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第七章 黄昏往く国
8-2 半身の絆
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「この世界の何よりも、お前の事を愛している。ただ一人の、我の半身」
その言葉は、まるで歌うように告げられた。
「愛してる?」
母親にも疎まれた自分を、正統なる血筋の、唯一の王子たる兄が?
「僕……、僕、産まれて来て、よか……、よかったの?」
わからない。なんで、目の前の兄の美貌が霞んで見えるのか……。もっと見ていたいのに。
「感謝している。お主が我の半身として産まれ、我と出会ってくれた運命に、ずっと感謝していた」
その、聞いた事もないアルティスの優しい声と共に、麝香の香りが自分を包み込んだ。
兄の、アルティスの纏う香りだ。
今だかつて、こんなに近くで嗅いだことがあっただろうか。
褐色の腕が、優しく自分の体を包み込む。
そのまま、強く、かき抱くように抱かれて、ローウェンは泣きながら、その背にしがみついた。
「アル……、アル~~~~っ! うあああああああっ」
何がなんだか分からない。
過去の事、今の事、全部が全部ない交ぜになって、ローウェンは大声を上げて泣いた。
恋焦がれた半身の胸に縋って、初めて自分の為に泣いたのだった。
隙間ない程固く抱き合った二人を見て、リュセルもまた号泣していた。
「手を見せてみろ」
隣に来たレオンハルトに言われて、ローウェンの左目を守る為、短剣の刃を思いきり握り傷ついた右手の平を、無言で兄に差し出した。
その傷を見て、眉をひそめたレオンハルトは、弟の無茶には何も言わずに、ただ応急処置を施す。
「なあ、レオン」
「なんだ?」
「娘を嫁に出す父親の心境って、こんな感じなのだろうか?」
「……」
レオンハルトは、無言になったのだった。
その後、リュセルとレオンハルトは、ようやく長いわだかまりも解けて、互いの想いを認識しあった若い玉主と玉鍵を二人きりにする為、静かに部屋を出て、一度、自分達に与えられた客室に戻る事にした。
なにせ、着の身着のまま慌てて飛び起きてきたので、二人共夜着姿のままなのだ。
幸い誰にも会う事なく、部屋に戻ると、リュセルは椅子に腰を下ろした。
「何を休んでいるんだ、馬鹿者。さっさと着替えなさい」
レオンハルトの叱責の声が響くが、リュセルはひらひらと片手を振ってそれを拒否する。
「いいじゃないか、少し位。クマ吉、お茶」
リュセルの要請を受けて、クマ吉がいそいそとお盆にほうじ茶を載せて、よたよたと歩いてきた。
ずずずずず
お茶をすすりながらリュセルは、着替えの為に寝室に消えていったレオンハルトが着替えを済ませて戻ってくるのを見ると口を開いた。
「ローウェンの過去を見た」
弟のテーブル向かいの席に着いたレオンハルトは、感情のわからぬ平坦な表情で頷いた。
「そうか」
「あの子は、母親に否定された子供だったようだ。父親にも疎まれ、祖父には命を狙われ、不幸な子だな」
リュセルの呟きに、レオンハルトは温もりのある優しい声で答えた。
「でも、これからはアルティスがいる」
「だな」
兄の言葉にほっとしたようにため息をつくと、リュセルはすぐに眉をしかめた。
「しかし、いくら疎んでいたからといって、自分の孫の命を狙うか?普通……、一体どんな人なんだ、メルティス前王ってのは!?」
「……近い内に会う事になるだろう。お前に会いたいようだったからね。それよりも問題は、今後の事だ。今回の毒の件は、証拠もないし、メルティス前王に罪を問う事も出来ない。しかし、このまま放っておけば、また、ローウェンは狙われるだろう」
「ルルドの葉の事も解決していないのにな」
問題は山積みである。
「せめて、ローウェンの件だけでもなんとかならないだろうか」
リュセルは、唸りながら両腕を組んで考え込む。
そして、打開策を思いついたのは、やはりレオンハルトだった。
「いっその事、ローウェンには危篤状態にでもなってもらおうか」
