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第二部
2回の来客④(静留side)
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__こわいよ…。
初めて会った女性がキッチンに立って料理をしている姿を見ながら静留は泣いてしまうのをぐっと堪えた。
静留は人の悪意に敏感で、相手の目を見れば相手が自分に対して悪意を持っているのかどうかを大体察することができる。
“貴方もその方がいいよね?”、と彼女が静留に聞いた時、彼女の瞳に宿っていたのは明らかな敵意。けれど断って怒られてしまうのが怖くて、首を横に振ることができなかったのだった。
__おへやにもどったら、へんだよね…?
ぐるぐると考えながらリビングとキッチンの間を右往左往する。
「静留、こっちへおいで。」
何回か行き来を繰り返した後でリビングでレポートをしている東弥に名前を呼ばれ、彼の隣に座ると、優しく頭を撫でられた。
ダークブラウンの瞳が愛おしげに静留を見つめ、その優しさにどきりとする。
「ピアノは弾かないの?」
低く穏やかな声が鼓膜を震わせて、静留はなんと答えていいかわからずただ彼に微笑み返した。
__弾かない、じゃなくて弾けないの…。
怖くて手が震えていて、これではピアノを弾くことができない。
「震えてるね。」
東弥は静留の手の震えに気づいたらしく、彼の大きく男らしい手が静留の手を優しく包み込んでいく。
「…さむい、から…。」
苦し紛れの嘘をつけば東弥はそれを聞いて顔をしかめ、自分の羽織っていた薄手のセーターを静留に着せてくれた。
「ごめん、気付かなかった。もう夜は冷えるね。これを着て。」
特に寒かったわけではないが温かくて幸せな気持ちになる。
彼の体温と匂いに安心して気づけば手の震えが止まっていた。
「簡単なのだけどできた。たべよー!」
しばらくしてキッチンから彼女の声が聞こえてきて、静留は再び肩を硬らせる。
彼女はこちらに駆け寄ってきたかと思うと東弥の車椅子に手をかけ押し始めた。
「…自分でできるからやめて。」
「またまたー。いいからいいから!」
東弥があからさまに嫌そうな顔をしても構わず彼女は車椅子を食卓まで押し、そして食卓まで着くと、彼女の隣で止める。
いつも隣にいるのは静留なのに…、となんだか少しもやもやしたが、静留はそれを言葉にすることなくいただきますを告げた。
「はい、東弥、あーん。」
いただきますをするなり彼女が東弥の方へと匙を差し出し、今度は東弥はあからさまに嫌そうな顔をした。
「…あのさ、自分で食べれるから。」
「えーいいじゃん。昔は飲み会とかでふつーに食べてくれたのに。」
「…俺、君のことは悪いけど全く思い出せないんだ。そして初対面の人間に匙を差し出されて口を開くのは無理があるでしょう?
