朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜

沈丁花

文字の大きさ
71 / 92
第二部

お礼のコンサート①(東弥side)

しおりを挟む
「じゃあ、いってらっしゃい。」

「うん、幹斗さんたちに、ありがとうしてくる。」

「ここで応援しているよ。」

世話になったお礼として幹斗達も呼んだコンサートの当日、舞台袖の中で珍しく少し緊張している様子の静留は、東弥の言葉を聞いて安心したのか大きく見開かれた目を柔らかに細めた。

たおやかな髪はゴムで後ろに纏められ、白い首元とそこに蝶結びにされたリボンの黒の対比が艶かしい。

このまま抱きしめ連れ帰りたいと考えながらも東弥はそっと彼の肩に手を置き、くるりとステージの方を向かせると優しく前へ押し出した。

こつんと革靴の音が響くのを合図に彼の纏う気配が変化する。

すっと伸びた背筋に堂々とした立ち振る舞い。

未だにコンサートで見るステージ上の彼を別人ではないかと考えてしまう。

彼は椅子に腰を降ろしペダルに足を、鍵盤に指をかけるその間さえ場の空気を支配していた。

静寂の中、彼が鍵盤から手を上げ短く息を吸い込む。

奏でられた伴奏のたった一小節で会場ごと別の世界に持っていかれたみたいにがらりと周囲の雰囲気が変わった。

轟々と吹く風のような、小さくも激しく重い左手の伴奏。その中を果敢に駆け抜ける凛とした右手のメロディー。

最近ずっと静留が懸命に練習していた曲だ。

指がその音階を奏でられるほど速く動くだけでもう東弥には信じられないのに、それでいてしっかりと聴き手にイメージを与え、のめり込ませる力を持っている。

スポットライトに照らされた彼に普段のような幼さはない。

こういうとき、彼が違う世界にいるような気がして東弥はふと寂しくなる。

家の中では彼の存在を確認しようと時折手を伸ばしてみるが、この会場の中ではそれも叶わない。

それにそっと触れたところで彼の身体が確かに存在していると理解できるだけだ。

ピアノを弾く彼の集中力は凄まじい。いくら彼が東弥を愛していようと鍵盤に手を触れた途端に彼の心は音楽の神様に渡ってしまう。

__いけない…。

寂しさを覚えるとともに焦りや嫉妬に似た醜い感情が押し寄せてきて東弥は必死にそれを噛み潰した。

触れたい、抱きたいと、そう思うことをもう自分に許してしまったから、時々抑えきれなくなりそうで恐ろしい。まだ一度も、彼の小さな入り口に触れることすらしていないというのに。

舞台袖のパイプ椅子に座りながら東弥はじっと彼の音を聞いていた。

激しい曲、甘い曲、優しい曲、切ない曲。多様な色を持つ曲を静留は一つ一つ丁寧に奏でていき、何度も会場の色を変えて。

やがて彼が立ち上がり、静かに礼をしてこちらへと歩いてくる。

舞台袖が彼の身体を隠す前に耐えきれず手を引き抱きしめれば、オニキスの瞳が一瞬驚いたように大きく見開かれた。

しかしその瞳はすぐに柔らかく笑んで。

「ただいま、東弥さん。」

耳元で囀った愛らしい唇を東弥はたまらず静かに塞いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

Dom/Subユニバース読み切り【嘉島天馬×雨ケ谷颯太】

朝比奈*文字書き
BL
🖤 Dom/Subユニバース 毎週日曜日21時更新! 嘉島天馬(クーデレ・執着Dom)× 雨ケ谷颯太(ワンコ系・甘えんぼSubよりSwitch) 読み切り単話シリーズ。命令に溺れ、甘やかされ、とろけてゆく。 支配と愛情が交錯する、ふたりだけの濃密な関係を描いています。 あらすじは各小説に記載してあります。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

処理中です...