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第八章 暁を呼ぶ者
8-1 アルティスの本心
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「ここまで来てしまったか」
玉座の間。
その中央に位置する玉座に疲れたように腰掛ける老人を見て、彼を知るアルティスとローウェンは驚愕する。あんなに威風堂々としていた祖父が、この数日で、ありえない程に面変わりしてしまっていたのだ。
「メルティス前王。我々がここにきた理由、分かりますね?」
冷酷ともとれるような冷たい声でそう言ったレオンハルトに頷くと、メルティス前王は弱弱しく呻いた。
「もう、この国は終わりだ。……終わりなのだ」
しかし、そんな彼の言葉を否定したのは、彼自身がずっと忌々しく思い、憎んで来た相手だった。
「終わりになんてさせない! あなたの身勝手な業の所為で犠牲になった、罪のない人々の為にも!」
少年期特有の高い声は、何故か不思議な程、邪気の気配が濃厚な室内に聖なる響きをもって鳴り響いた。
「ロー」
ローウェンの言葉に心打たれたような表情をしたアルティスを見て、二人の間に起きた変化を即座に感じとったメルティスは、唸るように呟いた。
「やはりか……。お前は早めに始末をすべきであった。忌々しい忌色を左目に宿す、呪われた子供よ!」
その言葉が放たれると同時に、ローウェンとリュセルの立つ床にぽっかりと大きな穴が開く。
「リュセル!」
「ロー!」
それぞれの半身が慌てて手を伸ばすが、間に合わず、悲鳴を上げる間もなく、二人の姿は穴の中に吸い込まれてなくなった。
(しまった!)
レオンハルトは胸の中でそう吐き捨てると、弟の手を掴み損ねた右手を握りこみ、凍えるような冷たい目でメルティスに視線を向ける。
(主と鍵を分離して、女神の力を封じるのが目的か)
見る者を凍てつかせるような氷の視線を受けても、尚、メルティスは動揺一つ見せず、それどころか、哀しげな顔をして、レオンハルト同様、半身を奪われた怒りに震えるアルティスを見つめていた。
「アルティス……」
今まで聞いた事もないメルティスの弱弱しい声。それでもアルティスは、厳しい声で答える。
「ローをどこにやったのですか? お祖父様」
その言葉を聞いたメルティスは、左右に小さく首を振った。そして、嘆くように言い募った。
「何故分からん、アルティス。お前は正統なる血統の、選ばれた唯一の王子なのだ。あんな、忌み子に構う事はない」
今まで自分を育ててきた祖父のその言葉に、アルティスは今までずっと、言いたくて言えなかった言葉を返す。
「ローは……、ローウェンは、我の弟、我の半身、我が玉主! 誰よりも何よりも大切で、愛しておる。それは、どんな事があろうとも、永遠に変わりはせぬっ! 我のものを侮辱する事は、例え、血の繋がったお祖父様でも許さない」
まさに、その言葉が決定打だった。
今まで手塩にかけて育て、教育してきた孫に裏切られたメルティスは、ショックのあまりしばらく声を出せずにいた程だ。
「……………………。く……っ、くくくくく、ははははははははははっ!」
ショックを受けていたと思ったら、急に狂ったように笑い出た彼は、暗い目を上げて言った。
「ならば、アルティス。お前も、あの忌み子と同じように死ぬがよい」
次の瞬間、ルルドの葉の中毒患者のように、メルティスの目が濁ったような灰色に変化する。同時に、レオンハルトは彼の状態の変化に気づいた。
「根……」
地面に根を張る木のように、メルティスの体は、文字通り、玉座に同化し、根を広げていたのだ。
「アルティスっ!」
レオンハルトは、その事実に気づくと、アルティスに襲い掛かったそれを、抜き放った剣で切り裂いた。
「木……。ルルドの木の根か!?」
レオンハルトに庇われた状態になったアルティスは、段々と人の形状を止めておかなくなってきた祖父の姿を見ながら、唇を噛み締める。
「お祖父様」
しかし、躊躇したのは一瞬で、床を突き破って襲い掛かってくる数多の太い木の根を避けながら、放りっぱなしになっている王の錫杖が部屋の隅に転がっているのを見てとると、軽業師顔負けなバック転をしながら錫杖の元に着地し、素早い動きでそれを手に取った。
