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第六章 北の神童
3-1 アシェイラ城厨房立てこもり事件①
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た、確かに、自分は、この世界限定でいうなら、世間知らずなのかもしれない。ジュリナもそんなような事を言っていたような気はする。
世間知らずにしたのは、まぎれもなく、兄であるレオンハルトが原因なのだが、そこまで考えが及ばないリュセルは、ローウェンの何気ない一言にかなりのショックを受けていた。
「すごいな、すごいな~」
しかし、リュセルにショックを与えた当の本人は、アシェイラ王都の賑わいに夢中だ。
「今日は、お祭りかなにかやってるの? レオンハルト兄さん」
無邪気な質問にレオンハルトは心持ち口調を和らげて答えた。
「いや、ここはいつもこんなものだ」
「へぇ~……、あ、あの果物は何!? あんなのサンジェイラにはないよ! ……うわ~、あの女の子の格好、すごく可愛いね。アシェイラの女の子はおしゃれな子が多いって、本当だったんだね!」
ローウェンのその様子に、リュセルはやっとショックから立ち直り、小さく笑ったのだった。その横では、ローウェンの質問にレオンハルトが答えてあげている。
その様子を眺めていたリュセルは、なんだかおもしろくないような気分になった。
(俺は城どころか後宮からも滅多に出た事がないのに、レオンは、もしかして、結構街に出ているのか?)
でなければ、こんなに詳しく街の事を答えられるはずがない。
じと~っと、恨めしそうな視線を向ける弟に、視線を向けたレオンハルトは、不審げに眉をしかめた。
「どうした?」
「いや」
口ではそう言いつつも、リュセルは、ディエラ城にあったような抜け道を発掘して、今度、街の探検を絶対にしてやると心に誓っていた。レオンハルトに相談するという選択は、まったくないリュセルである。
「?」
レオンハルトはというと、リュセルのおかしな態度にわずかに首を傾げていた。その動きによって、胡桃色の髪がサラサラと肩から落ちるのをリュセルはなんとなく見つめる。
(そういえば……)
レオンハルトの髪から、視線をその薄い唇に移すと、リュセルはぼうっととしながら考えた。
(ずいぶんと長い事、触れてないな)
ローウェンを旅の仲間(?)に加えた、この帰りの旅の最中、レオンハルトとは清い関係(?)を保ち続けていたのだ。
まあ、そんな気分にもならなかったし。
でも、流石にそろそろ……、少し、触れて欲しいような?
って
「………………だあああああああああ~~~~っ!」
「「!?」」
いきなり雄たけびを上げたリュセルに、レオンハルトとローウェンはビクリと体を震わせ、奇妙なものを見るような目線で、落ち込んだように項垂れたリュセルを見た。
(お……俺は、一体、何を考えてるんだ)
額から冷や汗が流れ落ちる。
「リュ、リュセル?」
珍しく、表情のあまり変わらない美麗な顔を曇らせて、レオンハルトは弟の肩に手を置いた。
「な……なんでもない。……ような、気がする」
リュセルは、やっとの事でそう言うと、レオンハルトから目線を逸らす。
なんとなく、気まずかったのだ。
そして壁に向かって、ぶつぶつと独り言を言い出したリュセルに対し、レオンハルトは眉をひそめ、それを見守っていたローウェンは、朗らかに笑っていた。
「あはははは、リュセル兄さんって、おもしろい~」
さすが、場の空気を読めない天才少年である。
(なんだ? 俺は、欲求不満なのか……?)
