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第六章 北の神童
3-2 アシェイラ城厨房立てこもり事件②
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「最初は、刺した自分の妻を人質に立てこもっていたのですが……、このままでは死んでしまうという事で、人質の交代を申し出た者がおりまして、それで、現在はその者が代わりに立てこもり犯と一緒に厨房に……」
何故か、目を泳がせながらカイエは説明を続ける。そして、それを聞いたリュセルはひどく感動した。
「己の身の危険を顧みずに人質の交換を願い出るような……、そ、そんな、素晴らしい精神の持ち主がいたのか」
「え? ……え、ええ」
カイエは更に挙動不審になった。
「誰だ?」
「……え?」
レオンハルトの氷点下に冷え切った冷たい声。次の瞬間、リュセルはビクリと体を震わせる。隣で聞いていただけのリュセルがこうなのだ。直接その言葉を投げつけられたカイエは、瞬間的に凍りついてしまっていた。
「その、人質交換を願い出た、素晴らしい精神の持ち主は誰なんだ?」
嘘やごまかしを許さない、琥珀色の瞳に見つめられたカイエは、しばらく逡巡していたが、何かを決意したように顔を上げて、レオンハルトを真っ直ぐに見つめた。
そして、勇気あるその人物の名を口にする。
「ジェイド国王陛下です」
「……なんだと?」
空耳かな~と、聞き返したリュセルと無表情のままのレオンハルトを見据え、カイエは涙目になりながら叫んだ。
もう、今まで気力で抑えつけてきたものが、吹き出してきた感じである。この、普通ならありえない事態に、常識人のカイエの精神は限界だったのだ。
「ジェイド国王陛下が、現在、人質になっておりますうううぅぅぅ~~~~っ!」
悲痛な叫び、МAX!
それを聞いたリュセルは、気を失いそうになった。
*****
アシェイラ城、もとい、アシェイラ城、厨房立てこもり事件を知るや、レオンハルトの行動は早かった。
緊急対策組織を設置し、その本部を、厨房近くの部屋に作ったのである。部屋の入り口近くに張られた垂れ幕を見て、リュセルはこの悪夢が早く覚めてくれないかと、祈り続けていた。
”アシェイラ城厨房立てこもり事件”
垂れ幕にはそう書かれている。
リュセルが無言のまま、対策組織の緊急本部となった部屋に入ると、レオンハルトを中心に、カイエ、ユージン、アイリーン、アントニオ、ローウェンが、机を挟んで対策を練っている所だった。
「では、この事を知っているのは、城内にいる一部の人間のみなんだな?」
「はい。少なくとも、城外には洩れていません」
生真面目なカイエの答えを聞き、アイリーンが言った。
「騒ぎを大きくしない為にも、早急に手を打たねばいけませんね」
「そうだね。短時間でけりをつける」
レオンハルトの言葉に全員が同時に頷く。しかし、レオンハルトには、もう一つ、気になる事があった。
「ところで、カイルーズはどうした?」
こんな騒ぎになっているのに姿を見せない、すぐ下の弟をいぶかしんでレオンハルトは尋ねた。
「…………」
カイエの額の脂汗が更に量を増やしたようだった。
「まだ何か隠しているのかい?」
レオンハルトは、帰還して早々、こんな騒ぎに巻き込まれ、うんざりしていた。しかも、件の人質は、アシェイラ国王たる、父、ジェイドなのである。
「厨房にいるのは、一体何人なんだ。父上とその男の、二人だけなのか?」
リュセルは、空いているローウェンの隣の席に座ると、そう尋ねた。
「厨房にいるのは三人です。立てこもっている犯人と、ジェイド国王陛下……、そして、カイルーズ殿下です」
カイエの苦々しい言葉がその場に虚しく響き渡り、リュセルはその場に倒れ、レオンハルトは小さくため息をついた。
「何故、カイルーズまで……」
レオンハルトのその言葉は、その場にいるすべての者達が思っている事柄であった。
アシェイラ国の国王と次期国王が、そろって立てこもり犯の人質になっているなど……、前代未聞である。
「……わかりました。最初からお話致しましょう。ただし、私目線ですので、その辺の事は、どうかご了承下さい」
カイエは重々しい口調で言うと、つい数刻前に起きた出来事を話し始めた。
本日、国王陛下は、とてもご機嫌がよろしゅうございました。
「帰ってくる! 帰ってくるぞッ、カイルーズ!」
レオンハルトの執務室がすっきり片付いたのに反比例して、カイルーズの執務室は、それは、ものすごい状態になっていた。
「父上。うるさいです、黙っていてください」
片手に栄養剤を持ったカイルーズが、執務室に入ってきた父親を一目見るなり、そう冷たく言い放つ。彼の、ジェイドによく似た、人好きのするハンサムな容貌には、かなり濃い隈が目立っていた。
「カイル……、お前、すごい顔じゃないか。ハンサムな顔がだいなし、ダゾ(ハート)」
のん気にそんな事を言うジェイド王を睨みつけると、カイルーズは持っていた分厚い書類を投げつけた。
「ぐほっ」
避ければいいのに、それを顔面で受け止めたジェイドは、それでもにこにこと笑っていた。息子馬鹿もここまで来ると、軽く引いてしまうだろう。ある意味、怖い。
「それより、帰ってくるんだってば!」
「あ~、はいはい。わかりましたから、この書類に判を下さい。今すぐに!」
目を血走らせてそう言ったカイルーズの顔には、昔の、飄々とした毒王子の面影は一切見られなかった。
「冷たいな、カイルは……」
しょんぼりとした様子の父王にイラっとしたのか、カイルーズは懐から小さな袋を出した。
「新作の粉の、実験台にしてあげてもいいですよ」
にっこりと微笑んでそう言ったカイルーズを見たジェイドは、急いで渡された書類に目を通し始める。
「ふふふふ。確か、今日ですよね? レオンハルト王子殿下とリュセル王子殿下がご帰国なさるのは」
それまで、ジェイドとカイルーズの親子漫才を見守っていたカイエは、そう言いながら、カイルーズが飲んでいた栄養剤の入っていた小さな瓶を彼から受け取った。
瓶を受け取ると同時に、濡れた布を代わりにカイルーズに渡す。
「あ~、そうか、今日か~。結局、一か月もディエラに滞在してた事になるんだねぇ」
渡されたタオルを目の上に置くと、カイルーズは疲れたような声を出した。
「あ~、生き返る~」
そう言う王位継承者の姿は、まるで、徹夜明けの労働者のようだった……
「よくも、これだけの仕事量を、兄上は一人で回していたもんだね。しかも、側近もなしで。化け物だよ、あれは」
ぐったりとしながらそう言ったカイルーズに、ジェイド王は眉を吊り上げた。
「カイル、お兄様の事をそんな風に言うもんじゃないよ!」
「はいはいはい」
父親らしく叱ってみたジェイド王だったが、あまり相手にされなかった。軽くショックを受けて、壁を向いてぶつぶつと言っていたジェイド王だったが、(ショックの受け方がリュセルと同じである)すぐに気を取り直して言った。
「今日は、家族で夕食がとれるね!」
今日のTシャツの柄文字は、”家族命”。
まさしく、着ているシャツに書かれた太文字そのままの状態になっているジェイドである。そんな父王の言葉を聞いたカイルーズは冷たく言い返した。
「それは、父上次第ですね」
山と積まれた書類を指差して、カイルーズはにっこりと笑う。ジェイドが息子達との晩餐の為、珍しくやる気を出そうと思った、ちょうどその時だった。
ガッシャーン
ものすごい音が、窓の外から聞こえたのだ。
「なんだろう?」
カイルーズが窓から外を覗くが、ここからは何も見えない。そして、その間にも、物が壊されているような、けたたましい音は続いている。
「音のする方向にあるのは、使用人の部屋と厨房ですよ」
かなり離れているはずだが?と首を傾げているカイエに目を向け、カイルーズは眉をしかめた。
