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第十章 盲目の神官
4-1 リュセルの相談事
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邪気を探る為にではなく、相手の内面の記憶を感知するのは、感知能力に優れている宝鍵なら、集中さえ出来ればたやすいのだが、知り合ったばかりの他人の記憶を覗き見るのは大変な罪悪感を伴い、精神的負荷にもなった。
そして、リュセルは案の定、脳裏を巡る映像を見て驚愕すると同時に後悔したのだ。
冷ややかな、氷のように冷たい琥珀の瞳をした青年。
背の中頃まである胡桃色の髪を無造作に垂らしたその青年は、女性と見間違える程美しい。目蓋の裏に写し出された人物。十代後半位であろう彼は、間違いなく兄、レオンハルトだった。
今より数年前……、今のリュセルと同じ位か、一、二歳年上であろうレオンハルトからは、不可思議な甘い香りが漂っていた。
目の前の美しい王子の伽に選ばれた自分は、感情のまったく見られない彼の目の前で、着ていた薄い生地の衣装を大胆に脱いだ。
所属するアシェイラの店でトップクラスの指名客を抱えていた高級男娼の自分の肌を見ても、彼は眉一つ動かさなかった。ただ、ひどく億劫そうに引き寄せられて、寝台の上に押し倒され、その甘い香りに包まれながら、見た目からは想像できないような力を秘めた両腕に抱かれる。
声を出さず、感情も出さず、表情も変えない。
この無礼な王子殿下を己が身に夢中にさせてやろうかと思っていたのだが、夢中になったのは自分の方だった。今まで相手にした数多の男達が一気に霞んでしまう程の快楽を与えられ、強過ぎるそれに忘我の淵に落とされる。
彼の相手を務めた仲間達がしばらく使い物にならなくなったのを見てきたが、その理由がようやくわかった。
決して口づけを許してはくれない、この、壮絶な程美しいがひどい男を、この先忘れる事など出来ぬだろう……。自分はきっと、他の仕事仲間のように時間を経ても忘れられない。一目惚れに近い状態だ。
目の前の男に恋い焦がれながらも、唇を許してくれないからこそ、その腕に縋って喘ぐしかなかった。
「………………寂しい男(ひと)」
その、静かだが熱い想いを感知したリュセルは、無意識に、当時彼が感じていた台詞を呟くように口にした。リュセルのその言葉にを耳にし、目の前で彼を支えたシャノンは、一瞬、驚きに目を見張る。
「リュセル?」
支えられていたシャノンから引き離されるように腕を引かれて、ようやく、どこか遠くを見るように虚ろだった銀の瞳に光が戻った。
「あ……」
目の前の、不安そうなシャノンに気遣うような目線を送られ、なんとか大丈夫だというように笑って見せる。どうしても、引きつったようなぎこちない笑みになってしまっただろうが。
「どうしたんだい? 大丈夫か」
先程の映像から数年の時を経た、暖かい心配そうな表情を浮かべた兄の麗しい容貌に頷く。
「ああ。少し……、よろけただけだ」
氷のように凍てついた表情をしていたあの時の青年は、優しく気遣うような琥珀の瞳で自分を見つめていた。その心の内を見てしまったという罪悪感から、シャノンの方をまともに見る事が出来ない。
兄は覚えていないのだろうか……?
