朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜

沈丁花

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第二部

冬の日のお出かけ(東弥side)

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久しぶりに5日間学校に通った末の休日の朝、携帯のアラームで目を覚ましたあと身体を起こそうとして、東弥は自らの身体の重さにはてと思考を巡らせた。

隣に静留の姿は見当たらない。

代わりに布団が大きく膨らんでいてそっとそれをめくると、自分の身体の上から覆いかぶさるようにして強く抱きついている静留の姿を見つけた。

「おはよう、静留。どうしたの?」

何か怖い夢を見たのだろうか。

愛しい身体を抱きしめながらとんとんと優しく背を叩き尋ねるが、彼が東弥の胸板から顔を離すことはない。

「…むい… 」

あえやかな声が小さく紡ぐ。

「えっ?」

もう一度尋ねれば、彼はやっと顔を上げてすがるように東弥を見つめた。

「さむい…。おふとん、でられないの…。」

__布団の上でこの体勢はちょっと…。

思わずぐっと息を呑み込む。

大きな瞳は色っぽく潤み、寒さのせいか淡い唇が小刻みに震えていて。

そんな扇情的な表情を浮かべながら、無防備に男の身体の上に乗っているのだ。

全く、彼は自分がどれだけ魅力的で男を誑かすかわかっていない。

今までは静留に対して邪な感情を持たないように必死で自分を制してきたが、もう東弥は先週の夜、自分にそのリミッターを外すことを許してしまった。

だから彼のこのような姿を見て性的な感情を覚えないということはできない。

「静留。」

glareを放ちながら胸板に押しつけられた静留の両手を自身の両手と絡め、子供に万歳をさせるように優しく持ち上げる。

静留は東弥の瞳を見つめ、不思議そうに小首を傾げた。

そのまま彼の方にぐっと顔を近づけ薄く開いた唇を奪う。

「そんなふうに可愛いことしてると、襲うよ。」

「!?」

唇を離し耳元で囁けば、彼は顔を真っ赤にして“ぅー…”、と言いながら東弥の瞳から視線を逸らした。






手を繋いだまま静留が顔を背けたから、彼が纏うには大きいシャツの襟元から桜色の突起がちらりとのぞく。

「…おそうって、東弥さん、なにかするの…?」

「うん。静留が可愛いから、こういうことしたくなる。」

やれやれとまだわかっていない様子を彼を見つめ、東弥は繋いだ手を片方解いた。

そのままシャツの裾から滑り込ませ、突起の片方に優しく親指を押し付ける。

「ゃっ…。」

今度こそ意味を理解したのか彼はのそのそと東弥の身体から降り、今度は布団の中に潜り込んで猫のように丸くなってしまった。

__かわい。

愛しさが熱情を上回ったところで少し冷静になった東弥はひとまず布団から起き上がる。

そして一気に身体を襲った寒さに、静留の行動の意味を理解した。

たしかにシャツ一枚で過ごすには低すぎる気温だ。朝静留がそのままリビングに行っていたら風邪をひいてしまったかもしれない。

クローゼットを開け厚手のカーディガンを2枚取り出し、片方を静留に持っていく。

「静留。」

布団を少しだけ開けて囁きかけるとぴくりと丸まった身体が動いた。

「意地悪してごめんね。今日は本当に寒いし、お布団の外に出る前にこれを着ようね。」

「…。」

説得するも返事はない。

「静留が風邪をひいたら悲しいな。それに早く静留のこと抱きしめたい。だめかな?」

今度はがさごそと音がして、ひょっこりと布団の外に顔が出された。

布団が剥がれてしまわないように気をつけながらシャツの上にカーディガンを着せ、それから白い首にリボンを結ぶ。

「あったかい。」

静留は嬉しそうに布団から飛び出し東弥に向けて花開くような笑みを浮かべた。

この寒いのに、そこだけ春が訪れたみたいに愛らしい。

「ご飯はあったかいものにしようね。一緒に作ってくれる?」

「うん!」

「おいで。」