「皿でも割っているのか? まったく、うるさいな」
カイルーズがイライラしながらそう言うと、ジェイドはスクッと勇ましく立ち上がった。
「パパが見てこよう」
「なんで?」
何故か、目を泳がせながらカイエは説明を続ける。そして、それを聞いたリュセルはひどく感動した。
「己の身の危険を顧みずに人質の交換を願い出るような……、そ、そんな、素晴らしい精神の持ち主がいたのか」
「え? ……え、ええ」
カイエは更に挙動不審になった。
「誰だ?」
「……え?」
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「その、人質交換を願い出た、素晴らしい精神の持ち主は誰なんだ?」
嘘やごまかしを許さない、琥珀色の瞳に見つめられたカイエは、しばらく逡巡していたが、何かを決意したように顔を上げて、レオンハルトを真っ直ぐに見つめた。
そして、勇気あるその人物の名を口にする。
「ジェイド国王陛下です」
「……なんだと?」
空耳かな~と、聞き返したリュセルと無表情のままのレオンハルトを見据え、カイエは涙目になりながら叫んだ。
もう、今まで気力で抑えつけてきたものが、吹き出してきた感じである。この、普通ならありえない事態に、常識人のカイエの精神は限界だったのだ。
「ジェイド国王陛下が、現在、人質になっておりますうううぅぅぅ~~~~っ!」
悲痛な叫び、МAX!
それを聞いたリュセルは、気を失いそうになった。
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アシェイラ城、もとい、アシェイラ城、厨房立てこもり事件を知るや、レオンハルトの行動は早かった。
緊急対策組織を設置し、その本部を、厨房近くの部屋に作ったのである。部屋の入り口近くに張られた垂れ幕を見て、リュセルはこの悪夢が早く覚めてくれないかと、祈り続けていた。
”アシェイラ城厨房立てこもり事件”
垂れ幕にはそう書かれている。
リュセルが無言のまま、対策組織の緊急本部となった部屋に入ると、レオンハルトを中心に、カイエ、ユージン、アイリーン、アントニオ、ローウェンが、机を挟んで対策を練っている所だった。
「では、この事を知っているのは、城内にいる一部の人間のみなんだな?」
「はい。少なくとも、城外には洩れていません」
生真面目なカイエの答えを聞き、アイリーンが言った。
「騒ぎを大きくしない為にも、早急に手を打たねばいけませんね」
「そうだね。短時間でけりをつける」
レオンハルトの言葉に全員が同時に頷く。しかし、レオンハルトには、もう一つ、気になる事があった。
「ところで、カイルーズはどうした?」
こんな騒ぎになっているのに姿を見せない、すぐ下の弟をいぶかしんでレオンハルトは尋ねた。
「…………」
カイエの額の脂汗が更に量を増やしたようだった。
「まだ何か隠しているのかい?」
レオンハルトは、帰還して早々、こんな騒ぎに巻き込まれ、うんざりしていた。しかも、件の人質は、アシェイラ国王たる、父、ジェイドなのである。
「厨房にいるのは、一体何人なんだ。父上とその男の、二人だけなのか?」
リュセルは、空いているローウェンの隣の席に座ると、そう尋ねた。
「厨房にいるのは三人です。立てこもっている犯人と、ジェイド国王陛下……、そして、カイルーズ殿下です」
カイエの苦々しい言葉がその場に虚しく響き渡り、リュセルはその場に倒れ、レオンハルトは小さくため息をついた。
「何故、カイルーズまで……」
レオンハルトのその言葉は、その場にいるすべての者達が思っている事柄であった。
アシェイラ国の国王と次期国王が、そろって立てこもり犯の人質になっているなど……、前代未聞である。
「……わかりました。最初からお話致しましょう。ただし、私目線ですので、その辺の事は、どうかご了承下さい」
