【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十五章 試練

4-2 試練の迷宮

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 折角穏便に場を納めようとしているのに、兄の苦労を無駄にする気かとアルティスは慌てる。またレオンハルトの体に移られては面倒くさい事になるのだ。相変わらず空気の読めない弟に、アルティスはハラハラドキドキしてしまう。

「これは驚きました。お二人共、ご自身の意志で入れ替わることが可能になったのですか?」

「ああ。移動の際、間近で視線を合わせなくてはならない事と入れ替わると同化が出来なくなるという難点があるが、今後の任務に役立つ事だろう……って、え? セリクス神官長!?」

 ライサンが感嘆したような声を上げると、それにリュセルが普通に答える。しかし次の瞬間、その瞳が見開かれ、そこでようやく相手の存在を認識したのが分かる。

「どんだけローウェンとの組手に集中してたんだよ。確かに、”美麗必殺・女顔拳”の事は気になるケドな。大いに気になるケドな!」

 まったく周りが見えていなかったリュセルに呆れながらも、ジュリナが見られなかった必殺技についての感想を述べると、それに同意するようにアルティスとローウェンは同時に頷いたのだった。



 そうした和やかな会話の後。

 一年の修業の結果。修業相手(三千年前の神子)と互角以上に渡り合えるようになった現代の神子達に対し、ライサン、それと彼に合流したアシェイラとユリエが下した結論は……。


「今から、試練の迷宮に挑んで頂きます」


 支度を整えた六人が聞いたライサンの言葉は、とても急な内容のものだった。

「え? い、いきなりか!?」

 リュセルの驚きの声に同意するように、ティアラ、アルティス、ローウェン、年少組は顔を強張らせる。

「ああ、時間が惜しいからね」

 サンジェイラの口調でそう言ったユリエの雰囲気からただならぬものを感じて、レオンハルトが感情のない淡々とした口調で尋ねる。

「あちら側で何かあったのか?」

「今のところ邪神サイドの動きは何もありません。不気味な程静かですよ」

「…………」

 淀みないライサンの答えに納得したのかしていないのか、レオンハルトは無言のままじっと相手の顔を見返していた。

「いいですか? 試練の迷宮。これ自体が大きな神々の遺産です。神の大き過ぎる力の片鱗。地上を去った彼らの名残りとも言えるもの。大き過ぎるが故に、創世神レイデュークが己が身の中にずっと封じ込めていました。そして、レイデューク様が眠りに就いた後は、神獣フェンリルの管轄になったのです。私達の管轄になった後に、こうして神殿の奥深くに封印させていただきました。本当に必要になった時、神子の前にしか姿を現さないようにしてあります」

 そう言ったライサンの視線が目の前のリュセル達を素通りし、その後ろに向く。

「無事に出て来たようだ。お前達が試練に挑むに相応しい者達だと認められたのだろう」

 ライサンの視線の先にいたアシェイラは、自分の目の前に出現した扉に向かい、深く頭を下げる。

「あれが、試練の迷宮の入口です」

 そう言ったライサンが指示した先にあるのは、石の扉。

「試練の迷宮……」

 特に何の装飾もないシンプルな造りの石の扉を見て、リュセルはゴクリと生唾を飲み込む。昨日まで、この狭間の部屋にあった扉は二つだけだった。生活の場だった賓室の扉。修業の場だった修業の間の扉。それが、たった今、もう一つ増えたのだ。

 そう……、この扉をくぐり、試練に打ち勝つ為に今日まで修業を積んできたのである。知らず知らずの内に手汗がにじむ。

 そんなリュセル達の心情など気にしていないのか、ライサンの説明が続いた。

「試練の迷宮に封じられた神の力の片鱗は、実はレイデューク様だけのものではありません。他の神々の力も封じられているのです」

 他の神々。それは、つまり

「創世記前に存在した時代、この世界に現存していたという神々かい?」

 ジュリナの問いかけに今度はユリエが答える。

「そうです。でも、絶対に他の神々の力を手に入れようとはしないで。あなた方には扱えない代物です。手に入れるのは”光の第二眷属神レイデュークの詩”。レイデューク神の詩の力を手に入れるのです。それが、彼女の子供達であるあなた方が扱える唯一の神の力。邪神を滅ぼす力です」