爆弾発言だった。
レオンハルトが不穏な提案をした頃、アルティスの胸で泣きじゃくっていたローウェンは、ようやく落ち着きを取り戻していた。涙が引いてくると、子供のように泣きじゃくった自分が途端に恥ずかしくなる。
「落ち着いたか?」
どこか偉そうな、でも柔らかさを増した声が響いた。
「うん」
泣き過ぎて目が痛かったけれど。落ち着いても、抱きしめてくれる腕から離れたくなくて、アルティスの肩に頬をすり寄せる。
アルティスはそんな可愛らしい仕草をする弟の金の髪を撫でて、その頬に口づけた。
「アル……」
ようやく少し身を離したローウェンが、うっとりとアルティスを見上げてくる。そして、嬉しそうにふわりと笑った。
込み上げる愛しさに耐え切れずに、アルティスはローウェンの頬に片手を添えると、その桜色をした半身の可愛らしい唇に口づける為、顔を寄せる。
「……ロー」
唇が重なる直前で、アルティスは閉じていた目を薄く開いてそう言った。
「何?」
目をきょとんとさせて、間近にありすぎる自分の顔を不思議そうに見返しているローウェンに脱力しそうになりながら、アルティスはささやく。
「目を閉じぬか。やりにくい」
怒ったような兄の声を聞いて、慌ててローウェンは左右色の違う目を閉じた。
その様子をアルティスは面白く思いながら、弟の唇に触れるだけの口づけを落とす。
(あれ?)
ローウェンは、その感触に覚えがあった。
ずっと昔、初恋の少女と交わした口づけ……。あの少女の唇の感触に似ているような? 子供の頃の事だから、気のせいかもしれないが。
「アル、昔、僕と会った事がある?」
唇が離れた後、そう聞くと、アルティスは首を傾げて、漆黒の瞳を瞬かせた。
「覚えていないのか? 母上に引き合わされて、お前が幼い頃に同じように口づけを交わしたのだが」
じゃあ、やっぱりあれは……、あの少女は、アルティスだったのか。
そういえば、アルティスも、サンジェイラの王子の責務として、自分と同じように数か月前までは赤い着物を身にまとい、姫君のような格好をしていたのだ。幼い自分が、少女と勘違いしたのもその所為だ。
「あはははははっ!」
次の瞬間、いきなり腹を抱えて大笑いし出したローウェンにアルティスは驚きに目を見張った。
「何がおかしいのだ?」
憮然とそう言い放つ兄の顔を直視できない。自分が情けなさ過ぎて。
「だって……、だって、あんなに綺麗に胸の奥にしまっておいた初恋が……。まさかまさかの結末で。もう、笑うしかないよ! うひひひひひっ」
初恋の女の子が、実は兄上様でした。なんて、普通ありえない。
何故か馬鹿ウケしているローウェンとは対照的に、アルティスは衝撃のあまり一瞬思考が止まった。
「は……、は、は、は、初恋だと!? お主……、誰だ!? 言えっ、そやつは一体誰なのだ!」
ケラケラと笑うローウェンの肩を揺するアルティスに普段の余裕はまったくなかった。
これが、若さか。
例えば、レオンハルトならおそらく冷静に振舞ったであろう場面で、アルティスやローウェンは若過ぎるあまり、思いが逸り、それが出来ないのだ。
「誰って……」
アルティスの剣幕に笑うのを止めると、ローウェンはきょとんと目の前の兄の顔を見上げる。
(あんただよ)
でも、そんな事を告げるのも、なんだか恥ずかしい。
頬を染めて、もじもじし始めたローウェンを見て、アルティスは更に衝撃を受けた。
(そ、そんなに可愛らしく頬を染めて、相手は一体誰なのだ)
勘違い気味のショックを受けるが、一呼吸した後、アルティスは不意に妖しく笑った。
「我の心を玩んで、楽しいか? ロー」
「は? も……、玩んでなんか、ないよ?」
ローウェンの頭の中には、?マークが飛び交っていた。
天然ボケ気味のローウェンには、アルティスの、見る者を酔わすような妖しさを秘めた微笑はまったく通用しなかった。
「……」
アルティスは思うようにいかないローウェンに内心苛立ちながら、その細腰を引き寄せると、そのまま弟の唇を奪った。
先程の、触れるだけの優しいものと違い、乱暴に重なった唇は、今度は深く潜ってくる。
(!?)
