【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十六章 闇射す光

4-2 思いもよらぬ客人

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 ここで出会わなければ、彼女の悲しい現実をこの青年が知る事もなかっただろうに……。

「お願いします、お願いします、お願いします」

 邪気に侵されたマーリンに対して、唯人であるレインが出来る事は何もない。こうして神子である者達に縋るしかないのだ。

 無駄なのだと分かりつつも、何度も何度も懇願を繰り返すレインの姿にローウェンは涙ぐみ、アルティスは固く目を閉じる。

「レイン殿」

 頭を下げ続けるレインに何も言えなくなっているリュセルに代わり、レオンハルトが静かな声でそれを伝えた。

「我々の力では、どうする事も出来ないのだ」

「……ッあんた達が駄目なら、じゃあ、一体誰だったらあの子を助けられるっていうんだッ!? お前ら、女神の子供だろう!? どうしてたった一人の女の子を助けられないんだよッ!」

 絶望に顔を歪ませ、激昂のままレオンハルトの胸元を掴んだレインに対し、レオンハルトは真摯な眼差しでゆっくりと頭を下げる。

「申し訳ない」

「…………レオンハルト王子」

 絶対的な王者の気質を持つレオンハルトが、自分に向かい頭を下げたのを呆然と見ていたレインは、マーリンを助ける手段が本当にないのだという現実を受け入れるしかなかった。

 愛した少女の命が失われるという現実を前に、身動きもせずに呆然と大きく目を見開く青年の絶望を感じとっていたリュセルは呻くような声で呟く。

「すまない」

 自分達は、なんて無力なのだろう。

 たった一人の少女を救う事すら出来ないのに、世界を救う事など出来るのか?

 そして、マーリンの胎の邪混鬼を浄化しようとしている一方で、もう一鬼の邪混鬼、セフィランの事を浄化したくない、救いたい。そう思う事への矛盾。

 神子といえど、完全ではない。

 大きな無力感と自身への猜疑心。

 しかし、もう、後戻りなど出来ない。

 進むしかないのだ。

 先へ

 先へと…………。







 そして、そんなリュセル達の元へ予期せぬ知らせが届いたのは、その日の内にだった。再び夕暮れとなり、夜の帳が落ちようという時刻帯。

 その時リュセル達は今後の事を話し合っていた。

 コールド砂漠で見つけたアジトがもぬけの空だった事を考えると、一度セイントクロス神殿本部へ戻った方がいい。そこで再び邪神の居所を探るのが得策であると、レオンハルトとジュリナは結論づけた。その事に関して、リュセル、ティアラ、アルティス、ローウェンに異論はない。ただ、神殿本部に戻る前にやらなくてはならない事があった。

 マーリンの胎内で成長を続ける邪混鬼の浄化である。

 もし、産まれた子が出来そこないの子であったなら、邪鬼としての部分のみを浄化し、人として生まれ変わらせる事は可能だ。しかし、完全な邪混鬼として産まれた場合、それは不可能になる。産まれたと同時に浄化するしか方法がない。

 セフィランのように成長し、大人になっている状態ならば、大変危険ではあるが、邪混鬼から出来そこないの体へと変化させ、かつてのマーリンのように邪鬼としての部分のみを浄化すれば、命のみならば助ける事は出来るかもしれない。実際、リュセルはセフィランを救う為、女神の記憶の中に在ったその方法に頼る気でいたのだ。

 しかし、産まれたばかりの赤子では体力がもたない。邪混鬼の出来そこないへの体の変化についていけないだろう。

「じゃあ、僕らが次の行動を起こせるのは、子供が産まれた後だね」

 話を聞き終えた後、暗い顔でそう言ったローウェンは、寝室へ続く扉に目を向けた。中では、たった半日の間で臨月にまで成長した邪神の子を宿したマーリンが静かに眠っている。その傍にずっと付き添っているレインの胸の内を思うと心が痛んだ。

「医者を呼んだ方がよくないか?」

 いくら邪神の子といえど、一人の女性が出産するのである。医療関係者ではない自分達の手に余るだろう。レオンハルトやローウェンは、本の知識としてなら医療知識はあったが、実際問題それだけでは心許ない。

「それは大丈夫です。私が一応医療資格を持っていますので」

 リュセルの危惧に軽く手を上げてトリスラムが答える。

 神官や巫女の中で医療資格を持つ者は少なくない。現場での仕事が多い者程、持っているのだ。
 過去に何度かアルティスとローウェンの任務での同行経験のあるトリスラムは、必要に迫られてそれを取得していた。逆に、現場経験の少ないライサンやルークのようなエリート神官は、資格を持っていなかったりする。

