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第十六章 闇射す光
5-3 石化②
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いつものように、留守中の部屋を守ってくれていたのだろう。調度品の埃を払って掃除していたと思われるティルは、穏やかな表情をしていた。
彼らは本当に、いつもの日常を送っていたのだ。
そうしてリュセルは、ティルの小さな頭を優しく数度撫で、立ち上がると、室内をざっと見まわした。今度はいつ戻って来れるか分からない。いや、もう戻れないかもしれない。
「行って来るよ、ティル。戻ったらまた、お前の美味しいお茶を淹れてくれ」
まあ、レオンのお茶淹れテクには負けるけどな。と付け加えながら、リュセルは立ち上がる。
ああ……
それにしても
何て静かなんだろう。
この国は
この城は
この場所は
こんなにも静かだった事が、今まであったのだろうか…………。
暗い目をしたまま、リュセルが自室を後にしようとした時
ガタンッ
何かの音が部屋の奥から響いた。
(ッ!?)
リュセルは恐る恐る音のした寝室の方へと足を向ける。
邪鬼だろうか?
それならば、宝主が傍にいない今、自分はすぐにこの場を去った方がいい。そう思いながらも、リュセルは音のする方へと進む足を止める事はなかった。何となく……、何となくだが、大丈夫のような気がしていたのだ。
寝室を抜け、更に奥にある衣裳部屋へと進み、自分用に設置された大きなクローゼットの扉を開ける。
「あッ!?」
リュセルは驚きの声を上げて、目の前でプルプルと小さく震えているそれを凝視する。
フワフワモコモコの薄茶色の毛を震わせて、ずっとこの場所に隠れていたであろうそれは、クリクリの真黒な目をリュセルに向け、驚きに目を瞬かせていた。
「クマ吉?」
その呼びかけに、プルプル震えながらも小さく頷いたクマ吉の柔らかい体を久方ぶりに抱き上げる。
「お前は無事だったか」
ふわふわの両手をしっかりとリュセルの肩に乗せ、クマ吉はしっかりとしがみついていた。
「よしよし、よく一匹で頑張ったな」
「…………」
主の言葉を聞いたクマ吉は、じっとリュセルの銀の瞳を見つめた後、小さくコクリと頷く。
王都の機能が停止した後、ずっと一匹でいたクマ吉の作り物の目に涙を流す機能がついていたら、きっと大粒の涙が流れていただろう。それ程に不安な気持ちで、主達、リュセルとレオンハルトが戻るのを待っていたのである。
「一緒に行こう、クマ吉」
「…………」
リュセルの言葉を聞いたクマ吉は、石化して動かないティルに目を向け、不安そうな顔をした。
「大丈夫、ティルや父上、カイルーズも、皆、俺達がきっと元の姿に戻すよ。だからもう、お前はここで皆が動き出すのを一匹で待っている必要はないんだ」
行こう?
そう言うリュセルにクマ吉は小さく頷き、安心したように目を閉じてリュセルの腕に小さな体を任せた。
城内及び、王都の街中。
すべてを確認出来るはずもなく、ざっと見て来ただけだったが、アシェイラ王都もサンジェイラ王都と同じように、生きている者すべてが石化し、時を止め、王都はその機能を完全に停止させていた。そして、おそらく王都の外、周辺には数多の邪鬼が囲んでいるのだろう。
偵察を終え、王宮に帰還したレオンハルトは、すぐに弟の待つ地下に在る女神像の間に向かった。王都を包み込んでいた結界も解かれ、現在浄化結界が維持出来ているのはこの地下だけであった。
「レオン」
転移装置の前で待っていたリュセルが、直ぐに問いかけるような視線を寄こす。
「…………」
それに無言で首を左右に振ったレオンハルトの答えに、リュセルは暗い目のまま視線を床に落とした。
「そうか」
この王都に無事な者は誰もいない。それが、現実だった。
「一体何故、何が原因でこんな事態になったのか分かればよいのだが」
「俺の感知能力でも、嘆きの詩の大きさに隠されてそれを引き出せないしな」
考え込んでいるような兄の言葉にリュセルがそう答えていると、レオンハルトの視線がリュセルの右足に集中しているのを感じる。
「クマ吉は無事だったのか?」
リュセルの右足にしがみ付きながらブルブル震えている薄茶色のくまのぬいぐるみをレオンハルトは抱き上げる。
「街では、人間だけでなく鳥や動物も石化していた。もしかすると、血の通った生きた者だけが石化の対象になったのかもしれぬな」
抱き上げたクマ吉を一撫でした後、弟に小さなその体を委ねながらレオンハルトはそう呟いた。
「生きた者だけが?」
クマ吉はローウェンが製作したぬいぐるみ型のロボットだ。もちろん、その中に血は通っていない。
「セイントクロス神殿本部に戻ろう。ジュリナ達ももう戻っている頃だ」
「ああ」
クマ吉を受け取りながら、リュセルは小さく頷いた。
アシェイラ王都がこの状態なのだ。
