朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜

沈丁花

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第二部

お月見(東弥side)

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9月末まで引きずられた夏の暑さも終わりを迎え、やっと秋らしい気温になってきた。

今日は土曜日で大学もなく、家から歩いて20分程度のスーパーマーケットに静留と2人で買い出しに来ている。

「何か食べたいもの、ある?」

目を輝かせながら物珍しそうにお菓子売り場を見つめる静留が愛らしくて、東弥はたまらず問いかけた。

静留は東弥を見て何か考えるように首を傾げてから、何かを思いついたように口を開く。

「東弥さんの好きなもの!」

__可愛い…。

思わず口から笑みが溢れた。

「じゃあ、これとこれ、買っていこうね。」

静留の好きな苺ミルクのキャンディーとチョコレートのクッキーを買い物カゴに入れながら言うと静留はまたもやキラキラと目を輝かせる。

抱きしめたいのを我慢し、静留と手を繋ぎお菓子売り場を後にした。

うっかりするとついいつまでも彼に見惚れてしまうものだから、とても危ない。

__夕食は何がいいだろうか…。

歩きながら考え、食材を買い足していく。

ちなみに静留に何を食べたいかと聞いても必ず先ほどのように“東弥さんが好きなもの”、と答えるので、全く参考にならない。

しかし普段なら通り過ぎる和菓子や惣菜パンの売り場でふと静留が足を止めた。

「…?どうしたの?具合悪い?」

心配になって問いかけるが、彼は首を横に振る。

静留が足を止めるなんて珍しい。いつも東弥としっかり手を繋いで手を引かれるままに歩いているのに。

「おつきみ…。」

__ああ、そうか。今日は十五夜か。

静留の視線の先にお月見団子が並んでいて、なるほどと思った。

「お月見団子買う?」

「…おだんご、つくらない?」

大きな瞳に下から覗き込むように尋ねられれば、首を横に振ることなどできない。

それにしても月見団子とは作るものなのだろうか。

「静留はお月見団子作ったことあるの?」

「…うん。いつも、…えっと…、西くんと、いっしょに…。」

__兄さんと一緒に、か…。

半年前に亡くなった兄は、東弥を静留と引き会わせてくれた。

彼は落ち着いていてぼんやりと温かい月のような人だったから、月見だなんて、とても彼らしい。

前に両親とお墓参りに行ったが、彼の遺骨が埋まっていると言うその場所にいるより、月を見ている方がずっと彼と話しているような気分になれる。

「作り方は…あっ、これが美味しそう。家に帰ったら早速作ろうか。」

「うん!」

頷いた静留は心底嬉しそうだ。

見るのはウッドデッキからがいいだろうか。それともピアノの横にある大きな窓からがいいだろうか。

団子粉と絹ごし豆腐を買い物カゴに入れながら、ふとそんなことを考える。


「そういえば兄さんとは、お月見以外にどんなことをしてたの?」

「んー…。おつきみいがい…。クリスマスはいっしょにした!」

帰り道、静留と手を繋ぎながら西弥との話を少しだけ聞いた。

それにしても月見とクリスマスなんてあまりにも極端すぎて面白い。

「…あれ…。」

「…?なにか、あったの…?」

「ううん、気のせいだったみたい。あっ、見て。金木犀。いい香りだね。」

「ほんとうだ!」

ふと後ろになんらかの視線を覚えて振り返ったが、後ろには誰もいなかった。

きっと気のせいだろう。

見上げれば空は見事な秋晴れで、雲ひとつないのが眩しすぎたのかもしれない。

今夜はきっと、月が綺麗だ。








「おとうふ、どうして?」

キッチンで白玉粉と豆腐を混ぜる東弥を、静留は不思議そうに見上げていた。

彼は黄色いバンダナを三角巾にしてつけ、何かしたそうにそわそわと手を泳がせている。

「白玉を作る時豆腐を入れるとしっとりして美味しいって聞いたから、お月見団子もそうするといいと思って。静留、混ぜるのできる?」

「する!!…んっ… 」

勢いよく答えるとともにぴょこんと爪先立ちをした、その様子がとても可愛くて思わず彼の身体を抱きしめた。

爪先立ちになっているせいで互いの顔がいつもより近くなり、目の前の淡い唇につい唇を重ねてしまう。

「…ごめん、可愛くてつい…。」

言い訳しながら頭を撫でると、濡羽色の瞳が揺らいで、白い頬が薄紅に染まった。

そのまま恥ずかしそうに視線を泳がすものだから、また口付けたくなってしまう。

「お団子、混ぜようね。」