手馴れた動きでそれを棒に見立てて構えるアルティスを視線の隅に捕えると、レオンハルトは襲い来る根を切り裂きながら、この状況を打破するにはどうすればいいのかを考える。
半身がおらず女神の力が使えないのは、先程のルルドの葉の中毒者達を相手にした時と同じであるが、先程と違い、二人は敵の手に堕ちたのだ。
待っていても、向こうからはやって来ない。
(リュセル)
いつもと変わらぬ冷静な顔の裏で、レオンハルトの焦燥は募っていったのだった。
ピチャ……
わずかな水音が響く。
ピチャピチャ
子猫がミルクを飲むような、そんな音。
しかも、ものすごく近場で。
リュセルは途切れていた意識をようやく浮上させると、自分の首元を嘗めあげる舌のザラリとした感触に気づき、大きく目を見開いた。
首元。そう、鎖骨に近い部分に何者かの顔が伏せられていたのだ。
「うわあああああっ!」
その叫び声に、相手の意識が戻った事に気づいたのか、それは、ようやくリュセルの首元から顔を上げると、にっこりと微笑みを浮かべた。
侍女の着物を着た、悩まし気な美女である。
一見、普通の人間と大差ない。だが……。
「邪鬼」
大きすぎる邪気の気配を感知したリュセルは、そう吐き捨てると、目の前の美女を睨んだ。美女は、赤く染まった唇を楽しそうに歪ませる。
「あら。もう、起きちゃったの?」
そう言いながら、口元に散った赤い血を舌先で嘗め取った。
その醜悪さに嫌悪感を抱きながらも、リュセルは女の口元に散る血が自分のものである事に気づく。女が顔を伏せていた首元に手をやると、ヌルっとした嫌な感触がしたのだ。恐る恐る触った手を見てみると、手は血で赤く染まっていた。いつの間にか、首筋から流血している。
(血……)
その独特の香りに、クラリと眩暈がした。
「あなたは~、サイレンの命令だから、こうして血を嘗めるだけで我慢してあげる」
クラクラする思考の中で聞こえた女の声。リュセルは首元の傷を嘗め上げられて、ゾッとして女の体を引き離そうとした。
「あはははっ! 駄目駄目、もうちょっと飲んでから。そしたら、あなたは解放してあげる」
「うあっ」
両腕をすさまじい力で拘束され、リュセルは苦痛の声を上げた。
「あっ、ごめんなさい。宝鍵の体って柔なのね」
若干、拘束の力が緩むが、再び首元に唇を寄せられる。襟元を大きく広げられ、おそらく、首元に傷を負わせられているようだが、何故か、まったく痛みはない。ただ、むせ返るような自分の血の匂いに気分が悪くなっているだけだ。
自分の血を飲まれ続けながらも、リュセルは、ようやく周りの状況に目を向ける。
周りには、何もない。
自分が先程までいた玉座の間とは別の場所だ。それとも、ここは、この邪鬼が創り出した異空間なのだろうか?
「美味しい。まるで、甘露のようだわ」
うっとりとしたような女邪鬼の言葉を聞きながら、首を巡らせて反対側を向く。
「あんっ、動かないでよ」
(人の生き血を勝手にすすっておきながら……)
勝手な事を言う邪鬼を内心罵倒していたリュセルは、地面に押し倒された状態になっている自分の右側、離れた場所に倒れ伏すローウェンに気づいて目を見開いた。
「ローウェン!?」
うつ伏せに倒れ、こちらに顔を向けた状態の幼い玉主の姿。見たところ怪我らしいものは見当たらない。変わった所といえば、常に左目を覆っていた眼帯が外されていた事位だ。
「ああ」
リュセルの視線に気づいた女邪鬼は、リュセルに未練を残しながらも体を離すと、残念そうに言った。
「これ以上血を飲んでしまうと、死んじゃうかもしれないからやめるわね。……代わりに、今度は、あの、美味しそうな子を食べるから」
その台詞を聞いたリュセルは、咄嗟に身を起こして、ローウェンの元に向かおうとする女邪鬼の足首を掴んだ。
「やめろっ! この、邪鬼が!」
それに彼女は面白そうに瞬きをすると、ゆっくりとしゃがみこんで、血を抜かれ、身動き出来ずにいるリュセルに甘い声音でささやいた。
「邪鬼なんて無粋な呼び方しないでよ。あたしの名前は、スイ。その内、マスターのものになったあなたに仕える事になるんだから、覚えておいて」
そして、目を見張るリュセルの手を自分の足首から優しく解いて、再び踵を返す。
「ローウェン! くそっ」
立ち上がろうとすると、目の前がぐらついた。
致死量には至らなかったとはいえ、あの女邪鬼、スイは、一体、どれ位の量の血を自分からすすったのか。貧血状態のリュセルは、霞む銀の目をこすると、ローウェンの傍に膝をついたスイの姿を凝視しながら、自分の無力さに絶望した。
