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第八章 暁を呼ぶ者
7-2 メルティスの後悔
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「あらあら、結び目が二つ共途切れちゃったわねぇ。困ったわ……」
サンジェイラ城、玉座の間。
主のいない部屋の玉座に疲れたような表情で座っているのは、この座の前の主だ。アシェイラやディエラにまで、その専制君主ぶりが知れ渡った、前王メルティス。
だが、現在、玉座に腰掛ける彼は、ただの疲れきった哀れな老人に過ぎなかった。肉体も魂もすり減らした彼に、容赦なく邪鬼は迫る。
「でも、どのみち、あたしの目的は達成出来そうだから、もういいわ。ルルドの葉も充分広まったし……。この国を変えられる程の力を持つ後継者もいないから、心配しなくてもサンジェイラは滅びるわね」
クスクスと嬉しそうに笑いながらそう言った侍女の格好をした艶っぽい美女に、メルティスは力ない目線を向けながら、弱弱しく目を閉じた。
一体……、どこで間違えてしまったのだろうか。
そのカリスマ性、生まれながらの天分の才から、この国の建国者にして、古の昔、邪神を封じた三人の勇者の一人、サンジェイラの生まれ変わりとまで謳われたメルティスである。
血筋に拘った所以もそこにある。
女神の加護を受け、女神の為に戦った勇者の血筋に、他家の血を組み入れてはならない。由所正しい他国の勇者の血筋を引く王族ならともかく。
メルティスが認める王子は、アルティスただ一人。
我がサンジェイラ国の正統なる血筋の王子。しかし、そのアルティスの行方も、現在、知れなくなってしまった。おそらく彼の半身を毒殺しようとしたのがばれたのだろう。
あの、産まれ卑しい女の子供とどこかに身を隠しているのかもしれない。
どんなに自分の前であの子供を否定しようとも、半身を求めるその心には抗えなかったという事か……。所詮、アルティスは王子である前に女神の息子。彼が気にかけるのは、女神の愛した世界の安寧と、己が命よりも大切な半身の事だけ。どんなにメルティスが王位継承者に望もうと、アルティスには国を背負うという気持ちがないのだ。
心のどこかで気づいていた。女神の息子を王に望む事自体が間違いなのだと。しかし、戻れない所まで自分はきてしまった。もう……、どうする事も出来はしない。
「操ったルルドの葉の中毒者達を浄化したのは、あなたお気に入りのアルティスと、半身のローウェンのようよ」
契約を交わして以来、常に傍にいる邪鬼、スイの笑いを含んだ言葉。それを聞いたメルティスは、ただ、驚きに目を見開く事しか出来なかった。
「後、あなたが邪魔だと思って結び目に設定した子供達も動き出しているようだけど、どうかしらね?」
アサギとユリエ。
直系とはいえないとはいえ、遠縁の王家の血を引く側室の子供であるアサギと違い、ディエラの一貴族の出にしか過ぎない人間を母親に持つユリエは、姫であった為、そんなに気にはしてこなかったが、血筋でいうなら、ローウェン同様、忌むべき存在だったのだ。
母親の母国、ディエラでは、確か、芸術に長けた有名な一門らしいが、所詮はただの中流貴族。古の勇者の血を引かぬ者だ。父親のミゼールから、半分だけ勇者の血を受け継いではいるが、その程度だ。
濃き血を継ぐアルティスに敵う者などいはしない。
彼が生まれた時、女神の息子であった事を喜んだものだが、それは間違いだったのかもしれない。女神の息子では、王位を継ぐ事が出来ないのだから。
「でも、このまま、折角ルルドの葉で侵食した王都を浄化されてしまっては、元も子もないわねぇ。そうだわ! さっき、すごく困っているようだった、あれを利用しましょう!」
喜びに顔を輝かせたスイは、いい考えだと言う様に、メルティスにしなだれかかって彼の肩を叩いた。
「主と鍵を引き離せばいいのよ。そうすれば、忌々しい女神の力を使う事は出来ないわ」
親兄弟の血の絆よりも強く深い、あの一対を、故意的に引き剥がす事は、普通なら出来ないかもしれないが、今の、この国の状態とスイの力、そして、ルルドの木の影響を合わせれば、それはきっと、可能になる。
「ねえ、出来るでしょう? サイレンに頼まれた剣鍵と、そうねぇ……、あなたの大切な玉鍵は勘弁してあげるから、玉主を私に捧げてちょうだい」
「…………わかった」
あきらめたように固く目を閉じたメルティスをじっと見つめ、スイは嬉しそうに笑った。
「楽しみ~」
剣鍵はサイレンに駄目だと言われてるが、玉主は食べてしまっても問題ないだろう。ただでさえ、子供の肉は柔らかいのに、その上、神聖なる血を飲む事が出来るのだ。
聖なる血は、自分達邪鬼にとって、とても甘美なもの。
あの、天使のような顔の美少年を無残に引き裂く事を想像しただけで、スイの口内には涎が溜まった。
「じゃあ、剣主と玉鍵はあなたに任せるから、きちんとあの二人をあたしの所に導いてちょうだいね」
ルンルンと鼻歌まじりに勝手な事を言うと、亜空間の中に姿を消してしまった邪鬼を見送り、メルティスは、顔を両手で覆い、嘆く事しか出来なかった。
そして、街では……。
「私も城に帰るわ」
暴動を起こすと思われていた強硬派が、麻薬中毒者の襲撃によって、暴動など起こせるはずもない程にその爪を削がれたのを知ったユリエは、城に帰る弟達について共に帰る事にした。
「当たり前だろ! 俺達がなんの為に街にきたと思ってるんだ。姉上を迎えにきたんだぜ!」
レインの呆れたような声を聞いたユリエは、あっさりとそっけない返事を返す。
「あら、そうなの?」
憮然とした表情になったレインを無視して、すぐにシュリに今後の対策を引き継ぐ。
「よろしくね」
「ユリエ様もお気をつけて。こちらの事はお任せ下さい」
頼もしいその言葉に頷いたユリエを連れて、リュセル達は、急いで、サンジェイラ城に戻る事になった。
その前に、乱闘の影響により、所々が破れた遊女の格好のまま戻るのもどうかと思い、トラキアの学塔で着替えを済ませる事にする。
学塔の門前で待っていたリュセルは、着替えを済ませて現れたローウェンを見て、目を見張った。
レオンハルトも、横で懐かしむようにローウェンに目を向ける。
白い詰襟のトラキアの学塔の制服に、左目を覆う黒い眼帯。それは、彼がアシェイラに来た時にしていた格好だった。
「女装姿も可愛いが、その格好の方が何故かしっくりくるな」
リュセルの言葉にローウェンはにっこり笑って答えた。
「えへへ。学塔内にある僕のロッカーに予備のが入ってたんだ」
しばらくの間、そうやってローウェンと軽口を言い合っていると、アルティス、レイン、ユリエが合流する。
学生服姿のローウェンと違い、穏健派の者に借りたらしい藤色の着物姿のアルティスと、アルティス同様、借りものの紺色の着物を着たレインに気づいたレオンハルトは口を開く。
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