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第十六章 闇射す光
13-2 未来開く鍵②
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過去にリュセルが名付けてきた者達の名前を思い出しながら、ローウェンは不安そうにアルティスに目を向ける。
「まあ、レオンハルト殿がついておるのだ。そう変な名前はつけないだろうよ」
…………多分。
ローウェンの心配にそう答えるしかないアルティスだった。
*****
サンジェイラ国王都より東南の地、ディエラ国との国境にある辺境の村。その村はずれの小さな小屋で一人の老人が静かに余生を送っていた。
「まあまあ、リュカ様。今日は顔色がいいんじゃないですか?」
神殿から任命されて近くの村から世話役として毎日やってくる恰幅のいいその中年の女性は、寝台から身を起こすリュカ老師の手伝いをしながら嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そうかの? 今日は大事な孫と養い子が曾孫の顔を見せにやってくるのじゃ。寝てなどいられんのじゃよ」
その言葉を聞いた世話役の女性は、驚きに目を見張る。
「養い子……て、ルーク坊やの事ですか? お孫様もいらっしゃるなんて! まあまあ! それじゃあ、ご馳走を用意しないと! リュカ様ももっと早くおっしゃってくれれば良かったのに……。今からじゃあ、ろくなものが用意出来ないわぁ」
「そんなに大事にせんでも良いよ、マギー」
マギーと呼ばれた女性は、眉を吊り上げて大きく首を左右に振る。
「そういう訳にはいきません! 今、家から食材を持ってきますから、お孫様やルーク坊やには少し待っていてもらって下さいね。お茶とお茶菓子の用意だけしておきますから」
「すまんのう」
「腕によりをかけて用意しますよ。私らメリク村のもんは、リュカ老師には昔からお世話になっているんですから」
長期休暇の折、よくこの小屋で過ごしていたリュカ老師の事を知らぬ者は、村には一人もいない。二十数年前、小さな赤髪の男の子を養子とし、共に過ごしていた事も、古参の者ならよく知っている。
「それじゃあ、一度、村に戻りますねぇ」
そうしてご馳走の準備の為、慌てて村に戻ろうと小屋を出たマギーは、村へと続く道を歩きながら、感慨深いため息をついた。
「あの坊やが、今ではアシェイラ神殿での神官長補佐様だっていうのだから、すごいよねぇ」
マギーの知るルークの姿は、八歳位の年齢で止まっていて、大人になった姿を目にした事は一度もない。
「きっと、立派になっているんだろうねぇ。……って、んん?」
何故、ルークがリュカ老師のお孫様と一緒にやってくるのだろうか? 曾孫を共に連れてくるのなら、そこはお孫様がお嫁さんを連れて来るところだろう。それに、第一、リュカ老師の孫は、祖父と同じ神官の道に進んだはず……。
リュカ老師のように、成人し、結婚を経験してから神官の道を志したのなら、子供がいてもおかしくはないのだが。
「まあ、いいか」
深く考えるのを止めたマギーは、ご馳走のメニューを考えるべく、帰路を急ぐ事にしたのだった。
「マギーの料理はおいしいからのう。楽しみじゃな」
そう言いながらお茶を飲んでいたリュカ老師は、軽く眉根を寄せて胸を抑えた。
最近、胸が苦しくなる事が多い。
手の届く場所に用意されていた薬を飲みながら、リュカ老師は自分がそう長くは生きられない事を悟っていた。
「しかし、間に合って良かったのう」
明日にもぽっくりと逝ってしまうかもしれない中、本当に良かったと安堵する。
「本当ならライサンに引き継ごうと思っておったのじゃが、引き継ぐには、少々ライサンは大きくなり過ぎてしまったからなぁ」
薬が効いてきたのか、胸の痛みが引いてくると、リュカ老師はそう呟いて一人頷く。
その時だった。
コンコン
木の扉をノックする音が響き渡り、懐かしい声が外から聞こえる。
「お祖父様、ライサンです。いらっしゃいますか?」
その声にリュカ老師は立ち上がると、急いで扉を開ける。
「おお、ライサン」
「お久しぶりです、お祖父様」