リュセルの重度の落ち込みぶりに、その原因が皆目見当のつかないレオンハルトは、黙って弟の奇行を見守るしかなかった。
十七歳という年齢でいうなら、まあ、普通の事であるのであろうが。
相手が可愛い女の子ではなく、見た目はどんな美女よりも麗しいが、れっきとした男。しかも、兄なので、リュセルはそのあたりに気づかないのであった。
そんな中、馬車の中の出来事に気づいていなかった、馬車の外のユージンが戸惑うような声を出した。
「殿下、なんだか城の様子が変ですよ」
自分の騎士の言葉に、レオンハルトは、とりあえず、リュセルをそのままにして答える。
「変だと?」
「ええ。見た目普通なんですが、異様に物々しいというか、緊張感が溢れているというか……」
ユージンの言葉を聞いたレオンハルトが眉をひそめている間にも、馬車は城門へと辿り着く。そして、第一王子一行が帰還したという知らせは、すぐに城内中を駆け巡ったのだった。
巨大な城門が開かれ、馬車が城へと続く道を走り、広い前庭を抜けて城の前に馬車が横付けされると、城の扉が開かれて、中から一人の青年が慌てたように飛び出してきた。
「レオンハルト王子殿下ッ!」
「カイエ?」
馬車から降りたレオンハルトは、真っ青な顔色をした栗色の髪の青年が慌てて駆け寄ってくるのを認め、只ならぬ事態を理解した。
カイエ・ケイフォスタン。
王位継承者である、第二王子、カイルーズの側近になった男だ。わざわざディエラから引き抜いてアシェイラに仕えてもらっている有能な人材だ。そんな、いつも冷静沈着な彼が取り乱すとは、本当に大変な事態が起こったという事だろう。
「どうした?」
リュセルとローウェンが馬車から降りるのとカイエが叫んだのは同時だった。
「城が……城が、占拠されましたッ!」
「……なんだと?」
カイエの訴えに、レオンハルトは眉をしかめた。こんな時にも冷静な男である。
「一体誰にっ!?」
冷静な兄に代わり、そうカイエに詰め寄ったのは、リュセルである。
「城仕えをしている侍女の夫です。妻に会いにきたという事で城内に警備の兵士が通したのがそもそもの間違いでした。ああ、それと、先程は城を占拠されたと言いましたが、正しくは城内の一室、厨房を占拠されたのです」
範囲が狭まって、何よりだ。しかし……
「なんで厨房?」
訝しげに眉をひそめるリュセルと同じように、レオンハルトも考え込んだ。
「その男の妻が、厨房にいたのか?」
「はい。そしてもみ合いになり、その侍女を厨房にあったナイフで……」
「刺したのか?」
「はい」
アシェイラ城の門扉は、王族の住まう後宮以外、広く万民に開かれている。その分、警備も厳重なはずなのだが。
「その男は、一見、実に誠実そうな男だったようです。身分もしっかりしていましたし、疑うべき所はまったくなかったようです」
そんな男が、城の厨房で自分の妻を刺した。
「一体何故……?」
リュセルの疑問に、カイエは声を低くして言った。
「妻であるその侍女に別れを持ちかけられていたそうです。それに……、彼の目が灰色に濁っていたという証言もあります」
「ルルドの葉か?」
「おそらく」
カイエの答えを聞いたレオンハルトは、眉間の皺を深くしたのであった。
「ルルドの葉?」
一方、聞きなれぬ単語にリュセルは眉をしかめた。
「麻薬だよ。リュセル兄さん……」
そう答えたのは、それまで、成り行きをずっと見守っていたローウェンだ。
「ルルドの葉。北の寒い地域でしか育たない、ルルドの木の葉。その成分には、神経を侵す強い毒性と気分を高揚させる作用がある。今、サンジェイラで流行している麻薬だ」
「ええ。その男も、一か月前にサンジェイラに用事があって行っていたようで、刺された侍女の話では、帰ってきてから様子がおかしくなったそうです」
