【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十六章 闇射す光

5-2 石化①

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 滝のような汗をかいたリュセルは、まるで悪い夢から覚めたかのような感覚だった。目の前で心配そうに胡桃色の眉をひそめる兄のたくましい腕の中に体を預け、ほっと息をつく。

「リュセル様」

 いつの間に同化を解いたのか、心配そうにリュセルの額の汗をハンカチで拭うティアラに微笑みかけると、自分が感知した内容を同胞達に告げた。

「嘆きの詩が聞こえた。子供の声で……」

 リュセルの言葉に、ジュリナはレオンハルトと目を合わせ、不思議そうに尋ねる。

「嘆きの詩? 私達が手に入れた詩の力の中に、そのような詩はなかったはずだよ」

「当たり前だ。これは、レイデュークの詩じゃない。スノーデュークの扱う唯一無二の詩の力だ。奴は詩を得意とするレイデュークと違い、詩は不得手だった。それ故に使えた詩の力は唯一つ。それが、嘆きの詩」

 本来ならば、その心に闇の安息をもたらす嘆きの詩。

 しかし、邪神と化したスノーデュークの力を元に詩われたそれは、違ったものに大きく変質してしまっている。

「この、サンジェイラ王都の人々の石化は、その、嘆きの詩が原因だっていうの?」

 ローウェンが泣きそうな顔をしながらそう言うのを聞いたリュセルは、小さく首を振った。

「分からない」

 子供の声で詩われた嘆きの詩。リュセルが感知した内容だけでは、人々を石化の状況から救う手立ては思いつかない。

 レオンハルトに支えられながらようやく立ち上がる事が出来たリュセルは、アルティスが差し出してきた水筒の水を一気に飲み干す。

「とても嫌な予感がするのですが、これって、本当にサンジェイラ王都だけの問題なのでしょうか?」

 リュセルの様子を心配そうにじっと見つめていたティアラが、ぽつりとそう呟く。

 瞬間

「…………ッ!」

「レオンハルト!」

 互いの目を見合わせたレオンハルトとジュリナは、共に同じ事を考えているようだった。

「他の街や村でももしかしたら……。え!? きゃあ! お姉様!?」

 サンジェイラ王都近隣の街や村の心配をしていたティアラの体は、不意にジュリナの腕に抱きかかえられる。

「行くぞ、リュセル。お前達も来なさい!」

「うわっ、な、なんだ!?」

 嘆きの詩の感知により、うまく歩けないリュセルの体を肩に抱き上げたレオンハルトは、呆然としているローウェンとアルティスを促す。

「う、うん」

「どこへ行くのだ、ジュリナ殿、レオンハルト殿?」

 自分の半身を抱え上げ、急ぎ駆けるジュリナとレオンハルトにアルティスが問いかける。

「お前達は先に神殿本部へ戻りなさい。私達はそれぞれ、ディエラ王都とアシェイラ王都の様子を見に行く」

 いつものように何もなかった壁に地下への入り口の階段を出現させたレオンハルトは、リュセルを肩に担いだまま、後ろを来る二人にそう説明した。

 レオンハルトが話している間にも、焦っているらしいジュリナの姿は階段の奥に消えて行く。

「ディエラと、アシェイラの王都に……って、レオンハルト兄さん、まさか」

 階段を駆け下り、女神像の間に辿り着くと白銀の光が溢れ、ジュリナとティアラの姿が転移装置の中央から消えた所だった。

「それを確認する為に行って来るんだよ。一度、ここ(サンジェイラ王都)の浄化は後回しにする。ここだけの問題ではない可能性が高いからだ。分かるね?」

 レオンハルトの言葉を聞くと、ローウェンとアルティスは戸惑いながらも小さく頷く。

 ここだけの問題ではない。それは、まさか。

 目的地をアシェイラ王都に向けて転移装置を発動させたレオンハルトは、担いでいた荷物(リュセル)をようやく地面に下ろした。

「レオン……。まさか」

 口には出来なかった。あまりにも恐ろしくて。言った事が本当になってしまいそうで、怖くて。

「リュセル兄さん、レオンハルト兄さん、気をつけて」

 ローウェンの不安そうなその声を最後に、リュセルの視界は白銀に染まった。







 静寂。


 そこは

 かつての賑わいが嘘のような静寂に支配されていた。


 嫌な予感に思考を支配されながら訪れた故郷。

 アシェイラ王都もまた、サンジェイラ王都と同じように闇の静寂に支配され、人々はその姿を石像へと変貌させていた。

 ……これが、現実だった。



「誰か、誰かいないのか!?」

 歩き慣れた自国の城の回廊を駆けながら、リュセルは祈るような気持ちで叫んだ。長い刻を過ごしてきた、見知ったこのアシェイラ城が、まるで見知らぬ城のようである。

 回廊を行き交う侍女、侍従、小姓、騎士達……。皆石化し、リュセルの声に答える者は一人もいない。

「カイルーズ!」

 飛び込んだ次兄の執務室には誰もいなかった。

 ただ、あちこちに埃が溜まり、長い期間この部屋に誰も訪れていない事が察せられる。

「カイルーズ、カイエ!」

「落ち着きなさい、リュセル」

「しかし、レオン!」

 今まで見てきた石化した人々。

 とてもじゃないが、落ち着いてなどいられないリュセルは、一見落ち着いて見える兄の瞳が金の色を帯びているのを見て口を閉ざす。

 レオンハルトは異世界育ちのリュセルよりも、この王都で過ごした時間が長い。この場所への執着も愛着も強いだろう。

 それは、サンジェイラ王都の惨状を目の当たりにしたローウェンやアルティスも同じ事。

「すまない」

 弟が一つ息を吐いてそう言うのを聞いたレオンハルトは、カイルーズの執務机にある一番上の引き出しを開ける。鍵のかかっていないそこに、弟が自分のスケジュールを書き込んだ手帳を入れている事を知っていたからだ。

