【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十六章 闇射す光

3-4 蒼の悲劇

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 まるで縋るように伸ばされた手をしっかりと握ったジュリナは、レオンハルトの体を腕の中に抱き締めて、その場に崩れるようにして倒れた体をなんとか支えた。

「レオンハルト兄さん、リュセル兄さん!?」

 ジュリナの胸の中に顔を埋めて震えているレオンハルトに驚いたローウェンは、その顔が苦悶に歪むのを目にする。

「はぁはぁ、は……ローウェ……お前も、血に触るんッじゃな…………ッ」

 弟と感覚を共有しているレオンハルトが、今度は途切れ途切れに年下の同胞に告げた。

 感知能力が高すぎるリュセルと同化している影響により、レオンハルトはこの場で起きた残酷な一部始終、それとこの場にいた者が感じた痛み苦しみの一部を感じとってしまっていたのだ。

 生きながら食らわれた神子の最期をッ……!

 虚ろな視界の中に映る深紅。

 その中に僅かな蒼をみつけた瞬間、リュセルはジュリナの体を付き飛ばした。

「げほ、げほッ……おぇッ」

 耐え切れずにその場に嘔吐したレオンハルトの背を、無言のまま優しくジュリナは擦る。

「イプ……イプロスッ…………」

 スノーデュークは

 なんて

 なんて酷い事を……ッ

 半身を失った三千年前の神子。

 その魂を弄び、最後には肉体ごとすべてを食らった。

 どうして、そんな事が出来るのか?

 どうして、そんな事をする必要がある?

 彼は、敵であった。

 神子でありながら、邪鬼に身を落とした青年。

 食らわれながら、半身である兄の名を声にならない声で叫んでいた。

「すまない、イプロス……ッ」

 かつて自分達と同じように邪気の浄化を使命とし、世界の為に尽くした神子。ディエラ国で大切に育てられた蒼の王子。その最期を想い、リュセルは涙を流し続けた。







 少しの間、意識が朦朧としていたらしい。

 正気に戻ったレオンハルトは、自分の頭の下に何やら柔らかなものがある事に気づく。

「ああ、意識が戻ったのかい?」

 目の前に広がったのは、自分と犬猿の仲である幼なじみの朱金の髪に覆われた美貌。

「……………………」

 レオンハルトは無になるしかなかった。

 よりによって、ジュリナの膝を枕にして横になっていたらしい。柔らかな手が、自分の胡桃色の髪を優しく撫でている。

「…………手間をかけたな」

 持ち前の冷静さですぐに気持ちを立て直したレオンハルトは、ジュリナの手を押しのけながらゆっくりと起き上る。

「なんだ、お前か。それにしてもお前の髪、すっごいサラサラだよな~。洗髪剤は何を使ってるんだ? 潤液は?」

「…………」

 無言のまま自分を見る幼なじみから、それらの情報を得るのは後にした方がいいと悟ったジュリナは、別の話題を口にした。

「リュセルは?」

「ショックが私よりも大きい。しばらくはそっとしておいてやってくれ」

 そう言いながら周りを見回したレオンハルトは、そこが例の地下室ではなく、その前にいた広間である事に気づき、ほっと息を吐き出す。

「あそこ(地下室)で何があったんだ? まあ、あの血だまりと無意識にお前達が口にしていた言葉の数々で、なんとなく予測はつくけどね」

「イプロスは邪神に殺されたようだ」

 ティアラの事を思い、この場では詳細を話すつもりのないレオンハルトは、簡潔にそれだけを告げる。

「やっぱりねぇ」

 あの錯乱の仕方から、彼の最期が相当ひどいものであったのだろう事を察したジュリナは、それ以上この件について追求する事を止めにし、ゆっくりと立ち上がる。

「ローウェンは他の部屋を調べに行っているよ。しっかし、この分だとここに来たのは無駄足だったようだね」

 片手を差し出してきた幼なじみの手をとり、レオンハルトは立ち上がる。

「そうだな」

 そのまま隣に立て掛けられていた女神の剣を手にとった。自分の中に感じるリュセルの心も大分落ち着いてきているようだ。

(しかし何故、邪神はイプロスを食らったのか)

 地下室でリュセルが感知した情報によると、イプロスのみでなく、今まで己の器としていたリンスロットの体も食らったようだ。

 二人の神子を、何故食らう必要があるのか?