食事を作ってくれたことには感謝するし、静留が同意したから今も一緒に食事をしてるわけだけど。」
__東弥さんの声がつめたいの、気のせいかな…?
未だに謎のもやもやを心に抱えながら静留はぼうっと考える。
いつからかはわからないが今日はなんだから心がぐちゃぐちゃしているから、もやもやするのも彼女と話す東弥の声が冷たく聞こえるのもそのせいかもしれない。
ご飯もなんだか美味しくなく感じる。
「…あっ、静留、それはまだ熱いからこっちから食べて。あとお水はもう少し真ん中に置こうね。」
__やっぱり、気のせい。
東弥が静留を心配そうに見つめながらいつも通り危ないよと教えてくれて、その声の優しさに安心する。
「…ねえ東弥、今日のプレイ、私も混ぜてよ。」
ふと、苛立った声で彼女が言った。
冷たい声音が静留の背筋を凍らせていく。
「今日プレイする予定はないし、そもそも混ぜるって…?」
東弥がきょとんとした声で返し、彼女は今度は苛立ちを表情にまで露わにする。
「ねえ本当に私のこと忘れたの?プレイもセックスもしたじゃない!!それともなに?誰彼構わずそう言うことをしてた貴方が選んだのがその子だって言うの!?」
彼女が机を強く拳で叩いたので、静留はその大きな音にびっくりして涙目になった。
「けんかは、だめだよ…。」
「貴方は黙ってて!」
止めようとしたのをピシャリと強い口調で怒られる。逆効果だったらしい。
そのまま何度か東弥と彼女は言い合って、結局は東弥がglareを放って無理やり彼女を家から追い出す結果になった。
「…ごめん。俺のせいで。」
彼女が出ていきドアに鍵をかけたあと東弥に謝られ、静留は何と答えればいいのかわからず視線を泳がせる。
“いいよ”、ではない。東弥は悪くないから。でも“なにもきにしてないよ”、も違う気がした。
とにかく何か返す前に静留自身が自分の心をぐちゃぐちゃしている原因を探す必要がある気がする。
朝からピアノを弾いて、谷津が来て、そこまでは普通だった。
映画を見始めた時も普通で…
__…あ、あのときからだ…。
一日を順番に振り返り、自分の心がぐちゃぐちゃなったのがいつからか、そしてなににぐちゃぐちゃしているのかを理解した。
映画で男女2人が肌を重ねている意味を知ったあと東弥に“東弥はそれをしたことがあるのか?”と尋ね、“あるよ”、と返ってきてから心がぐちゃぐちゃしている。
そしてさっきの女性は東弥とそれをしたことがあると言っていて、さらに東弥は誰彼構わずそう言うことをしていたとも言っていた。
__僕とは、しないのに…。
自分と他人を比べて苦しくなることは無意味だとわかっているけれど、少なくともこのもやもやとした変な感覚はそこからきている物だ。
それを東弥に伝えていいのかを迷って彼の目をじっと覗くと、彼の瞳が優しいglareを放つ。
頭がふわふわして気持ちいい。
「Say, 静留。」
そのままじっと目を見て指示されて、静留の口は自分の意思と関係なく自然と言葉を紡いだ。
「あのね、…せっくす…?だれとでもするのに、僕とはしないの、どうして…?」
「えっ…。」
東弥の目が大きく見開かれ、驚いたようにゆっくりと2度瞬く。
言ってしまった後悔と東弥がなんと答えるかへの不安を抱えながら、静留は黙って彼の次の言葉を待った。
初めて会った女性がキッチンに立って料理をしている姿を見ながら静留は泣いてしまうのをぐっと堪えた。
静留は人の悪意に敏感で、相手の目を見れば相手が自分に対して悪意を持っているのかどうかを大体察することができる。
“貴方もその方がいいよね?”、と彼女が静留に聞いた時、彼女の瞳に宿っていたのは明らかな敵意。けれど断って怒られてしまうのが怖くて、首を横に振ることができなかったのだった。
__おへやにもどったら、へんだよね…?
ぐるぐると考えながらリビングとキッチンの間を右往左往する。
「静留、こっちへおいで。」
何回か行き来を繰り返した後でリビングでレポートをしている東弥に名前を呼ばれ、彼の隣に座ると、優しく頭を撫でられた。
ダークブラウンの瞳が愛おしげに静留を見つめ、その優しさにどきりとする。
「ピアノは弾かないの?」
低く穏やかな声が鼓膜を震わせて、静留はなんと答えていいかわからずただ彼に微笑み返した。
__弾かない、じゃなくて弾けないの…。
怖くて手が震えていて、これではピアノを弾くことができない。
「震えてるね。」
東弥は静留の手の震えに気づいたらしく、彼の大きく男らしい手が静留の手を優しく包み込んでいく。
「…さむい、から…。」
苦し紛れの嘘をつけば東弥はそれを聞いて顔をしかめ、自分の羽織っていた薄手のセーターを静留に着せてくれた。
「ごめん、気付かなかった。もう夜は冷えるね。これを着て。」
特に寒かったわけではないが温かくて幸せな気持ちになる。
彼の体温と匂いに安心して気づけば手の震えが止まっていた。
「簡単なのだけどできた。たべよー!」
しばらくしてキッチンから彼女の声が聞こえてきて、静留は再び肩を硬らせる。
彼女はこちらに駆け寄ってきたかと思うと東弥の車椅子に手をかけ押し始めた。
「…自分でできるからやめて。」
「またまたー。いいからいいから!」
東弥があからさまに嫌そうな顔をしても構わず彼女は車椅子を食卓まで押し、そして食卓まで着くと、彼女の隣で止める。
いつも隣にいるのは静留なのに…、となんだか少しもやもやしたが、静留はそれを言葉にすることなくいただきますを告げた。
「はい、東弥、あーん。」
いただきますをするなり彼女が東弥の方へと匙を差し出し、今度は東弥はあからさまに嫌そうな顔をした。
「…あのさ、自分で食べれるから。」
「えーいいじゃん。昔は飲み会とかでふつーに食べてくれたのに。」
「…俺、君のことは悪いけど全く思い出せないんだ。そして初対面の人間に匙を差し出されて口を開くのは無理があるでしょう?