おそらく、ディエラ王都も……。
*****
「リュセル兄さん、レオンハルト兄さん、おかえりなさい! ……あっ、クマ吉! クマ吉も無事だったんだね!」
「リュセル殿、レオンハルト殿、よう無事に戻られた!」
転移装置を使用し、再びセイントクロス神殿本部に戻ったリュセルとレオンハルトは、ずっと転移装置のある絵画の間で待っていてくれていたらしいローウェンとアルティスのほっとしたような声を聞いた。
「ああ、心配かけてすまない。この通り俺達は無事だが、アシェイラ王都はクマ吉を除いてすべての者が石化してしまっていた」
「……アシェイラも」
リュセルの言葉にショックを受けたローウェンは、クマ吉を撫でていた手を止めて唇をかみしめる。
「ジュリナとティアラ姫は戻っているのかい?」
レオンハルトの言葉にアルティスは頷き答えた。
「ああ、戻っておる。しかし……」
ローウェンの肩を抱いたアルティスが残酷な真実を口にするよりも早く、女神の声を受け継いだ彼女の声がその場に響く。
「ディエラ王都も同じさ」
その場にいた者達の視線が、入室してきた朱金の髪の姉妹に移る。
「同じように、皆、石化しちまっていたよ」
苦虫を噛み締めるような顔でそう告げるジュリナの後ろでは、涙の痕が残るティアラが両腕にエリザベスを抱えていた。
「そっちも、べスは無事だったんだな」
クマ吉と同じ理由で石化を免れたのだろう。
「予測していなかった事態になってしまっている現状の事を考えると、今後の事を話し合うにしても、他の者達を加えた方がいいだろう」
レオンハルトが冷静な声で同胞達にそう告げると、皆、神妙な顔で大きく頷いた。
「セリクス神官長達には、簡単に今までの事を説明してある。皆、会議室に集まっておるよ」
アルティスの言葉を聞いたレオンハルトは、視線でジュリナに尋ねる。
「ディエラ王都の事も話してあるよ。伝えられていないのは、アシェイラ王都の現状だけさ」
「そうか」
アシェイラ王都の人々も、サンジェイラやディエラ、両王都のように石化している事を伝えなければならない。
「行こう」
しかし、どんなに残酷な事実でも伝えなければならないのだ。
サンジェイラ王都へ帰る前に見た、王都より離れた場所に在る街や村は無事だったが、今現在どうなっているか分からない。この神殿本部も、いつまで無事でいられるか分からないのである。
事態は一刻を争った。
彼らは本当に、いつもの日常を送っていたのだ。
そうしてリュセルは、ティルの小さな頭を優しく数度撫で、立ち上がると、室内をざっと見まわした。今度はいつ戻って来れるか分からない。いや、もう戻れないかもしれない。
「行って来るよ、ティル。戻ったらまた、お前の美味しいお茶を淹れてくれ」
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ああ……
それにしても
何て静かなんだろう。
この国は
この城は
この場所は
こんなにも静かだった事が、今まであったのだろうか…………。
暗い目をしたまま、リュセルが自室を後にしようとした時
ガタンッ
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(ッ!?)
リュセルは恐る恐る音のした寝室の方へと足を向ける。
邪鬼だろうか?
それならば、宝主が傍にいない今、自分はすぐにこの場を去った方がいい。そう思いながらも、リュセルは音のする方へと進む足を止める事はなかった。何となく……、何となくだが、大丈夫のような気がしていたのだ。
寝室を抜け、更に奥にある衣裳部屋へと進み、自分用に設置された大きなクローゼットの扉を開ける。
「あッ!?」
リュセルは驚きの声を上げて、目の前でプルプルと小さく震えているそれを凝視する。
フワフワモコモコの薄茶色の毛を震わせて、ずっとこの場所に隠れていたであろうそれは、クリクリの真黒な目をリュセルに向け、驚きに目を瞬かせていた。
「クマ吉?」
その呼びかけに、プルプル震えながらも小さく頷いたクマ吉の柔らかい体を久方ぶりに抱き上げる。
「お前は無事だったか」
ふわふわの両手をしっかりとリュセルの肩に乗せ、クマ吉はしっかりとしがみついていた。
「よしよし、よく一匹で頑張ったな」
「…………」
主の言葉を聞いたクマ吉は、じっとリュセルの銀の瞳を見つめた後、小さくコクリと頷く。
王都の機能が停止した後、ずっと一匹でいたクマ吉の作り物の目に涙を流す機能がついていたら、きっと大粒の涙が流れていただろう。それ程に不安な気持ちで、主達、リュセルとレオンハルトが戻るのを待っていたのである。
「一緒に行こう、クマ吉」
「…………」
リュセルの言葉を聞いたクマ吉は、石化して動かないティルに目を向け、不安そうな顔をした。
「大丈夫、ティルや父上、カイルーズも、皆、俺達がきっと元の姿に戻すよ。だからもう、お前はここで皆が動き出すのを一匹で待っている必要はないんだ」
行こう?
