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第八章 暁を呼ぶ者
8-2 女邪鬼との戦い
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ローウェンの左目を覆う眼帯を取ったのはスイだ。天使のような可愛らしい容貌に、こんな眼帯は似合わない。
目の前の華奢な体を仰向けにすると、足首から脚、腰を通って、胸元、首筋へと、捕えた獲物の感触を楽しむように撫で付ける。どこも細いが、肌はきめ細かく、肉は柔らかい。
「ああ、美味しそう」
口の中に唾液が溜まる。
そのまま、その首に齧り付こうと、大きく口を広げたスイを見て、リュセルは叫んだ。
「ローウェンっ!」
だが、その時。
ガシッ
「うがっ!?」
瞬間、ローウェンの目が一気に見開かれ、目の前に迫っていたスイの顎を片手で掴んで口を閉じさせた。
「やだな~、女の人がそんな大口開けないでよ。みっともない、幻滅~」
そんな事をのん気に言う、ローウェンの天然振りは健在だった。
しかし、目を覚ます事なんて想定済みのスイは、素早くローウェンの体を拘束しようと動き出す。
「!?」
その速さに一瞬遅れたローウェンが不利だと思われた。
しかし
「マスター」
スイは、開かれたローウェンの左の菫色の瞳を見つめたまま、動きを止めてしまったのだ。
忌色。それは、人間達にとっては忌むべきものでも、邪鬼にとっては、抗う事の出来ない、絶対なる色。
創造主にして、自分達邪鬼の大いなる父。
邪心の王。
そう、己が主を象徴する色なのだから……。
「たあっ!」
相手の怯んだ隙を見事について、ローウェンはスイの腹部に蹴りを入れる。
「がっ」
かなりの衝撃があったらしいその蹴りによって、後方に吹き飛んだスイの腕を素早く掴み、今度は、背負い投げを決め、彼女の体を放り投げたローウェンは、ものすごい音をたてて床に打ち付けられたスイに目もくれずに、後ろで床に這いつくばる形になっているリュセルに駆け寄った。
「リュセル兄さん! 大丈夫!?」
心配そうな声を聞き、リュセルはなんとか起き上がると小さく頷く。
「ああ」
「って、リュセル兄さん。血、血、血があああああ~~~~!」
首元に出来た、かなり深めの傷から流れ出ている血液が、リュセルの着る浅葱色の着物を紅く染めていた。それに気づいたローウェンは、慌てて下衣のポケットからハンカチを出して、傷口に押し付けた。
「止血、止血っ、止血して!」
「すまない。」
そうして、紅く染まっていく、元は白かったハンカチに眉をひそめながらも、不意にローウェンは立ち上がった。
「しぶといね、おねえさん」
その言葉と共に、後ろを振り返る。
「なんなの? なんなのよ、あんた!」
「?」
あきらかに、普通の人間なら死んでいたであろう衝撃であったのにもかかわらず、ゆっくりと起き上がりながら驚きに目を見開くスイの反応を見て、ローウェンは首を傾げた。
「どうして、マスターと同じ目をしているのよ!」
マスター。邪鬼の主人。
それ、すなわち、女神の力を借りて三人の勇者が封じた、邪神を意味する。
これまでの生涯で、この左目の所為で散々な目に遭って来たローウェンは、スイの言葉を聞くと、一瞬、ビクリと肩を震わせるが、脳裏に記憶された優しい半身の顔がそれを討ち消す。
「そんなの、関係ないね!」
右の蒼と、左の紫。
左右非対称の色の瞳で、まっすぐに邪鬼を見据え、そう言い放ったローウェンの姿に、リュセルは彼の成長を見た。彼はもう、冷たい視線に縮こまっていた少年ではない。
自分の中の闇を見つめながらも、前に……、未来に進む事が出来る、そんな人間になったのだ。
「ローウェン」
リュセルの感慨深い視線を受けたローウェンは、しかし、辛辣な事を言ってのけた。
「リュセル兄さん、戦力にならないんだから、この異空間の出口を見つけてよ!」