「ふふふ、可愛い子」
玉座の間。
その中央に位置する玉座に疲れたように腰掛ける老人を見て、彼を知るアルティスとローウェンは驚愕する。あんなに威風堂々としていた祖父が、この数日で、ありえない程に面変わりしてしまっていたのだ。
「メルティス前王。我々がここにきた理由、分かりますね?」
冷酷ともとれるような冷たい声でそう言ったレオンハルトに頷くと、メルティス前王は弱弱しく呻いた。
「もう、この国は終わりだ。……終わりなのだ」
しかし、そんな彼の言葉を否定したのは、彼自身がずっと忌々しく思い、憎んで来た相手だった。
「終わりになんてさせない! あなたの身勝手な業の所為で犠牲になった、罪のない人々の為にも!」
少年期特有の高い声は、何故か不思議な程、邪気の気配が濃厚な室内に聖なる響きをもって鳴り響いた。
「ロー」
ローウェンの言葉に心打たれたような表情をしたアルティスを見て、二人の間に起きた変化を即座に感じとったメルティスは、唸るように呟いた。
「やはりか……。お前は早めに始末をすべきであった。忌々しい忌色を左目に宿す、呪われた子供よ!」
その言葉が放たれると同時に、ローウェンとリュセルの立つ床にぽっかりと大きな穴が開く。
「リュセル!」
「ロー!」
それぞれの半身が慌てて手を伸ばすが、間に合わず、悲鳴を上げる間もなく、二人の姿は穴の中に吸い込まれてなくなった。
(しまった!)
レオンハルトは胸の中でそう吐き捨てると、弟の手を掴み損ねた右手を握りこみ、凍えるような冷たい目でメルティスに視線を向ける。
(主と鍵を分離して、女神の力を封じるのが目的か)
見る者を凍てつかせるような氷の視線を受けても、尚、メルティスは動揺一つ見せず、それどころか、哀しげな顔をして、レオンハルト同様、半身を奪われた怒りに震えるアルティスを見つめていた。
「アルティス……」
今まで聞いた事もないメルティスの弱弱しい声。それでもアルティスは、厳しい声で答える。
「ローをどこにやったのですか? お祖父様」
その言葉を聞いたメルティスは、左右に小さく首を振った。そして、嘆くように言い募った。
「何故分からん、アルティス。お前は正統なる血統の、選ばれた唯一の王子なのだ。あんな、忌み子に構う事はない」
今まで自分を育ててきた祖父のその言葉に、アルティスは今までずっと、言いたくて言えなかった言葉を返す。
「ローは……、ローウェンは、我の弟、我の半身、我が玉主! 誰よりも何よりも大切で、愛しておる。それは、どんな事があろうとも、永遠に変わりはせぬっ! 我のものを侮辱する事は、例え、血の繋がったお祖父様でも許さない」
まさに、その言葉が決定打だった。
今まで手塩にかけて育て、教育してきた孫に裏切られたメルティスは、ショックのあまりしばらく声を出せずにいた程だ。
「……………………。く……っ、くくくくく、ははははははははははっ!」
ショックを受けていたと思ったら、急に狂ったように笑い出た彼は、暗い目を上げて言った。
「ならば、アルティス。お前も、あの忌み子と同じように死ぬがよい」
次の瞬間、ルルドの葉の中毒患者のように、メルティスの目が濁ったような灰色に変化する。同時に、レオンハルトは彼の状態の変化に気づいた。
「根……」
地面に根を張る木のように、メルティスの体は、文字通り、玉座に同化し、根を広げていたのだ。
「アルティスっ!」
レオンハルトは、その事実に気づくと、アルティスに襲い掛かったそれを、抜き放った剣で切り裂いた。
「木……。ルルドの木の根か!?」
レオンハルトに庇われた状態になったアルティスは、段々と人の形状を止めておかなくなってきた祖父の姿を見ながら、唇を噛み締める。
「お祖父様」
しかし、躊躇したのは一瞬で、床を突き破って襲い掛かってくる数多の太い木の根を避けながら、放りっぱなしになっている王の錫杖が部屋の隅に転がっているのを見てとると、軽業師顔負けなバック転をしながら錫杖の元に着地し、素早い動きでそれを手に取った。
手馴れた動きでそれを棒に見立てて構えるアルティスを視線の隅に捕えると、レオンハルトは襲い来る根を切り裂きながら、この状況を打破するにはどうすればいいのかを考える。
半身がおらず女神の力が使えないのは、先程のルルドの葉の中毒者達を相手にした時と同じであるが、先程と違い、二人は敵の手に堕ちたのだ。
