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第十五章 試練
12-1 陰の日の犠牲者
しおりを挟む「変化の力?」
各国の王都から届いた最新の現状報告をユリエから渡されて読んでいたライサンは、彼女が急に思い出したように言った言葉を復唱した。
「ああ。そういえば、ありましたね。そんな力……というか、作用が。陰の間には」
扉の向こう側にある空間の一つ、創生の木とされるレイデの木の化身が管理する陰の間は、数ある部屋の中でも特殊だ。
まず、陰の日を迎えた神子とその半身にしか利用出来ない。短時間いるだけなら、それ以外の神子でも大丈夫だったはずだが、基本はそれに限定される。それに、他にも確か、色々な制約があったはずである。面倒くさいので覚えてはいないが……。
「他人の姿になる事は不可能ですが、自分の特徴を残した何かになら変化出来るんでしたよね?」
「そうそう、例えば、異性の姿になるとか、本来の自分より年上になるとか年下になるとか。あの部屋自体、あんまり使われないから記憶があやふやなんだけどさ」
ライサンの確認の言葉に頷くと、自分のおさげ髪をクルクルと指先でいじりながらユリエは言った。
「ここ(神殿本部)で陰の日を迎える神子も、そうそういないですからねぇ。前回使われたのはいつでしたっけ?」
「三千年前。例の双子だよ」
「……そうでしたね」
イプロスとリンスロット。
今までの女神の子供達の歴史を見ても、あの双子は、完全に別格、規格外もいいところだった。
まず、他の同胞達が試練に挑んだのが、邪神との戦い前。つまり、晩年だったのに対し、イプロスとリンスロットは、もっと若い頃(確かまだ十五~十六歳位だったはずだ)、手違いで修業もなしに試練の迷宮に二人だけで挑み、その試練の中で、修行の間にてジュリナとティアラを苦しめた、あの無数の技を身に着けたのである。
その手違いとは、確か……。
「たまたまここに滞在していた二人が陰の日を迎えたから、陰の間を使ったんだよな? それで、陰の日をやっと終えたと思ったら、うっかりリンスロットが試練の扉を開けてしまって、イプロスがそれに巻き込まれたんだっけ?」
「あの神子達の戦闘力は、当時別格でしたからねぇ。しかし、今考えても、ドジでまぬけな子でしたね、あの鏡主様は」
でも、どこか憎めなかった。己の象徴である太陽のように、明るく眩い。
「それで、うっかり試練に挑戦して、それを終えた後にイプロスが言ってたんだよ。陰の間では色々な姿に変化出来て興味深かったって」
「まぁ、色々と楽しめたんでしょうね」
同性同士が半身の不文律である神子達は、あの部屋でなら、普通に異性同士になれるのである。
「リュセル王子もレオンハルト王子も、部屋の力に気付いているのだろうか?」
「どうでしょうね。剣主様はともかく、剣鍵様はそれどころではないでしょうし」
ジュリナの話を聞いた感じでは、かなり具合が悪いようである。リュセルの状態を案じ、ライサンが心配そうに眉をひそめた、その時。
「ライさ~ん、見つけた~~~~ッ!」
バターーーーンッ
けたたましく扉が開く音と共に、ものすっごく能天気な声が部屋中に響いた。
「……っ!!??」
呆気にとられているユリエの視線の先で、いきなり現れた赤毛の神官は、ルンタッタルンタッタとスキップをして、二人のいる中央のテーブルソファへとやって来る。
な、なななな何が起きておるっ!? なんだ、これは?? 幻覚か何かか!?
ユリエの記憶にある彼は、真面目で頭の固い、若干神経質そうな青年だった。いつも不機嫌そうな顔をしていた、アシェイラ神殿の神官長補佐。
「あははははははははははッ!」
こんな大声で馬鹿笑いして、上司(ライサン)の頭をペシペシ叩くようなキャラでは、絶対になかったはずだ。
「どうしたのですか、ルーク? アンは一緒じゃないのですか?」
ペシペシ叩かれながらもライサンは穏やかな声でそう尋ね、その膝の上にルークは当然のように横乗りで腰を下ろした。そして、ケラケラ笑いながら、履いていた靴を片方遠くに飛ばす。
翻るルークの神官服の裾を呆然と見ていたユリエの耳に、また別の青年の声が届いた。
「はぁはぁはぁ……。あ、やっぱりここにいたッ! 先輩~ッ!ちょっと~~、探しましたよ!」
ルークと同じ年頃の神官が息を切らしながら駆け寄って来る。
「部屋から出しては駄目ですよ、アン。この状態を他の神官や巫女には見られてはいけないと言ったでしょう?」
「すみません、セリクス神官長。ちょっと目を離した隙にいなくなっちゃって……。さ、部屋に戻りましょうよ、先輩。リュカ老師も待っていますよ。いくらでも、あのもこもこの真っ白おひげにスリスリしててOKですから! 俺は見ないふりしててあげますから!」
アンの言葉を聞いたルークは口をへの字の形にすると、プイッとそっぽを向く。
「いやだッ!」
「そんな~、先輩~~(泣)! なんでぇ? リュカ老師大好きでしょうが!? いくらでもラブってていいっすから~~ッ」
「いやだッ!!」
頑なに首を横に振るルークの神官服の袖を掴むと、アンは引っ張る。
「戻りましょうよおおおおお~~~~ッ!」
「い~~やだあああああ~~~~!」
それに対し、ルークは目の前のライサンの体にしがみ付いて抵抗する。
「ルーク、アンを困らせてはいけませんよ」
軽くアンを制して、二人の(馬鹿な)攻防を止めたライサンは、そう優しく諭す。
「……っ」
それを聞いたルークは、しがみついていたライサンから体を離し、ショックを受けた顔で目の前の顔を凝視する。そうして、しばらく固まっていたかと思ったら……
ボロボロボロボロ
褐色の瞳から大粒の涙がこぼれ始めた。
((泣いたあああああッ!?))
ユリエとアンは、ショックのあまり口をОの字に開け、心の中で悲鳴を上げる。
「ライ……ライサンは…………俺のことが、ぅうう、きら……嫌いなのか?」
「………………………………」
ルークが泣きじゃくりながら言った言葉を理解したライサンは、いつもの微笑みを浮かべたまま動かなくなった。
「……鼻血出すなよ? 頼むから」
ユリエの冷たいツッコミで我に返り、自分の膝上から動かぬ部下の涙を片手で拭う。
「大好きですよ。ですから、安心して下さい」
それを聞いたルークは、へにゃりと笑うと、ライサンの背に両腕を回して抱きつく。
「俺も大好きだ~~~~ッ! あはははははっ」
「…………」
完全に壊れている。
ライサンの頬に自分の頬をスリスリとすり寄せて満足そうに笑う顔は、無邪気な酔っ払い……いや、子供のようである。
「完全なる黒歴史っすよ、先輩。八つ当たりなんて嫌ですからね、俺は」
わしゃわしゃと自分の髪を掻きむしりながらそう呻いたアンは、ルークが遠くに飛ばした靴をとりに行く。
「んふふふふふ」
上機嫌に笑って、かつての天敵の肩に懐いているルークを眺めながら、ユリエは思う。
(正気に戻った時、恥ずかしさのあまり立ち直れなくならなければいいけど……)
リュセルの陰の日の犠牲者とも言えるルークの今後の事を考えると不憫過ぎた。
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