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第十六章 闇射す光
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現在頼れる相手は彼しかいないのである。
「レイン王弟殿下がこちらにいらっしゃると聞いてここまできました。お願いします、早く……一刻も早く、王都が…………、サンジェイラ王都がッ」
縋りつくアリスは気持ちが昂ぶっているらしく、どんなにトリスラムが横になっているようにと言っても、レインに取り次いでくれと言ってきかなかった。
まさか、カランの言っていた客人がアリスだと思っていなかったアルティスは、動揺を隠す事が出来ず、彼女の背をさする事しか出来ない。
「これは、何に襲われた傷なんだ?」
アルティスの隣でその様子をじっと見ていたリュセルは、アリスの全身に刻まれた傷からそれを感じとり、背に汗が伝うのを感じた。
「獣……、黒い獣、上にも下にも……奴らがいて、ッうぁぁ、……はぁはぁはぁ」
アルティスの腕の中でそう呻いたアリスが苦しげに悶える。そこでようやく、彼女の全身を侵食するそれにアルティスも気づいたようだった。
「フィールド神官査、傷の手当は後にしてくれ」
固い声音でそう言ったリュセルはアルティスに目配せし、それを察したアルティスは、苦痛に喘ぐ少女の華奢な体を慎重に寝台の上に仰向けにする。
「よくここまで持ちこたえたな。強い子だ、よく頑張った」
アリスの頭を優しく撫で、リュセルは懐から小瓶を出した。
「使うのか? リュセル殿」
「ああ。時間が経ち過ぎている上に、ここまで来るのに相当動き回ったのだろう。その所為で体力が著しく欠けている。それに、泉の力を借りた方が後遺症も少ない」
瓶の蓋を開けたリュセルは、中に入っていた水をアリスの全身にふりかける。
「剣鍵様、そちらの液体はもしや?」
「ああ、セイントクロスの泉の水だ。もしもの時の為に持ってきておいて正解だったな」
トリスラムの驚愕の声にリュセルはそう答え、アリスの体内を感知する。
「まずい、邪気が全身に広がっている! アルティス、コントロールを頼む」
「承知」
リュセルがアリスの胸元に手をかざしたのを見たアルティスは、その手の上に自分の手を重ねる。
瞬間、室内を白銀の光が包み込んだ。
「……ぁ、ぁ……あ……」
巨大すぎる母神の浄化の光を浴び、アリスの中の邪気は一瞬で浄化された。
神気の大きさと質は極上なくせにコントロールが苦手なリュセルが、そのコントロールの部分を同じ宝鍵であるアルティスに丸投げした結果、短時間での浄化が可能になったのだろう。
今まで自分の体を苛んでいた苦痛が一瞬でなくなった事に、アリスは少しの間呆然としていた。
「もう苦しくなかろう? 邪気の浄化は完了した故」
「じゃ……き?」
アルティスの言葉に目を瞬いたアリスは、自分の全身を見下ろす。腕や足、全身についた傷はそのままだが、痛みは少なくなっている。
邪気。
ああ、そうなのか。
自分は邪鬼に襲われたのか。
そして、それを浄化した彼ら……。
アリスの中ですべてが結びつく。
彼女の主は、学塔のトップとその次点に君臨する二人の兄弟の身元はあらわぬようにと言っていた。
主と将来その伴侶となる者の周囲にいる者の身元を探るのは、アリスとしては当然の事だったのだが、あの二人に関してだけは当人である主からストップがかかったのである。
主はすべて知っていたに違いない。
ロン・ブラック
アルス・ブラック
不可思議な兄弟。
彼らは…………。
「アル、ッ……、アルティス王弟殿下」
声をつまらせながら、アリスは彼の本当の名を呼んだ。
「王都に邪鬼があふれかえっております。どうか……どうか、すぐにお戻り下さい」
邪鬼に対抗出来るのは、女神の子供と崇められる彼らしかいない。
「お願い、みんなを助けて……ッ」
驚きに目を見張る目の前の青年に悲痛な懇願し、アリスの意識は闇に落ちた。
「王都に戻るしかない」
アリスとの面会と手当を終え、同胞達の待つ客室に戻ったリュセルはそう断言した。
「邪鬼がたくさんいて、王都の中に入れない……って、中にいる人達はどうなっているの?」