そう言うリュセルにクマ吉は小さく頷き、安心したように目を閉じてリュセルの腕に小さな体を任せた。
城内及び、王都の街中。
すべてを確認出来るはずもなく、ざっと見て来ただけだったが、アシェイラ王都もサンジェイラ王都と同じように、生きている者すべてが石化し、時を止め、王都はその機能を完全に停止させていた。そして、おそらく王都の外、周辺には数多の邪鬼が囲んでいるのだろう。
偵察を終え、王宮に帰還したレオンハルトは、すぐに弟の待つ地下に在る女神像の間に向かった。王都を包み込んでいた結界も解かれ、現在浄化結界が維持出来ているのはこの地下だけであった。
「レオン」
転移装置の前で待っていたリュセルが、直ぐに問いかけるような視線を寄こす。
「…………」
それに無言で首を左右に振ったレオンハルトの答えに、リュセルは暗い目のまま視線を床に落とした。
「そうか」
この王都に無事な者は誰もいない。それが、現実だった。
「一体何故、何が原因でこんな事態になったのか分かればよいのだが」
「俺の感知能力でも、嘆きの詩の大きさに隠されてそれを引き出せないしな」
考え込んでいるような兄の言葉にリュセルがそう答えていると、レオンハルトの視線がリュセルの右足に集中しているのを感じる。
「クマ吉は無事だったのか?」
リュセルの右足にしがみ付きながらブルブル震えている薄茶色のくまのぬいぐるみをレオンハルトは抱き上げる。
「街では、人間だけでなく鳥や動物も石化していた。もしかすると、血の通った生きた者だけが石化の対象になったのかもしれぬな」
抱き上げたクマ吉を一撫でした後、弟に小さなその体を委ねながらレオンハルトはそう呟いた。
「生きた者だけが?」
クマ吉はローウェンが製作したぬいぐるみ型のロボットだ。もちろん、その中に血は通っていない。
「セイントクロス神殿本部に戻ろう。ジュリナ達ももう戻っている頃だ」
「ああ」
クマ吉を受け取りながら、リュセルは小さく頷いた。
アシェイラ王都がこの状態なのだ。
おそらく、ディエラ王都も……。
*****
「リュセル兄さん、レオンハルト兄さん、おかえりなさい! ……あっ、クマ吉! クマ吉も無事だったんだね!」
「リュセル殿、レオンハルト殿、よう無事に戻られた!」
転移装置を使用し、再びセイントクロス神殿本部に戻ったリュセルとレオンハルトは、ずっと転移装置のある絵画の間で待っていてくれていたらしいローウェンとアルティスのほっとしたような声を聞いた。
「ああ、心配かけてすまない。この通り俺達は無事だが、アシェイラ王都はクマ吉を除いてすべての者が石化してしまっていた」
「……アシェイラも」
リュセルの言葉にショックを受けたローウェンは、クマ吉を撫でていた手を止めて唇をかみしめる。
「ジュリナとティアラ姫は戻っているのかい?」
レオンハルトの言葉にアルティスは頷き答えた。
「ああ、戻っておる。しかし……」
ローウェンの肩を抱いたアルティスが残酷な真実を口にするよりも早く、女神の声を受け継いだ彼女の声がその場に響く。
「ディエラ王都も同じさ」
その場にいた者達の視線が、入室してきた朱金の髪の姉妹に移る。
「同じように、皆、石化しちまっていたよ」
苦虫を噛み締めるような顔でそう告げるジュリナの後ろでは、涙の痕が残るティアラが両腕にエリザベスを抱えていた。
「そっちも、べスは無事だったんだな」
クマ吉と同じ理由で石化を免れたのだろう。
「予測していなかった事態になってしまっている現状の事を考えると、今後の事を話し合うにしても、他の者達を加えた方がいいだろう」
レオンハルトが冷静な声で同胞達にそう告げると、皆、神妙な顔で大きく頷いた。
「セリクス神官長達には、簡単に今までの事を説明してある。皆、会議室に集まっておるよ」
アルティスの言葉を聞いたレオンハルトは、視線でジュリナに尋ねる。
「ディエラ王都の事も話してあるよ。伝えられていないのは、アシェイラ王都の現状だけさ」
「そうか」
アシェイラ王都の人々も、サンジェイラやディエラ、両王都のように石化している事を伝えなければならない。
「行こう」
しかし、どんなに残酷な事実でも伝えなければならないのだ。
サンジェイラ王都へ帰る前に見た、王都より離れた場所に在る街や村は無事だったが、今現在どうなっているか分からない。この神殿本部も、いつまで無事でいられるか分からないのである。
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