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第四章 朱金の姫君
1-1 予期せぬ手紙
しおりを挟むそれは突然の事だった。
からっと晴れた、まさにピクニック日和の良い天気のある日の午前。訓練場に、剣と剣が打ちかう音が鳴り響いていた。
騎士達の使用する訓練場とは違う、王族専用の訓練場、というか、運動場のような建物だ。屋根はなく、石の壁に覆われているだけの簡素な広場のような場所だった。
「ぐふっ」
低く呻いて、その場に倒れ臥した銀の髪の若者。彼に剣の稽古をつけていたユージンは、言いにくそうに言った。
「リュセル殿下……。申し上げにくいのですが、殿下には、剣の才能がないみたいです」
「はっきり言い過ぎだぞ、お前」
リュセルはそう言って、恨めしそうにその場に倒れたまま、兄の直属の騎士の一人に視線を向けた。
怪我の完治と共に、主であり第一王子たるレオンハルトの命を受け、弟君であるリュセル殿下に剣の稽古をつけて数週間。まったく進歩の見られないリュセルに、ユージンはほとほと困り果てていた。
「俺は、向こうでも致命的な運動音痴だったからな。頭は良くなっても、身体能力は変わらなかったって事だろう」
向こうとは、つい一月程前までリュセルが暮らしていた世界の事である。
(ふ‥‥‥学生時代、体育は5段階評価中、常に2か1だったさ)
アンニュイなため息をつくリュセルに、ユージンは汗を拭く為の布を差し出しながらも、不思議そうに告げた。
「レオンハルト殿下はアシェイラ一の剣豪ですのにねえ。カイルーズ殿下だって、レオンハルト殿下みたいに鬼神めいた強さじゃありませんが、それなりにお強いですし」
「ほっといてくれ」
ユージンの言葉を聞いたリュセルは、大きなため息をつく。
「そんな恵まれた体格をしていて剣が使えないなんて、もったいないですねえ」
鍛えてもいないのに、綺麗に筋肉のついたバネのような体をしている上、上背があるので、剣を持つととても様になり、その上凛々しい美男子然とした美貌の影響で、大変格好よろしいのだが……。
「ああ~もったいない、もったいない」
(お前は、もったいないおばけか!)
ユージンが両手を広げて嘆いているのを、横目で見ながら、リュセルは心の中でつっこんだ。
そして、その後、あまり成果は見られない中、とりあえず、今日の訓練を終えて、リュセルが訓練場を後にすると、ティルがやって来た。
「リュセル様、レオンハルト殿下がお呼びです」
ユージンと共に水分補給をしていたリュセルは、ティルの言葉に眉をひそめた。
「レオンが?」
いつものごとく、朝起きるといなくなっていた兄が、わざわざ自分を呼びつける理由が分からなかった。
しかし、待たせるとまたうるさいので、リュセルは汗で汚れた衣服を着替える事もせずに、レオンハルトが待っている彼の執務室へと急いだ。
一か月前まで色々な書類で埋め尽くされていたレオンハルトの執務室は、ここ最近でかなりすっきりと片付いてきた。国王補佐の仕事はカイルーズに引き継ぎ、騎士団総帥の座は前々から目をかけていた信頼のおける者へと引き継いだ。
すっかり片付いた自分の執務机。その上に置かれた手紙をもう一度開くと、レオンハルトはそれをじっくりと読んだ。
高級紙を使ったその封筒の封印は、ディエラ王家のもの。
「……まったく」
彼の脳裏を過ったのは、気づけば、最近、あまり会わなくなっていた女性の姿。
彼女の魂胆は見え見えだ。
「さて、どうするか」
口ではそう言いつつも、レオンハルトの意思は既に定まっていた。
その時、わずかなノックの音と共にリュセルが入室して来る。
「呼んだか?」
あっけらかんとした口調で、そう言って近づいてくる弟に目を向けた。汗と砂に汚れたリュセルの姿に、レオンハルトはわずかに眉をひそめるが、その事については何も言わず、用件を口にした。
「明朝、ディエラに発つ。用意をしておけ」
「……は?」
ぽかんと口を開けたリュセルに対し、レオンハルトは補足説明をする。
「ディエラの王都近くの街で邪気の痕跡が発見され、行方不明者も出ているらしい。鏡では対応しきれないと応援要請が入った」
邪気の浄化、いわゆる初任務である。
リュセルは緊張の面持ちでレオンハルトを見たが、当の本人は、ディエラからの手紙らしきものを片手に、珍しく気が乗らない様子だった。
「というのは建前で、おそらくジュリナの奴が妹の婚約者たるお前を品定めする為に、こんな要請を出してきたんだろう」
「ジュリナ?」
リュセルが聞き慣れぬその名を聞き返すと、レオンハルトは不機嫌そうに持っていた手紙を机の上に放り、かけていた皮椅子に深く沈みこんだ。
「ジュリナ・レイデューク・ディエラ。ディエラの鏡主であり、お前の婚約者、ティアラ姫の姉姫だ」
ティアラ姫。彼女なら知っている。
「Iカップのお姫様か」
「あいかっぷ?」
リュセルが一人で納得していると、レオンハルトは聞き慣れぬその言葉に眉をひそめた。
「いや、何でもない」
「ともかく、そういう訳だ。要請があったからには行かないとならない。準備をしておきなさい」
レオンハルトの言葉に、リュセルは頷いた。
「はい」
鏡守りの国 ディエラ。
このアシェイラでさえ、城から出た事がないのに、いきなり他国かよ。と内心思いながらも、リュセルはレオンハルトの部屋を後にしたのだった。
そして、リュセルが去った後、今度は自分の直属の騎士達を呼んだレオンハルトは、弟にした説明と同じように話した。
「承知致しました」
アントニオが礼儀正しく頭を下げて、それにアイリーンとユージンが続くと、レオンハルトは小さく頷いた。
「殿下、ディエラに行くの嫌なんでしょう? ジュリナ姫と仲悪いもんな~」
「ユージン!」
いたずらっぽく笑いながらレオンハルトをからかったユージンを、アイリーンは慌ててたしなめる。
「悪いか?」
しかし、お調子者のこの自分の騎士の軽口に慣れたレオンハルトは、アイリーンの心配を余所に淡々とした口調で言い返した。
「いえいえ、悪くはないですがね。でも、確かにお気は強いですが、ジュリナ姫は美人じゃないですか~。最初は、リュセル殿下とティアラ姫ではなく、殿下とジュリナ姫の婚約の話があったのでしょう? あまりの相性の悪さになくなってしまったようですが」
ユージンの言葉を無表情のまま聞いていたレオンハルトは、彼の軽口に淡々とした口調で答える。
「玉主が前に言っていたが、私達は同属嫌悪をしているらしい。似たもの同士だと言っていたな。あんな奴と似ているはずはないのだが……」
「はあ、成程」
何度か会った事のあるジュリナ姫の性格の強さは、確かにレオンハルトと通じるものがあるかもしれないな。とユージンは感心して頷いた。
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