自分の陰の日に抱いた少年の事を。
抱かれた少年は覚えていた。何故なら、美しくも残酷で孤独だった、この氷の王子に惹かれてしまったのだから。
レオンハルトが覚えているかどうかは別として、シャノンは間違いなく彼の過去の男だ。リュセルが不在だった二度の陰の日の時に相手をした男娼の一人。
それ故に、あんなにせつない目で兄を見つめていた。
ジュリナから兄の過去の陰の日の事は聞いて知っていたが、こうして実際にその時の当事者を前にしてしまうと、かなりの衝撃だ。まともにレオンハルトの顔を見るのも憚られる。
いや、それだけではない。
感知したシャノンの中には、兄に対する今だ忘れ得ぬ思慕と、あの頃と変わってしまった事に対する哀しさがあった。
(確かに、好きだった人が目の前で別の男と……、まあ、一応弟だが…………、イチャついていたら嫌だろうな)
シャノンに対する罪悪感と、何故かレオンハルトに対する複雑なもやもやしたような感情を抱えて、リュセルはすっかり二日酔いの事など忘れ去ってしまったのだった。
そして、その日の夕方、予定の野営地のポイント地点に到着した商団は進みを止めて、手慣れた手つきで野営の準備を始めた。
さすがに、夜眠る時はフェアリー達とは別らしく、リュセルとレオンハルト、二人の王族用に野営用の天幕が設置される。それは、何となくシャノンの傍にいるのが気まずかったリュセルからすれば、ありがたい事だった。
「どうしたんですか~? リュセル王子、元気ないですねぇ」
アイリーンを伴い、商団の責任者であるコバルトに明日の道順について確認する為、リュセルの元を離れた兄に代わるようにして現れたのは、自分の守役に任命されたユージンだ。
「そうか?」
何気に鋭い兄の騎士の言葉に内心ギクリとしながらも何気なさを装ってそう返す。
天幕の準備や夕食の準備やらで慌ただしく動き回っている人々がレオンハルトの為にわざわざ道を開けるのを何となく見ていたリュセルは、長い胡桃色の髪が覆う後姿が遠ざかるのを見届け、ユージンの顔をじっと見た。
「えっ? な……、何か?」
心臓に悪い程、整った月の美貌に正面から睨まれ……、いや、見つめられて、ユージンはドッキリする。
「ちょっと、こっちへ来い。話がある」
その言葉と共に、強引にグイグイと引っ張られて行ったのは、次々と張られて行く天幕と馬車のある野営地から少し離れた場所。
そこにあった大岩に腰かけたリュセルに、ユージンは一旦大人しくしているように釘を刺して離れると、すぐに二人分の暖かい飲み物を持って戻って来た。
「はい、どうぞ」
「すまない」
渡されたカップの中からは、芳しい紅茶の香りがする。
「…………」
「……………………」
「………………………………」
「それで、話とは一体何ですか?」
いつまで経っても黙ったまま紅茶を飲んでいるリュセルに対し、ユージンはため息を一つつくと、ズバリと尋ねた。
「ああ」
返される生返事のような答えを聞き、ユージンは首を傾げる。
「青春の悩みですか~? ははっ、若いっていいですね~」
何がだよ。とリュセルは内心思ったが、それを抑えて、兄とのつき合いが長いであろう、このおちゃらけた兄の騎士に尋ねた。
「ユージン。お前、レオンの直属になってどれ位経つんだ?」
予想外な質問に、ユージンは一瞬目を丸くする。
「そうですね~。殿下が十四歳の頃からのつき合いですからねぇ……。まあ、かれこれ、十年ですかね」
「そうか」
「……? それがどうかしたんですか?」
考え込んでいる様子のリュセルを不思議に思い、ユージンは尋ね返す。
「ああ。それだけ長いつき合いなら、知っているだろう」
「だから、何がです?」
意味が分からない。
