【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第八章 暁を呼ぶ者

7-3 帰城

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「準備が出来たなら行くぞ。おそらく、あちらも私達の動きに気づいているだろう。油断するな」

 その、淡々とした冷静な声に緊張感が漂っているのをリュセルは感じとっていた。

 わかっていた事だが、祖父と戦う事になるという現実。かすかに顔を強張らせているアルティスに気づくと、ローウェンは兄の手を握った。

「アル」

 名前を呼んで心配そうに見上げてくる半身を見下ろし、アルティスは小さく頷く。

「大丈夫だ、ロー。覚悟は出来ておる」

 その言葉に、ローウェンは余計に心配そうに眉根を寄せると、兄の腕にしがみつきながら歩き出す。

「…………レオン」

 玉主玉鍵のそんな様子を見守っていたリュセルは、複雑そうに隣の兄を呼んだ。

「なんだ?」

「娘を取られたようで、なんだか、くやしいというか、複雑な気分なんだが」

「……」

 リュセルの馬鹿らしい台詞をあっさりと黙殺すると、レオンハルトは決戦前にのん気な事を言っている弟の頭を軽く叩いたのだった。



*****



 サンジェイラ城の間逆に位置しているトラキアの学塔からの移動だった上、街は、先程の騒ぎの影響で、まだ混乱していたので、城に到着するのに時間がかなりかかってしまった。


「リュセル?」

 ようやく辿り着いた、サンジェイラ城の門。

 そこをくぐり抜けた所で、急に立ち止まった弟に気づいたレオンハルトは、同じように立ち止まると、怪訝そうに振り返る。

 リュセルは前に進む事が出来なくなっていた。

 (気持ち悪い)

 メルティスを前にしたような不快感を感じる。

 前王を覆う、周りの空気。

 あの、禍々しさと同じものが、城全体を包み込んでいた。

 自分達が城を出ている間に、一体、何があったというのか。

 悲鳴を上げそうになるのを、咄嗟に口元を押さえる事で回避すると、リュセルは無意識の内に目の前の兄の腕を掴んだのだった。

 門を潜り抜けた途端、顔面蒼白になった弟を見たレオンハルトは、眉をしかめ、その顔を覗き込んだ。

 (気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い)

 かつての感覚を思い出して、再び恐慌状態に陥りそうになるのを唇を噛み締めて我慢すると、琥珀の瞳を曇らせて自分の顔を見ているレオンハルトの体を引き寄せ、その、冷えた体の確かさに、安堵のため息をつく。

「リュセル殿は大丈夫か? 城全体が禍々しい気配に覆われておる。感覚の鋭いリュセル殿には耐えられなかろう」

 先を行っていたアルティスが気づいて戻って来たのを見ると、レオンハルトは小さく頷いて答えた。

 リュセル程ではないが、宝鍵として感知能力に優れているアルティスは、城を覆う気配のあまりの禍々しさに、彼自身、顔色を悪くしながらも、レオンハルトにしがみついているリュセルの様子を見て眉をしかめた。

「リュセル兄さんっ!」

 その後、すぐに慌てた様子のおローウェンが戻って来て、レイン、ユリエもそれに続く。

 固く抱き合った状態の、まるで恋人同士の抱擁を交わしているようにしか見えないリュセルとレオンハルトの姿を見たレインは、ヒューっと口笛を吹きそうになるが、ローウェンの膝蹴りによって阻まれる。膝蹴り攻撃のあまりの痛さにレインは悶えていた。

「だ、大丈夫だ」

 まったく大丈夫そうじゃない顔色でそう言った弟に対し、レオンハルトは頷いた。女神の剣が必要になる事態が予測されている以上、弟を連れて行かない訳にはいかない。

「私がついている」

 優しい響きの兄の声にリュセルは頷くと、体を離して息を吐く。

「ああ」

 ここから一刻も早く離れたい気持ちが心を支配するが、それを堪える為にレオンハルトの手を握った。

「……行けるか?」

 心配そうなアルティスの言葉に、リュセルは青白い顔のまま、しかし、しっかりと頷いた。

「ああ、行こう。すまなかった」

 そのまま、兄から手を離そうとするが、離そうとした右手は強く握り込まれる。

 弟を安心させるように優しく微笑んだレオンハルトは、顔をリュセルに寄せると、軽く触れるだけの口づけをした。

 かすかな時間の、触れるだけの口づけが解かれると、ようやくリュセルは気持ちが落ち着いた。

 この、立ち込める禍々しい空気に対する嫌悪感は消えないが、前のような醜態をさらす事なく、落ち着いて周りを見回せる……が。
 周囲にいた面々の様子がおかしくなっている事に気づく。ローウェンは平然としていたが、アルティスは微妙な顔をして、ユリエは顔を真赤に染め上げていたのだ。レインに至っては、にやにやとした意味深な笑みを浮かべながら、こちらを見ている。

(しまった!)

