽屋のドアを開ける。

「着替えお疲れ様。次はリハーサルね。」

ドアを開けると既に梨花が待機していて、静留を会場へと引っ張って行った。





リハーサルでは、静留はまず満遍なく鍵盤を触り、そして一曲弾いたあと梨花に何かを耳打ちして舞台袖へと入ってしまった。

__本当にこの子が大勢の前で音を奏でることができるのだろうか。

舞台袖の椅子に腰掛けてただ呆然と空を仰いでいる静留を見て、東弥は不思議に思う。

確かに静留のピアノはすごい。

聴いているだけでぱっと様々な情景が浮かぶし、色んな感情を呼び起こされる。

けれど、スーツを一人で着ることすら困難な彼が、数百人規模のホールとはいえ、大勢に見られながら一人舞台で音を奏でているなど、到底想像がつかなかった。

“本日は和泉静留リサイタル、葬送と旅立ちにお越しいただき誠にありがとうございます。コンサート開始前に会場の皆様へ幾つかの注意事項がございます…… ”

ざわつくホール内が、アナウンスで一斉に静かになる。

何故だか東弥の方が緊張してきて恐る恐る静留の様子を伺うと、彼は東弥ににっこりと微笑みかけ、また空を仰ぎ始めた。

満員の観客が無言でじっと見つめている、あの椅子に座ることなど東弥にとっては考えただけで恐ろしいのに。

やがてアナウンスが終了し、徐に静留が立ち上がり、ステージへと歩みを進めた。

その姿に、東弥は驚く。

別人のようだった。

別に姿勢や歩く速度がいつもと比べて変わったわけでもないのに、彼の歩く姿が酷く凛と映る。

先ほどまでスーツに着られているようにしか見えなかったのに、仕立てのいい黒のスーツは今、まるで彼のために誂えられたようにしか見えない。

おそらくオーラみたいなものだろう。

急に、彼が自分とは別次元にいることを見せつけられた気がした。

彼が自然に椅子に座り、鍵盤に手をかける。

その華奢な身体が奏でたたった一小節だけで、まったく別の世界へと連れて行かれたような感覚に陥った。

子供の頃、何か美しいものを初めて見たときの感動のような。

例えば清流、宝石、万華鏡。

すべての音がキラキラと輝いている。

もちろんそれは一緒に暮らしてそばで彼の音を聞いているときにも感じていたことだが、今この瞬間は、より鮮明にそう思った。

ホール全体が、彼の音に聞き入っているのがわかる。

一曲引き終わった後の静寂が訪れた後、やがて少しずつ拍手の音が聞こえてきて、しまいには“ブラボー!!”とどこかの誰かが叫んだ。

静留は会場に向かって軽く一礼をすると、再び鍵盤に手をかけ、次の曲を奏で始めた。
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