食事を作ってくれたことには感謝するし、静留が同意したから今も一緒に食事をしてるわけだけど。」
__東弥さんの声がつめたいの、気のせいかな…?
未だに謎のもやもやを心に抱えながら静留はぼうっと考える。
いつからかはわからないが今日はなんだから心がぐちゃぐちゃしているから、もやもやするのも彼女と話す東弥の声が冷たく聞こえるのもそのせいかもしれない。
ご飯もなんだか美味しくなく感じる。
「…あっ、静留、それはまだ熱いからこっちから食べて。あとお水はもう少し真ん中に置こうね。」
__やっぱり、気のせい。
東弥が静留を心配そうに見つめながらいつも通り危ないよと教えてくれて、その声の優しさに安心する。
「…ねえ東弥、今日のプレイ、私も混ぜてよ。」
ふと、苛立った声で彼女が言った。
冷たい声音が静留の背筋を凍らせていく。
「今日プレイする予定はないし、そもそも混ぜるって…?」
東弥がきょとんとした声で返し、彼女は今度は苛立ちを表情にまで露わにする。
「ねえ本当に私のこと忘れたの?プレイもセックスもしたじゃない!!それともなに?誰彼構わずそう言うことをしてた貴方が選んだのがその子だって言うの!?」
彼女が机を強く拳で叩いたので、静留はその大きな音にびっくりして涙目になった。
「けんかは、だめだよ…。」
「貴方は黙ってて!」
止めようとしたのをピシャリと強い口調で怒られる。逆効果だったらしい。
そのまま何度か東弥と彼女は言い合って、結局は東弥がglareを放って無理やり彼女を家から追い出す結果になった。
「…ごめん。俺のせいで。」
彼女が出ていきドアに鍵をかけたあと東弥に謝られ、静留は何と答えればいいのかわからず視線を泳がせる。
“いいよ”、ではない。東弥は悪くないから。でも“なにもきにしてないよ”、も違う気がした。
とにかく何か返す前に静留自身が自分の心をぐちゃぐちゃしている原因を探す必要がある気がする。
朝からピアノを弾いて、谷津が来て、そこまでは普通だった。
映画を見始めた時も普通で…
__…あ、あのときからだ…。
一日を順番に振り返り、自分の心がぐちゃぐちゃなったのがいつからか、そしてなににぐちゃぐちゃしているのかを理解した。
映画で男女2人が肌を重ねている意味を知ったあと東弥に“東弥はそれをしたことがあるのか?”と尋ね、“あるよ”、と返ってきてから心がぐちゃぐちゃしている。
そしてさっきの女性は東弥とそれをしたことがあると言っていて、さらに東弥は誰彼構わずそう言うことをしていたとも言っていた。
__僕とは、しないのに…。
自分と他人を比べて苦しくなることは無意味だとわかっているけれど、少なくともこのもやもやとした変な感覚はそこからきている物だ。
それを東弥に伝えていいのかを迷って彼の目をじっと覗くと、彼の瞳が優しいglareを放つ。
頭がふわふわして気持ちいい。
「Say, 静留。」
そのままじっと目を見て指示されて、静留の口は自分の意思と関係なく自然と言葉を紡いだ。
「あのね、…せっくす…?だれとでもするのに、僕とはしないの、どうして…?」
「えっ…。」
東弥の目が大きく見開かれ、驚いたようにゆっくりと2度瞬く。
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