扉の外にいたのは、優しい面差しの白髪の青年。穏やかな薄茶の瞳は慈愛深く、見る者に安らぎを与えるだろう聖者の眼差しである。
その姿は別れた時の姿そのものである。まるで変わらない。年をとっていないようにも感じる姿だ。
あの頃と違うのは、着ている衣装が純白の神官服ではなく、アシェイラ風のデザインが特徴的な、落ち着いた色合いの外衣である事と、右目の目尻から瞼、上頬にかけて、植物の蔓のような赤い入れ墨のような紋様が描かれていた事位か。
その紋様の意味を知るリュカ老師は、それについては特に言及せず、彼の後ろに立つ養い子に目を向ける。
「ルークや」
「リュカ様」
ライサンと同じような外衣に身を包んだ彼の姿も、まるで時が止まってしまったかのように数年前から変わらない。
その姿も、髪の長ささえ……。
そんなルークの、左目の目尻から瞼、上頬にかけてにも、まるでライサンと対になるような植物の蔦のような紋様が存在していた。
そして、そんな彼が抱える存在。
「その子が……?」
「はい、リュカ様。俺の子……ではなく、俺達の子です」
ライサンからの無言の圧力を感じたルークはそう言い直すと、自分にしがみつく子供をリュカ老師に見せる。
「おお、おお、この子がドラゴン最後の希望。奇跡的に孵化した白竜(ホワイトドラゴン)か」
ルークに抱かれながら不安げな面持ちでリュカ老師を見つめるのは、三~四歳位の幼子。フワフワとした白髪は白い子兎を思わせ、その顔立ちは優しく穏やかで、驚く程にライサンに似ていた。
「ライサンの子供の頃にそっくりじゃ。でも、瞳の色はルークじゃな?」
褐色の色をしたその瞳の色が仮の色である事を知った上での言葉だった。
「ともかく、お入り。ここまで長かったであろう」
リュカ老師に促されて小屋内に入室しながら、ライサンは首を振る。
「ここまでジルとベルが送ってくれたので、あっという間でしたよ」
産まれた子がかつての天敵と同じ姿をしていても、かのドラゴン達は何かと世話を焼いてくれ、産まれたルークの子を可愛がってくれていた。
左右対称に互いに描かれた赤い紋様は、ドラゴンの番(つがい)の証。
まさか、ルークがライサンを番(つがい)の相手として選ぶとは、あの二頭は思ってもいなかっただろう。
でも、だからこそ
ライサンと二人だったからこそ、不可能と思われていたミラの卵の孵化に成功したのである。
「おいで、坊や」
居室のソファに三人を案内し、マギーが用意してくれていたお茶とお茶菓子を出していたリュカ老師は、ルークとライサンの元から離れない幼子に優しく呼びかけた。
ルークの腕の中からライサンの膝上に移動していた幼子は、リュカ老師の呼びかけに戸惑うような素振りを見せる。
「ライ?」
背後のライサンを見上げると、それに微笑み頷き返される。
「ルー」
隣のルークを見上げると、彼も小さく笑って幼子の柔らかな髪を撫でた。
「大丈夫。父様達の大切な方だ。前に話しただろう? リュカ様だよ」
それに頷いた幼子は、恐る恐るライサンの膝から降り、リュカ老師の元へと近づいた。
「良い子じゃ。良い子じゃな、坊や」
にこにこ笑い、自分の頬を優しく撫でる老師に、幼子は舌足らずな小さな声で呼びかける。
「リュカさま」
「じいじと呼んでくれてよいのじゃぞ。その名は、今日から坊やのものになるのじゃからな」
リュカ老師のその言葉に対し、ライサンとルークは、はっとしたような表情になった。
「お祖父様」
ライサンの呼びかけに、リュカ老師は深く頷く。
「約束通り、この子に名前はつけてはおらぬな?」
「はい。今まで、リトル(小さな我が子)と呼んでいました。でも、お祖父様……、本当に?」
「ああ。これから、この名がこの子を守るじゃろう」
そう告げ、頷くと、リュカ老師は不思議そうに褐色の瞳を瞬かせる幼子にそれを与えた。
リュカ老師が贈る、これが最期の贈り物だった。
「リュカ・セリクス。今日から、そう名乗るがよい」
それに、幼子……リュカは、驚きに瞳を虹色に輝かせ、与えられた自分の名を小さな声で呟いた。
「リュカ…………セリクス」
老師はそれに微笑み、すべてを包み込むような優しい眼差しをリュカに注ぐ。
