【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十章 盲目の神官

5-2 昔の男

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*****



「そうですか。やはり、覚えてはいらっしゃらなかったのですね」

 リュセルが全力疾走している時、一方のレオンハルトは、目の前で寂しそうに微笑んだ薄金の髪の男娼を無感動な瞳で見つめ返していた。

「あの頃、城に出入りしていた娼婦や男娼はかなりの人数がいた。その一人一人を覚えてなどいられん」

 記憶力のいいレオンハルトの事だ。覚えている気になれば覚えていられるだろうが、陰の日はただでさえ体がだるくなり、熱が溜まるのだ。

 それに、あの頃はリュセルがいなかった。

 半身のいない陰の日程、つらくみじめなものはない。自分の相手をした者達を覚えていられるだけの心の余裕などなかったのだ。

 しかし、そんな冷たいレオンハルトの言葉にも、シャノンはその口元にある微笑を揺るがす事なく答えた。

「はい、わかっていました。殿下は私を……、いえ、きっと私だけではなかったのでしょう。私達を抱いている間も、どこか遠くを見ておいででした。この度思いがけない再会をし、そして、リュセル王子殿下を見た瞬間、すべてがわかりました。殿下はあの方を見ておいでだったのですね」

 月の女神の寵児。

 そんな二つ名を持つ、もう一人の女神の息子。

 謁見など滅多に許されない尊い立場にある銀の王子は、兄王子同様、それは美しい青年だった。見た目だけでなく、そのすべてから、つい、目を離す事が出来なくなってしまう程の魅力に溢れた青年。
 氷の王子の心を覆っていた厚い氷を溶かしきってしまう程の……。

 レオンハルトがあんなに優しい微笑を浮かべる日が来るなど、シャノンは思ってもいなかった。自分が愛した孤独な青年はもういない。すべてを凍てつかせてしまうような瞳をした氷の王子は失われた。

 寂しい男(ひと)……。

 あの夜、そのたくましい腕に抱かれながら、この寂しい男(ひと)を自分が癒してあげられたらと強く思ったものだ。

 でも、それは無理な事。彼の目は、自分を見てもいなかったのだから。見ていたものは唯一つ、姿も声もわからぬ唯一の存在。

「恐れ多い事ですが……、ずっとあなたをお慕いしておりました、レオンハルト王子殿下」

 ゆっくりと落ち付いた口調で過去形のように言うが、その想いはまだ過去にはなりきれてはいない。

 でも、こう言うしかなかった。

 高級男娼の中でも選りすぐられた者達、フェアリーのトップの座についているという誇りと、自分自身の高い矜持(プライド)からそう強がる事しか出来ないのだ。

 自分の告白を聞き、さすがにわずかに目を見張ったレオンハルトをじっと見つめ、シャノンは言った。

「この想いは私の誇りです。この先生きていく上で大きな糧となるでしょう」

「すまない」

 あの頃のレオンハルトは、まさに冷酷無比、他の人間の感情など考えた事もない青年だった。

 シャノンの事に関しても、陰の日に自分の相手をする為に集められた男娼の一人、従順な人形のようにしか見ていなかったように思う。

 一方、謝られるとは思ってもいなかったシャノンは、驚きに目を見張った後、その顔に綺麗な微笑みを浮かべた。

「本当にお変りになられたのですね、王子殿下。あなたにはもう、氷の王子の二つ名はふさわしくないように思えます」

 そう言った後、シャノンは深々と頭を下げ退室の礼とした。

「私のような者にもったいないお言葉です。このような話にお付き合いくださり、ありがとうございました」

 小さく頷いたレオンハルトから身を翻して天幕を後にしようとした瞬間、動揺を隠せずに足元にあった荷物を避ける事が出来ず、シャノンはそのまま倒れかけた。

「あっ!」

「!!」

 そのままよろけて倒れかけたシャノンの体を咄嗟に支えたのは、金の王子の力強い腕だった。

「あ……、殿下、申し訳ありません」

「気をつけなさい」

 事務的にそう告げられるが、触れた腕の変わらぬたくましさにシャノンの胸は高鳴った。

 その瞬間だった。

 間が悪い事に。本当に間が悪い事に、天幕の入口の垂れ幕を引き上げてリュセルが姿を現したのは。



「………………」

 天幕の中の密室でレオンハルトとシャノンの抱き合っている姿(そのようにしか見えない)を見たリュセルは、長い沈黙を落とした。

「リュセル王子!」

 やっとリュセルに追いついたユージンが、後ろから天幕の中を覗くと同時に慌てて叫んだ。

「見てはいけませんっ!」

 そして、何故か目ではなく、リュセルの両耳を塞ぐ。

「……いや、意味ないから、それ」

「はッ」

 リュセルの冷静なつっこみに、慌てて両手をリュセルの耳から目の上に移動させる。

「……遅いって」

 暗闇に閉ざされた視界の中、リュセルは再び冷静につっこむ。

「リュセル、入室する時には、ノックするか一声かけてからが礼儀だといつも言っているだろう?」

 シャノンの手を引いて立たせながらそう言ったレオンハルトの声は、いつもと変わらぬものだ。そんな説教にも似た言葉を聞きながら、リュセルはゆっくりと身を翻す。

「では、失礼したな」

 そのまま天幕を出て行く弟に対し、レオンハルトは怪訝そうな顔をする。

「見そこないましたよ、殿下!」

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