 もしかして、邪神も自分達との最終決戦に備えて力を蓄えようとでもしているのだろうか? 復活を遂げた邪神が神子を食らい、更に邪気を高めていたとしたら、自分達にどれ程の勝ち目があるのか。

 レオンハルトがそう考えていた時、他の部屋を見回っていたローウェンが戻って来た。

「た、た、大変、ジュリナ姉さん! あっ、レオンハルト兄さん、意識が戻ったんだね。良かった」

 慌てたようにものすごい勢いで駆け寄ってきたローウェンは、ジュリナの傍に在るレオンハルトの姿を見てほっと胸を撫で下ろす。

「大変って、どうしたんだい?」

 ジュリナによって、意識をレオンハルトから戻したローウェンは広間の奥を指差した。

「あっちにも大きな部屋があったんだけど……。ともかく、一緒に来て」

 強引にジュリナの腕をとったローウェンの後を追って、レオンハルトも広間を駆け抜け、その奥に在る部屋へと入る。

 中央に置かれた水晶の寝台。

 その寝台の上には人影があった。

「邪鬼じゃないよね? 邪気の気配がないもの」

 部屋の入り口からでは、室内が広間よりもいっそう薄暗い影響でよく分からない。

 ローウェンの不安そうな声を聞くと、ジュリナは持っていた光石に光を灯した。ランプは外の泉の傍に置いてきてしまったが、中に入っていた光石は、念の為携帯していたのだ。

 闇の炎の灯ではない、光石の穏やかな灯が周囲を照らす。

「なっ? お、女の子?」

 光の中、浮かび上がったのは一人の少女。

 白い背を覆う、真っ直ぐな濃紺の髪。何の感情の色も見えぬ、薄水色の瞳。
 その身に何もまとわず、産まれたままの姿のまま、水晶の寝台の上に、足を横に崩した状態で座り込んでいた。

「おい、大丈夫かい?」

 邪鬼に連れ去らわれてきた、哀れな人間の少女なのだろうか? 慌てて駆け寄ったジュリナが少女に呼びかける。

「…………」

 少女は無言のまま、空虚な瞳を前方に向けているだけだ。

(心が壊れてしまっているのか?)

 ここでこの少女がどのような扱いを受けていたのかは分からないが、邪神が隠れていた邪鬼のアジトにいたのだ。その残酷な仕打ちは想像するまでもない。

 その時、ジュリナは不意に目の前の少女に既視感を覚える。

(あれ? この子、どこかで……)

「マーリン?」

 目を細め、過去の記憶からこの少女に関するものを掘り起こそうとしていたジュリナに、アルティスの声でその答えが届く。

「そう、そうだ! あの時はすっごいチビだったけど、間違いない。この子、ルーンメッセでの事件の関係者の一人、反女神組織ヒューマンにいた、あの子供だよ」

 過去にディエラの女神の娘達の誕生舞踏会の夜に起こった、ヒューマンによる女神の子供の誘拐事件。自分とリュセルをディエラ王都より連れ去った者達の中に一人だけ子供がいた。

 マーリンと呼ばれていた、紺色の髪の子供が。

 しかし、その名を呼んだアルティスは、ジュリナとは別に、この少女と面識があったのだ。

「我らは、ジュリナ殿の言うヒューマンの一員であった子供の顔は知らぬが、彼女の事は知っておる。アサギ兄上付きの侍女で護衛の一人であった女子(おなご)だ。急に姿を消し、レイン兄上がずっと探し続けていたという娘が彼女なのだ」

「なんだって!?」

 アルティスの説明を聞いたジュリナは、驚きに目を見張る。

 何が何だか、よく分からない。

 ジュリナとリュセルを酷い目に遭わせたヒューマンの一員であった子供が、たった数か月で年頃の娘に成長していて、少し前までサンジェイラ王付きの侍女兼護衛をしており、急に行方不明になったと思ったら、邪神のアジトで裸で発見された。

「可哀想に……」

 混乱するジュリナの中で、ティアラは同じ年頃の娘として、目の前の少女に同情を感じずにはいられなかった。

 早くここから連れ出してあげたいと思っていた彼女の視線の先で、レオンハルトが動いた。

 その場に膝を付き、寝台の上にある少女の体を凝視している。

「レオンハルト?」

 軽く美少女の域に入るであろう綺麗な顔でもなく、柔らかな曲線を描く腰でもなく、紅色の突起が愛らしい形のよい白い胸元でもない。

 彼が凝視していたのは、彼女の腹。

 僅かに膨らんだそこ。

 すぐには気づかなかったが……

 その違和感に、咄嗟にレオンハルトの意識の前に出ていたリュセルは、目の前の滑らかな肌に右手で触れる。

 その内側

 胎の内

「……ッ!」

 少女の胎内に微弱な邪気を感じ、リュセルは弾かれたようにそこから手を離した。

「邪混鬼…………」

 リュセルの言葉を聞いたジュリナとローウェンは、同時に少女の胎に目を向ける。

「間違いない。この子は、邪神の子を孕んでいる」

 苦々しい、リュセルの低い声がその場に響いたのだった。
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