【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十六章 闇射す光

12-2  未来への約束

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「セフィランッ!」



 レイデの木。

 その、神聖なる巨木の太い根に背を預けるようにして、一人の青年が身を横たえていた。

 この地を覆う草原と同じ翠緑の髪。身にまとった、所々破れ薄汚れた、元は白かったであろう神官服が印象的な懐かしい姿。

 あの日、王都で別れてから、何度取り戻そうと心に誓ったか。

 彼を取り戻せたら、神官と神子としてではなく普通の友人としての関係を築きたい。今までの分まで、幸せに生きていってもらいたい。そう思っていた。

 邪混鬼ではなく、一人の人間として

 いつまでも、いつまでも、幸せに…………

 この美しい世界で。


「セフィラン!」


 全力疾走し、その傍らに駆け寄ったリュセルは、固く目を閉じ、ピクリとも動かない青年を抱き起し、肩を揺する。そして、リュセルの後を追って来たレオンハルトがセフィランの右手をとり、脈を診る。

「レオンハルト、アルターコート神官の状態は?」

 つい癖で彼の仮の名を呼びながらジュリナが確かめると、レオンハルトは小さく呟いた。

「脈はある。生きてはいるようだが……」

 邪気が弱い。

 セフィランは邪鬼の源ともいえる邪気が非常に希薄になっている状態だった。

 邪神の浄化と同時に消滅しなかったのは、彼が半分人であるからなのだろう。人である部分が、彼を生かしていた。

「ぅ……」

 そんな神子達の願いが届いたのか、固く閉ざされていた瞼が動き、小さなうめき声を上げながらセフィランは目を覚ます。

 その瞳は、美しい菫色。

 夕暮れの一瞬にしか見る事の叶わぬ、薄空の色。

 見る者の郷愁を誘う優しいその瞳は、かつて紫電の色をしていた。ローウェンの左目同様、父神であるスノーデュークの浄化と共に変化したのだろう。かつて善神であった頃の父神の色を写し取っていた。

「リュセル」

 かすれた呼び声を聞いたリュセルは、セフィランの顔を覗き込む。

「セフィラン」

 それを見返したセフィランは、力ない笑みを浮かべた。

「馬鹿だな、お前。何、泣いてるんだ?」

 指摘され、ようやくリュセルは自分が泣いているという事実を把握する。

「帰ろう、セフィラン。皆、待ってる。……セリクス神官長やウインター神官長補佐、神殿の人達。城の皆だってお前を待ってる。俺達だって、ずっとずっと、お前の帰りを待っていたんだ」

 セフィ・アルターコートとして生きていた数か月。

 その数か月だけが、セフィランの今までの生涯の中で唯一、安らぎと幸せに満ちた時だった。


 あの頃……

 仕事をサボるライサンに対して怒るルークを宥め、日々の仕事をこなし、神官査の面々とたわいもない話をしたり、そして、時には城に呼び出されてリュセルやレオンハルトの相手をする。

 神官として仕えた日々。

 リュセルから、何度となく名前で呼ぶようにと催促された。

 神官と神子としてではなく、友人でありたいからと……。

 今度は、素直にこの手を取れるだろうか?

 友として、喜びや悲しみを分かち合えたら、どんなに幸せだろうか。


「リュセル、俺は……」

 差し出される暖かな手を取ろうと右手を上げかけたセフィランは驚きに目を見張る。

 上げた右手。その指先から少しずつ輪郭が無くなり、透け始めていた。邪神によって肉体を奪われ、魂をも引き裂かれかけていた彼の体は、もう限界なのだ。

「セフィ? ……ッ」

 右手を見つめ、動きを止めたセフィランを不思議に思い、彼の凝視する先に目を向けたリュセルは、それに気づく。

「セフィランッ!」

 慌てたリュセルが右手を掴もうとするが、右肘から先が儚い白銀の光と共に一気に拡散し、消滅する。


 白銀の…………

 浄化の光


「やめろ、浄化するなッ!」


 リュセルが悲鳴を上げて、セフィランの中から湧き上がる白銀の光を止めようと腕を伸ばす。

「止めなさい、リュセル! お前が触れば神気が強くなり、光の勢いが増す!」

 セフィランの身に起こっている事を悟ったレオンハルトは、慌てて弟の行動を止めた。そしてそのまま、少しでも時間を稼ぐ為、抱き起こしていた体をレイデの木の根に預けさせる。

