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第七章 黄昏往く国
1-2 お義姉様の忠告①
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「……はあ」
雲ひとつ無い、快晴。うららかな午後。そんな、平和なアシェイラ城の一室に、リュセルの憂鬱なため息が響き渡っていた。
「どうしたんですか? リュセル殿下」
憂いを帯びた横顔が様になる美貌の主に、彼の側付きである小姓のティルは、心配そうに尋ねる。
「どうしたもこうしたも……。これを見ろ、ティル」
疲れきったような、うつろな笑みを浮かべたリュセルは、ソファ前のテーブルを指差す。その先にあったのは、手紙の山。ティルは驚きに目を丸くした。
「これ全部、恋文(ラブレター)ですか!?」
「しかも、相手は全部男だ」
リュセルはそう言うと、ソファに深く沈みこむ。
「何故か、俺に関する変な噂が飛び交っているようだ。くそっ、これもジュリナ殿が俺を深窓の姫君だなんて、吟遊詩人の前で公言するからだ!」
いつの間にやら、リュセルは、か弱くも麗しい世間知らずの美姫のような王子のイメージがついてしまったようなのだ。
イメージに合っていなくもないのだが、リュセルの美貌は、決して噂通りの女性的なものではなく、男性的な……、どちらかというと、男性が羨む類の美貌である。体もしなやかに引き締まっているし、身長も180cmある。
「しかも、この手紙の主の中には、完璧に俺を、第三王子ではなく、第一王女だと思っている輩もいるぞ」
漏れ聞いた話をまとめますと、リュセル王子は
腰まで流れる銀糸の髪が艶やかに美しく(リュセルの髪は短い)
つぶらな銀の瞳の(リュセルの目は鋭い)
抜けるような白い柔肌の(鍛えてもいないのに鍛えられた体をしているので、それなりに筋肉もついている為、柔らかいはずがない)
それはそれは、麗しい王子(王女?)なのだそうだ。
一体、誰だ、それは?
リュセルは頭が痛くなった。
月の女神の寵児という二つ名のみで呼ばれていた頃は、かなりあいまいに表現されていた為、なんともなかったが、これはひどすぎる。
すべて、ジュリナの所為である。
「深窓の姫君だなんて表現すれば、アシェイラの事をよく知らない、他国の、それも、王家に縁のない国民達などは、王女と勘違いするのは目に見えてるじゃないか」
しかも、自分達女神の子供は、滅多に国民の前に姿をさらさないのである。これでは、”リュセル王子”は誤解を受けたまま、世間にその特徴が広がっていく事になってしまう。
「アシェイラとディエラ、遠く離れていながら、ジュリナ殿の多大な影響力に、俺は……ストレスで頭が禿げそうだ」
「ふふふふ」とうつろに笑うリュセルのおかしな様子を見守っていたティルは、次の瞬間、叫び声を上げた。
「嫌です! リュセル王子の、美しい銀髪がすべて抜け落ちるなんてっ」
「何も全部だなんて言ってないだろう?」
リュセルはティルの勘違いに疲れたように突っ込んだ。
「ストレスを溜めないようにしましょうね。ねっ!? リュセル殿下」
「できればね」
リュセルの頭髪を守ろうと懸命なティルに、リュセルは気のない返事を返す。ティルはその様子にハラハラしながらも、ふとある事に気づいた。
「レオンハルト殿下は、この事をご存知なんですか?」
「言えるか。こんなくだらん事……。第一、レオンは、今、サンジェイラの事で忙しいんだ。馬鹿馬鹿しい手紙と噂の事で、気を揉ませたくない」
眉間の皺をもみながらそう言ったリュセルに、ティルは「そうですか」と納得した。おそらく、レオンハルトがこの手紙の事を知っていたら、弟の手元に来る前に灰にしていただろうと予測がつくからだ。
「明日、サンジェイラ国に行かれるんですよね。またリュセル殿下が城からいなくなるのは寂しいですけれど、立派に留守を守りますね」
健気なティルの言葉を聞いたリュセルは、忌々しい手紙から意識を逸らして、可愛い小姓の少年に微笑みかけた。
「ああ、頼んだよティル」
ティルは、甘いその微笑に昇天しかけてしまった。
ちょうど……、その瞬間だった。
「っ!」
白昼夢のように、リュセルの瞳に、まばゆい銀の光が一気に映りこんだ。
銀の光
女神像
朱金の髪
残像のように銀の瞳に映し出された映像に、リュセルはため息をついた。
「噂の元凶が、向こうから来たか」
「え?」
美貌の主の言っている意味がわからずに首を傾げたティルは、その言葉の意味をすぐ理解する事になる。
バッターン
けたたましい音を立てて、部屋の扉が開いたかと思ったら、勇ましい美女と可憐な美少女がそこに立っていたのだ。
「!?」
二人と初対面のティルは、彼女達の持つ圧倒的な美に一瞬圧倒されかけたが、自分の主の顔で免疫が最近ついて来ていた為、我に帰るのは早かった。
「よお、リュセル。いい子にしていたかい?」
「…………」
第一声がそれですか?