 ユリエの話に出て来た”詩”という言葉にリュセルが反応した。

「詩とは……、祈りの詩の事か?」

 それにユリエは小さく頷く。

「祈りの詩、破魔の詩。両方共レイデューク様の力の片鱗です。祈りの詩は試練に挑まずとも、それを引き出す事が出来た神子が過去に数名程いました。感受性の強い、感知能力に秀でた、女神の容貌を受け継いだ神子。いずれも宝鍵でした。ですが、女神の子供の歴史上、最も正確に強く祈りの詩を詩い上げたのは、リュセル王子唯一人です。理由はわかりますね?」

 彼が女神の魂を持つ、生まれ変わりであるから。

「リュセル王子の詩の力の強さ。それは、他の神子を自分の代わりに詩わせる、もしくは共に詩う事も出来る程でした」

 共に詩った経験のあるティアラ、代わりに詩った事のあるローウェンは、それに大きく頷く。

「でも、それだけの威力が今のリュセル王子にはないはずです。先日、ベルとジル、かのドラゴン達を退けた祈りの詩は、かつての宝鍵達の詩よりも弱かった。相手がドラゴンであったからあの場は治まりましたが、邪鬼相手では難しかったでしょうね」

 それを聞くと同時に、レオンハルトは隣りに立つ弟の横顔に目を向ける。

 確かにあの時の状況から、祈りの詩を詩えば、ドラゴンの干渉が生み出した濃霧も晴らす事が出来ただろうし、神殿内で昏睡状態に陥った人々の眠りを覚ます事も可能だっただろう。でもそれをしなかった。いや、出来なかったのだ。

「最もレイデュークの気配を身近に感じられていたのは、アシェイラ王都での邪鬼襲撃事件の前後。戦いの後、目覚めてからは、夢もみないし、声を聞く事もなくなった。彼女の自我は深く沈んでしまっているようなんだ」

 そのリュセルの話が、古の勇者達は予測していた事柄なのか、冷静に頷き答えた。

「やはり、そうだったか」

「おそらく、神化の影響でしょうね。今生では、もうレイデューク様は表に現れないかもしれません。魂を完全に剣鍵様と剣主様に譲られるおつもりなのでしょう。お二人の自我を壊さない為に……」

 アシェイラとライサンがそう言い合うのを聞きながら、リュセルはその予測が真実である事をなんとなく分かっていた。あの優しい母神は、神化の所為で人としての自我が揺らいでしまったリュセルとレオンハルトの精神を慮り、再び眠りについたのだ。

「でも、じゃあつまり、母様(レイデューク)が眠りについてしまって、リュセル兄さんの祈りの詩の効力が弱くなってしまったけれど、この試練の迷宮の試練を突破すれば、僕ら皆、祈りの詩の力を手に入れられるって事?」

 今までリュセルのみが使用出来た、レイデュークの詩の力。それを六人全員が手に出来たら……。神子達にとって、これ程力強い武器はないだろう。

「そうです。レイデューク神は光の神。あなた方は光の子供です。どうか、闇夜を照らす癒しの光となって世界をお救い下さい」

 ライサンの言葉に六人は同時に大きく頷いた。

「中で待ち構えるのは、俺達のような神の従属だ。俺達は、光の第二眷属神レイデュークの従属だから銀色の狼のような姿をしているが、他神の従属は色々な形をしている。奴らの力は本物の片鱗とはいえ、主神の力を守ろうと必死に抵抗してくるぞ。最初から同化して本気で行け」

「レイデューク様の力は最上部にあります。ともかく、階段があったら上に上がって下さい。決して下に下ってはいけません。光の力は上、闇の力は下となっております」

「頑張ってね、みんな」

 アシェイラ、ライサン、ユリエの順にそう言われ、忠告に従い一気に同化を果たした神子達は、目の前の石の扉に右手を添える。

 剣を持ったレオンハルト。鏡を構えたジュリナ。玉を掲げたローウェン。六人から三人になった彼らの中を、形容しがたいような感覚が一気に走る。



 扉より放たれる眩き閃光。



「ッ!」

「くッ」

「……うゎッ」

 一瞬の後、光が消えると、僅かな呻き声を残して、彼らの姿は古の勇者達の前から消えた。

「試されるのは心の強さ。揺るぎない信念への忠義心。あなた方なら、必ず乗り越えられると信じています」

 ライサンは囁くようにそう呟き、神子達が消えた扉をじっと見つめる。

 そう、この試練で最終的に重要なのは”力”ではない。

 三千年前の神子達を相手に修業を積ませ、技を覚えさせたのは、襲い来る神の従属達に対抗する為。しかし、その後に待ち受ける試練は心の試練だ。過去のトラウマ、深い悔恨、コンプレックス。普段は深層心理に眠るようなそれらを引き出され、試されるのである。強い意志がなければ乗り切れないだろう。

