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第十五章 試練
10-1 雪村の正体
しおりを挟む「「「陰の日?」」」
元いた会議室に戻ったジュリナは、その場にいる同胞達にそれを告げた。
「ああ。あれは、私達女神の子供が陰の日に放つ香りにあてられた人間の症状だ。二十四時間以内に中和剤を飲ませれば、症状は軽くて済むし、後遺症も残らない。でも、ウインター神官長補佐は二日間眠りっぱなしだったからねぇ。今、中和剤を飲ましてきたけれど、効くかどうか……。とりあえず、水分をたくさんとらせて、吸い込んだそれを体液として外に出すようにセリクス神官長には指示してきたよ」
運悪く陰の日を迎えた女神の子供の傍にいてしまった者への対処として、的確な指示を出してきたジュリナは、念の為、自分達に関わった他の神官や巫女達も中和剤を飲むようにと伝えていた。
陰の日の香りにあてられた人間は、最悪の場合、発狂する。
その為、リュセル不在時、半身なしのレオンハルトの陰の日時の相手を務めた高級娼婦達は、中和剤をあらかじめ服用してレオンハルトの傍に侍っていた。
ローウェンがアシェイラ王都の街で陰の日を迎えた時も、おかしくなった人々だけでなく、周囲にいた者達が皆、アシェイラ王の命令の元、中和剤を飲まさせられたのだ。
「後遺症って……、どうなるの?」
恐る恐る尋ねたローウェンの質問に対し、ジュリナは大きく頷く。
「中和剤を飲めば発狂する事はないよ。香りが抜けるまで苦しいとは思うけど。後遺症はねぇ……。香りが抜けた後、しばらくは馬鹿な酔っ払いのようになって、その後、ひどい二日酔いのような症状に苦しむのさ」
酔っ払いで二日酔いか。意外と大したことなかった後遺症に、皆ほっと息をついた。
「しかし、陰の日って、誰がだ? 我は違うぞ。ローも、この前迎えたばかりだし」
「わたくしもお姉様も違いますわ」
「……ッあ、じゃあ、レオンハルト兄さんが!?」
アルティス、ティアラ、ローウェンの順にそう言うのを聞くと、ジュリナは緩く首を振った。
「あいつもローウェンの前に三度目を迎えてるんだからないよ。…………いるだろうがよ、一番可能性があって、一番この状態で迎えて欲しくなかった奴がさ!」
ジュリナが頭を掻きむしってそう怒鳴るのを聞いた後、三人ともポカンと口を開きっぱなしにし、今現在、最悪のタイミングで陰の日を迎えた同胞の名を叫ぶ
「「「リュセル(様)(兄さん)(殿)!?」」」
本来、十三~十四歳で男神子は最初の陰の日を迎える。
十八歳の誕生日を迎えても陰の日の来ないリュセルを、こんな大変な時期でなければ、もっと心配していただろう。
しかし、現在、邪神との最終決戦を間近に控えた状態であり、そんな事気にしている余裕もなかったのだ。
それを考えれば、めでたい。
めでたい事だ。
本来なら、女児に初潮がきた時と同じようにおめでたい出来事なのである。
「でも、なんで今なんだよ~~~~~~ッ!」
新たな問題勃発に、ジュリナの悲痛な叫び声が神殿中に響き渡ったのだった。
*****
最近、ダル重い。熱っぽいし……。
「風邪でもひいたかしら?」
季節の変わり目である秋を迎えたばかりで、最近急に涼しくなってきていた。体調が悪いのはその所為だろうと思い、綾香は車から降りると、送ってくれたその人にお礼を言う。
「今日はありがとうございます」
「いえ、僕も楽しかったですよ」
そうして挨拶を交わした後、車を見送って家の中へと入る。
春に友人夫婦を含めた四人で夢の海に遊びに行って以来、雪村とは良好な友人関係を築いていた。今日も一緒に映画を見て、夕食を食べてきたのである。極度の人見知りな綾香も、雪村と普通に話せるようには慣れてきていたのだ。
明日も仕事だ。早く寝なくては……。
そう思いながら、綾香は居間へと続く戸を開けた。ふとその時、まだ起きていた両親に伝えなくてはいけない事がある気がした。
「おかえり、綾香」
「ただいま。ねぇ、お母さん、お父さん」
「ん?」
おかえりと言った母だけでなく、呼ばれた父も綾香の方を向く。
「突然だけどさ、急に思いついちゃったから、言うね。なんか、自分でもなんでこんな事言いたいのか全然わかんないんだけど……」
綾香の言葉に不思議そうな顔をしながらも、両親は真剣に耳を傾けてくれる。
「ありがとう。今まで、育ててくれて、産んでくれて、一緒にいてくれてありがとう。私、みんながいたから全然寂しくなかった。この家の子供で本当に良かったよ」
「どうしたの? 急に……?」
「なんだなんだ? まるで別れの言葉みたいだな~。ようやく嫁に行く気になったか?」
綾香の言葉を聞き、母も父も戸惑うような声を出す。
「ううん。前の時は言えなかったから。今度は言いたいんだ。ありがとう、お父さん、お母さん」
そう言って、綾香は子供の頃のように母の胸の中に抱き付いた。
