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第七章 黄昏往く国
11-1 ルルドの木と結び目
しおりを挟む「大丈夫? アル」
ショックのあまり言葉のなくなったアルティスにローウェンはそう問いかけた。
「……大丈夫だ」
顔色は芳しくなかったが、返って来た冷静な声を聞いて、ローウェンは少しほっとした。
「それでは、ルルドの木を浄化するには、お祖父様を浄化せねばならぬという事だな」
動揺を押し隠してそう呟いたアルティスの顔を真っ直ぐに見つめ、リュセルは頷く。
「彼はもう、人ではない。それに、メルティス前王を浄化しなければ、ルルドの葉で死んだ人達がずっと転生出来ずにいる事になる。つらいだろうが……」
いくら自分の半身を殺そうとした張本人だとはいえ、アルティスにとって、メルティスは育ての親のような存在だ。憎いばかりではないだろう。
「邪気は浄化せねばならぬ。我は感情で己の使命を曲げる事はせぬ。……お祖父様は浄化する」
「アル」
言い切った兄に対し、ローウェンは不安そうな視線を向けた。
「しかし、それにはまず、ルルドの木と繋がった、葉の常習者達を切り離さねば、彼らを巻き込む事になるかもしれぬぞ」
それまで黙って話を聞いていたレオンハルトは、今後の不安を口にする。弟の話から予測した事実である。
「うん、僕もそう思う。葉の常習者達の生命力を養分としているなら、繋がっている可能性が高いよ」
ローウェンも、レオンハルトの言葉に同意する。
「それを断ち切る方法は、おそらく禁書の中に書かれているだろう」
「じゃあ、これから、みんなで探す?」
ローウェンの申し出にリュセルは首を振った。
「本の場所は分かっているから、すぐ見つかるはずだ。俺とレオンで持ってくるから、お前達はここにいてくれ」
「え? でも、リュセル兄さんよりも、僕らが行った方が」
「……ここで待っているんだ。いいな?」
リュセルの真剣な言葉を聞いたローウェンは、小さく頷いたのだった。
「…………」
リュセルとレオンハルトが部屋を出た後、二人きりになったローウェンとアルティスは、重苦しい空気の中、しばらく無言でいた。
祖父の事がショックだったのだろう。
ずっと難しい顔をして俯いているアルティスを見て、ローウェンは心配になった。
(アル)
ローウェンにとって、メルティスは、祖父とはいっても遠い存在であり、命を狙われる程、疎まれてきた存在だった。それ故に、先程のリュセルの話に驚きはしたが、それ程衝撃は受けなかった。
しかし、アルティスは違うだろう。
決していい祖父ではなかったかもしれないが、サンジェイラの王子、王女の中で、最もメルティスに近い位置にいた孫なのだ。
(こんな時、どうしたらいいんだろう)
リュセルはきっと、アルティスの状態をわかっていて、ローウェンと二人きりにしてくれたのだ。あんな事があって、彼本人こそ、まだ精神的につらいだろうに、蔵書室へと向かった。
しかし、極端に人との触れ合いが少なく、肉親の情など無いに等しかったローウェンは、こんな時どうすればいいのか、まったくわからないでいた。
(そういえば、レオンハルト兄さんはよく……)
とりあえず、現在、最も身近にいるカップル(?)、剣主剣鍵コンビの事を思い出しながら、ローウェンは、レオンハルトが何かあると、よくリュセルを抱きしめていたのに気づく。
リュセル自身も、ローウェンが落ち込んだりしていた時、抱きしめてくれた。
それを思い出しながら、決意を秘めた目で小さく頷くと、ローウェンは隣の兄の体を抱きしめた。
「!? ロー?」
驚いたように自分の名を呼ぶアルティスに、ローウェンは体を少し離すと、目の前の夜の美貌を見上げて微笑みかけた。
「知ってる? こうして抱きしめてもらうと、元気を分けてもらえるんだよ。アルに僕の元気を分けてあげる」
「ロー」
弟のいじらしい言葉を聞き、アルティスは漆黒の瞳を優しく和ませる。
「ありがとう」
アルティスは、ささやきと共に逆にローウェンの華奢な体を抱きこむと、子供特有の温かな体温の心地よさに身を委ねたのだった。
確かな、その存在の温もりだけが、今のアルティスにとっては救いであった。
一方、蔵書室へと降りた剣主剣鍵コンビは……。
「あった、これだ」
リュセルが迷いのない足取りで、部屋奥の本棚に歩み寄ると、脚立に登り、その最上段から一冊の古びた本を引っ張り出した。
「何故、それだと分かる?」
脚立に腰掛けて本の埃を払っている弟にレオンハルトは尋ねた。
ルルドの葉の史実が載っている禁書は、おそらくこの蔵書室の中、大量の本の中のたった一冊だ。この数日、片っ端からその一冊を求めて、本を読みふけっていたというのに。
何故、急に、この本が探していた本だと分かったのか。
「……そういえば、何故だろう?」
「……」
リュセルの答えを聞いたレオンハルトは無言になった。
考え込んでいる様子の弟に対し、とりあえず片手を差し伸べ、脚立から降りるのを手伝ってやりながら、レオンハルトは言った。
「わからないのか?」
「誰かに教えてもらったような……、気がする」
リュセルの曖昧なその言葉に、レオンハルトは眉をしかめた。
どこか遠くを見ているような、物憂げな銀の瞳に映し出されているものは、おそらく自分達には感じ取れないものだ。
もしかしたら弟は、歴代の女神の子供の中でも、一番女神に近い子供なのかもしれない。
「そうか」
内心の思いを隠して、レオンハルトは短くそう言うと、リュセルの持っていた本を受け取って、部屋の中央にあったテーブルの上にそれを広げた。
一ページ目を開くと、現れたのは、一本の木の絵だった。青々とした葉を生い茂らせた、何の変哲も無い普通の木。しかし、おそらくこれこそが。
「これが、ルルドの木」
レオンハルトの横から本を覗き込んだリュセルが、乾いた声でそう呟いた。
そうして、無言でページをパラパラめくるが、書かれていた事柄は、ほとんど知っている情報ばかりだった。何の情報も得られないのかと思った時、レオンハルトのページをめくる手が止まった。
「木とその養分となっているエネルギーを絶つには、二つを結ぶ結び目を絶たないとならぬらしいな」
「結び目って、一体なんなんだ?」
リュセルの問いに対し、レオンハルトは目線を本に落としたまま淡々と答えた。
「結び目を設定するのは、ルルドの木だ。普通は木の枝を切り、枝分けし、いわば木の子供を作って、それを結び目にするらしいね」
「つまり、木はメルティス前王本人だから、木の子供ってメルティス前王の子供……、ま、まさか、ミゼール王か!?」
「……もしくは血のつながった肉親、二十人の孫の誰かか」
その予測に、リュセルは絶句した。
人間のする所業ではない。
鬼か悪魔か。
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