いや、まあ、その通りなんですが……。
「あ、はい。わかりました」
現実をズバリと言い捨てられて、軽くショックを受けながら、リュセルはそう返事を返した。
「その間、あの邪鬼の相手は僕がする。……なんか、もう、戦意喪失状態みたいだケド」
そう言いながら、漆黒の大鎌を出現させたローウェンは、立ちすくむスイに躍りかかって行く。
「くっ」
その、胴を両断する為に振られた鎌を間一髪で避けると、スイはローウェンの左目から目を背ける。
見なかった事にするしかない。
「いい気になるんじゃないよ、坊や!」
そう怒鳴ったスイの右手に現れたのは、巨大なハンマー。
それで襲い来るローウェンの大鎌に応戦すると、スイは、今度は、こちらから反撃して、ローウェンの頭を狙い、ハンマーを打ち下ろした。
相手の攻撃を僅差で避け、また、反撃する。それを繰り返しながら、激しい動きで戦いを繰り広げるスイとローウェンを横目で見ながら、リュセルは、首にハンカチを押し当て、止血したまま、意識を集中させた。
今現在、封鎖されたこの空間で自分が感じ取れるのは、スイの放つ邪気と、同胞たるローウェンの神聖なる気配だけ。
しかし、どこかにある出口から、必ず半身の気配がするはずだ。
貧血でグラつく体を支えながら、リュセルの精神集中は、段々と深いものになっていく。激しい戦いを繰り広げるローウェンとスイの存在が自分の中から消え失せる程に。
「なっ!」
ローウェンの放つ攻撃を受け止めながら、スイは空間内を満たし始めた僅かな銀の光に気づき、驚愕のあまり、光を放っている青年を凝視してしまった。
「もらった!」
その隙を見逃さず、繰り出されたローウェンの攻撃を咄嗟に避けるが、一歩間に合わず、右腕を斬り落とされる。
「ぎゃあああああああっ!」
元々邪気の塊である為、血は噴出さないが、その代わりに、右腕は薄黒い霧状の邪気に戻り、それは、リュセルの放つ銀の光によって浄化され、すぐに霧散した。
地面に右手を置き、固く目を閉じたリュセルの額に、不可思議な神の紋が浮かび上がるのを見てとると、苦悶しながらも、スイは恐怖に瞳を見開く。
「リュセル兄さん、出口はどこ!?」
そう叫んだローウェンに、リュセルはふらふらとしながらも、立ち上がると答えた。
「ない」
「……は?」
ローウェンは、目が点になる。
「だから、ない」
「ないいいい~~~~~!?」
額に神紋を浮かべたままだったが、銀の光は治まったようだ。
ローウェンは、同じ宝鍵でも、アルティスはこんな事できたっけ?と疑問に思いながら、リュセルの衝撃的台詞に唖然とした。
「ふ……、ふふふ、そうよ。ここは、あたしの空間だもの。入り口はどこからでもつながっているけれど、出口がつながっているのは、マスターの所だけ。このまま、あなた達は、一緒にマスターの元に行ってもらうわよ」
片腕を斬り落とされながらも、そう言ってスイは不敵に笑う。絶望的な台詞を聞いたローウェンは呆然とした。
「じゃあ、アル達の元に戻れないの?」
先程までの勇姿はどこへやら、不安そうに涙を浮かべるローウェンを安心させるようにリュセルは微笑んだ。
「いや。出口がないなら、作るだけだ。大丈夫だ」
「え?」
目を瞬かせたローウェンの目の前、微笑みを浮かべたまま両手を広げたリュセルの足元の周囲に大きな穴が開いた。
「出口はないが、レオンとアルティスの気配。それに、禍々しいルルドの木の邪気を感知する事が出来た。向こうには、アルティスがいるからな。道を作る事はたやすい」
リュセルは銀色の瞳でスイを見据え、言った。
「宝鍵を向こうに残したのが失敗だったな」
そう言った途端、広がった穴から声が響くのを聞く。
ーローウェン! リュセル殿ッー
自分が作った道を受け取り、繋げてくれているアルティスの声だ。
「飛び込め、ローウェン!」
「!!」
リュセルの声に導かれるように、ローウェンは大鎌を指輪の形に戻すと、素早い動きでスイの前から飛び、リュセルの周囲に広がる穴の中へと躊躇する事なく飛び込んだ。
目の前の華奢な体を仰向けにすると、足首から脚、腰を通って、胸元、首筋へと、捕えた獲物の感触を楽しむように撫で付ける。どこも細いが、肌はきめ細かく、肉は柔らかい。
「ああ、美味しそう」
口の中に唾液が溜まる。
そのまま、その首に齧り付こうと、大きく口を広げたスイを見て、リュセルは叫んだ。
「ローウェンっ!」
だが、その時。
ガシッ
「うがっ!?」
瞬間、ローウェンの目が一気に見開かれ、目の前に迫っていたスイの顎を片手で掴んで口を閉じさせた。
「やだな~、女の人がそんな大口開けないでよ。みっともない、幻滅~」
そんな事をのん気に言う、ローウェンの天然振りは健在だった。
しかし、目を覚ます事なんて想定済みのスイは、素早くローウェンの体を拘束しようと動き出す。
「!?」
その速さに一瞬遅れたローウェンが不利だと思われた。
しかし
「マスター」
スイは、開かれたローウェンの左の菫色の瞳を見つめたまま、動きを止めてしまったのだ。
忌色。それは、人間達にとっては忌むべきものでも、邪鬼にとっては、抗う事の出来ない、絶対なる色。
創造主にして、自分達邪鬼の大いなる父。
邪心の王。
そう、己が主を象徴する色なのだから……。
「たあっ!」
相手の怯んだ隙を見事について、ローウェンはスイの腹部に蹴りを入れる。
「がっ」
かなりの衝撃があったらしいその蹴りによって、後方に吹き飛んだスイの腕を素早く掴み、今度は、背負い投げを決め、彼女の体を放り投げたローウェンは、ものすごい音をたてて床に打ち付けられたスイに目もくれずに、後ろで床に這いつくばる形になっているリュセルに駆け寄った。
「リュセル兄さん! 大丈夫!?」
心配そうな声を聞き、リュセルはなんとか起き上がると小さく頷く。
「ああ」
「って、リュセル兄さん。血、血、血があああああ~~~~!」
首元に出来た、かなり深めの傷から流れ出ている血液が、リュセルの着る浅葱色の着物を紅く染めていた。それに気づいたローウェンは、慌てて下衣のポケットからハンカチを出して、傷口に押し付けた。
「止血、止血っ、止血して!」
「すまない。」
そうして、紅く染まっていく、元は白かったハンカチに眉をひそめながらも、不意にローウェンは立ち上がった。
「しぶといね、おねえさん」
その言葉と共に、後ろを振り返る。
「なんなの? なんなのよ、あんた!」
「?」
あきらかに、普通の人間なら死んでいたであろう衝撃であったのにもかかわらず、ゆっくりと起き上がりながら驚きに目を見開くスイの反応を見て、ローウェンは首を傾げた。
「どうして、マスターと同じ目をしているのよ!」
マスター。邪鬼の主人。
それ、すなわち、女神の力を借りて三人の勇者が封じた、邪神を意味する。
これまでの生涯で、この左目の所為で散々な目に遭って来たローウェンは、スイの言葉を聞くと、一瞬、ビクリと肩を震わせるが、脳裏に記憶された優しい半身の顔がそれを討ち消す。
「そんなの、関係ないね!」
右の蒼と、左の紫。
左右非対称の色の瞳で、まっすぐに邪鬼を見据え、そう言い放ったローウェンの姿に、リュセルは彼の成長を見た。彼はもう、冷たい視線に縮こまっていた少年ではない。
自分の中の闇を見つめながらも、前に……、未来に進む事が出来る、そんな人間になったのだ。
「ローウェン」
リュセルの感慨深い視線を受けたローウェンは、しかし、辛辣な事を言ってのけた。
「リュセル兄さん、戦力にならないんだから、この異空間の出口を見つけてよ!」
いや、まあ、その通りなんですが……。
「あ、はい。わかりました」
現実をズバリと言い捨てられて、軽くショックを受けながら、リュセルはそう返事を返した。
「その間、あの邪鬼の相手は僕がする。……なんか、もう、戦意喪失状態みたいだケド」
そう言いながら、漆黒の大鎌を出現させたローウェンは、立ちすくむスイに躍りかかって行く。
「くっ」
その、胴を両断する為に振られた鎌を間一髪で避けると、スイはローウェンの左目から目を背ける。
見なかった事にするしかない。
「いい気になるんじゃないよ、坊や!」
そう怒鳴ったスイの右手に現れたのは、巨大なハンマー。
それで襲い来るローウェンの大鎌に応戦すると、スイは、今度は、こちらから反撃して、ローウェンの頭を狙い、ハンマーを打ち下ろした。
相手の攻撃を僅差で避け、また、反撃する。それを繰り返しながら、激しい動きで戦いを繰り広げるスイとローウェンを横目で見ながら、リュセルは、首にハンカチを押し当て、止血したまま、意識を集中させた。
今現在、封鎖されたこの空間で自分が感じ取れるのは、スイの放つ邪気と、同胞たるローウェンの神聖なる気配だけ。
しかし、どこかにある出口から、必ず半身の気配がするはずだ。
貧血でグラつく体を支えながら、リュセルの精神集中は、段々と深いものになっていく。激しい戦いを繰り広げるローウェンとスイの存在が自分の中から消え失せる程に。
「なっ!」
ローウェンの放つ攻撃を受け止めながら、スイは空間内を満たし始めた僅かな銀の光に気づき、驚愕のあまり、光を放っている青年を凝視してしまった。
「もらった!」
その隙を見逃さず、繰り出されたローウェンの攻撃を咄嗟に避けるが、一歩間に合わず、右腕を斬り落とされる。
「ぎゃあああああああっ!」
元々邪気の塊である為、血は噴出さないが、その代わりに、右腕は薄黒い霧状の邪気に戻り、それは、リュセルの放つ銀の光によって浄化され、すぐに霧散した。
地面に右手を置き、固く目を閉じたリュセルの額に、不可思議な神の紋が浮かび上がるのを見てとると、苦悶しながらも、スイは恐怖に瞳を見開く。
「リュセル兄さん、出口はどこ!?」
そう叫んだローウェンに、リュセルはふらふらとしながらも、立ち上がると答えた。
「ない」
「……は?」
ローウェンは、目が点になる。
「だから、ない」
「ないいいい~~~~~!?」
額に神紋を浮かべたままだったが、銀の光は治まったようだ。
ローウェンは、同じ宝鍵でも、アルティスはこんな事できたっけ?と疑問に思いながら、リュセルの衝撃的台詞に唖然とした。
「ふ……、ふふふ、そうよ。ここは、あたしの空間だもの。入り口はどこからでもつながっているけれど、出口がつながっているのは、マスターの所だけ。このまま、あなた達は、一緒にマスターの元に行ってもらうわよ」
片腕を斬り落とされながらも、そう言ってスイは不敵に笑う。絶望的な台詞を聞いたローウェンは呆然とした。
「じゃあ、アル達の元に戻れないの?」
先程までの勇姿はどこへやら、不安そうに涙を浮かべるローウェンを安心させるようにリュセルは微笑んだ。
「いや。出口がないなら、作るだけだ。大丈夫だ」
「え?」
目を瞬かせたローウェンの目の前、微笑みを浮かべたまま両手を広げたリュセルの足元の周囲に大きな穴が開いた。
「出口はないが、レオンとアルティスの気配。それに、禍々しいルルドの木の邪気を感知する事が出来た。向こうには、アルティスがいるからな。道を作る事はたやすい」
リュセルは銀色の瞳でスイを見据え、言った。
「宝鍵を向こうに残したのが失敗だったな」
そう言った途端、広がった穴から声が響くのを聞く。
ーローウェン! リュセル殿ッー
自分が作った道を受け取り、繋げてくれているアルティスの声だ。
「飛び込め、ローウェン!」
「!!」
リュセルの声に導かれるように、ローウェンは大鎌を指輪の形に戻すと、素早い動きでスイの前から飛び、リュセルの周囲に広がる穴の中へと躊躇する事なく飛び込んだ。
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