大股で近づいて来る、迫力ある朱金の髪の男装の美女に向って、リュセルは皮肉に笑った。
「これはこれは、変な噂が広まる元凶となったジュリナさんじゃ、あ~りませんか」
はんっと、鼻で笑って可愛くない態度をとる妹の婚約者に対し、ジュリナは眉をしかめた。
「……? 何、怒ってるんだい?」
「…………」
そうか、わからないか。
リュセルは頭に血を上らせたままソファから立ち上がると、ジュリナを見下ろした。
「あなたは何気なく言った事かもしれないが、こっちはいい迷惑してるんだ! 毎日毎日、男から気色の悪い手紙を寄こされて……って、おい、聞いているのか?」
リュセルの怒鳴り声などどこ吹く風で、ジロジロとこちらを見ているジュリナに拍子抜けしてしまう。
「お前……痩せたか?」
そして、厄介な事に言葉のキャッチボールが、完全に出来ていない。リュセルが脱力した次の瞬間、ジュリナはとんでもない行動にでた。
リュセルの脇の下に手を入れると、父親が幼子にするようにヒョイッと、自分よりも背も高く体格もいい青年の体を抱き上げたのだ。
「っ!?」
咄嗟にジュリナの肩に手をついて体を支えるが、一瞬、リュセルは何が起こったかわからない程、衝撃を受けた。
いわゆる、高い高いをされた状態のリュセルは、次の瞬間、我に帰ると頬を赤く染め上げた。
「なっ、なっ、なっ……!」
「う~ん、やっぱりちょっと軽いか? ちゃんと食べてるのかい?」
リュセルを床の上に戻すと、ジュリナは心配そうに尋ねてくる。
これでは、怒りたくても怒れない。
(ティルには悪いが、俺はいつか、絶対ストレスで禿げる)
リュセルがそう思いながらもため息をついた時、彼の癒しの元たる少女が優しく言った。
「お久しぶりです、リュセル様」
暖かい微笑み。それを見た瞬間、室内が春になった。花の精のように可憐な美少女。自分の婚約者でもあるティアラ姫だ。
「お久しぶりです、ティアラ姫。またこうしてお会いできて光栄です」
そう言って微笑むと、その白い手の甲に口づける。
「……で? レオンハルトはどうしたんだい?」
一方、腐れ縁の幼なじみの姿がないのに気づいて、ジュリナはあたりを見回す。そんな彼女の問いに対し、リュセルは答えた。
「サンジェイラの事を調べている。というか、ほとんどルルドの葉の事をだが」
その言葉を聞いたジュリナとティアラの顔が目に見えて強張った。
「明日だったね。あの国に行くのは……」
「ああ」
リュセルは頷くと、二人をソファに座らせるように導いて、ティルにお茶の用意を頼んだ。
主の指示に従順に頷いたティルが遠ざかって行くのを見届けると、ジュリナは言った。
「ルルドの葉の被害は、ディエラでも何件か報告されている。レオンハルトは5年の間あの国に行っていないようだが、私達は、つい数ヶ月前に共同任務でサンジェイラに赴いてるんだ。だから、何か力になれないかと思って、転移装置を発動させてやってきたのさ」
真剣な表情でそう言ったジュリナに呼応するようにティアラも頷く。
「後、リュセル様にサンジェイラ王家の内情も、お伝えできればと思いましたの」
「サンジェイラ王家の内情?」
リュセルがティアラの言葉に尋ね返すと、今度はジュリナが言った。
「あの国は、アシェイラやディエラと違って、相当複雑だぞ」
「サンジェイラ王家が大所帯だという事は、この前ローウェンから聞いたが」
リュセルがそう答えて眉をひそめると、ジュリナは小さく頷いた。
「王子が十三人、王女が七人、正妃一人と側室五人。合わせて二十人いる王家の子供の中で、正妃たるレティシア妃の産んだ子供はただ一人。第五王子、アルティスのみだ」
「玉鍵だな」
とりあえず、覚えきれないのでメモしておこうと、懐から黒猫ノンちゃんのメモ帳を出すと、リュセルはそれにサンジェイラ情報を書き込みだした。
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