「ああ……、うん。その…………な」
珍しく歯切れの悪い物言いをするリュセルを安心させるよう、ユージンは優しく言った。
「大丈夫です。ここで話した事は、誰にも言いませんよ」
「…………レオンにも言わないでくれ」
「殿下にもですか?」
なんと! 主人にも秘密にしないといけないとは。騎士である以上、主には忠実でないといけないのだが。しかし、こうも真剣な顔で見つめられては……。目の前にある美貌にドキドキビクビクしながらも、ユージンも真剣な表情を作って頷いた。
「わかりました」
「実は、聞きたいのは、レオンの事なのだが」
レオンハルトに内緒だと聞いた時から、なんとなく察しはついていたが、案の定そうかと、ユージンは真摯な表情を浮かべたまま思った。
「はい」
ユージンが真剣に聞いてくれている事に安心したのか、言い淀んでいたリュセルは、次の瞬間、直球に尋ねる。
「あいつの男関係について教えてくれ」
そして、リュセルは案の定、脳裏を巡る映像を見て驚愕すると同時に後悔したのだ。
冷ややかな、氷のように冷たい琥珀の瞳をした青年。
背の中頃まである胡桃色の髪を無造作に垂らしたその青年は、女性と見間違える程美しい。目蓋の裏に写し出された人物。十代後半位であろう彼は、間違いなく兄、レオンハルトだった。
今より数年前……、今のリュセルと同じ位か、一、二歳年上であろうレオンハルトからは、不可思議な甘い香りが漂っていた。
目の前の美しい王子の伽に選ばれた自分は、感情のまったく見られない彼の目の前で、着ていた薄い生地の衣装を大胆に脱いだ。
所属するアシェイラの店でトップクラスの指名客を抱えていた高級男娼の自分の肌を見ても、彼は眉一つ動かさなかった。ただ、ひどく億劫そうに引き寄せられて、寝台の上に押し倒され、その甘い香りに包まれながら、見た目からは想像できないような力を秘めた両腕に抱かれる。
声を出さず、感情も出さず、表情も変えない。
この無礼な王子殿下を己が身に夢中にさせてやろうかと思っていたのだが、夢中になったのは自分の方だった。今まで相手にした数多の男達が一気に霞んでしまう程の快楽を与えられ、強過ぎるそれに忘我の淵に落とされる。
彼の相手を務めた仲間達がしばらく使い物にならなくなったのを見てきたが、その理由がようやくわかった。
決して口づけを許してはくれない、この、壮絶な程美しいがひどい男を、この先忘れる事など出来ぬだろう……。自分はきっと、他の仕事仲間のように時間を経ても忘れられない。一目惚れに近い状態だ。
目の前の男に恋い焦がれながらも、唇を許してくれないからこそ、その腕に縋って喘ぐしかなかった。
「………………寂しい男(ひと)」
その、静かだが熱い想いを感知したリュセルは、無意識に、当時彼が感じていた台詞を呟くように口にした。リュセルのその言葉にを耳にし、目の前で彼を支えたシャノンは、一瞬、驚きに目を見張る。
「リュセル?」
支えられていたシャノンから引き離されるように腕を引かれて、ようやく、どこか遠くを見るように虚ろだった銀の瞳に光が戻った。
「あ……」
目の前の、不安そうなシャノンに気遣うような目線を送られ、なんとか大丈夫だというように笑って見せる。どうしても、引きつったようなぎこちない笑みになってしまっただろうが。
「どうしたんだい? 大丈夫か」
先程の映像から数年の時を経た、暖かい心配そうな表情を浮かべた兄の麗しい容貌に頷く。
「ああ。少し……、よろけただけだ」
氷のように凍てついた表情をしていたあの時の青年は、優しく気遣うような琥珀の瞳で自分を見つめていた。その心の内を見てしまったという罪悪感から、シャノンの方をまともに見る事が出来ない。
兄は覚えていないのだろうか……?