 思い切り、サンジェイラの人々の前で口づけを交わしてしまったという、取り返しのつかない事実に、リュセルは、今度は別の意味で血の気が引くのを感じた。

「い……、行きましょう」

 もじもじしながら、そう言って、踵を返したユリエに続いて、レイン、アルティス、ローウェンが後を追い、レオンハルトはショックを受けている様子のリュセルの手を引きながら門をくぐる。

 そうして、城内に入り、少し歩くと、前方から桜色の振袖を着た少女が駆けて来た。

「アル兄様、レイン兄様、ユリエ姉様! え……、ロ、ロー兄様!?」

「サクラ!」

 重病という設定のローウェンが学生服姿でピンピンしているのに気づくと、一瞬、サクラは驚きに目を見張ったが、兄達の漂わせている只ならぬ雰囲気を察して、それについては何も触れずに、ただ、不安そうな顔をした。

「お祖父様が玉座の間に閉じこもってしまって出ていらっしゃらないのです。お父様は、それについて何か知っているようで、ソウル兄様を連れて城を出るっておっしゃっているの。この国は、もう、おしまいだって……」

「国王が真っ先に国を捨ててどうするんだ」

 サクラの言葉を聞いて、リュセルは頭が痛くなった。

「…………それで? お父様は、今、どちらに?」

 ユリエの厳しい声を聞いたサクラは、更に困惑したような顔になる。

「それが……、アサギ兄様が、ソウル兄様と一緒に部屋に閉じ込めてしまったの。逃げ出さないように。っておっしゃって」

「はは。さすが、アサギ兄上。仕事が早いねぇ」

「ふざけている場合ではないわ、レイン。…………レオンハルト王子、お祖父様の事は、もう、私達の手に負えるレベルのものではありません。全面的に、あなた方、女神の子供達にその処分を預けてしまってもいいかしら?」

 ユリエの言葉にレオンハルトは小さく頷く。

「無論。あなた方はどうするつもりだ?」

 ユリエとレイン。それに、アサギに向けたであろうその質問に、ユリエは顔を上げて答えた。

「お父様と決着をつけに行きます」


 そう言った後、思いつめたような顔をして、レイン、サクラと共に遠ざかって行った小さな姉の後姿を見送りながら、ローウェンは心配そうに呟いた。

「ユリエ姉上、大丈夫かな」

 結構無茶な事を仕出かす事もある、姉の事を知っているからこそ、不安が募ってしまう。

「しかし、ここで心配していても仕方あるまい。我らは、父上の事よりも、ルルドの木の浄化を優先せねばならぬのだから」

「うん」

 口では冷たく言いつつも、兄や姉の事をアルティスが心配している事をわかっているから、ローウェンは素直に頷いた。

「こちらも行くぞ」

 レオンハルトのその言葉を受けて、アルティスとローウェンは、彼らに続いて玉座の間へと急いだのだった。




「お祖父様、ここを開けて下さい!」

「一体、どうなさったのですか!?」

 リュセル達が玉座の間へ続く扉の前に着くと、そこでは、シオンとスカイが、幾人かの兵士、侍女を連れて、扉を開けようとしている所だった。

「シオン王子、スカイ王子」

 レオンハルトの呼びかけに、やはり、サクラ同様、不安そうな顔をしていた二人は振り向き、レオンハルトとリュセルの後ろの、重病で伏せているはずのローウェンに気づいて、驚きに目を見開く。

「ここで騒ぎが起こります。後宮にいる姉姫方や幼い弟妹方、使用人の方々を連れて避難なさって下さい。トラキアの学塔なら安全です。シュリという女性を頼りなさい。信頼のおける、ユリエ姫のお知り合いの女性です」

 口早にレオンハルトが説明すると、スカイは泣きそうな顔になるが、シオンがそんな弟を支えるようにしてそれに答えた。

「分かりました」

 一礼して兵士達に指示を出しながら遠ざかるシオンは、これから起こる事を予感して、何も聞かなかったのかもしれない。

「行くぞ」

 誰もいなくなった玉座の間の前でそう言うと、先程、シオンとスカイがどんな事をしても開かなかった扉にレオンハルトは手をかける。

 そしてそれは、実にあっさりと内側に開かれたのだった。
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