「アルターコート神官の内から出ているそれは、スノーデュークを浄化した時の光の痕跡だよ、リュセル。光の神の神子である私達が触れれば、それは更に強くなる」

 痛ましげな表情でそう告げたジュリナは、セフィランに残された時間が長くない事を悟っていた。

 彼は、今までもっていたのが奇跡なのだ。

 ジュリナの隣では、ティアラが静かに涙を流しながら同じように泣いているローウェンを抱きしめ、アルティスは痛みを堪えるように固く目を閉じていた。

「セフィ…………ッ」

 どうする事も出来ず、セフィランの菫色の双眸を見つめるリュセルに、彼は静かな声でそれを口にした。


「リュセル……お前は……………………」


 それを耳にしたリュセルは驚きに目を見開き、消え逝こうとする命を繋ぎとめようと手を伸ばす。

「セフィラン……、違う……違う、お前は…………お前は……、これからじゃないか。お前は、何も……お前は何もまだ…………」



 世界の美しさも

 人々の温かさも

 生きている喜びも


 まだ、何も


 何、一つ……………………ッ



 絶句するリュセルは、セフィランの体が薄い白銀の光に包まれるのを見つめ、小さく声を上げた。

「ぁ……ぁ、あ、駄目だ、セフィラン……駄目だ…………」

 震えながら絶望の眼差しで自分の最期を見つめる友に、セフィランは告げた。

「もう……充分だ。充分、幸せだったさ」

 あの、数か月間。

 邪混鬼として数多の人々を手にかけた自分からすれば、たったひと時でも安息の日々があった。それだけで、充分過ぎる程幸運な事だったのだ。

「そんな事ない、嫌だッ! 俺はッ………………セフィランッ!」

 悲鳴を上げて頭(かぶり)を振るリュセルに、セフィランは約束を与えた。

 果たせるかどうか、分からない。

 それでも、自分を救ってくれた彼に、それを与えてやりたかったのだ。

「もし、いつか、生まれ変わる……ような事があったら、お前に俺だと分かるように…………印(しるし)を残す。また、……出会えるような…………そんな……そんな、奇跡があったら、その時は……………………」

 一つ一つ噛み締めるように言葉を紡ぐセフィランの顔が、白銀の光に包まれていく。

「あ……あ、あ、あ…………ッ」

 手を伸ばし、瞬きもせずに目を見開くリュセルに向かい、セフィランは微笑みを浮かべた。

 セフィ・アルターコートとして生きていた頃に浮かべていた偽りの微笑みとは違う、初めて浮かべる、彼の心からの微笑み。



「また会おう、リュセル」



 そうして


 そのまま



 浄化の白銀の光に包まれた体は、神官服のみを残し、跡形もなく消え去った。


 生まれ落ちた瞬間から邪神の器となる運命に翻弄され、それに抗い続けた哀しい邪混鬼の、…………最期だった。


 リュセル達の周囲を、キラキラとした浄化の光の名残が漂う。

 神聖的な程に美しいそれは、邪鬼を浄化した折、いつも目にしていた光景だ。



「あ、あ、あ、あ、…………ああああああああああああああああッ、ああああッセフィランーーーーーーーーーーーッ!!」



 美しい草原にリュセルの絶叫が響き渡り、彼の神官服を握りしめて体を震わせる弟の背を、レオンハルトは何も言わずに抱いた。







 リュセル……俺は


 俺にとってお前は…………



 光だった。


 先の見えぬ絶望の中。

 お前という存在は

 俺の中の暗闇を照らす



  ……………………たった一筋の、光だった。



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