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第十五章 試練
4-3 神々の石像
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「何、ここ?」
試練の迷宮の扉を開けた六人を待ち受けていたのは、見慣れた空間だった。四方を大理石に囲まれた回廊。自分達が落ちてきたと思われる天井には、人一人通れる程の大きさに描かれた神の紋が白銀に輝いている。
扉を通過したと思ったらいきなり天井から落とされ、かなり驚いたが、現在同化を果たし、運動神経のいい宝主の体のみを表に出している状態の六人(見た目的には三人だが)は、軽い動きで地面に着地を果たしたのだ。
そんな彼らの前に広がっていた光景。それは、拍子抜けする程見慣れたものだった。
「なんだいなんだい、こりゃ。神殿内の回廊じゃないのかい?」
ジュリナが呆れたような声を出すが、それも当然だろう。この光景を、扉の向こう側であるこちら側の世界に来る前、嫌という程見ていた。
自分達が滞在していた、周囲をドラゴンの森に囲まれた秘境の地、セイントクロス神殿本部。その本殿の回廊によく似ていたのである。神殿勤めの神官や巫女達といつすれ違ってもおかしくないような錯覚を起こす程にそっくりだった。
「しかまさか、試練の迷宮内が神殿の中という事はなかろう」
左右非対称の色を宿した弟の目を通して周囲を見回しながら、アルティスはそう言う。
「アルティスの言う事が正しいようだね」
他の二人と同じように周囲を見回し、警戒していたレオンハルトは、先が見えない程長い回廊の両側の壁前にズラリと並んだ石像らしきものを見つける。
回廊の左右等間隔に並び立つ巨大な白い柱。その柱と柱の間に並び立つ、人の形を象った石像。
いや、石像……なのだろうか?
「すごい、生きてるみたい」
右側の像に駆け寄り、恐る恐るそれに手を触れたローウェンを見た瞬間、リュセルは驚愕に目を見開く。
「こら、ローウェン! お前、何、不用意にその辺のものに触ってるんだ!」
慌てたような表情を浮かべたリュセルに対し、怖いもの知らずの少年は、ヒラヒラと片手を振って見せる。
「大丈夫だよ~。これ、普通に石で出来てるみたいだし。でも、僕らのいる世界に存在する鉱石じゃないね。色彩が鮮明過ぎる」
触れてみないと石像かどうか判別がつかなかった理由の一つがその色彩だ。そう、色があるのである。普通の石像だったら色はないはずだ。つまり、この石像の元となっている石自体が、古の昔、神話の時代に存在していたものなのだろう。
「なんの像なのでしょう?」
ローウェン達に追いついたティアラが、姉の口を借りて小首を傾げる。
そんな、ジュリナの体で行う可愛らしいティアラの仕草を見たリュセルは、違和感があまりない事に気づく。本人の豪快な性格に隠されてしまうが、女神の美貌を有するジュリナは、おそらく、普通に姫君らしくすれば、それはもうティアラに負けない位の美姫になるのだろう。
(なんだかもったいないな)
「リュセル様?」
苛烈さを失くした、夢見るような深紅の瞳が自分に向けられる。
不安げにひそめられた朱金の眉。珊瑚色をした可憐な唇。
(可愛い…………)
状況を忘れ、自分の婚約者(の姉)に見惚れてしまう。
「リュセル。私の体で気持ちの悪い事を考えるんじゃない」
弟の思考を中断させる為、体の主導権を取り返したレオンハルトは、顔をしかめて不快感をあらわにする。何故自分が、よりによってジュリナなどに見惚れなくてはならない!? そう言わんばかりの声だった。
同化している時に不便なのは、互いの思考が筒抜けだという事だ。
(すまん)
レオンハルトの心の声が届き、リュセルは心の中で謝る
「ねえ、この像ってさ~、一体何体あるんだろうねぇ」
レオンハルトとリュセルの心の中のやりとりなど知らぬローウェンは、回廊の奥の奥まで続く石像を眺め、感嘆の声を上げる。
「それも、なんか、全部違う人(?)の像だよなぁ」