自分の産まれ育った都が邪鬼に支配されていると知ったローウェンは、震えながらそう尋ねる。
「分からない。分かっている事は、一刻も早く王都に行かなければならないという事だけだ。中にいる国民を助ける為にも……」
「ロー」
震える弟を慰めるように抱くアルティスの顔色も悪い。
当然だ。自分達の故郷。玉の神子として守らねばならぬ都が、今、危機に瀕している。
「邪神が王都にいるのかね」
独り言のようにそう言ったジュリナの言葉を聞き、レオンハルトを除いた皆が顔を強張らせる。
「考えられなくはない。ティアラ姫、マーリンの状態は?」
ジュリナの言葉に頷いたレオンハルトは、その隣にいる彼女の妹に尋ねる。
「もう、いつ産まれてもおかしくないような状態ですわ」
最悪だ。
一刻も早く王都に戻らねばならぬのに、邪神の子がこの街で産まれようとしている。
先程までレオンハルトとジュリナと話をしていたカランは、周辺の家々に避難指示を出す為にこの場を離れた。場合によっては、この邸の周辺のみでなく、街全体に避難指示を出す事になるかもしれない。
レインの従者達だと思っていた者達が女神の子供であった事に、驚きと今後の事に対する怖れを隠せない様子のカランだったが、すぐにこの街の代表者としての顔を取り戻し、信頼している部下達と共に家々を回っている。
「私達は王都に戻る」
レオンハルトのその言葉を聞いたトリスラムとレインは目を見開いた。その言葉を予測していた他の神子達は顔を強張らせたまま沈黙する。
「王都に邪神がいるかもしれないという可能性がある以上、戦力を二手に分ける事は出来ぬ。剣・鏡・玉、三つの宝の力がなければ邪神に対抗することは不可能だろう」
「しかし、レオンハルト。マーリンの事(邪神の子)はどうする?」
ジュリナの言葉を聞いたレオンハルトは小さく頷く。
「この街にはレイン殿とフィールド神官査に残ってもらう。産まれた子は私達が戻るまで隠していてくれ」
誰の目にも触れぬよう、どこにも行かぬよう。
「承知致しました」
「…………」
深々と頭を下げるトリスラムとやるせない目をしたレインに頷くと、レオンハルトは同胞達に告げた。
「行くぞ」
王都に…………!
王都に邪鬼があふれ、この国は危機に瀕している。
眠り続けるマーリンの傍らでレインは涙を流し続けていた。
神子達は王都を救う為、すぐにでもこの街を発つだろう。マーリンを見捨て、この街を出るのだ。
いや、彼らにもどうしようもないのだろう。彼ら(神子達)はここで立ち止まる訳にはいかない。どんなに辛くとも、何があろうとも、先に進まねば……。
レインも頭では分かっていた。
王都はレインにとっても大事な場所なのである。兄弟姉妹、友人達。大切な者達があそこにはいる。彼らが心配でならない。
でも……
それでも、目の前で失われようとしている少女の命を誰でもいいから救って欲しかった。
彼女を愛しているのだ。
彼女の命が失われた時、自分は正気でいられるだろうか?
「どうしたらいい? マーリン」
そう呟いた時、彼らのいる寝室の扉をノックする音が響いた。頬を流れる涙を拭い、返事を返す。
「誰だ? 入って来いよ」
扉を開け、入室してきたのは、年長組の神子達だった。
レオンハルトとジュリナだ。
「レイン殿、話がある」
レオンハルトの淡々とした声を聞いたレインは眉根を寄せる。
「なんだい?」
力なく笑うレインを痛ましげに見つめたジュリナは、心を鬼にして、持ってきたそれを彼の前に出した。
上質な布に包まれたそれは、短剣だった。
「セイントクロスの泉の水に一昼夜浸した短剣だよ。強くはないが、浄化の力が宿っている」
ジュリナが差し出すそれを、レインは怪訝そうに見下ろす。
「産まれたばかりの邪混鬼ならば、これで浄化する事は可能だろう」
冷酷ともとれるようなレオンハルトの言葉に、レインは驚愕に目を見開いた。
「隠すんじゃなかったのかよッ」
呻くようなその声にジュリナは首を左右に振った。
「私達が戻れるという保証がどこにもないんだ」
創世の二柱神の一神、邪神スノーデュークとの戦い。勝てる可能性は、限りなく低い。三千年前の神子達のように相討ちになる事だってあるだろう。
そしたら、産まれた邪混鬼はどうなる?