ローウェンは驚愕に目を見開くと、硬直したまま、兄の舌が開かされた口内に入り込み、逃げようとする自分の舌に熱く絡み付いてくる感触を呆然と感じていた。
その言葉は、まるで歌うように告げられた。
「愛してる?」
母親にも疎まれた自分を、正統なる血筋の、唯一の王子たる兄が?
「僕……、僕、産まれて来て、よか……、よかったの?」
わからない。なんで、目の前の兄の美貌が霞んで見えるのか……。もっと見ていたいのに。
「感謝している。お主が我の半身として産まれ、我と出会ってくれた運命に、ずっと感謝していた」
その、聞いた事もないアルティスの優しい声と共に、麝香の香りが自分を包み込んだ。
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褐色の腕が、優しく自分の体を包み込む。
そのまま、強く、かき抱くように抱かれて、ローウェンは泣きながら、その背にしがみついた。
「アル……、アル~~~~っ! うあああああああっ」
何がなんだか分からない。
過去の事、今の事、全部が全部ない交ぜになって、ローウェンは大声を上げて泣いた。
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その傷を見て、眉をひそめたレオンハルトは、弟の無茶には何も言わずに、ただ応急処置を施す。
「なあ、レオン」
「なんだ?」
「娘を嫁に出す父親の心境って、こんな感じなのだろうか?」
「……」
レオンハルトは、無言になったのだった。
その後、リュセルとレオンハルトは、ようやく長いわだかまりも解けて、互いの想いを認識しあった若い玉主と玉鍵を二人きりにする為、静かに部屋を出て、一度、自分達に与えられた客室に戻る事にした。
なにせ、着の身着のまま慌てて飛び起きてきたので、二人共夜着姿のままなのだ。
幸い誰にも会う事なく、部屋に戻ると、リュセルは椅子に腰を下ろした。
「何を休んでいるんだ、馬鹿者。さっさと着替えなさい」
レオンハルトの叱責の声が響くが、リュセルはひらひらと片手を振ってそれを拒否する。
「いいじゃないか、少し位。クマ吉、お茶」
リュセルの要請を受けて、クマ吉がいそいそとお盆にほうじ茶を載せて、よたよたと歩いてきた。
ずずずずず
お茶をすすりながらリュセルは、着替えの為に寝室に消えていったレオンハルトが着替えを済ませて戻ってくるのを見ると口を開いた。
「ローウェンの過去を見た」
弟のテーブル向かいの席に着いたレオンハルトは、感情のわからぬ平坦な表情で頷いた。
「そうか」
「あの子は、母親に否定された子供だったようだ。父親にも疎まれ、祖父には命を狙われ、不幸な子だな」
リュセルの呟きに、レオンハルトは温もりのある優しい声で答えた。
「でも、これからはアルティスがいる」
「だな」
兄の言葉にほっとしたようにため息をつくと、リュセルはすぐに眉をしかめた。
「しかし、いくら疎んでいたからといって、自分の孫の命を狙うか?普通……、一体どんな人なんだ、メルティス前王ってのは!?」
「……近い内に会う事になるだろう。お前に会いたいようだったからね。それよりも問題は、今後の事だ。今回の毒の件は、証拠もないし、メルティス前王に罪を問う事も出来ない。しかし、このまま放っておけば、また、ローウェンは狙われるだろう」
「ルルドの葉の事も解決していないのにな」
問題は山積みである。
「せめて、ローウェンの件だけでもなんとかならないだろうか」
リュセルは、唸りながら両腕を組んで考え込む。
そして、打開策を思いついたのは、やはりレオンハルトだった。
「いっその事、ローウェンには危篤状態にでもなってもらおうか」
爆弾発言だった。
レオンハルトが不穏な提案をした頃、アルティスの胸で泣きじゃくっていたローウェンは、ようやく落ち着きを取り戻していた。涙が引いてくると、子供のように泣きじゃくった自分が途端に恥ずかしくなる。
「落ち着いたか?」
どこか偉そうな、でも柔らかさを増した声が響いた。
「うん」
泣き過ぎて目が痛かったけれど。落ち着いても、抱きしめてくれる腕から離れたくなくて、アルティスの肩に頬をすり寄せる。
アルティスはそんな可愛らしい仕草をする弟の金の髪を撫でて、その頬に口づけた。
「アル……」
ようやく少し身を離したローウェンが、うっとりとアルティスを見上げてくる。そして、嬉しそうにふわりと笑った。
込み上げる愛しさに耐え切れずに、アルティスはローウェンの頬に片手を添えると、その桜色をした半身の可愛らしい唇に口づける為、顔を寄せる。
「……ロー」
唇が重なる直前で、アルティスは閉じていた目を薄く開いてそう言った。
「何?」
目をきょとんとさせて、間近にありすぎる自分の顔を不思議そうに見返しているローウェンに脱力しそうになりながら、アルティスはささやく。
「目を閉じぬか。やりにくい」
怒ったような兄の声を聞いて、慌ててローウェンは左右色の違う目を閉じた。
その様子をアルティスは面白く思いながら、弟の唇に触れるだけの口づけを落とす。
(あれ?)
