162 / 424
第十章 盲目の神官
3-2 フェアリー
しおりを挟む*****
デコレート商会が経営するのは、アシェイラの本店と各国に支店を持つ複合店(デパート)だけではない。歓楽街でも名をはせる有名娼館も経営の中にあるのだ。その中には、容貌、教養、立ち居振る舞いが厳しくしつけられた高級男娼の娼館も存在する。
そして、最も通の中で有名なのが、フェアリーと呼ばれる男娼達だった。彼らを一晩買うだけで、庶民の一財産いると言われていた。
しかし、得意客の要望さえあれば、彼らはこうして出張もしてくれるのだ。
つまり、今回のデコレート商会アシェイラ本店の南への行商の核となる商品は、彼ら、”フェアリー”達で、南の領主の歓遊会の華として呼ばれ、出張しに行くのを目的としていたのだった。
常に美しいと賞賛され、その身を買う為に身を滅ぼした者もいたという伝説のある、フェアリーの中でもトップクラスの指名客を持つ青年は、自分用の馬車に入ってきた者達を呆然と見つめる。
今回の出張で同乗したフェアリーは三人。
同じように呆然としている他の二人よりも先に早く我にかえると、第一王子と紹介された、長い胡桃色の髪をした王子が抱き抱えた弟王子を寝かせる為に、馬車の奥座に敷かれた毛皮のシーツの上を案内した。
「では、すぐ出発いたしますので」
そう言ってコバルトが立ち去るのを見届けると、しばらくの期間、この馬車で同乗する事になる王子に挨拶をする。
「シャノンと申します。後ろの二人は、アビスとベイソン。何かこの馬車で不都合な事がございましたら、なんなりとお申し付けください」
目の前の男娼の肩から、艶やかな金色の髪がサラサラとこぼれ落ちるのを無感動な琥珀の瞳で見つめていたレオンハルトは、眠るリュセルの傍に腰を下ろすと答える。
「こちらの方が邪魔するのだ、気を使わなくて構わない。いつものようにくつろいでいるがいい」
そうは、言われましても……。
王族二人と同乗して、くつろげる訳がない。
しかし、さすがフェアリーでトップに君臨するシャノンは、度胸が据わっているのか、にっこりと微笑むと、「左様ですか」と言って、くつろぐように足を崩して座ると、緊張して固まっている様子の他の二人に微笑みかけ、緊張をほぐす為に雑談を始めた。
「アルターコート神官、これからの事について話がある」
「あ、はい」
馬車の端に落ち着こうとしたセフィは、レオンハルトの求めに応じて彼のいる奥座へと移動すると、これからの計画の指示を受け始めた。
毛皮シーツと羽毛枕という、上質な寝床で眠り続けるリュセルが気になるのか、フェアリーの面々はお互い雑談を交わしながらも、チラチラと美貌の銀の王子に視線を送り続ける。
ただ一人、シャノンの視線だけは、何故か兄王子の方に注がれていたが……。
そんな視線など、どこ吹く風といった様子で、今後の予定を神官の青年と話し合っている兄の近く、男娼達の好奇と心酔の視線にさらされながら、リュセルがようやく目を覚ましたのは、この行商が出発してからしばらくしての事だった。
……闇?
