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第四章 朱金の姫君
3-2 麗しの美姫
しおりを挟む「ティア、入るよ」
妹の部屋の扉の前で、そう一声かけると、彼女は一気に扉を開く。
姫君の部屋らしい、柔らかい色合いで統一された部屋の中で、その部屋に似つかわしい一人の少女がハンカチに刺繍をしていた。
「お姉様」
自分を見つめて、にっこりと春の女神のような暖かい微笑みを浮かべた妹にゆっくりと近づくと、その桜の花びらのような唇に口づける。
「何を縫っているんだい?」
白い手元を覗き込むと、繊細な薔薇の刺繍が施されているのがわかった。
「これは、お姉様にお渡ししようと思って……」
照れたように頬を赤く染めて小さな声でそう言った、妹の可憐な様子に微笑むと、その、自分とよく似た朱金の髪を撫でてやった。
「ありがとう。嬉しいよ」
そう言った直後に、今縫っているハンカチの隣にも、すでに刺繍の終わったハンカチがあるのに気づいた。雄雄しい獅子の刺繍の施されたハンカチは、一見してあきらかに男物である事がわかる。
「あ、これは、リュセル様へ」
そう言って、そのハンカチを大切そうに胸に抱えた妹は、本当に可愛らしく愛おしいのだが。
(リュセル王子。私の可愛いティアを奪おうとしている男)
許すまじ!
しかし、そんな事は表に出さずに、妹には優しい微笑みを向けたまま言った。
「予定では、今日の午後には城に着く予定だよ」
「本当ですの!?」
「ああ、本当だ」
ああ……そんなに嬉しそうな顔をしてしまって。
許すまじ!
「ご帰還された時にお会いしたきりでしたので、ゆっくりとお話がしたいと思っていましたの。もちろん、今回の訪問は邪気の浄化が目的なのはわかっていますけれど」
一体、どんな男なのだろう。この、愛らしくも愛おしい最愛の妹の婚約者は。
(どんな男だろうとも、私のティアは渡さないよ。しかしあのレオンハルトの弟だ。油断は出来ないね)
相性は最悪に悪いのだが、悪友のような関係にある男の顔を思い出して、気分が悪くなった。
「そう言えば、あいつも来るんだったな」
女である自分よりも断然艶のある美貌をした男。一体、半身たる弟に対して、あの鉄面皮男はどんな態度をとっているのか。
(ふん、興味深いね)
そうして、しばらくの団らんの後、妹の部屋を退出して、一人の少女を呼びつけた。
「ねえ、サラ。いい子だから、頼まれてくれるか?」
甘いそのささやきに、サラと呼ばれた侍女は、うっとりと頷いた。
「はい。ジュリナ様の仰せのままに……」
このディエラ王都よりもかなり離れた、アシェイラの関所近くの街から連れてきたこの少女は、度胸もあるし賢い。
それに、自分達に誰よりも忠実だ。だからこそ、この役目を命じた。
「リュセル王子の監視を任せる」
一時も目を放すな。
妹に対する、予防策であった。
*****
アシェイラ王都を発って、約ニ週間。
(っ!!)
馬車から降りたリュセルは、目の前の光景に驚きに目を見開いた。ディエラ国王都に入った途端に現れた、女王の側近だという迎えの騎士の案内により、森に囲まれた白亜の城に到着すると、アシェイラの王子の訪問を知る城に仕えるたくさんの人々が出迎えていた。
城門から城の内部へと続く、巨大な扉までの長い道のりの中、両脇に控えた騎士や使用人達が他国の王族に敬意の念を込めて深く頭を垂れている。
扉の前で馬車を止めたアントニオの到着の知らせに応じ、馬車を降りてリュセルが見たのは、そんな壮大な光景だった。
リュセルの後から馬車を降りたレオンハルトの今日の髪型は、本日は時間があまりなかった為、髪自体はそのまま垂らし、両脇の顔近くで細い三つ編みを二つ作り、それを後ろに流して後頭部の下の方でまとめて花で飾ってあるだけである。
……まあ、それだけでも十分印象深いが。
ユージンとアイリーンは、それを目にした途端、互いの目を見合わせ、頷いた。
(シンプルな中にも華やかさを感じる)
(白い花がアクセントになっていて、気品を感じるわ)
恒例になった二人の間でのレオンハルトの髪型批評大会に、リュセルはまったく気づかぬまま大勢の出迎えに圧倒されていた。
アシェイラを出る際は、邪気浄化の旅を悟られない為、隠密での出発だったのに、こんな盛大な出迎えを受けていいのだろうか?
「こちらです。」
女王側近の青年の案内により、レオンハルトとリュセルは、女王シルヴィアと対面する為、玉座の間へと進み、王族ではないユージン、アイリーン、アントニオは、進み出た侍女に案内されて別の場所へと案内されて行った。
「相変わらずね、二人共。あまり火花を散らさないでちょうだい」
ため息をついて悲しそうにそう言うと、シルヴィアは、仕切りなおすように、残った三人の少女に目配せした。
(み……、三つ子!?)