「大きくおなり、リュカ。体も……そして、心も。じいじは、お前の成長を楽しみにしておるよ」
その生涯を神殿に捧げ、大神官として神官と巫女の育成に心血を注いだ、偉大な老師。
彼が静かに息を引き取ったのは、それから数か月後の事である。
「まあ、レオンハルト殿がついておるのだ。そう変な名前はつけないだろうよ」
…………多分。
ローウェンの心配にそう答えるしかないアルティスだった。
*****
サンジェイラ国王都より東南の地、ディエラ国との国境にある辺境の村。その村はずれの小さな小屋で一人の老人が静かに余生を送っていた。
「まあまあ、リュカ様。今日は顔色がいいんじゃないですか?」
神殿から任命されて近くの村から世話役として毎日やってくる恰幅のいいその中年の女性は、寝台から身を起こすリュカ老師の手伝いをしながら嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そうかの? 今日は大事な孫と養い子が曾孫の顔を見せにやってくるのじゃ。寝てなどいられんのじゃよ」
その言葉を聞いた世話役の女性は、驚きに目を見張る。
「養い子……て、ルーク坊やの事ですか? お孫様もいらっしゃるなんて! まあまあ! それじゃあ、ご馳走を用意しないと! リュカ様ももっと早くおっしゃってくれれば良かったのに……。今からじゃあ、ろくなものが用意出来ないわぁ」
「そんなに大事にせんでも良いよ、マギー」
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「そういう訳にはいきません! 今、家から食材を持ってきますから、お孫様やルーク坊やには少し待っていてもらって下さいね。お茶とお茶菓子の用意だけしておきますから」
「すまんのう」
「腕によりをかけて用意しますよ。私らメリク村のもんは、リュカ老師には昔からお世話になっているんですから」
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「それじゃあ、一度、村に戻りますねぇ」
そうしてご馳走の準備の為、慌てて村に戻ろうと小屋を出たマギーは、村へと続く道を歩きながら、感慨深いため息をついた。
「あの坊やが、今ではアシェイラ神殿での神官長補佐様だっていうのだから、すごいよねぇ」
マギーの知るルークの姿は、八歳位の年齢で止まっていて、大人になった姿を目にした事は一度もない。
「きっと、立派になっているんだろうねぇ。……って、んん?」
何故、ルークがリュカ老師のお孫様と一緒にやってくるのだろうか? 曾孫を共に連れてくるのなら、そこはお孫様がお嫁さんを連れて来るところだろう。それに、第一、リュカ老師の孫は、祖父と同じ神官の道に進んだはず……。
リュカ老師のように、成人し、結婚を経験してから神官の道を志したのなら、子供がいてもおかしくはないのだが。
「まあ、いいか」
深く考えるのを止めたマギーは、ご馳走のメニューを考えるべく、帰路を急ぐ事にしたのだった。
「マギーの料理はおいしいからのう。楽しみじゃな」
そう言いながらお茶を飲んでいたリュカ老師は、軽く眉根を寄せて胸を抑えた。
最近、胸が苦しくなる事が多い。
手の届く場所に用意されていた薬を飲みながら、リュカ老師は自分がそう長くは生きられない事を悟っていた。
「しかし、間に合って良かったのう」
明日にもぽっくりと逝ってしまうかもしれない中、本当に良かったと安堵する。
「本当ならライサンに引き継ごうと思っておったのじゃが、引き継ぐには、少々ライサンは大きくなり過ぎてしまったからなぁ」
薬が効いてきたのか、胸の痛みが引いてくると、リュカ老師はそう呟いて一人頷く。
その時だった。
コンコン
木の扉をノックする音が響き渡り、懐かしい声が外から聞こえる。
「お祖父様、ライサンです。いらっしゃいますか?」
その声にリュカ老師は立ち上がると、急いで扉を開ける。
「おお、ライサン」
「お久しぶりです、お祖父様」
扉の外にいたのは、優しい面差しの白髪の青年。穏やかな薄茶の瞳は慈愛深く、見る者に安らぎを与えるだろう聖者の眼差しである。