カイエの言葉に、レオンハルトは言った。
「では、その侍女は生きているのだな?」
「はい。今、医師の処置を受けています」
リュセルは兄とカイエの話を聞きながら、帰るなり大変な事になったと拳を握り締めた。そして2人の会話に集中していた為、自分の隣で苦々しい表情を浮かべたローウェンに気づく事は出来なかったのだ。
(サンジェイラの悪影響が、こんな所にまで……)
ローウェンはやりきれない気持ちと、アシェイラの民への申し訳ない気持ちでいっぱいになり、唇を血が出る程強く噛み締めたのだった。
世間知らずにしたのは、まぎれもなく、兄であるレオンハルトが原因なのだが、そこまで考えが及ばないリュセルは、ローウェンの何気ない一言にかなりのショックを受けていた。
「すごいな、すごいな~」
しかし、リュセルにショックを与えた当の本人は、アシェイラ王都の賑わいに夢中だ。
「今日は、お祭りかなにかやってるの? レオンハルト兄さん」
無邪気な質問にレオンハルトは心持ち口調を和らげて答えた。
「いや、ここはいつもこんなものだ」
「へぇ~……、あ、あの果物は何!? あんなのサンジェイラにはないよ! ……うわ~、あの女の子の格好、すごく可愛いね。アシェイラの女の子はおしゃれな子が多いって、本当だったんだね!」
ローウェンのその様子に、リュセルはやっとショックから立ち直り、小さく笑ったのだった。その横では、ローウェンの質問にレオンハルトが答えてあげている。
その様子を眺めていたリュセルは、なんだかおもしろくないような気分になった。
(俺は城どころか後宮からも滅多に出た事がないのに、レオンは、もしかして、結構街に出ているのか?)
でなければ、こんなに詳しく街の事を答えられるはずがない。
じと~っと、恨めしそうな視線を向ける弟に、視線を向けたレオンハルトは、不審げに眉をしかめた。
「どうした?」
「いや」
口ではそう言いつつも、リュセルは、ディエラ城にあったような抜け道を発掘して、今度、街の探検を絶対にしてやると心に誓っていた。レオンハルトに相談するという選択は、まったくないリュセルである。
「?」
レオンハルトはというと、リュセルのおかしな態度にわずかに首を傾げていた。その動きによって、胡桃色の髪がサラサラと肩から落ちるのをリュセルはなんとなく見つめる。
(そういえば……)
レオンハルトの髪から、視線をその薄い唇に移すと、リュセルはぼうっととしながら考えた。
(ずいぶんと長い事、触れてないな)
ローウェンを旅の仲間(?)に加えた、この帰りの旅の最中、レオンハルトとは清い関係(?)を保ち続けていたのだ。
まあ、そんな気分にもならなかったし。
でも、流石にそろそろ……、少し、触れて欲しいような?
って
「………………だあああああああああ~~~~っ!」
「「!?」」
いきなり雄たけびを上げたリュセルに、レオンハルトとローウェンはビクリと体を震わせ、奇妙なものを見るような目線で、落ち込んだように項垂れたリュセルを見た。
(お……俺は、一体、何を考えてるんだ)
額から冷や汗が流れ落ちる。
「リュ、リュセル?」
珍しく、表情のあまり変わらない美麗な顔を曇らせて、レオンハルトは弟の肩に手を置いた。
「な……なんでもない。……ような、気がする」
リュセルは、やっとの事でそう言うと、レオンハルトから目線を逸らす。
なんとなく、気まずかったのだ。
そして壁に向かって、ぶつぶつと独り言を言い出したリュセルに対し、レオンハルトは眉をひそめ、それを見守っていたローウェンは、朗らかに笑っていた。
「あはははは、リュセル兄さんって、おもしろい~」
さすが、場の空気を読めない天才少年である。
(なんだ? 俺は、欲求不満なのか……?)