神子のいなくなった世界で、今度は邪神の子が世界を喰らうだろう。おそらく、レオンハルト達の次世代の女神の子供が産まれる前に世界は滅びる。
レインに対し酷な事を言っているのは、レオンハルトもジュリナも分かっていた。
でも、これは、彼にしか頼めない。
彼女の事を愛した彼にしか……。
「頼む、レイン殿。どうか、産まれてくる邪神の子を殺(浄化)してくれ」
呆然とした面持ちで短剣を受け取ったレインに、レオンハルトもジュリナも深く頭を下げたのだった。
「レイン王弟殿下がこちらにいらっしゃると聞いてここまできました。お願いします、早く……一刻も早く、王都が…………、サンジェイラ王都がッ」
縋りつくアリスは気持ちが昂ぶっているらしく、どんなにトリスラムが横になっているようにと言っても、レインに取り次いでくれと言ってきかなかった。
まさか、カランの言っていた客人がアリスだと思っていなかったアルティスは、動揺を隠す事が出来ず、彼女の背をさする事しか出来ない。
「これは、何に襲われた傷なんだ?」
アルティスの隣でその様子をじっと見ていたリュセルは、アリスの全身に刻まれた傷からそれを感じとり、背に汗が伝うのを感じた。
「獣……、黒い獣、上にも下にも……奴らがいて、ッうぁぁ、……はぁはぁはぁ」
アルティスの腕の中でそう呻いたアリスが苦しげに悶える。そこでようやく、彼女の全身を侵食するそれにアルティスも気づいたようだった。
「フィールド神官査、傷の手当は後にしてくれ」
固い声音でそう言ったリュセルはアルティスに目配せし、それを察したアルティスは、苦痛に喘ぐ少女の華奢な体を慎重に寝台の上に仰向けにする。
「よくここまで持ちこたえたな。強い子だ、よく頑張った」
アリスの頭を優しく撫で、リュセルは懐から小瓶を出した。
「使うのか? リュセル殿」
「ああ。時間が経ち過ぎている上に、ここまで来るのに相当動き回ったのだろう。その所為で体力が著しく欠けている。それに、泉の力を借りた方が後遺症も少ない」
瓶の蓋を開けたリュセルは、中に入っていた水をアリスの全身にふりかける。
「剣鍵様、そちらの液体はもしや?」
「ああ、セイントクロスの泉の水だ。もしもの時の為に持ってきておいて正解だったな」
トリスラムの驚愕の声にリュセルはそう答え、アリスの体内を感知する。
「まずい、邪気が全身に広がっている! アルティス、コントロールを頼む」
「承知」
リュセルがアリスの胸元に手をかざしたのを見たアルティスは、その手の上に自分の手を重ねる。
瞬間、室内を白銀の光が包み込んだ。
「……ぁ、ぁ……あ……」
巨大すぎる母神の浄化の光を浴び、アリスの中の邪気は一瞬で浄化された。
神気の大きさと質は極上なくせにコントロールが苦手なリュセルが、そのコントロールの部分を同じ宝鍵であるアルティスに丸投げした結果、短時間での浄化が可能になったのだろう。
今まで自分の体を苛んでいた苦痛が一瞬でなくなった事に、アリスは少しの間呆然としていた。
「もう苦しくなかろう? 邪気の浄化は完了した故」
「じゃ……き?」
アルティスの言葉に目を瞬いたアリスは、自分の全身を見下ろす。腕や足、全身についた傷はそのままだが、痛みは少なくなっている。
邪気。
ああ、そうなのか。
自分は邪鬼に襲われたのか。
そして、それを浄化した彼ら……。
アリスの中ですべてが結びつく。
彼女の主は、学塔のトップとその次点に君臨する二人の兄弟の身元はあらわぬようにと言っていた。
主と将来その伴侶となる者の周囲にいる者の身元を探るのは、アリスとしては当然の事だったのだが、あの二人に関してだけは当人である主からストップがかかったのである。
主はすべて知っていたに違いない。
ロン・ブラック
アルス・ブラック
不可思議な兄弟。
彼らは…………。
「アル、ッ……、アルティス王弟殿下」
声をつまらせながら、アリスは彼の本当の名を呼んだ。
「王都に邪鬼があふれかえっております。どうか……どうか、すぐにお戻り下さい」
邪鬼に対抗出来るのは、女神の子供と崇められる彼らしかいない。
「お願い、みんなを助けて……ッ」
驚きに目を見張る目の前の青年に悲痛な懇願し、アリスの意識は闇に落ちた。
「王都に戻るしかない」
アリスとの面会と手当を終え、同胞達の待つ客室に戻ったリュセルはそう断言した。
「邪鬼がたくさんいて、王都の中に入れない……って、中にいる人達はどうなっているの?」
自分の産まれ育った都が邪鬼に支配されていると知ったローウェンは、震えながらそう尋ねる。
「分からない。分かっている事は、一刻も早く王都に行かなければならないという事だけだ。中にいる国民を助ける為にも……」