その姿は別れた時の姿そのものである。まるで変わらない。年をとっていないようにも感じる姿だ。
あの頃と違うのは、着ている衣装が純白の神官服ではなく、アシェイラ風のデザインが特徴的な、落ち着いた色合いの外衣である事と、右目の目尻から瞼、上頬にかけて、植物の蔓のような赤い入れ墨のような紋様が描かれていた事位か。
その紋様の意味を知るリュカ老師は、それについては特に言及せず、彼の後ろに立つ養い子に目を向ける。
「ルークや」
「リュカ様」
ライサンと同じような外衣に身を包んだ彼の姿も、まるで時が止まってしまったかのように数年前から変わらない。
その姿も、髪の長ささえ……。
そんなルークの、左目の目尻から瞼、上頬にかけてにも、まるでライサンと対になるような植物の蔦のような紋様が存在していた。
そして、そんな彼が抱える存在。
「その子が……?」
「はい、リュカ様。俺の子……ではなく、俺達の子です」
ライサンからの無言の圧力を感じたルークはそう言い直すと、自分にしがみつく子供をリュカ老師に見せる。
「おお、おお、この子がドラゴン最後の希望。奇跡的に孵化した白竜(ホワイトドラゴン)か」
ルークに抱かれながら不安げな面持ちでリュカ老師を見つめるのは、三~四歳位の幼子。フワフワとした白髪は白い子兎を思わせ、その顔立ちは優しく穏やかで、驚く程にライサンに似ていた。
「ライサンの子供の頃にそっくりじゃ。でも、瞳の色はルークじゃな?」
褐色の色をしたその瞳の色が仮の色である事を知った上での言葉だった。
「ともかく、お入り。ここまで長かったであろう」
リュカ老師に促されて小屋内に入室しながら、ライサンは首を振る。
「ここまでジルとベルが送ってくれたので、あっという間でしたよ」
産まれた子がかつての天敵と同じ姿をしていても、かのドラゴン達は何かと世話を焼いてくれ、産まれたルークの子を可愛がってくれていた。
左右対称に互いに描かれた赤い紋様は、ドラゴンの番(つがい)の証。
まさか、ルークがライサンを番(つがい)の相手として選ぶとは、あの二頭は思ってもいなかっただろう。
でも、だからこそ
ライサンと二人だったからこそ、不可能と思われていたミラの卵の孵化に成功したのである。
「おいで、坊や」
居室のソファに三人を案内し、マギーが用意してくれていたお茶とお茶菓子を出していたリュカ老師は、ルークとライサンの元から離れない幼子に優しく呼びかけた。
ルークの腕の中からライサンの膝上に移動していた幼子は、リュカ老師の呼びかけに戸惑うような素振りを見せる。
「ライ?」
背後のライサンを見上げると、それに微笑み頷き返される。
「ルー」
隣のルークを見上げると、彼も小さく笑って幼子の柔らかな髪を撫でた。
「大丈夫。父様達の大切な方だ。前に話しただろう? リュカ様だよ」
それに頷いた幼子は、恐る恐るライサンの膝から降り、リュカ老師の元へと近づいた。
「良い子じゃ。良い子じゃな、坊や」
にこにこ笑い、自分の頬を優しく撫でる老師に、幼子は舌足らずな小さな声で呼びかける。
「リュカさま」
「じいじと呼んでくれてよいのじゃぞ。その名は、今日から坊やのものになるのじゃからな」
リュカ老師のその言葉に対し、ライサンとルークは、はっとしたような表情になった。
「お祖父様」
ライサンの呼びかけに、リュカ老師は深く頷く。
「約束通り、この子に名前はつけてはおらぬな?」
「はい。今まで、リトル(小さな我が子)と呼んでいました。でも、お祖父様……、本当に?」
「ああ。これから、この名がこの子を守るじゃろう」
そう告げ、頷くと、リュカ老師は不思議そうに褐色の瞳を瞬かせる幼子にそれを与えた。
リュカ老師が贈る、これが最期の贈り物だった。
「リュカ・セリクス。今日から、そう名乗るがよい」
それに、幼子……リュカは、驚きに瞳を虹色に輝かせ、与えられた自分の名を小さな声で呟いた。
「リュカ…………セリクス」
老師はそれに微笑み、すべてを包み込むような優しい眼差しをリュカに注ぐ。
「大きくおなり、リュカ。体も……そして、心も。じいじは、お前の成長を楽しみにしておるよ」
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