そうして戸惑う両親のいる居間を後にし、綾香は今度は弟の部屋をノックもなしに開ける。
「おわっ、なんだよ、姉ちゃん!」
「も~、相変わらずゲームしてんの? 長男なんだから、もっとしっかりしなさいよね! あんたみたいのがお役所勤めが出来るんだから世も末だわね」
「うるせ~よ」
唇を尖らせてそう言う弟に、綾香は伝えた。
「でも、あんたが弟で良かった。祐樹と姉弟で楽しかったよ。お父さんとお母さんをよろしくね」
そう伝え、姉からのいきなりの言葉にポカンとしている弟の部屋を出る。そして自室に戻ると、友人や同僚達にお礼のメールを作成し、明日、それが届くように予約設定した。
どうしてそんな事をしたのか分からない。ただ、やらなくてはいけない気がしたのである。
次の日、綾香はいつも通り普通に仕事に向かった。
本日は日曜の為、店内は非常に混雑していたのだが、なんとか前半の勤務を終了させ、休憩時間に入る。携帯電話を確認し、昨日作成したメールが届いたから友人達から心配するメールが多数入っているのを見て、綾香は赤面する。
昨夜は一体どうしたというのか? 非常に恥ずかしい事を家族にも言ったし、友人達にはメールを送りまくってしまった。弁明に時間がかかりそうだ……。
げんなりしながらメールを見ていると、雪村からメールがきている事に気付く
「今、お店に来てるんだ。え? 休憩時間に会えないかって?」
三時から店内にある近くの喫茶店で待っているという相手のメール内容を見て、悩んだ結果、綾香は了承の返信をする。今は四時。一時間待っているという事か……。
一体どうしたのだろうか?
制服姿のまま店内を移動すると、二階から一階に降り、タルトケーキがおいしいと評判の喫茶店に入る。
「斎藤さん!」
奥の席に雪村を見つけた綾香は、早歩きでそちらの席に近づいて行った。
「すみません、急に呼び出して」
「いえ、……あの、何かあったのですか?」
綾香が席に着いて、店の者に紅茶を頼むのを見ていた雪村の頬は赤く染まり、表情は緊張に強張っている。
「だ、大丈夫ですか?」
尋常でない相手の様子を見た綾香が、心配して尋ねると、雪村は首を小さく振って答えた。
「大丈夫です。本当は、昨日会った時、言いたかったんですけど、勇気が出なくて。でも、あきらめきれずにここまで来てしまいました。すみません、仕事中に……」
「いえ、大丈夫ですよ。どうしたんですか?」
「はは、情けないな。いい大人が思春期の子供みたいだ」
「?」
小首を傾げた綾香に目を向けた雪村は、真剣な表情で告げた。
「あなたの事が好きなんです。結婚を前提にお付き合い願いますか?」
直球で告白をした雪村の顔を見つめ、綾香は一瞬ポカンと呆けた後、顔を真っ赤に染めた。
(え? こ……、こく、告白された? 人生初!? は?? マジで?)
心臓が痛い位に動いているのが分かる。とてもびっくりしたと同時に、嬉しい気持ちも大きかった。雪村はいい男性(ひと)だ。きっと、この人と一緒になれば、幸せになれるだろう。
でも……
でも…………
綾香の中の何かが警鐘を鳴らしていた。
雪村に対しての、言いようのない違和感。
綾香は下を向いたまま、小さな声で答える。
「それは、無理だ。」
答えを聞き、はっとした表情になった雪村は、それでもあきらめられないのか、相手の手を握る。
「何故ですか?」
その問いに顔を上げると、綾香は相手の目を真っ直ぐに見つめ返す。そして、はっきりとした口調でそれを告げた。
「お前がお前だからだ……。
……………………スノーデューク」
綾香の言葉を聞いた雪村は、一瞬目を見張った後、口の端を弧の形に釣り上げてにやりと笑った。
「やっぱり、姉上は騙せないか。」
パリンッ
ガッシャーーンッ
「キャアアアアアアアッ!!」
次の瞬間、喫茶店内の照明や窓硝子がいっせいに割れ、周囲に悲鳴が響き渡る。それに気をとられていた綾香は、自分の手の甲を伝う生温い感触に鳥肌を立てた。とられた手の甲に幸村の舌が這っている。
「……ッ!」
綾香の指先をゆっくりと舌先で味わった後、彼は言った。
「ああ……。もっと早くに食べちゃえば良かったな、君の事」
もったいない。そう無邪気に言う青年の瞳は、禍々しい程の紫電の光を放っている。
逃げなければ!
今の自分には何もない。己の身を守れるものが何もないのだ。そう、今の自分はただの無力な女に過ぎなかった。
綾香は咄嗟に踵を返し、悲鳴と怒号の響く店内から抜け出す。その瞬間、今度は大きな揺れが建物を襲った。
「キャアアアアアアッ」
「じ、地震!?」
「大きいぞ! 伏せろッ」
逃げ惑う人々の間を縫うようにして走る。
「逃げられないよ、姉上」
その後ろを、紫電の瞳の邪神が、ゆっくりと歩きながらついてきた。
(外! 外へ……)
出口へと目を向けると、たくさんの人々が出口に殺到しており、出られる状況ではない。
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