彼に向けて手を広げて見せれば華奢な身体が躊躇いなく東弥の胸元に飛び込んでくる。

2人でショッピングモールに出かけて温かい部屋着でも買ってあげようと、そんなことを思いながら静留を抱え階段を降り、静留と隣り合わせでキッチンに立った。

なんて幸せな朝だろう。







「行こうか。」

「うん!」

朝食と洗濯を終えた後でお互い温かい格好に着替え、静留と手を繋いで玄関のドアを開ける。

外は家の中以上に寒く、しとしとと雨が降っていた。

「ううっ、さむい… 」

「うん、早く車に入ろうね。」

震えながら腕にしがみついてくる静留が濡れないように傘を差し伸べ、彼を助手席に座らせてから東弥も運転席に座る。

暖房が効いて車内が暖かくなると、静留は結露した窓に指で絵を描いて楽しげに鼻歌を歌い始めた。

「何描いてるの?」

信号待ちでふと彼の手元を覗き込めば丸い耳のついた可愛らしい動物の顔が描いてある。

「えっと、ね、…うさぎさん…?」

「すごい。上手だね。」

首を傾げながらいう姿が可愛くて東弥は思わず口元を綻ばせた。

うさぎの耳が丸くないことなどは全く問題ではない。

「ありがとう。」

静留が嬉しそうに笑い、また窓に絵を描こうと人差し指を伸ばす。

しかしその指先がわずかに赤くなっていることに気が付き、東弥は静留の右手を掴んで絵を描くのを止めさせた。

「こんなに冷たくして…。だめだよ、大切な指なんだから。」

「あ、…ありがとう…。」

信号が青に変わり東弥がハンドルに手を戻した後、静留はなぜか顔を赤く染め視線を左右に泳がせた。

少し暖房をかけすぎただろうか。

「暑い?」

「…うん、熱い…。」

「ごめん。少し下げるね。」

「えっ…?」

暑いと熱いの認識違いが起こっていることを東弥が知る術はない。

結局ショッピングモールに着くまでの間、車内の温度は下げられたままだった。






ショッピングモール内の女性用の部屋着専門店に入ると、静留に似合いそうな柔らかい素材の可愛らしい部屋着がたくさん並んでいた。

__上下2セットが限界かな…。

値札を見て小さく息をつく。

あれもこれも静留に似合いそうだと全て買いたくなるが、贈り物はバイト代からと決めているので、collar代を残すことも考えると贅沢はできない。

ちなみに親からの仕送りが十分ある中で大学1、2年の時にバイトを入れまくった結果、貯金はそれなりに溜まっている。

「静留、じっとしててね。」

「??」

不思議そうにじっと立つ静留の身体に何着か似合いそうなものを当てていく。

どれも似合いすぎるから恐ろしい。当てただけでこれなら試着をさせたらさらに可愛いだろうが、着せてしまったら買いたくなるに決まっているのでそれはいけない。

迷った末に胸元にポンポンのついたピンク色のワンピースタイプの部屋着と、フードのついたもこもの長袖の上下セットを選ぶ。

そのまま手を繋ぎレジに向かったが、なぜか途中で静留が突然足を止めた。

彼の視線の先にはうさぎの耳がついたモコモコのブーツスリッパが置いてある。

静留が履いたら確実に可愛い。

「これも買おうか。」

「ほんとう!?」

黙って目を大きく開いている彼に問いかけると、彼はさらに目を大きく見開き今度はキラキラと輝かせ始めた。

「うん。」

頭を撫でてやりながら東弥がスリッパを手に取れば、静留は愛らしくふわりと笑う。

今すぐ彼を抱きしめキスをしたい衝動を堪えて会計を済ませた。

「家に帰ったら早速履いてみようね。」

「うん!!」

幸せそうに笑う静留と手を繋ぎ店の外に出る。

「静留、どこか行きたいところは?」

「東弥さんのいきたいところ…?」

静留が行きたいところはないとわかっていながらついそう尋ねてしまうのは、“東弥さんのしたいことがしたい”、という可愛い返答を聞きたいから。

いつも通りの愛らしい返答に口元を綻ばせながら、そういえば欲しい参考書があったことを思い出し東弥は書店へ足を向けたのだった。
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