リュセルの重度の落ち込みぶりに、その原因が皆目見当のつかないレオンハルトは、黙って弟の奇行を見守るしかなかった。
十七歳という年齢でいうなら、まあ、普通の事であるのであろうが。
相手が可愛い女の子ではなく、見た目はどんな美女よりも麗しいが、れっきとした男。しかも、兄なので、リュセルはそのあたりに気づかないのであった。
そんな中、馬車の中の出来事に気づいていなかった、馬車の外のユージンが戸惑うような声を出した。
「殿下、なんだか城の様子が変ですよ」
自分の騎士の言葉に、レオンハルトは、とりあえず、リュセルをそのままにして答える。
「変だと?」
「ええ。見た目普通なんですが、異様に物々しいというか、緊張感が溢れているというか……」
ユージンの言葉を聞いたレオンハルトが眉をひそめている間にも、馬車は城門へと辿り着く。そして、第一王子一行が帰還したという知らせは、すぐに城内中を駆け巡ったのだった。
巨大な城門が開かれ、馬車が城へと続く道を走り、広い前庭を抜けて城の前に馬車が横付けされると、城の扉が開かれて、中から一人の青年が慌てたように飛び出してきた。
「レオンハルト王子殿下ッ!」
「カイエ?」
馬車から降りたレオンハルトは、真っ青な顔色をした栗色の髪の青年が慌てて駆け寄ってくるのを認め、只ならぬ事態を理解した。
カイエ・ケイフォスタン。
王位継承者である、第二王子、カイルーズの側近になった男だ。わざわざディエラから引き抜いてアシェイラに仕えてもらっている有能な人材だ。そんな、いつも冷静沈着な彼が取り乱すとは、本当に大変な事態が起こったという事だろう。
「どうした?」
リュセルとローウェンが馬車から降りるのとカイエが叫んだのは同時だった。
「城が……城が、占拠されましたッ!」
「……なんだと?」
カイエの訴えに、レオンハルトは眉をしかめた。こんな時にも冷静な男である。
「一体誰にっ!?」
冷静な兄に代わり、そうカイエに詰め寄ったのは、リュセルである。
「城仕えをしている侍女の夫です。妻に会いにきたという事で城内に警備の兵士が通したのがそもそもの間違いでした。ああ、それと、先程は城を占拠されたと言いましたが、正しくは城内の一室、厨房を占拠されたのです」
範囲が狭まって、何よりだ。しかし……
「なんで厨房?」
訝しげに眉をひそめるリュセルと同じように、レオンハルトも考え込んだ。
「その男の妻が、厨房にいたのか?」
「はい。そしてもみ合いになり、その侍女を厨房にあったナイフで……」
「刺したのか?」
「はい」
アシェイラ城の門扉は、王族の住まう後宮以外、広く万民に開かれている。その分、警備も厳重なはずなのだが。
「その男は、一見、実に誠実そうな男だったようです。身分もしっかりしていましたし、疑うべき所はまったくなかったようです」
そんな男が、城の厨房で自分の妻を刺した。
「一体何故……?」
リュセルの疑問に、カイエは声を低くして言った。
「妻であるその侍女に別れを持ちかけられていたそうです。それに……、彼の目が灰色に濁っていたという証言もあります」
「ルルドの葉か?」
「おそらく」
カイエの答えを聞いたレオンハルトは、眉間の皺を深くしたのであった。
「ルルドの葉?」
一方、聞きなれぬ単語にリュセルは眉をしかめた。
「麻薬だよ。リュセル兄さん……」
そう答えたのは、それまで、成り行きをずっと見守っていたローウェンだ。
「ルルドの葉。北の寒い地域でしか育たない、ルルドの木の葉。その成分には、神経を侵す強い毒性と気分を高揚させる作用がある。今、サンジェイラで流行している麻薬だ」
「ええ。その男も、一か月前にサンジェイラに用事があって行っていたようで、刺された侍女の話では、帰ってきてから様子がおかしくなったそうです」
カイエの言葉に、レオンハルトは言った。
「では、その侍女は生きているのだな?」
「はい。今、医師の処置を受けています」
リュセルは兄とカイエの話を聞きながら、帰るなり大変な事になったと拳を握り締めた。そして2人の会話に集中していた為、自分の隣で苦々しい表情を浮かべたローウェンに気づく事は出来なかったのだ。
(サンジェイラの悪影響が、こんな所にまで……)
ローウェンはやりきれない気持ちと、アシェイラの民への申し訳ない気持ちでいっぱいになり、唇を血が出る程強く噛み締めたのだった。
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