【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第三章 王族

2-1 不眠症

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 カイルーズが去った後、リュセルは目の前にある食後の紅茶を一口飲んだ。

(災難が去った後の紅茶はうまいな)

 ほっと一息つきながら、縁側で緑茶をすする老人のような気持ちで紅茶を飲んでいると、今まで黙っていたレオンハルトが口を開いた。

「リュセル、やはり自分の部屋が欲しいのか?」

「え?」

 何か考え込んでいたと思ったら、まださっきの事(リュセルに部屋を与えないのかとカイルーズが聞いた事だ)を考えていたのか。

「ああ、出来ればな。いつまでも、がたいのいい兄弟二人が同じベットで寝起きするのは、見た目的に視覚の暴力だろう?」

 レオンハルトはリュセルの言葉を聞くと、また少し考えて言った。

「どうしてもと言うのなら、用意させる事は出来るが」

 マジですか!?

 リュセルは、頭の中で鐘が鳴り響くのを聞いた。

「是非!」

 弟の強い要望に、レオンハルトは小さく頷く。

「わかった。客室がいくつか空いているから、一室用意させよう。そこで大丈夫なら、お前に部屋を与えるよ」

 大丈夫って、大丈夫に決まっているじゃないか!

 珍しく歯切れの悪いレオンハルトの言い方を聞いたリュセルは、内心首を傾げながらも、今夜からレオンハルトと同衾しなくてもいいという事実を大いに喜んだ。

 そうして、レオンハルトは侍女を呼ぶと、客室を一室仮のリュセルの部屋とする為に指示した。その後も、しばらくとりとめもない話を二人でしていたが、不意にレオンハルトは立ち上がった。

「では、私も仕事に戻るが、部屋へは、そこの侍女に案内してもらいなさい」

 そう言って部屋を出て行った兄を見送ると、リュセルは、早速、自室(仮)へと案内してもらったのである。



「こちらでございます」

 案内された部屋は、レオンハルトやカイルーズ達王族の自室のある場所とは少し離れた、後宮の中でも離宮にあった。おそらく、他国から来た王族や貴族達など、身分の高い者達を泊める部屋なのだろう。

 入ってみると、中はやはり豪華だ。レオンハルトの部屋程広くないが、それでも充分広い。

「あ、リュセル様。お荷物は全部移しておきましたよ」

 室内では、働き者の小姓、ティルが既に待機していた。

「でも、なんで、急にレオンハルト殿下の部屋から引越したんですか?」

「いつまでも、レオンと同室ではいられんだろう」

 憮然としてリュセルが答えると、ティルはリュセルの衣類をクローゼットにしまいながら首を傾げた。

「でも、レオンハルト殿下は、夜寝る時にしか部屋には帰っていらっしゃらなかったから、ほとんどあの部屋はリュセル殿下の部屋のようでしたよね」

 まあ、確かにそうなのだが。

「あ……、申し訳ありません。差し出がましい事を言って」

「いや」

 リュセルがそう言うと、ティルは部屋に備え付けてあった浴室にて湯浴みの準備が出来ている事を告げた。薦められるまま、リュセルは湯を浴び、その後、軽く読書をしてから眠る事にした。

「では、おやすみなさいませ。リュセル殿下」

「ああ、おやすみ」

 リュセルが寝室に入ると、ティルが頭を下げて退出して行った。

 侍女達がリュセルの為に変えたのであろう、真新しいシーツ、その上に横たわり、彼はため息をついた。

(そういえば、こちらの世界に帰ってからというもの、夜はほとんどレオンと一緒に眠っていたんだよな)

 普通、いい年した兄弟が一緒に眠る事は、まずないだろう。

(もっと、早くこうすれば良かった)

 剣鍵として危うい状況だった時は、まあ、しょうがなかったと思うが。

 しんっとした空気の中、リュセルは心地良い眠りにつく為に目を閉じたのだった。





 そして、……それから、かなりの時間が経った。


 もう、真夜中である。


「羊が775、羊が776、羊が777……、ふっ、7がそろったな」

 寝台の上で、リュセルはぶつぶつと羊を数えていたのだ。

 しかも、その数は、とんでもない数量になっていた。

「眠れん!」

 紅茶を飲みすぎたか?

 リュセルは跳ね起きると、あまりにも眠気が降りて来ない事に苛立ちながら、眠る事をあきらめた。

「本でも読むか」

 レオンハルトに聞かれれば眉を潜められるだろう、その美貌に似合わぬ荒い舌打ちをすると、リュセルは寝台を抜け出て、サイドテーブルの上に置いていた読みかけの本を開いた。
 本を読んでいる内に眠くなるかもしれないと思ったが、まったく眠くならず、その内夜が明けてしまった。

 眠れないまま、夜が明けてしまった。だが、その時は何も気にしてなかった。向こうの世界にいた時だって、そんな事はざらにあったし、たいした事はなかろうと。

 しかし、それはその夜だけではなかったのだ。

 次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、夜まったく眠れなくなってしまった。

「リュ、リュセル様?」

 日に日に目の下の隈が濃くなっていく主人の様子を見ていたティルは、心配そうにその名を呼んだ。

 リュセルが部屋を移って、五日目の事だった。

「なんだ、ティル?」

 心なしかやつれているように見えるリュセルは、その状態を心配して今日の講義は中止しようと提案した教師達の言葉に異議を唱え、本日分の勉強はなんとかこなしたのだった。

「どこか具合でもお悪いのですか?」

「何故?」

 何故って、一目瞭然で具合が悪そうだ。

「レオンハルト殿下も、ここ数日はお仕事の引継ぎが忙しくて、会いに来られませんしね」

 ティルの言葉を聞いたリュセルは、次の瞬間、目をくわっと見開いた。

「レオンは関係ないだろう!?」

「うわっ、ご、ご、ご、ごめんなさい!」

 その時のリュセルの形相には、ティルが素で謝ってしまう程の迫力があった。

(ああ。くそっ、なんで眠れない!)

 リュセルは、その銀糸の髪をわしゃわしゃと掻きむしる。心なしかその月の光を編んだかのような髪も艶がない。

 原因はわかっている。

 わかってはいるが、認めたくない。レオンハルトと一緒でないと眠れないなど、自分の矜持(プライド)が許さない!
 兄はこうなる事を予測していたのだろうか? だから、あんなに歯切れの悪い言い方をしたのか?

「リュセル殿下、少し休まれた方が」

 ティルが気遣うようにそう言うが、リュセルは小さく首を振った。

「どうせ、数える羊の数が増えるだけだ。」

「え? 羊……?」

 眠れぬ時に羊を数える習慣が、この世界にはないのだろう、ティルは不思議そうに首を傾げていた。



 そして、その日の夜も、最近日課と化した羊数えにリュセルは精を出した。

「羊が1567、羊が1568……、ひ、羊が…………」

 頭の中を羊だらけにしていたリュセルは、苛立ちながら起き上がった。

「くそっ」

 そう吐き出すと、自室(仮)を飛び出して、目をすわらせたまま、早歩きで廊下を歩き、離宮から後宮へと渡り、レオンハルトの部屋の扉を荒々しくノックした。

「……?」

 しんっとしたまま応答のない室内を不審に思い、そのまま扉を開ける。寝室の扉も開けるが、レオンハルトはいないようだった。まだ、戻っていないのだろう。

 内心ほっとしながらも、たっ五日いなかっただけなのに何故か懐かしい気がする室内の空気を吸い込んだ。

 そのまま、うつ伏せにベットに倒れこむ。洗い立てのシーツの香りと、何故か懐かしい匂いがした。

(ああ、これは、レオンの匂いか)

 そう考えたのを最後に、安心してリュセルは浅い眠りに落ちたのだった。


 そして


 しばらくすると、体を引き上げられる気配がして、浅い眠りからリュセルはあっさりと目を覚ました。

「起こしてしまったか」

 またしてもうつ伏せで眠っていたリュセルの体を仰向けにしていたレオンハルトは、静かな声でそう言いながら、リュセルの顔を見て眉をひそめた。

「ひどい顔だな」

 身長も高い為、体重もそれなりにあるリュセルの体を苦もなく仰向けにするレオンハルトの腕力に今更ながら驚きつつ、客室で眠っているはずのリュセルが自分の部屋の寝室にいるという事実にさして驚いたところもない兄は、まるでこうなる事を予知していたようだとリュセルは思った。

 戻ったばかりなのだろう。着替えも済ませず、王子の略装姿のまま、レオンハルトはため息をついた。

「だから、大丈夫か聞いたのだよ」

「どういう意味だ?」

 支えられていたレオンハルトの腕から逃れると、リュセルは寝不足の為、頭痛のする頭を押さえた。

「お前は、私の気配に慣れすぎてしまったんだ。だから、一番無防備になる睡眠時、私の気配がないと眠れなくなるんじゃないかと、少し危惧していた」

「じゃあ俺は、お前と一緒じゃないともう寝られない体になったって事なのか?」

「眠れない事もないだろうが、まあ……、そういう事だね」

 リュセルの認めたくない事実を、あっさりと肯定したレオンハルトに泣きたくなった。

(ううう)

 ショックを受けた様子の弟の頭を撫でると、小さくレオンハルトは笑う。

 それに一瞬、リュセルは見とれた。

 普段あまり笑わないレオンハルトの微笑みは、それは美しいものだったのだ。聖者のように優しそうで、どこか艶めいている。

 リュセルはそれに惹かれたように、そっとそのなめらかな頬に触れた。そういえば、しばらくこの兄と会っていなかったのだと、今更ながらに気づいた。

 まあ、たった五日(もう六日か)だが、こんなに離れたのは、出会ってから初めてではなかろうか。

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