 三千年前の神子達は、”リンスロット”という存在を心の軸にして試練を乗り越えた。

 果たして現代の神子達はどのようにして乗り越えるのか。それとも、乗り越えられずに心を壊すか? そう考えていた自分の顔を、ユリエが何か言いたそうに見上げていたのにライサンは気づく。

「まだ心配しているのか?」

 ディエラの口調で呆れたように尋ねると、ユリエは固い表情のまま答えた。

「お前が馬鹿な考えを起こすような奴じゃない事は分かっている。分かっているけれど……」

 自分の言った言葉がかつての戦友を信じていないように聞こえて、気まずそうに目線を逸らす。そんな彼女に向かって、ライサンは皮肉な笑みを浮かべた。

「大丈夫さ。俺も我が身がかわいい。いくら呼ばれても行かないよ」

 そう言って、この空間を出る為、自分達に背を向けたライサンの背を見つめた後、ユリエは隣りのアシェイラの顔を見上げた。獣形ではなく人型をとっている相手の背は高く、その目を見るのに仰向かなければならない。

「…………」

 憂いを秘めた眼差しが返され、アシェイラもユリエと同じ危惧を抱いているのが分かった。

昨夜、ドラゴンの森に住まう双子のドラゴンより脅迫めいた要求が届いた。

 同胞であるルークの差し出し要求かと思いきや、彼らが要求したのは”古の勇者ディエラの身柄”。つまりはライサンの差し出しを要求し、それを受けなければ周囲のドラゴンの森を焼き払うと言ってきたのだ。隣接するドラゴンの森が焼ければ、神殿自体も無事では済まない。
 大神官達を始め、神殿の主立った神官や巫女達が協議を重ねているが、今だいい案は出て来ていないのが現状である。

 その為、ライサンが自ら神殿を出て行きはしないかとユリエとアシェイラは心配していた。心配させている本人は、そんな二人の危惧を、何度も鼻で笑い飛ばしているが。

「頼むから、残された者の気持ちを考えて踏み止まってくれよ、ディエラ」

 アシェイラはそう呟きながら、ドラゴン達の要求を聞いた時の、ルークの青白い顔を思い出していた。

 この神殿に到着してから、無視し無視されるという最悪な関係に陥ってしまったライサンとルークだったが、神殿内にドラゴン達の声が響き、その要求を皆が理解した時、無言のまま立ち上がり、部屋を出ようとしたライサンの神官服の袖を掴んで止めたのはルークだ。

 無意識に動き出した彼の動きを止め、その場に止め置いてくれたルークの行動に、アシェイラとユリエは感謝した。

 大神官三人、各支部の神官長と補佐、アシェイラとユリエというメンバーで会議中の出来事だった。

 ルークが補佐を解任される予定とはいえ、現時点でアシェイラ支部の神官長と補佐という立場上隣り合って座っていたのだが、かなり気まずい状態で、終始ユリエはハラハラしていたのである。

 それが、土壇場の事態になって、ルークは補佐(ストッパー)としての役目を充分に果たした。服の袖を皺が出来る程に強く掴まれ、驚きに目を見張るライサンに向かい、彼は相手を睨むようにして瞳で訴えていたのだ。

 行くな……と。

 その後、我に返ったライサンがルークの手を振り払い、二人の間をまた微妙な空気が流れるようになってしまっていたが……。

「まったく何やっているのかね、馬鹿が。人の心の機微に敏いのに、自分の心には鈍いんだからなぁ」

 ルークとライサンの現状に対して呆れ声を出すアシェイラを不思議に思い、ユリエは首を傾げる。

「い~や、なんでもない。ともかく、ベルとジルの事は、神子達が試練を終えて出てくる前に片付けないとな」

「そうだね」

 そう言って、空間を出たアシェイラに続こうとしたユリエは、最後にもう一度神子達の消えた石の扉に目を向けたのだった。

「頑張って……」
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