一瞬で、可憐なティアラの雰囲気から、残念な漢らしい雰囲気に戻ったジュリナは、通路を挟んだ向かい側の柱の間に並ぶ石像にも目を向けた。
「それに、全部の像が人と一緒に何かの生き物を組み合わせておるのだな」
アルティスのその言葉通り、老若男女様々な年齢性別の石像達は、必ず何らかの生き物を従えていた。
自分達の目の前に立つ石像は、フワフワとした桃色の髪の愛らしい姿をした幼女のもので、その小さな腕の中に、これまた愛らしい姿の桃色の兎を抱いている。
「”花の神プリシュラ”」
像の足元に描かれた神聖文字を読み取ってそう呟いたレオンハルトは、なんとなくこの像の正体が分かってきていた。
「ここにある像すべてが神々の姿を象った像なのだろう。そして、共にいる生き物の像が、その神に仕える幻獣という事か……」
「え? 自分達の姿を象った像を飾っておくって、どういう事? 神様達って、どんだけ自分好きなの!?」
レオンハルトの言葉を聞き、的外れな驚愕の声を上げたローウェンに目を向け、リュセルは苦笑を浮かべながら答える。
「本来神とは気まぐれなものだ。おそらくこれも、いや、もしかするとこの迷宮自体さえ、神々の気まぐれの結果に過ぎないのかもしれないぞ」
創世の女神レイデュークの意識と記憶を持つ青年の言葉に、ローウェンは大きく頷き、納得の意を示す。
「じゃあもしかすると、この中に我らが母神様の像もあるかもしれないねぇ。」
「……そうだな」
奥に向かって並び立つ、幾十、幾百の石像を眺めながらのジュリナの言葉に頷いたレオンハルトは、意識を切り替えて同胞達に告げた。
「ともかく、奥に進むかない。行くぞ」
「ああ」
「うんっ!」
その口調と声から、元の体の持ち主が再び前面に出ているのを悟ったレオンハルトは、再びリュセルの意識を後ろにし、迷宮の先に進む為、回廊を駆け出した。
それから数刻。どれ位走ったのだろうか……。
「全然出口が見えてこないね」
時間にして、おそらく大体半日程走り続けていたのだが、一向に見えてこない出口に不安になったのか、ローウェンが前を並んで走る幼なじみコンビに話しかけた。
「なんだい、疲れたのかい? ローウェン」
走りながら後ろを振り返り、揶揄うようにしてそう言うジュリナに向かい、ローウェンは頬を膨らませる。
「そんなんじゃないよ~。ねぇ、リュセル兄さんだってそう思うよね」
「…………」
レオンハルトの内にいるリュセルに話しかけると無言が返される。
「リュセル兄さん?」
無言のまま前を走るレオンハルトに声が聞こえなかったのかと、ローウェンは再びその名を呼ぶ。
「ローウェンが呼んでいるよ。起きなさい、リュセル」
寝てたのかい!? その場にいる四人全員同じ事を思った瞬間だった。
「ぅう……はっ! な、なな何言ってるんだ、レオン。俺は寝てなどいないぞ」
寝てたな…………。
再び四人で同じ事を考える。
「リュセル、お前、マジでヘタレ馬鹿だね! な~に居眠りしてるんだよ!」
ジュリナの呆れたような声を聞き、リュセルはむきになって答える。
「だから、寝とらんわ! しかも、ヘタレ関係ないだろ!?」
目の前で走りながら言い合いを始めた二人を胡乱な目で見ていたローウェンは、ふと視界に入ったものを無視出来なくて走りを止める。
「ねえ、あれ」
「ローウェン?」
「どうした?」
急に止まった年下の同胞にジュリナもリュセルも足を止め、ローウェンが指差す方を見る。
際限なく続く石像の中に、それは在った。
美しい少女神の像である。しかし、リュセル達のよく知るレイデュークのものではない。
足元にまで届くような緩くウエーブを描く金蜜色の髪。抜けるような白い肌。薄紅色の可憐な唇。そして、七色に輝く虹色の瞳。十代前半程の姿をした少女神は、その華奢な体の背後に巨大なドラゴンを従えていた。
金色に輝く金竜(ゴールドドラゴン)、その瞳は、少女神と同じ虹色の瞳をしており、像に駆け寄ったリュセルは恐る恐るその足元に刻まれた文字に目を向けた。
「”真実神アナスタシア”」
アナスタシア!?