ローウェンは、その感触に覚えがあった。
ずっと昔、初恋の少女と交わした口づけ……。あの少女の唇の感触に似ているような? 子供の頃の事だから、気のせいかもしれないが。
「アル、昔、僕と会った事がある?」
唇が離れた後、そう聞くと、アルティスは首を傾げて、漆黒の瞳を瞬かせた。
「覚えていないのか? 母上に引き合わされて、お前が幼い頃に同じように口づけを交わしたのだが」
じゃあ、やっぱりあれは……、あの少女は、アルティスだったのか。
そういえば、アルティスも、サンジェイラの王子の責務として、自分と同じように数か月前までは赤い着物を身にまとい、姫君のような格好をしていたのだ。幼い自分が、少女と勘違いしたのもその所為だ。
「あはははははっ!」
次の瞬間、いきなり腹を抱えて大笑いし出したローウェンにアルティスは驚きに目を見張った。
「何がおかしいのだ?」
憮然とそう言い放つ兄の顔を直視できない。自分が情けなさ過ぎて。
「だって……、だって、あんなに綺麗に胸の奥にしまっておいた初恋が……。まさかまさかの結末で。もう、笑うしかないよ! うひひひひひっ」
初恋の女の子が、実は兄上様でした。なんて、普通ありえない。
何故か馬鹿ウケしているローウェンとは対照的に、アルティスは衝撃のあまり一瞬思考が止まった。
「は……、は、は、は、初恋だと!? お主……、誰だ!? 言えっ、そやつは一体誰なのだ!」
ケラケラと笑うローウェンの肩を揺するアルティスに普段の余裕はまったくなかった。
これが、若さか。
例えば、レオンハルトならおそらく冷静に振舞ったであろう場面で、アルティスやローウェンは若過ぎるあまり、思いが逸り、それが出来ないのだ。
「誰って……」
アルティスの剣幕に笑うのを止めると、ローウェンはきょとんと目の前の兄の顔を見上げる。
(あんただよ)
でも、そんな事を告げるのも、なんだか恥ずかしい。
頬を染めて、もじもじし始めたローウェンを見て、アルティスは更に衝撃を受けた。
(そ、そんなに可愛らしく頬を染めて、相手は一体誰なのだ)
勘違い気味のショックを受けるが、一呼吸した後、アルティスは不意に妖しく笑った。
「我の心を玩んで、楽しいか? ロー」
「は? も……、玩んでなんか、ないよ?」
ローウェンの頭の中には、?マークが飛び交っていた。
天然ボケ気味のローウェンには、アルティスの、見る者を酔わすような妖しさを秘めた微笑はまったく通用しなかった。
「……」
アルティスは思うようにいかないローウェンに内心苛立ちながら、その細腰を引き寄せると、そのまま弟の唇を奪った。
先程の、触れるだけの優しいものと違い、乱暴に重なった唇は、今度は深く潜ってくる。
(!?)
ローウェンは驚愕に目を見開くと、硬直したまま、兄の舌が開かされた口内に入り込み、逃げようとする自分の舌に熱く絡み付いてくる感触を呆然と感じていた。
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