進み出た三人の少女は、示し合わせたかのように同時に貴婦人の礼をしたが、その顔はまったく同じだった。
赤茶色の髪にはしばみ色をした瞳は、女王によく似ている。まだ、十歳に満たないような少女達の誰かが、この国の時期女王なのだろうか。
「末の王女の、右からルカ、ルイ、ルナです。」
少女達はリュセルに見つめられると、皆一様に頬を赤く染めて俯いてしまった。
「ゆっくりと城を案内して差し上げたいけれど、今回の訪問の目的は邪気の浄化なのでしょう?邪気については私ではわからないので、ジュリナとティアラの説明を受けていただけるかしら?」
孫娘達の紹介を終えると、そう言って小首を傾げたシルヴィア女王に、レオンハルトは小さく頷いた。
「はい」
立ち上がったレオンハルトに続いて、リュセルも立ち上がる。
「リュセル様、レオンハルト様、お久しぶりです」
それを合図に、傍まで駆け寄ってきたティアラの右手の甲に口づけると、レオンハルトは事務的に答えた。
「こちらこそお久しぶりです、ティアラ姫。リュセル帰還の折は、尊い鏡の力を貸していただきありがとうございました」
「いえ、そんな……お礼を言われる程の事ではありませんわ」
そして、そのまま、にっこりと微笑むティアラの視線がリュセルに向けられた。
「リュセル様」
「ティアラ姫……」
婚約者だという可憐な少女を前にして、どうしたらいいのかわからないので、とりあえずその右手の甲に口づける。
出会った時はこの世界に戻ったばかりで、すぐに気を失ってしまった為、こうしてじっくりと対面するのは初めてである。
「まあまあ、本当に絵になる似合いな二人だこと」
シルヴィア女王のその言葉通り、リュセルとティアラが並ぶ図は美男美女で本当に絵になった。
「久しいな、レオンハルト。相変わらず女々しい顔をしているな」
リュセルからまるで引き離すように、そう言ってティアラを背後から抱きしめたジュリナは、まっすぐにレオンハルトを見つめた。
「お前こそ、相変わらずだね。テイルの街でのお前の女たらしの話が怪談話になっていたぞ」
レオンハルトもそう言って、リュセルの腕を引っ張り自分の背後に庇う。
(例の怪談話のレオンの知り合いって、まさか)
ー美しい朱金の髪と、苛烈な情熱的な炎を宿した深紅の瞳をしたその若者には、もうすでに愛する者がいたのですー
今ここにいない軽薄な騎士の話を思い出して、リュセルは驚きに目を見張った。
朱金の髪と深紅の瞳。条件はピッタリである……。
レオンハルトの言葉を聞いたジュリナは、せせら笑うと、視線をリュセルに向けた。
「初めまして、リュセル王子。私を姫扱いなどしたら許さぬからな」
男前なジュリナに、リュセルは小さく頷いた。
「はい、ジュリナ殿」
こうして間近で見ると、ジュリナは背が高かった。180cmを超えるリュセルより、若干目線が低いだけだ。
「ふん。浄化の打ち合わせをするから、場所を移そうか。では、お祖母様、御前失礼します」
シルヴィア女王に礼をとると、ジュリナはティアラの肩を抱いて歩き出し、レオンハルトとリュセルも、同じように礼をして、その後を追った。
「ケンカしないで、仲良くするのですよ」
それを見送るシルヴィア女王は、とても心配そうだ。
四人の女神の子供達が玉座の間を後にすると、それまで息をつめていた三つ子達がさえずり始めた。
「相変わらずレオンハルト様はお美しいわね、ルイ」
「ええ、ジュリナお姉様と性別が逆だったら良かったのにね、ルカ」
「でも、レオンハルト様は美しさの中にも男らしさを感じるわね、ルナ」
顔だけでなく髪型、髪の長さ、ドレスのデザインに至るまで、三人ともそっくりであった。
声質まで同じだ。
「でも、リュセル様もお美しいわ」
「「ええ……」」
ルカの言葉に、ルイとルナはうっとりとため息をつく。
「お姉様程凛々しい人なんて、この世に存在しないと思っていたけれど……」
なんだか、彼女等の将来が不安になってきそうな台詞である。
余談だが、実は三人共、結婚するなら、姉、ジュリナのように、たくましく、格好いい人。と幼心に勝手に決めていたのだ。
しかし、そんな風に頬を赤く染めて悶える三人の孫娘を見ても、寛大なシルヴィア女王はまったく動じず、微笑みを浮かべながら言った。
「あなた達は、この後、礼儀作法の授業でしょう?」
「「「は~い! おばあ様」」」
見事にその返事は、三人同時だった。
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