待っていても、向こうからはやって来ない。
(リュセル)
いつもと変わらぬ冷静な顔の裏で、レオンハルトの焦燥は募っていったのだった。
ピチャ……
わずかな水音が響く。
ピチャピチャ
子猫がミルクを飲むような、そんな音。
しかも、ものすごく近場で。
リュセルは途切れていた意識をようやく浮上させると、自分の首元を嘗めあげる舌のザラリとした感触に気づき、大きく目を見開いた。
首元。そう、鎖骨に近い部分に何者かの顔が伏せられていたのだ。
「うわあああああっ!」
その叫び声に、相手の意識が戻った事に気づいたのか、それは、ようやくリュセルの首元から顔を上げると、にっこりと微笑みを浮かべた。
侍女の着物を着た、悩まし気な美女である。
一見、普通の人間と大差ない。だが……。
「邪鬼」
大きすぎる邪気の気配を感知したリュセルは、そう吐き捨てると、目の前の美女を睨んだ。美女は、赤く染まった唇を楽しそうに歪ませる。
「あら。もう、起きちゃったの?」
そう言いながら、口元に散った赤い血を舌先で嘗め取った。
その醜悪さに嫌悪感を抱きながらも、リュセルは女の口元に散る血が自分のものである事に気づく。女が顔を伏せていた首元に手をやると、ヌルっとした嫌な感触がしたのだ。恐る恐る触った手を見てみると、手は血で赤く染まっていた。いつの間にか、首筋から流血している。
(血……)
その独特の香りに、クラリと眩暈がした。
「あなたは~、サイレンの命令だから、こうして血を嘗めるだけで我慢してあげる」
クラクラする思考の中で聞こえた女の声。リュセルは首元の傷を嘗め上げられて、ゾッとして女の体を引き離そうとした。
「あはははっ! 駄目駄目、もうちょっと飲んでから。そしたら、あなたは解放してあげる」
「うあっ」
両腕をすさまじい力で拘束され、リュセルは苦痛の声を上げた。
「あっ、ごめんなさい。宝鍵の体って柔なのね」
若干、拘束の力が緩むが、再び首元に唇を寄せられる。襟元を大きく広げられ、おそらく、首元に傷を負わせられているようだが、何故か、まったく痛みはない。ただ、むせ返るような自分の血の匂いに気分が悪くなっているだけだ。
自分の血を飲まれ続けながらも、リュセルは、ようやく周りの状況に目を向ける。
周りには、何もない。
自分が先程までいた玉座の間とは別の場所だ。それとも、ここは、この邪鬼が創り出した異空間なのだろうか?
「美味しい。まるで、甘露のようだわ」
うっとりとしたような女邪鬼の言葉を聞きながら、首を巡らせて反対側を向く。
「あんっ、動かないでよ」
(人の生き血を勝手にすすっておきながら……)
勝手な事を言う邪鬼を内心罵倒していたリュセルは、地面に押し倒された状態になっている自分の右側、離れた場所に倒れ伏すローウェンに気づいて目を見開いた。
「ローウェン!?」
うつ伏せに倒れ、こちらに顔を向けた状態の幼い玉主の姿。見たところ怪我らしいものは見当たらない。変わった所といえば、常に左目を覆っていた眼帯が外されていた事位だ。
「ああ」
リュセルの視線に気づいた女邪鬼は、リュセルに未練を残しながらも体を離すと、残念そうに言った。
「これ以上血を飲んでしまうと、死んじゃうかもしれないからやめるわね。……代わりに、今度は、あの、美味しそうな子を食べるから」
その台詞を聞いたリュセルは、咄嗟に身を起こして、ローウェンの元に向かおうとする女邪鬼の足首を掴んだ。
「やめろっ! この、邪鬼が!」
それに彼女は面白そうに瞬きをすると、ゆっくりとしゃがみこんで、血を抜かれ、身動き出来ずにいるリュセルに甘い声音でささやいた。
「邪鬼なんて無粋な呼び方しないでよ。あたしの名前は、スイ。その内、マスターのものになったあなたに仕える事になるんだから、覚えておいて」
そして、目を見張るリュセルの手を自分の足首から優しく解いて、再び踵を返す。
「ローウェン! くそっ」
立ち上がろうとすると、目の前がぐらついた。
致死量には至らなかったとはいえ、あの女邪鬼、スイは、一体、どれ位の量の血を自分からすすったのか。貧血状態のリュセルは、霞む銀の目をこすると、ローウェンの傍に膝をついたスイの姿を凝視しながら、自分の無力さに絶望した。
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