「う、うん!」

抱きしめた手を解けば静留は少し寂しそうに東弥の目をじっと見たが、これ以上は本当に我慢ができなくなるのでやめておくことにした。

「じゃあ、最初は一緒にしようね。」

「!?」

静留の後ろに立ち、彼の白い手に自らの手を添える。

掌は東弥より一回り小さいが指は長く、触ると存外しっかりしている、綺麗な手に。

しばらく捏ねていると、静留が顔を真っ赤にしてこちらを振り向いた。

「あ、あのね、…も、もう、ひとりでできる、よ…?」

きょどきょどとした話し方で、心なしか触れている手の温度も少し熱い気がする。

「疲れちゃった?少し休む?」

心配して言ったが、静留は頑なに首を振った。

「そっか。じゃあ俺は隣で夕食の準備をしていていい?」

「うん!」


しばらくして、鍋で野菜を茹でている東弥の肩を静留がとんとんと叩いた。

「ん?…どした?」

振り返ると、額に汗を浮かべた彼が綺麗に丸めた生地を掌に乗せ得意げに笑んでいる。

__かわいい…。

「すごい、上手にできたね。丸くするの得意なの?」

「うん!」

「…あっ、ここついてるよ。」

「??」

頬が緩むのを自覚しながら、東弥は親指で彼の唇についた粉を拭った。

「!!」

驚いたのか、静留の身体が小さく跳ねる。

その様子もまた愛おしい。

「俺も手伝おうか?」

「んーん、だいじょうぶ。えっとね、…東弥さんにおいしいってしてほしい、から…。」

「そっか。ありがとう。」

そんなに健気なことを言われたらまた抱きしめたい衝動に駆られてしまう。

そんなこんなで作った団子は静留が心を込めたおかげか綺麗に茹で上がり、木製の平皿に積み上げてみるとさらにお月見団子らしくなった。






静留と相談した結果、月を見るのはピアノの横の大きな窓からということになった。

「空、晴れてよかったね。」

「うん!」

窓のそばの床にソファークッションを置き、その上に2人で座る。

ちなみに月見団子はその横に置いた小さな折り畳みテーブルに乗せた。

庭に咲いていたススキを瓶にいけて隣においたのだが、それがまた風情を増している。

「きれい…。」

東弥の腕の中で静留が静かに紡いだ。

彼の大きな瞳はじっと月を見つめていて、どこか切なげに映る。

あまりにも月を見上げる静留の様子が美しかったから、彼が月に吸い込まれてしまいそうな気がして東弥は腕に力を込めた。

__かぐや姫じゃあるまいし…。

自分の行動に心の中で苦笑しながらも、でもかぐや姫よりもずっと彼の方がきれいだろうとまた馬鹿なことを考えてしまう。

何も言うことを思いつかなくて、なんとなく月に目をやった。

__月、綺麗だな…。

見ていると、もういないあの人を思い出す。

東弥に静留を会わせてくれたのは西弥だった。

彼は今頃どうしているのだろうか。

ふと考える。

もしも死後に世界があってもう一度彼と話すことができるのならば、一言ありがとうと伝えたい。

そんなことを思ったってきっと無駄だと、頭ではわかっているけれど。

「東弥さん…?」

静留の声がして前を見ると、彼が心配そうにこちらを覗いている。

少しして東弥は視界の中の彼がぼやけていることに気付いた。

「あれ、俺…。」

ゆっくりと静留の手が伸びてきて、優しく東弥の目元を拭う。

拭った彼の指先には綺麗な水滴がついていた。

「あのね、西くんとお月見した時は、いつもピアノでひいてた曲があって、

…ひいても、いいかな?東弥さんに会わせてくれて、ありがとうってするから。」

東弥の心の内を知ってか知らずか彼はそんな提案をしてきて。

「うん。聞かせて。」

甘いglareを放ちながら微笑んで頷くと、静留もまた幸せそうに頷いた。

彼が鍵盤の上に手を置き一度呼吸をすれば、ガラリと纏う空気が変わり、あどけなさが抜ける。

曲名は最初の一音でわかった。

今日という日にぴったりの曲。

しかし、静留がこの曲を奏でるのを何度か聞いたことがあるが、今日のは今までのものとは全く別の曲に聞こえた。

普段はどちらかと言うと綺麗で美しい、と言う印象だったが、今日聞いたこの曲は音色がひどく温かい。

静留は顔にやわらかな笑みを浮かべ、赤子を扱うように優しく鍵盤を撫でている。

ありがとう、と、そう自分が西弥に言いたかった言葉を、静留が音色に乗せてくれている。そんな気さえした。

この音なら本当に月まで届くかもしれない。

また涙が溢れそうになって、ごまかすように空を見上げる。

浮かぶ月は窓越しでも十分に大きく、暗い部屋をぼんやりと、優しく照らしてくれていた。
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