「ロー」
震える弟を慰めるように抱くアルティスの顔色も悪い。
当然だ。自分達の故郷。玉の神子として守らねばならぬ都が、今、危機に瀕している。
「邪神が王都にいるのかね」
独り言のようにそう言ったジュリナの言葉を聞き、レオンハルトを除いた皆が顔を強張らせる。
「考えられなくはない。ティアラ姫、マーリンの状態は?」
ジュリナの言葉に頷いたレオンハルトは、その隣にいる彼女の妹に尋ねる。
「もう、いつ産まれてもおかしくないような状態ですわ」
最悪だ。
一刻も早く王都に戻らねばならぬのに、邪神の子がこの街で産まれようとしている。
先程までレオンハルトとジュリナと話をしていたカランは、周辺の家々に避難指示を出す為にこの場を離れた。場合によっては、この邸の周辺のみでなく、街全体に避難指示を出す事になるかもしれない。
レインの従者達だと思っていた者達が女神の子供であった事に、驚きと今後の事に対する怖れを隠せない様子のカランだったが、すぐにこの街の代表者としての顔を取り戻し、信頼している部下達と共に家々を回っている。
「私達は王都に戻る」
レオンハルトのその言葉を聞いたトリスラムとレインは目を見開いた。その言葉を予測していた他の神子達は顔を強張らせたまま沈黙する。
「王都に邪神がいるかもしれないという可能性がある以上、戦力を二手に分ける事は出来ぬ。剣・鏡・玉、三つの宝の力がなければ邪神に対抗することは不可能だろう」
「しかし、レオンハルト。マーリンの事(邪神の子)はどうする?」
ジュリナの言葉を聞いたレオンハルトは小さく頷く。
「この街にはレイン殿とフィールド神官査に残ってもらう。産まれた子は私達が戻るまで隠していてくれ」
誰の目にも触れぬよう、どこにも行かぬよう。
「承知致しました」
「…………」
深々と頭を下げるトリスラムとやるせない目をしたレインに頷くと、レオンハルトは同胞達に告げた。
「行くぞ」
王都に…………!
王都に邪鬼があふれ、この国は危機に瀕している。
眠り続けるマーリンの傍らでレインは涙を流し続けていた。
神子達は王都を救う為、すぐにでもこの街を発つだろう。マーリンを見捨て、この街を出るのだ。
いや、彼らにもどうしようもないのだろう。彼ら(神子達)はここで立ち止まる訳にはいかない。どんなに辛くとも、何があろうとも、先に進まねば……。
レインも頭では分かっていた。
王都はレインにとっても大事な場所なのである。兄弟姉妹、友人達。大切な者達があそこにはいる。彼らが心配でならない。
でも……
それでも、目の前で失われようとしている少女の命を誰でもいいから救って欲しかった。
彼女を愛しているのだ。
彼女の命が失われた時、自分は正気でいられるだろうか?
「どうしたらいい? マーリン」
そう呟いた時、彼らのいる寝室の扉をノックする音が響いた。頬を流れる涙を拭い、返事を返す。
「誰だ? 入って来いよ」
扉を開け、入室してきたのは、年長組の神子達だった。
レオンハルトとジュリナだ。
「レイン殿、話がある」
レオンハルトの淡々とした声を聞いたレインは眉根を寄せる。
「なんだい?」
力なく笑うレインを痛ましげに見つめたジュリナは、心を鬼にして、持ってきたそれを彼の前に出した。
上質な布に包まれたそれは、短剣だった。
「セイントクロスの泉の水に一昼夜浸した短剣だよ。強くはないが、浄化の力が宿っている」
ジュリナが差し出すそれを、レインは怪訝そうに見下ろす。
「産まれたばかりの邪混鬼ならば、これで浄化する事は可能だろう」
冷酷ともとれるようなレオンハルトの言葉に、レインは驚愕に目を見開いた。
「隠すんじゃなかったのかよッ」
呻くようなその声にジュリナは首を左右に振った。
「私達が戻れるという保証がどこにもないんだ」
創世の二柱神の一神、邪神スノーデュークとの戦い。勝てる可能性は、限りなく低い。三千年前の神子達のように相討ちになる事だってあるだろう。
そしたら、産まれた邪混鬼はどうなる?
神子のいなくなった世界で、今度は邪神の子が世界を喰らうだろう。おそらく、レオンハルト達の次世代の女神の子供が産まれる前に世界は滅びる。
レインに対し酷な事を言っているのは、レオンハルトもジュリナも分かっていた。
でも、これは、彼にしか頼めない。
彼女の事を愛した彼にしか……。
「頼む、レイン殿。どうか、産まれてくる邪神の子を殺(浄化)してくれ」
呆然とした面持ちで短剣を受け取ったレインに、レオンハルトもジュリナも深く頭を下げたのだった。
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