「それは助かるねぇ。それと、レオンハルト。ここ(ビゼンテ)の代表者だけにでも事情を説明した方がよくないか?」

 トリスラムの申し出にほっと息を吐き出したジュリナは、安堵する間もなく、ずっと思っていたそれを幼なじみに相談した。

「そうだな。こうなった以上、隠し続ける事も出来まい」

 何せ、この部屋で邪神の子が産まれるのだ。邸にいる者を含め、周辺の家の者を避難させた方がいい。

「では、我がカラン殿を呼んで来よう」

「あ、僕も行く」

 この街の代表者を呼びに行こうと、アルティスが部屋を出て行きかけた後にローウェンも続く。

 その時だった。

 コンコン

 控えめなノックの音と共に、今、まさにアルティスとローウェンが連れて来ようとしていた人物の声が聞こえた。

「お休みのところ申し訳ありません、レイン殿下。先程、レイン殿下宛にお客様が来られまして……。至急お目通りを願いたいと」

 客?

 こんな、時刻にか?

 アルティスとローウェンは顔を見合わせ、室内の同胞達に目を向ける。レオンハルトとジュリナが同時に頷くのを見た二人は扉を開けた。

「王弟殿下は旅の疲れが抜けずお加減がよくありません。私達が殿下の代理としてその者にお会いしましょう」

 レインの従者を演じながらそう言ったアルティスに対し、彼をまったく疑っていないカランは、ほっとしたような表情を見せる。

「ありがとうございます。彼女はこの邸に着いた途端倒れてしまい、今、医者を呼んで来るように使いをやったところです。うわ言でずっとレイン殿下の名前を呼んでいます」

「彼女……、その者は女性なのですね?」

 アルティスの確認にカランは頷き答えた。

「ええ。まだとても若い。少女と呼んでもいいような年齢の女性です」

「分かりました。こちらには医者の資格を持つ者もいます。その者を連れて行きましょう。外で少々お待ち下さい」

 一度扉を閉めたアルティスは、室内のトリスラムに言った。

「すまないが、共に来てくれないか? フィールド神官査」

「かしこまりました」

「兄上の代理として護衛や侍女が行くのは変であろう。我とリュセル殿、フィールド神官査でその者に会って来よう」

 レオンハルトとジュリナにそう言ったアルティスに対し、年長者である二人も同じ事を考えていたのか同意を示す。

「じゃあ、私達はカラン殿と話をするとしよう。彼女はここに残しておくれね」

「承知。行こう、リュセル殿、フィールド神官査」

 ジュリナの言葉に頷いたアルティスは、リュセルとトリスラムに目くばせをする。

「ああ」

「はい」

 そうして再び扉を開けると、外で待っていたカランに中で話がある事を告げ、リュセル達三人は、カランと共にいた執事に案内されて、件の客がいるという客室に向かった。



*****



 彼女は主の伴侶候補の青年を故郷へと送り届け、久方ぶりに王都へと戻ったところだった。


「な、何、これは。一体、何が起きたというのッ!?」

 風に乗り、遠く聞こえる幼子達の歌声。

 本能的にそれを聞いてはいけないと悟った彼女は、両耳を両手で押さえ込む。

 その時

「ギェシャアアアアァァッ」

 聞いた事もないようなおぞましい鳴き声がその場に響き、黒い獣に襲われた。

「ッ……」

「うあああああっ」

「ぎゃああああああああッ」

 忍の一員として、高い反射神経を持つ彼女だからこそ、それを避けられたのだろう。彼女に付き添っていた従者達は、獣の一撃で二人共絶命してしまった。……それも、一匹じゃない。

 迷ったのは一瞬だった。

 彼女はその一瞬で、帰還した王都に背を向ける。

 脳裏を巡るのは、自分と同じ顔の主の姿。王都の外がこの状態なのだ。中はもしかすると、もっとひどい状態なのかもしれない。

 無事なのか

 それとも…………

 そして、動揺していた彼女は、空にも敵がいる事を見逃してしまった。

「……きゃあああああああッ」

 獲物を狙うそれらに襲われ、彼女は悲鳴を上げたのだった。







「アリスッ!」

 しばらく聞いていない懐かしい声に呼び起こされ、彼女は沈んでいた意識を取り戻す。

「……アルス?」

 どうして、現在休学中の学友の姿が? アリスはぼうっとそう考えながら、横たえられていた寝台から身を起こそうとした。

「痛ッ……」

「起き上ってはいけません。全身傷だらけなのですから」

 見知らぬ青年が自分の傷の手当をしてくれているらしく、真剣な表情でそう伝えてくる。

「ここは?」

 その問いに答えたのは、もう一人の青年だ。

「ビゼンテの街の代表者の邸だ」

 こちらも知らない青年である。

 では……

 自分は辿り着けたのだ。

 この国の王弟、王の信頼の最も厚いという彼のいる街に。

 この数日間、不眠不休で走って来た。自分達一族しか知らない抜け道などを使い、近道しながらも数日かかってしまった。

 伝えなければ

 王都の状態を一刻も早く!
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