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第九章 怪盗イチゴミルク
1-2 狙われた深窓の姫君
しおりを挟む怪盗イチゴミルク対策本部。
そう書かれた垂れ幕が扉横に掲げられた王位継承者の執務室の前で、リュセルは再び遠い目をした。
何?これ……。
そんな弟の様子を気にする事なく、レオンハルトは一度扉をノックすると、返事を待たずに中に入室する。
「レオン! リュセルううううう!」
室内では、執務机の前でカイルーズと共にジェイドが難しい顔をしていた。だが、帰還した息子達の姿を認めると、すぐに感激の涙を流しながら内股気味で二人に駆け寄って来る。
(うざっ)
そんな風に顔に出したリュセルとは対照的に、律儀なレオンハルトは、丁寧に父王に帰還の挨拶をする。
「ただいま戻りました、父上。ところで、先程カイエから報告を受けたのですが、予告状とはどういう事ですか?」
レオンハルトを抱きしめようとした瞬間、間髪入れずに冷静にそう尋ねられて、ジェイド王は両手を広げた体勢のまま固まった。
「昨夜、城に届いたんだよ」
石像のように固まった父王に代わって答えたカイルーズは、にっこりと笑ってさわやかに挨拶をする。
「おかえり、リュセル。……そして、兄上」
「また、レオンはおまけかよ!」
またしても、以前のディエラからの帰国の際と同じような応対をした二番目の兄に対し、リュセルは疲れたようにつっこんだ。
「昨夜?」
しかし、すぐ下の弟の挨拶など気にも留めていないレオンハルトは、その言葉内容にピクリと反応する。
それに肩をすくめると、カイルーズは答えた。
「そう、怪盗イチゴミルクからの予告状がね」
「怪盗イチゴミルク!?」
なんっじゃ、そりゃ~~~~~!?
リュセルは心の中で全力つっこみを入れる。
「なんなんだ!? その、あまりにも可愛らしい、ファンシーな名前の怪盗は!?」
そんなリュセルの言葉に答えたのは、レオンハルトだった。
「聞いた事があるね。確か、ディエラ国の領地内に出没する泥棒の通り名だったな」
「そう、狙いは常に大貴族。その家の、家宝の宝石やら、絵画やら、壺やら、何やらを狙い、予告状を送り付けて盗むという手口が有名な大泥棒さ。なんでも、狙った獲物は決して逃さない事で有名だとか」
カイルーズの補足説明に、レオンハルトは頷くと尋ねた。
「それで、予告状は?」
「これだよ」
兄の要請に、カイルーズは持っていた件の予告状をレオンハルトに手渡す。
(ファ、ファンシー……)
苺柄の封筒と苺柄の便箋を見たリュセルは、軽く顔を引きつらせる。泥棒が送ったと思えぬ程ファンシーな柄の手紙に呆れつつも、黙読するレオンハルトの横からその予告状を見てみる事にする。
ファンシーな便箋なのに、文章は簡潔だった。
アシェイラ王へ
今から5日後の晩、アシェイラ王家の宝、麗しの美姫たる”深窓の姫君”をもらいに参上する。
怪盗イチゴミルク
「………………」
ブーーーーーーーーッ!
リュセルは文章を読み終わると同時に、あまりの衝撃に吹き出した。
「リュセル?」
「……」
吹き出したリュセルに驚いてカイルーズは目を丸くする。
レオンハルトも、不審そうに己の半身に目を向けた。
「な、な、ななっ何でもない。ああ、何でもない! 何でもないさ! つ、つ、つつ、続けてくれ」
あきらかに様子のおかしいリュセルを見つめながら、レオンハルトとカイルーズは顔を見合わせる。
「でもさ~、姫君っていっても、うちには王女はいないんだよね~」
そんな時、リュセルの後ろから、にゅっと顔を覗かせたジェイド王にリュセルは咄嗟に肘鉄をくらわせた。
「ぐ、ぐほっ! は、はははっ、リュセルは照れ屋だねぇ」
肘が見事に鳩尾に入り、悶絶しながらもそう言った父王をカイルーズは軽く無視して話を続けた。
「ディエラかサンジェイラ、どっちかと間違えてるのかとも思ったんだけど、確かにここに、アシェイラ王へって書かれてるんだよね~。この、怪盗イチゴミルクさんって、なんか勘違いしてるんじゃないのかな? だって、うち(アシェイラ)には、父上が言った通り、姫がいないのは事実だし」
最もなカイルーズの台詞にレオンハルトも頷いた。
「そうだね。だが念の為、城内の警備は強化しておいてくれ」
「オッケー。じゃあ、この話はここまでという事で。サンジェイラ国での事を聞かせてよ」
盗みの予告状が来ようが、盗むものがないのでは話にならんと言わんばかりに、カイルーズは話を切り上げる。
「いいだろう」
静かに返事を返したレオンハルトは、都合よくそろった父王とカイルーズにサンジェイラ国での出来事の報告をする事にした。
「お……、俺は、気分が少し悪いので、先に部屋に帰っていいだろうか?」
リュセルは、そう言うのがやっとだった。
心配そうなカイルーズやカイエ、部屋まで送ると言ったレオンハルトと添い寝をしてやると寒い事を言ったジェイド王に対し、大丈夫だからと答えると、リュセルは一目散に久方ぶりの自室兼兄の部屋に戻った。
「ティル!」
片腕にクマのぬいぐるみを抱えて登場した主の姿に、室内でリュセルの帰りを待っていたティルは、再会の感動を胸に秘めたまま頭を下げた。
「おかえりなさいませ、リュセル殿下」
「ああ、ただいま……じゃない! ティル、例の話聞いたか!?」
「例の話って…………、えっと、怪盗イチゴミルクの事ですか?」
事情を知るティルは、やはり、リュセルと同じように微妙な顔をした。
「アシェイラ王都では、リュセル殿下の他国での通り名が深窓の姫君だって、あまり知られていませんものね。城内の人達……、特に、王家の方々が知らないのも無理ないです。僕は、あの大量のお手紙を見ていますから、知っていますケド」
そう言ったティルに向かって、リュセルは頭を抱えた。
「何故、帰国早々、こんな馬鹿馬鹿しい事で悩まなくてはいけないんだっ! 相手の怪盗は、絶対に俺の事を噂通りの麗しの姫君だと思いこんでやってくるぞ! 完全に俺を第一王女だと勘違いしている」
ウロウロと落ち着きなく室内を歩き回るリュセルの姿を見つめていたティルは、非常に言いにくそうに更なる追い討ちとなる事実を告げる。
「リュセル殿下……、あの、ご報告があるんです」
どっさり。
すごく、どっさり。
三十個程の大きな籠に入れられた大量の手紙を見て、リュセルは呆然とするしかなかった。
「リュセル殿下がサンジェイラに行っていらした間に届いた恋文(ラブレター)です」
無情なティルの言葉を聞き、リュセルは泣きたい気持ちになる。そして、書斎に置いておいたそれらを応接室の方に広げたティルに対し、力なく告げた。
「どうして捨てておいてくれなかったんだ」
主の言葉を聞いたティルは、大きく首を横に振る。
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