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第七章 黄昏往く国
3-2 お世話役ぬいぐるみ
しおりを挟むレオンハルトとアルティスが、ルルドの葉について話し合っている一方、リュセルはローウェンに連れられて、彼の部屋へと通されていた。
そして、案の定、部屋の位置からしても、ローウェンは冷遇されているようだった。兄弟達の部屋のある後宮から遠く離れた、離宮のような所に、彼の部屋はあったのだ。
「すごいな」
部屋の場所はともかくとして、リュセルはその部屋の中に入った途端、驚きに息を呑んだ。部屋自体は特に変わった所はない。広さ的にも充分広い。普通の部屋だ。その辺は普通の王子として扱われているのか、家具も、和風テイストだが、選び抜かれたいいものが置かれている。
しかし、リュセルが驚いたのはそこではない。
部屋の壁から壁まで本棚が配置され、本がびっしりと並んでいたのだ。レオンハルトの部屋の奥にある(リュセルはあまり行かないが)書斎にも結構な量の本があるが、この部屋はその比じゃなかった。
右見ても左見ても、本、本、本。本ばかりだ。本の他にある物といったら、黒猫ノンちゃんのグッズである。ぬいぐるみ、敷き布、座布団から花瓶まで、すべて同じノンちゃん柄であった。
さすがは、作者様。
「リュセル兄さん、そこに座ってて、今、お茶を用意させるから」
ローウェンに薦められるまま、リュセルは畳の上に敷かれたノンちゃん座布団の上に座った。
「用意させるって、誰にだ?」
本来なら、王族の部屋に一人はいるはずの部屋付きの使用人の姿がどこにも認められず、リュセルはいぶかしげにそう尋ねる。
「あはははは。僕には、僕付きの侍女や小姓はいないからね。代わりになる者を自分で作ったんだ」
ローウェンが笑いながらそう言った時、部屋の奥からお盆にお茶とお茶菓子を乗せた一匹のくまのぬいぐるみが、よたよたと歩いてきたのをリュセルは見た。
「……。少し疲れているようだ。最近忙しかったからな。とうとう幻覚まで見え始めた」
眉間の皺をもみながらそう言ったリュセルの言葉を聞いたローウェンは、くまからお茶を受け取りながら、驚いたように顔を上げた。
「え、大丈夫!? リュセル兄さん!」
心配そうに顔を曇らせたローウェンに大丈夫だと頷こうとして、リュセルは動きを止めた。
小さな子供がやっと抱き上げられる位の大きさの、白い毛並みのテディベア(まさしくそうである)が、リュセルの前のテーブルに、お茶と桜餅を置いたのを見てしまったのだ。
黒いつぶらな瞳に見つめられて、リュセルは顔を引きつらせる。
「ローウェン。その、……か、かかか彼は?」
のん気に緑茶をすする年下の玉主にどもりながら尋ねると、ローウェンは両手をパンパンっと叩き合わせた。次の瞬間、お茶を持ってきたくまの出て来た所から、色とりどりのテディベアがよたよたとたくさん出て来る。
「お茶くみ、部屋の片付け、食事の用意などなど、侍女並の事ならなんでも出来るよ。僕の発明品」
黒、茶、白、のテディベアが一列に並んで、作り主であり、主であるローウェンの指示を大人しく待っていた。
さすがは”北の神童”。ぬいぐるみを使用人代わりに使っているなど、尋常では考えられない。
「そうだ。リュセル兄さんがこの城にいる間、一匹貸してあげようか?どうせ、レオンハルト兄さんは、あてがわられた使用人を全部断るだろうし」
「え? いいのか?」
「うん。選んでいいよ」
ローウェンの言葉を聞いたリュセルは、並んだテディベアをじーっと見つめた。同じようなくまでも、よく見ると顔が違うのが分かる。
どうしようかと悩んでいた時、出遅れたのか、薄茶色のテディベアが、慌てたようによたよたと短い足で一生懸命に走ってくるのが見えた。
走って来たが、そのくまは、最後の最後で……、つまりはリュセルの目前で、思いっきり顔からこけて倒れてしまう。
(ドジ……)
リュセルはそう思いながらも、目の前のくまの毛並みの色に惹かれた。なんとなく、レオンの髪の色に似ていたのだ。
「その子はやめた方がいいよ。一番ドジで、失敗ばかりするんだ」
ローウェンが忠告するが、リュセルは転んでめそめそしている、(ぬいぐるみなのに)そのテディベアを抱き上げると言った。
「こいつに決めた」
「え!? いいの?」
「ああ」
抱き上げられたテディベアは、意味がよく飲み込めないのか、小首をちょこんと傾げてリュセルを見ていた。
「リュセル兄さんがいいなら、いいケドさ」
「じゃあ、こいつの名前は、今日からクマ吉だ」
「……」
テディベアに命名したリュセルのセンスのなさに、ローウェンは口元をヒクつかせる。
(ネーミングセンス、ゼロ)
内心、そう思った。
「よろしく頼む。クマ吉」
ぬいぐるみにまで、リュセルは無敵の王子スマイルを向け、それを見たクマ吉は、恥ずかしそうに両目をもこもこの手で覆った。
ぬいぐるみまで悩殺した男、リュセルは、クマ吉を床に降ろすと、ローウェンに向き直り、相変わらずの天使のような彼の顔を見つめる。
クマ吉は自分の立場を理解しているらしく、他のくまが戻って行っても、大人しくリュセルの傍に控えていた。
「何?」
そういぶかしげに聞き返したローウェンの顔を見て、リュセルはほっとした。兄弟がいた時の殊勝な態度はどこへやら、いつものローウェンにやっと戻ったようだ。
「それにしても、可愛い格好だな」
安堵すると同時に、リュセルは彼の着る、あまりも似合いすぎている女装姿に小さく笑った。
「しょうがないよ。しきたりらしいし……。アシェイラに行った時に着ていた、トラキアの学塔の制服は、学塔がとうとう一時的とはいえ閉鎖になっちゃったから、着られないんだよね」
「なんだって!? 知識の宝庫と呼ばれる、あの、トラキアの学塔がか?」
初めて聞く衝撃的な情報に、リュセルは飲んでいた緑茶を噴いてしまった。
慌てて世話役になったばかりのクマ吉が、短い腕を伸ばして、濡れたリュセルの衣服を、持っていた布巾で拭いてくれた。
(可愛いな)
リュセルは一生懸命なクマ吉に、胸がときめいた。……が、ときめいている場合ではない。
10
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