瞬間、ドラゴンの森で垣間見た女神の記憶の夢を思い出す。夢を通して不意に現れる過去の記憶。その中に在ったもの……。
ドラゴンの一族の長、アナスタシア。
しかし、彼女は神族ではなかったはず。レイデュークとスノーデューク以外の神々は、この世界以外の安息の地へと旅立ち、姿を消したのだから。
「どういう事だ?」
狼狽したような声をリュセルが上げた時、前の方の像を見ていたジュリナが声を上げた。彼女も、レオンハルトと同じく、先代の玉主玉鍵より古代神聖文字を習っているので読み解く事が出来る。
「”光の第七眷属神フェリデューク”……って、光の眷属神って、七神もいるのかい!? って事は、隣が第六、五、……四、……三、…………在ったぞ、”光の第二眷属神レイデューク”」
ジュリナの言葉を受けて、彼女の元に駆け寄ったレオンハルトとローウェンは、自分達の母であるその少女神の像を見つめる。
褐色の肌、金色の瞳。足元にまで広がる銀糸の髪。左目の下の印(泣き黒子)。
母のような慈悲深い微笑みを浮かべるその像が、今まで見てきた神々の像の中で一番人間らしい表情を浮かべていた。
「あ、ちゃんと月狼(フェンリル)がいるね」
レイデュークの足元に従う銀狼。その姿は獣姿のアシェイラそっくりだ。
今はもうその声を聞く事がなくなり、気配も感じる事がなくなった母神の顔を見つめ、リュセルは泣きそうな気持ちになるのを堪える。
「レイデューク」
そっと、その頬に触れた瞬間。
「ッ!?」
リュセルの苦悶の声がレオンハルトの口から上がる。
像に触れたと同時に脳裏を駆けるのは、レイデュークの力の眠る部屋までの道順。無意識に感知能力を使用したのだと気づいたリュセルは、目を見開くと後ろを振り返り、気づかわしげに自分を見つめるジュリナの内にいるティアラに告げた。
「ティアラ姫、この像を感知すれば部屋までの道順が分かります。やってみて下さい」
「はい」
リュセルの言葉に頷き答えたティアラは、目を閉じ、意識を集中させながら母神の像にそっと触れる。
「次は、アルティスもやっておいた方がいいぞ」
「承知」
ローウェンの内のアルティスに声をかけると、妖艶な微笑みと共に短い返事が返された。
そして、彼らから離れたリュセルは、ある確信を持って、レイデュークの像と相向かうようにして立つ、回廊の左側にある像に近づいて行く。
レオンハルトの考えでは、右側の像の神々が光の神とそれに属する神。そして左側の像が闇の神とそれに属する神だと思われた。意識を共有し、それを悟ったリュセルは、そこに在る像が何の神を象ったものなのか、名を見なくても分かるようだった。
白磁の肌、闇色の髪。穏やかで優しい菫色の瞳を宿した青年神。
”闇の第二眷属神スノーデューク”
そう描かれた文字を黙読すると同時に、リュセルの胸は切なさに痛んだ。
邪神と化す前の……。
狂気に狂う前の、弟神。
会いたい
戻りたい
あの頃に……
この神(ひと)を、取り戻したい。
恋しくて恋しくてたまらない。
「どうしたの? レオンハルト兄さん、リュセル兄さん。ん~と、どっちだろ? ……って、ちょ、ちょ、ちょっと、アル!」
母神の像の感知を済ませ、道順を脳裏に刻んだローウェンは、向かい側にある像の前で立ちすくむ麗人に駆け寄り、その顔を見上げた途端、狼狽のあまり自分の中にいる兄に救いを求める。
「レオンハルト殿……」
アルティスが声をかけた先で、彼は静かに泣いていた。
封じ切れぬ女神の想いを受けて泣くその涙は、非常に儚く、美しいものだった。
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