カイエは重々しい口調で言うと、つい数刻前に起きた出来事を話し始めた。
本日、国王陛下は、とてもご機嫌がよろしゅうございました。
「帰ってくる! 帰ってくるぞッ、カイルーズ!」
レオンハルトの執務室がすっきり片付いたのに反比例して、カイルーズの執務室は、それは、ものすごい状態になっていた。
「父上。うるさいです、黙っていてください」
片手に栄養剤を持ったカイルーズが、執務室に入ってきた父親を一目見るなり、そう冷たく言い放つ。彼の、ジェイドによく似た、人好きのするハンサムな容貌には、かなり濃い隈が目立っていた。
「カイル……、お前、すごい顔じゃないか。ハンサムな顔がだいなし、ダゾ(ハート)」
のん気にそんな事を言うジェイド王を睨みつけると、カイルーズは持っていた分厚い書類を投げつけた。
「ぐほっ」
避ければいいのに、それを顔面で受け止めたジェイドは、それでもにこにこと笑っていた。息子馬鹿もここまで来ると、軽く引いてしまうだろう。ある意味、怖い。
「それより、帰ってくるんだってば!」
「あ~、はいはい。わかりましたから、この書類に判を下さい。今すぐに!」
目を血走らせてそう言ったカイルーズの顔には、昔の、飄々とした毒王子の面影は一切見られなかった。
「冷たいな、カイルは……」
しょんぼりとした様子の父王にイラっとしたのか、カイルーズは懐から小さな袋を出した。
「新作の粉の、実験台にしてあげてもいいですよ」
にっこりと微笑んでそう言ったカイルーズを見たジェイドは、急いで渡された書類に目を通し始める。
「ふふふふ。確か、今日ですよね? レオンハルト王子殿下とリュセル王子殿下がご帰国なさるのは」
それまで、ジェイドとカイルーズの親子漫才を見守っていたカイエは、そう言いながら、カイルーズが飲んでいた栄養剤の入っていた小さな瓶を彼から受け取った。
瓶を受け取ると同時に、濡れた布を代わりにカイルーズに渡す。
「あ~、そうか、今日か~。結局、一か月もディエラに滞在してた事になるんだねぇ」
渡されたタオルを目の上に置くと、カイルーズは疲れたような声を出した。
「あ~、生き返る~」
そう言う王位継承者の姿は、まるで、徹夜明けの労働者のようだった……
「よくも、これだけの仕事量を、兄上は一人で回していたもんだね。しかも、側近もなしで。化け物だよ、あれは」
ぐったりとしながらそう言ったカイルーズに、ジェイド王は眉を吊り上げた。
「カイル、お兄様の事をそんな風に言うもんじゃないよ!」
「はいはいはい」
父親らしく叱ってみたジェイド王だったが、あまり相手にされなかった。軽くショックを受けて、壁を向いてぶつぶつと言っていたジェイド王だったが、(ショックの受け方がリュセルと同じである)すぐに気を取り直して言った。
「今日は、家族で夕食がとれるね!」
今日のTシャツの柄文字は、”家族命”。
まさしく、着ているシャツに書かれた太文字そのままの状態になっているジェイドである。そんな父王の言葉を聞いたカイルーズは冷たく言い返した。
「それは、父上次第ですね」
山と積まれた書類を指差して、カイルーズはにっこりと笑う。ジェイドが息子達との晩餐の為、珍しくやる気を出そうと思った、ちょうどその時だった。
ガッシャーン
ものすごい音が、窓の外から聞こえたのだ。
「なんだろう?」
カイルーズが窓から外を覗くが、ここからは何も見えない。そして、その間にも、物が壊されているような、けたたましい音は続いている。
「音のする方向にあるのは、使用人の部屋と厨房ですよ」
かなり離れているはずだが?と首を傾げているカイエに目を向け、カイルーズは眉をしかめた。
「皿でも割っているのか? まったく、うるさいな」
カイルーズがイライラしながらそう言うと、ジェイドはスクッと勇ましく立ち上がった。
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