 上質な紙で作られた黒革の手帳には、カイルーズの字でビッシリと予定が書きこまれている。カイルーズのスケジュール管理は、基本、側近であるカイエが行っているが、カイルーズ本人も、自分でこうして細かく手帳に書き込んでいた。その事を知っている者は少なかったが、彼の勤勉さを表しているといってもいいだろう。

 それを知る少ない者の内の一人であるレオンハルトは、クセの強い弟の字で書かれた予定の中に、急に付け足されたと思われる真新しいペン字の跡を見る。

「ディアルガ侯爵夫人との面会?」

 手帳に記された×印を見るに、この侯爵夫人との面会が予定された日から、カイルーズはこの手帳を広げていない事が分かった。

 おそらく、アシェイラ王都の人々が石化現象に襲われたのはこの日なのだろう。

(それにしても、いきなり何故、カイルーズは彼女と面会を?)

 ディアルガ侯爵夫人。

 アシェイラ王家と遠縁の親戚筋に当たる姫君だった女性だ。今はディアルガ侯爵という、高位に在るとはいえ一介の貴族に嫁ぎ、降嫁されたはずである。

 レオンハルトも子供の頃に何度か面会をした事がある。自分よりいくらか年嵩の、おっとりとした女性だったように記憶していた。

「ディアルガ侯爵夫人。確か、彼女は慈善活動に熱心で、国が運営するものとは別に私立の孤児院を経営…………」

 そこまで淡々と話していたレオンハルトの表情は一変する。

「孤児……?」

 サンジェイラ城では、王都に住まう孤児を集めて王族主催の食事会を開いていた。

「謁見の間に行くよ、リュセル」

「あ、ああ」

 リュセルは意味が分からないままカイルーズの執務室を出て、大股で廊下を歩く兄の後を慌てて追う。

 そうしてしばらくして、サンジェイラ城、王宮のほぼ中心に位置する謁見の間にたどり着いたレオンハルトは、おもむろに扉を開け、そこに広がった光景に絶句した。


「カイルーズ、父上ッ」

 玉座に腰かけ、真剣な眼差しで前方を見つめる父王ジェイド、その横に立つ、自分達の兄弟であり、この国の未来そのものである王位継承者、カイルーズ。

 彼らもまた石化し、物言わぬ石像と化していた。

 カイルーズは何かしら危機を感じたのだろう、父王を庇う為に動こうとしていたのが、その表情と体勢から分かる。

 そして、二人の王族の傍に控えていたであろうカイエは、ジェイドとカイルーズが相対していた女性を助け起こそうとしていたようだ。

「ディアルガ侯爵夫人」

 床に倒れ伏し、怯えた表情で何もない左側を見上げる女性の石像を確認したレオンハルトはそう呟く。

「リュセル、やれるか?」

 強張った表情で、石化した自分の父親と二番目の兄を凝視していたリュセルは、同じようにショックを受け、顔色の悪いレオンハルトに頷き答えた。

「ああ」

 今はこの兄のように感情を抑えこまなければならない。例え、親兄弟の無残な姿を目の当たりにしようとも……。

 リュセルは石像と化したカイルーズの額に自分の額で触れ、固く目を閉じ、その中に眠る記憶を感知しようとする。

 その瞬間


「……ッ!」


 聞こえたのは

 闇の詩。

 見知らぬ子供の声。


 リュセルはそれを聞き続ける事が出来ず、咄嗟にカイルーズの中に在る記憶を感知するのを中断する。

「駄目だ! 嘆きの詩の威力が大き過ぎて、それ以外何も感知できない!」

 リュセルの答えを聞いたレオンハルトは、ある程度その答えを予測していたようだった。

「サンジェイラ王都と同じ……という事か」

 おそらくサンジェイラのように、城だけでなく街の人々も石化してしまっているのだろう。

「私は念の為、城内とその周辺を見て来よう。お前は先に女神像の間に行っていなさい。見たところ、サンジェイラ王都と同じように王都内は濃い邪気は漂ってはいるが、邪鬼はいないようだ」

 リュセルを連れて行くよりも、一人の方が身軽なのだろう。レオンハルトの言葉に頷くと、リュセルはカイルーズと父王にもう一度目を向けた。

「必ず、元に戻す。必ずッ……」

「…………」

 同じ気持ちで弟の呻くような言葉を聞いていたレオンハルトは、痛みを堪えるように固く目を閉じたのだった。



 兄が城内と街の様子を見に傍を離れ、別行動になると、リュセルは指示通りにすぐには地下の女神像の間には向かわず、一旦、長らく留守にしていた自室に立ち寄った。

 特に用があった訳ではない。ただ、何となく足が向いてしまったのだ。

 そして、そこで目にした自分付きの小姓の少年の石像に、リュセルはぐっと唇を噛みしめて衝撃を堪えるしかなかった。

「ただいま、ティル」
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