自分の陰の日に抱いた少年の事を。
抱かれた少年は覚えていた。何故なら、美しくも残酷で孤独だった、この氷の王子に惹かれてしまったのだから。
レオンハルトが覚えているかどうかは別として、シャノンは間違いなく彼の過去の男だ。リュセルが不在だった二度の陰の日の時に相手をした男娼の一人。
それ故に、あんなにせつない目で兄を見つめていた。
ジュリナから兄の過去の陰の日の事は聞いて知っていたが、こうして実際にその時の当事者を前にしてしまうと、かなりの衝撃だ。まともにレオンハルトの顔を見るのも憚られる。
いや、それだけではない。
感知したシャノンの中には、兄に対する今だ忘れ得ぬ思慕と、あの頃と変わってしまった事に対する哀しさがあった。
(確かに、好きだった人が目の前で別の男と……、まあ、一応弟だが…………、イチャついていたら嫌だろうな)
シャノンに対する罪悪感と、何故かレオンハルトに対する複雑なもやもやしたような感情を抱えて、リュセルはすっかり二日酔いの事など忘れ去ってしまったのだった。
そして、その日の夕方、予定の野営地のポイント地点に到着した商団は進みを止めて、手慣れた手つきで野営の準備を始めた。
さすがに、夜眠る時はフェアリー達とは別らしく、リュセルとレオンハルト、二人の王族用に野営用の天幕が設置される。それは、何となくシャノンの傍にいるのが気まずかったリュセルからすれば、ありがたい事だった。
「どうしたんですか~? リュセル王子、元気ないですねぇ」
アイリーンを伴い、商団の責任者であるコバルトに明日の道順について確認する為、リュセルの元を離れた兄に代わるようにして現れたのは、自分の守役に任命されたユージンだ。
「そうか?」
何気に鋭い兄の騎士の言葉に内心ギクリとしながらも何気なさを装ってそう返す。
天幕の準備や夕食の準備やらで慌ただしく動き回っている人々がレオンハルトの為にわざわざ道を開けるのを何となく見ていたリュセルは、長い胡桃色の髪が覆う後姿が遠ざかるのを見届け、ユージンの顔をじっと見た。
「えっ? な……、何か?」
心臓に悪い程、整った月の美貌に正面から睨まれ……、いや、見つめられて、ユージンはドッキリする。
「ちょっと、こっちへ来い。話がある」
その言葉と共に、強引にグイグイと引っ張られて行ったのは、次々と張られて行く天幕と馬車のある野営地から少し離れた場所。
そこにあった大岩に腰かけたリュセルに、ユージンは一旦大人しくしているように釘を刺して離れると、すぐに二人分の暖かい飲み物を持って戻って来た。
「はい、どうぞ」
「すまない」
渡されたカップの中からは、芳しい紅茶の香りがする。
「…………」
「……………………」
「………………………………」
「それで、話とは一体何ですか?」
いつまで経っても黙ったまま紅茶を飲んでいるリュセルに対し、ユージンはため息を一つつくと、ズバリと尋ねた。
「ああ」
返される生返事のような答えを聞き、ユージンは首を傾げる。
「青春の悩みですか~? ははっ、若いっていいですね~」
何がだよ。とリュセルは内心思ったが、それを抑えて、兄とのつき合いが長いであろう、このおちゃらけた兄の騎士に尋ねた。
「ユージン。お前、レオンの直属になってどれ位経つんだ?」
予想外な質問に、ユージンは一瞬目を丸くする。
「そうですね~。殿下が十四歳の頃からのつき合いですからねぇ……。まあ、かれこれ、十年ですかね」
「そうか」
「……? それがどうかしたんですか?」
考え込んでいる様子のリュセルを不思議に思い、ユージンは尋ね返す。
「ああ。それだけ長いつき合いなら、知っているだろう」
「だから、何がです?」
意味が分からない。
「ああ……、うん。その…………な」
珍しく歯切れの悪い物言いをするリュセルを安心させるよう、ユージンは優しく言った。
「大丈夫です。ここで話した事は、誰にも言いませんよ」
「…………レオンにも言わないでくれ」
「殿下にもですか?」
なんと! 主人にも秘密にしないといけないとは。騎士である以上、主には忠実でないといけないのだが。しかし、こうも真剣な顔で見つめられては……。目の前にある美貌にドキドキビクビクしながらも、ユージンも真剣な表情を作って頷いた。
「わかりました」
「実は、聞きたいのは、レオンの事なのだが」
レオンハルトに内緒だと聞いた時から、なんとなく察しはついていたが、案の定そうかと、ユージンは真摯な表情を浮かべたまま思った。
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