かすかだが、闇の気配がする…………。
それは、不安を誘う暗黒の世界。
恐ろしくも美しくもある闇の本質を、自分は知っていた。
ただ恐ろしいだけではない。
闇は安息。
優しい闇の腕に抱かれて、毎夜安らかな眠りにつく。
そう言ったのは誰だったか……。
贈り物だと言って、自分の代わりにそれを創ってくれたのは誰だったか。
「闇は安息。その静寂と暗闇は、心に落ち付きを与える。人々が毎夜安らかな眠りに抱かれるように、僕はそれを贈ります。喜んでくれますか? 姉上」
そう言って優しく微笑んだ青年。
闇のように暗い色の髪。自分を見下ろす、せつない程に優しい菫色をした双眸。
彼の存在のすべてが愛おしかった。
誰よりも愛していた。愛おしい”わらわ”の…………
「スノー?」
そう呟くと、自分はかすかなその闇の気配へと腕を伸ばす。
「うわっ!」
瞬間、聞こえた慌てたような声は、記憶にある弟神のものではなかった。
「!?」
その声に、一瞬で意識が現実に引き戻され、覚醒する。
「あ……」
呆然と目を見開く自分の方に驚いたように顔を向けたのは、翠緑の髪をした短髪の青年。その双眸は固く閉じられ、色を窺い知る事は出来ない。
「お目ざめですか? 剣鍵様」
剣鍵……。そう呼ばれても、まだ完全に覚醒出来ていないリュセルは反応を返せない。ただ、目の前の青年の片手を掴んだまま、彼の浮かべた困ったような微笑みを凝視する。
違う……、けれど、近い。…………そして、遠い。何だろう、これは。気分が悪い。頭も痛い。
リュセルはそこまで考えると、ようやく翠緑の髪の青年から手を離し、自分の銀糸の髪をくしゃくしゃに掻きまわした。
「くっそ、二日酔いか」
この不快感を二日酔いのせいだと結論づけたリュセルは、現状把握も出来ないまま、再びその場に横になって呻いた。
頭痛はひどいし、最悪な気分だった。
「自業自得だ。少しは反省しなさい」
苦しんでいるリュセルの横で聞こえた低音の主が誰かなど、わかり過ぎるくらいわかっている。
「悪かった。謝るから水をくれ、レオン」
頭を両手で押さえながら呻いた自分の頭上で、水差しからグラスに水を注ぐ音が響く。
「ほら、起きられるか?」
「無理だ」
今起きたら死ぬ。
リュセルの返答にため息をつく声が聞こえたかと思ったら、慣れた兄の体がゆっくりと覆いかぶさってくる。
わずかに身を起こしたリュセルが間近に迫ったレオンハルトの美貌を避ける間もなく、そのまま唇が重なった。
「ん……、んくっ」
喉に流しこまれる冷たい液体。寝ぼけていたリュセルは、水を口移しで与えられたのだと気づくのに少し時間がかかった。
兄の胡桃色の髪が腕に絡むのを視界の隅にいれながら、与えられた水を飲み込む。
「はっ、レオン」
水を与え終え、離れていこうとした唇をつい追ってしまう。
「こら、いけないよ」
苦笑しながらも弟の求めに応じて、今度は水を飲ませる為にではなく、その吐息を交換し合う為に口づけを与える。
優しいが、強い力で抱き寄せられ、朝の挨拶にしては濃厚過ぎる口づけを受けながら、リュセルはふと人の気配を感じて閉じていた目を開けた。
(ぶっ!)
視界の隅に映ったのは、翠緑の髪。
その場所は、普段寝起きしている後宮にある自室ではなかった。
非常に動きづらそうな、裾の長い神官服を身にまとったその青年は、目を閉ざしていても聴覚でわかるのか、頬を赤く染めてうつむいてしまっていた。
(ここはどこ!? 私は誰!?)
目が覚めたら、何故か傍に見知らぬ青年がいるという事実と、今いる場所がまったくわからないという事に、リュセルは混乱すると同時にレオンハルトの腕を突き放す。
そして、珍しくあっさりと身を離したレオンハルトは、平然とした顔で口づけによって濡れた弟の唇を指先で拭う。
「……お、終わりましたか?」
俯いていた青年が顔を上げると、リュセルはようやく彼とは初対面でない事に気づき、大きく目を見開いた。
「あっ、あなたは!?」
5
あなたにおすすめの小説
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜
隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。
目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。
同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります!
俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ!
重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ)
注意:
残酷な描写あり
表紙は力不足な自作イラスト
誤字脱字が多いです!
お気に入り・感想ありがとうございます。
皆さんありがとうございました!
BLランキング1位(2021/8/1 20:02)
HOTランキング15位(2021/8/1 20:02)
他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00)
ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。
いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』
かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、
転生した高校時代を経て、無事に大学生になった――
恋人である藤崎颯斗と共に。
だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。
「付き合ってるけど、誰にも言っていない」
その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。
モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。
【3/11書籍発売】麗しの大公閣下は今日も憂鬱です。
天城
BL
【第12回BL大賞 奨励賞頂きました!ありがとうございます!!3/11に発売になります、よろしくお願いします!】
さえないサラリーマンだったオジサンは、家柄・財力・才能と類い稀なる美貌も持ち合わせた大公閣下ルシェール・ド・ヴォリスに転生した。
英雄の華々しい生活に突然放り込まれて中の人は毎日憂鬱だった。腐男子だった彼は知っている。
この世界、Dom/Subユニバースってやつだよね……。
「さあ気に入ったsubを娶れ」
「パートナーはいいぞ」
とDomの親兄弟から散々言われ、交友関係も護衛騎士もメイド含む屋敷内の使用人全てがSubで構成されたヴォリス家。
待って待って情報量が多い。現実に疲れたおっさんを転生後まで追い込まないでくれ。
平凡が一番だし、優しく気立のいいsubのお嫁さんもらって隠居したいんだよ。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる