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第十二章 月華の乙女
4-1 白き聖者 ライサン・セリクス
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アシェイラ国王都の中心部に位置する、広大なる敷地を有する壮麗なるアシェイラ城。セイントクロス神殿アシェイラ支部は、そんなアシェイラ城の北に位置していた。
王都総面積の四分の一を占める王宮程大きくはないが、千人近くいると言われている神官達の暮らす神殿はかなりの広さを誇る。
神子の生誕祭、年に一度の創世祭など、仕えるべき聖なる女神の子、剣主剣鍵を交えて行われる式典などを行う”神聖大聖堂”。
新しい神官達の受け入れの儀、朝と夕に行われる祈りの儀など、神官達だけで日常的に行われる儀式を行う”大聖堂”。
神官達の住居となる、”寄宿舎”。
各地の情報を収集したり、過去のデータを記録したりなど、邪気関連の細々とした仕事をする場所、”事務館”。
収集した邪気の情報や過去の記録を記した書物を保管する、”史書館”。
神官長室や補佐室など、神殿の最高責任者、神官長の住居と仕事部屋が一緒になった、”神官長館”。
もしもの時の為に配置された、数人の巫女が暮らす、”巫女の館”。
この七つの建物でアシェイラ神殿は成り立っていた。
(見事に娯楽が一つもないな)
セフィに神殿内部を案内されながら、リュセルはそのあまりのストイックさに感心してしまった。
「ここが事務館です。新人の内は何かと雑用を任されますので、普通の新人はここを利用する事が多くなりますね。お二方は特別に私付きという事になっておりますので、新人の役目とも言えるトイレ掃除や窓拭きなどは、もちろんしていただかなくても大丈夫ですよ」
そう説明するセフィに案内されるまま白色の建物の中に入ると、内装は王都に数ヵ所ある教会に似ているようだった。綺麗に清掃された廊下をレオンハルトと共に進みながら、すれ違う神官達が皆一様にセフィに向かって一礼して通り過ぎるのを不思議にリュセルは思う。
「もしかすると、セフィ殿は神殿内ではかなり上級に位置する神官なのか?」
リュセルの問いに、セフィは慌てて首を横に振る。
「と、とんでもありません。私も、ついこの間まで新人だったのですから……。それも、神学校を出てそのまま神官になった方々と違い、神父の経験を経て神官になった私は、同期の中でも下の方なのです」
だが、それにしては、あきらかにセフィよりも年嵩の神官でさえ、深々と一礼して通り過ぎて行くのだが……。
「ただ、私は神子様方と神殿との仲立ちをする仲介役に任命されておりますので、他の方々が私に礼をするのはその所為でしょう」
神子と神殿の仲介役? つまりは、自分達とこのアシェイラ神殿を結びつける役をセフィがしているという事か。そう、仲介役だからこそ、セフィが神殿に寄せられた浄化任務の依頼書を持って登城し、レオンハルトと度々面会しているのである。
「元々このお役目は私ではなかったのですが、前任者が、その……、剣主様のご容貌に見惚れるあまり使い物にならなくなり、外されましたので、一度任務に同行した経験のある私が、恐れ多くもこの役目を任命されたのです」
「…………」
その話を聞くと同時に、リュセルは白けた目を隣を歩く兄に向けた。確かに、麗し過ぎるこの傾国の美貌を前にしたら、普通の男ではもたないだろう。リュセルはその前任者に同情した。
(こんな顔を目にしたら、禁欲どころじゃなくなるだろうな。可哀そうに)
リュセルがそんな事を考えている横では、仲介者が変わる元々の原因となったレオンハルトが、表情をまったく変えぬまま、建物の中の構造を頭に入れているようだった。
その時。
シャーシャー
という変な音と共に、前方から床を靴で滑るようにして、一人の青年が軽やかにやって来るのが見えた。
「なんだ? あれは……?」
まるでスケートを滑るような動きだが、あいにく今リュセル達が立っているのは氷の上ではない。リュセルが疑問に思っている間にも、青年は三人の姿を認め、セフィの目の前で止まる。
「アルターコートではないですか。奇遇ですねぇ」
柔らかで優しい響きの声が紡がれた。
肩にかかるかかからないかという長さの、ウエーブを描く白色の髪。穏やかな薄茶の瞳。身に纏う神官服のデザインが、何故か他の神官達と違う。
(あれ? この人……)
リュセルが思い出すよりも先に、セフィの方が一礼をして、その青年の正体を明かした。
「私付きとなる新人達に内部の案内をしておりました。セリクス神官長」
その答えに白髪の青年、ライサンは、すべての者を許し受け入れるような優しい微笑をその顔に浮かべたのだった。
ライサン・セリクス。
若干二十七という年齢で、アシェイラ支部の神官長を務める者。神殿の未来を担う一人である事は、まず間違いないだろう。
今は支部の神官長に任命されてはいるが、その内に本部の重役に就く事になるだろうと噂される程優秀な人物との噂だ。
「確か、レオニュージョ・クマキチ神官とリューイ・クマキチ神官だったね」
優しい眼差しが、セフィの後ろに立つレオンハルトとリュセルに向けられた。そして、そんな兄弟の前で、またしても微妙な偽名を設定したリュセルに対し、セフィは内心悲鳴を上げていた。
(どうしてこんなおかしな偽名にしたのですか! 剣鍵様!?)
「クマキチ…………、変わった家名ですね」
案の定、ライサンは小首を傾げている。
「慣れるまで大変でしょうが、頑張ってください。何か困った事がありましたら、遠慮せずに、私のいる神官長館まで相談に来ていただいて大丈夫ですよ」
「お気遣い痛み入ります」
レオンハルトが軽く頭を下げてそう答えると、彼はわずかに目を見開いた。
「……っ!?」
驚きに見開かれた、薄茶色の瞳。そして、そのままその瞳は、レオンハルトの横のリュセルに移行する。
(まさか、バレたのか!?)
いや、そんなはずはない。
変装眼鏡のおかげで、自分も兄も平凡な容姿の青年に見えているはずなのだから。リュセルが冷汗でダラダラになっていると、目を見開いていたライサンは、すぐににっこりと笑った。
「おやおや、もう居所がバレてしまったようです」
そんな言葉に、リュセルとセフィが怪訝そうな顔をした、その瞬間。
「セ~~~~~リ~~~~~ク~~~~~ス~~~~~~~ッ!」
地の底を這うような声が背後で響いた。
「あははははっ、ルーク! 今日は早かったですねぇ」
朗らかなライサンの声を聞きながら後ろを振り返ったリュセルの目に飛び込んできたのは、深紅の髪が目を引く青年神官。
「黙れ、このクソ上司!」
その褐色の目の奥に滾る、怒りの炎。
「ああああああぁぁぁ……、ま、またですかぁ~!?」
怒りに燃えあがる、ルークと呼ばれた青年の存在を察知したセフィは、そう嘆きの声を上げる。
「ルーク、あんまり怒るとハゲますよ。嫌ですよ~、若ハゲは」
「それはストレスだ! 完全にストレスの所為だ! つまりはお前の所為なんだ……っこの、阿呆神官っ!」
「ぁぁぁ……、傷つきました。そういう訳で、私は傷心の旅に出ますね、アルターコート神官」
そんな無責任な台詞にぎょっとするセフィを尻目に、ライサンは今度は後ろ向きに元来た方向へと一気に滑り戻る。
どうやら靴の裏にローラーが仕込んであるようだ。
「待てえええええええ~~、セリクス~~~~っ!」
それを追うルークが、呆然と立ち尽くすリュセル達の横を風のように通り過ぎる。それによって生じた突風により、セフィ、リュセル、レオンハルトの着る神官服の裾がまくれ上がった。
「あははははは~~~~っ」
ローラーの付いた靴で廊下を滑りながら能天気に笑うライサンの顔を睨みつけたルークの目が、ギラリと光る。
キュキュキュキューーイッ
という音をさせていきなり急停止したと思ったら、履いていた靴を即座に片方脱ぐ。
「セ~リ~ク~スッ、いい加減にしろ! この、駄目上司がぁぁぁ!」
そう怒鳴りながら、ルークは脱いだ靴を思い切りライサン(注※直属の上司)に投げつけた。
「甘いですよ」
それを既に見きっていたライサンは、紙一重で靴を避ける。
しかし避けたと同時に、第二投、つまりもう片方の靴がライサンの顔面に命中する。(注※この神殿内で一番偉い人)
バコーーーーンッ
(いってぇ)
そのあまりに痛そうな音に、人事ながらリュセルはわずかに眉をひそめる。
「そっちこそ甘いわ、このクソたわけが!」
額に青筋立てて裸足で靴を投げつけた姿勢のままそう怒鳴るルークに、赤くなった額を押さえながらライサンは言った。
「痛たたたたた……、ひどいですよ~、ルーク」
「ひどい? どの口がそれを言う!?」
ドスドスドスと荒い足音をさせてライサンに近づいたルークは、その頬を両手で掴み思いっきり引っ張る。そんな事をされてもにこやかに笑っているライサン。ある意味超大物だ。
「ちょっとしたいたずらじゃないですか~。そんな本気で怒らないで下さい」
そう言いながら己の胸元を掴むルークの右手に、そっとライサンは触れる。そして、もう片方の手で、ルークの赤色の前髪を払った。
「ぷっ」
そして、ついつい吹き出してしまう。ルークの額には、大きな黒文字で馬鹿と書かれていたのである。
「お前は~~~~っ、毎度毎度人の顔にらくがきしやがって……、馬鹿にしてんのか!」
胸倉を掴んだまま、グラグラと乱暴にライサンを揺すり、ルークはそう吐き捨てる。
「だって、無防備に寝ているルークがいけないんですよ。あんな所で無防備に眠っていたら、らくがきしたくなるじゃないですか」
両手を広げて自分の正当性を主張するライサンに、ルークは再び怒鳴りつけた。
「徹夜明けに休んで何が悪い!? 第一、眠る時は誰でも無防備になるわ、阿呆!」
その通りである。
二人の怒鳴り合い(怒鳴っているのはルークだけだが)を呆然として聞いていたリュセルは、自分の中のライサン・セリクスのイメージがガラガラと崩れ落ちて行くのを感じていた。
「驚かせてすみません、剣主様、剣鍵様。でも、あのお二人はいつもああなのです。この神殿内の神官は全員わかっている事ですので、二人が言い合いしていても皆見て見ぬ振りをしています。ですのでお二人も、そのようになさって下さい」
驚いている様子のリュセルと、無言でライサンとルークを眺めるレオンハルトに気づいたセフィが、小声でそうささやく。
王都総面積の四分の一を占める王宮程大きくはないが、千人近くいると言われている神官達の暮らす神殿はかなりの広さを誇る。
神子の生誕祭、年に一度の創世祭など、仕えるべき聖なる女神の子、剣主剣鍵を交えて行われる式典などを行う”神聖大聖堂”。
新しい神官達の受け入れの儀、朝と夕に行われる祈りの儀など、神官達だけで日常的に行われる儀式を行う”大聖堂”。
神官達の住居となる、”寄宿舎”。
各地の情報を収集したり、過去のデータを記録したりなど、邪気関連の細々とした仕事をする場所、”事務館”。
収集した邪気の情報や過去の記録を記した書物を保管する、”史書館”。
神官長室や補佐室など、神殿の最高責任者、神官長の住居と仕事部屋が一緒になった、”神官長館”。
もしもの時の為に配置された、数人の巫女が暮らす、”巫女の館”。
この七つの建物でアシェイラ神殿は成り立っていた。
(見事に娯楽が一つもないな)
セフィに神殿内部を案内されながら、リュセルはそのあまりのストイックさに感心してしまった。
「ここが事務館です。新人の内は何かと雑用を任されますので、普通の新人はここを利用する事が多くなりますね。お二方は特別に私付きという事になっておりますので、新人の役目とも言えるトイレ掃除や窓拭きなどは、もちろんしていただかなくても大丈夫ですよ」
そう説明するセフィに案内されるまま白色の建物の中に入ると、内装は王都に数ヵ所ある教会に似ているようだった。綺麗に清掃された廊下をレオンハルトと共に進みながら、すれ違う神官達が皆一様にセフィに向かって一礼して通り過ぎるのを不思議にリュセルは思う。
「もしかすると、セフィ殿は神殿内ではかなり上級に位置する神官なのか?」
リュセルの問いに、セフィは慌てて首を横に振る。
「と、とんでもありません。私も、ついこの間まで新人だったのですから……。それも、神学校を出てそのまま神官になった方々と違い、神父の経験を経て神官になった私は、同期の中でも下の方なのです」
だが、それにしては、あきらかにセフィよりも年嵩の神官でさえ、深々と一礼して通り過ぎて行くのだが……。
「ただ、私は神子様方と神殿との仲立ちをする仲介役に任命されておりますので、他の方々が私に礼をするのはその所為でしょう」
神子と神殿の仲介役? つまりは、自分達とこのアシェイラ神殿を結びつける役をセフィがしているという事か。そう、仲介役だからこそ、セフィが神殿に寄せられた浄化任務の依頼書を持って登城し、レオンハルトと度々面会しているのである。
「元々このお役目は私ではなかったのですが、前任者が、その……、剣主様のご容貌に見惚れるあまり使い物にならなくなり、外されましたので、一度任務に同行した経験のある私が、恐れ多くもこの役目を任命されたのです」
「…………」
その話を聞くと同時に、リュセルは白けた目を隣を歩く兄に向けた。確かに、麗し過ぎるこの傾国の美貌を前にしたら、普通の男ではもたないだろう。リュセルはその前任者に同情した。
(こんな顔を目にしたら、禁欲どころじゃなくなるだろうな。可哀そうに)
リュセルがそんな事を考えている横では、仲介者が変わる元々の原因となったレオンハルトが、表情をまったく変えぬまま、建物の中の構造を頭に入れているようだった。
その時。
シャーシャー
という変な音と共に、前方から床を靴で滑るようにして、一人の青年が軽やかにやって来るのが見えた。
「なんだ? あれは……?」
まるでスケートを滑るような動きだが、あいにく今リュセル達が立っているのは氷の上ではない。リュセルが疑問に思っている間にも、青年は三人の姿を認め、セフィの目の前で止まる。
「アルターコートではないですか。奇遇ですねぇ」
柔らかで優しい響きの声が紡がれた。
肩にかかるかかからないかという長さの、ウエーブを描く白色の髪。穏やかな薄茶の瞳。身に纏う神官服のデザインが、何故か他の神官達と違う。
(あれ? この人……)
リュセルが思い出すよりも先に、セフィの方が一礼をして、その青年の正体を明かした。
「私付きとなる新人達に内部の案内をしておりました。セリクス神官長」
その答えに白髪の青年、ライサンは、すべての者を許し受け入れるような優しい微笑をその顔に浮かべたのだった。
ライサン・セリクス。
若干二十七という年齢で、アシェイラ支部の神官長を務める者。神殿の未来を担う一人である事は、まず間違いないだろう。
今は支部の神官長に任命されてはいるが、その内に本部の重役に就く事になるだろうと噂される程優秀な人物との噂だ。
「確か、レオニュージョ・クマキチ神官とリューイ・クマキチ神官だったね」
優しい眼差しが、セフィの後ろに立つレオンハルトとリュセルに向けられた。そして、そんな兄弟の前で、またしても微妙な偽名を設定したリュセルに対し、セフィは内心悲鳴を上げていた。
(どうしてこんなおかしな偽名にしたのですか! 剣鍵様!?)
「クマキチ…………、変わった家名ですね」
案の定、ライサンは小首を傾げている。
「慣れるまで大変でしょうが、頑張ってください。何か困った事がありましたら、遠慮せずに、私のいる神官長館まで相談に来ていただいて大丈夫ですよ」
「お気遣い痛み入ります」
レオンハルトが軽く頭を下げてそう答えると、彼はわずかに目を見開いた。
「……っ!?」
驚きに見開かれた、薄茶色の瞳。そして、そのままその瞳は、レオンハルトの横のリュセルに移行する。
(まさか、バレたのか!?)
いや、そんなはずはない。
変装眼鏡のおかげで、自分も兄も平凡な容姿の青年に見えているはずなのだから。リュセルが冷汗でダラダラになっていると、目を見開いていたライサンは、すぐににっこりと笑った。
「おやおや、もう居所がバレてしまったようです」
そんな言葉に、リュセルとセフィが怪訝そうな顔をした、その瞬間。
「セ~~~~~リ~~~~~ク~~~~~ス~~~~~~~ッ!」
地の底を這うような声が背後で響いた。
「あははははっ、ルーク! 今日は早かったですねぇ」
朗らかなライサンの声を聞きながら後ろを振り返ったリュセルの目に飛び込んできたのは、深紅の髪が目を引く青年神官。
「黙れ、このクソ上司!」
その褐色の目の奥に滾る、怒りの炎。
「ああああああぁぁぁ……、ま、またですかぁ~!?」
怒りに燃えあがる、ルークと呼ばれた青年の存在を察知したセフィは、そう嘆きの声を上げる。
「ルーク、あんまり怒るとハゲますよ。嫌ですよ~、若ハゲは」
「それはストレスだ! 完全にストレスの所為だ! つまりはお前の所為なんだ……っこの、阿呆神官っ!」
「ぁぁぁ……、傷つきました。そういう訳で、私は傷心の旅に出ますね、アルターコート神官」
そんな無責任な台詞にぎょっとするセフィを尻目に、ライサンは今度は後ろ向きに元来た方向へと一気に滑り戻る。
どうやら靴の裏にローラーが仕込んであるようだ。
「待てえええええええ~~、セリクス~~~~っ!」
それを追うルークが、呆然と立ち尽くすリュセル達の横を風のように通り過ぎる。それによって生じた突風により、セフィ、リュセル、レオンハルトの着る神官服の裾がまくれ上がった。
「あははははは~~~~っ」
ローラーの付いた靴で廊下を滑りながら能天気に笑うライサンの顔を睨みつけたルークの目が、ギラリと光る。
キュキュキュキューーイッ
という音をさせていきなり急停止したと思ったら、履いていた靴を即座に片方脱ぐ。
「セ~リ~ク~スッ、いい加減にしろ! この、駄目上司がぁぁぁ!」
そう怒鳴りながら、ルークは脱いだ靴を思い切りライサン(注※直属の上司)に投げつけた。
「甘いですよ」
それを既に見きっていたライサンは、紙一重で靴を避ける。
しかし避けたと同時に、第二投、つまりもう片方の靴がライサンの顔面に命中する。(注※この神殿内で一番偉い人)
バコーーーーンッ
(いってぇ)
そのあまりに痛そうな音に、人事ながらリュセルはわずかに眉をひそめる。
「そっちこそ甘いわ、このクソたわけが!」
額に青筋立てて裸足で靴を投げつけた姿勢のままそう怒鳴るルークに、赤くなった額を押さえながらライサンは言った。
「痛たたたたた……、ひどいですよ~、ルーク」
「ひどい? どの口がそれを言う!?」
ドスドスドスと荒い足音をさせてライサンに近づいたルークは、その頬を両手で掴み思いっきり引っ張る。そんな事をされてもにこやかに笑っているライサン。ある意味超大物だ。
「ちょっとしたいたずらじゃないですか~。そんな本気で怒らないで下さい」
そう言いながら己の胸元を掴むルークの右手に、そっとライサンは触れる。そして、もう片方の手で、ルークの赤色の前髪を払った。
「ぷっ」
そして、ついつい吹き出してしまう。ルークの額には、大きな黒文字で馬鹿と書かれていたのである。
「お前は~~~~っ、毎度毎度人の顔にらくがきしやがって……、馬鹿にしてんのか!」
胸倉を掴んだまま、グラグラと乱暴にライサンを揺すり、ルークはそう吐き捨てる。
「だって、無防備に寝ているルークがいけないんですよ。あんな所で無防備に眠っていたら、らくがきしたくなるじゃないですか」
両手を広げて自分の正当性を主張するライサンに、ルークは再び怒鳴りつけた。
「徹夜明けに休んで何が悪い!? 第一、眠る時は誰でも無防備になるわ、阿呆!」
その通りである。
二人の怒鳴り合い(怒鳴っているのはルークだけだが)を呆然として聞いていたリュセルは、自分の中のライサン・セリクスのイメージがガラガラと崩れ落ちて行くのを感じていた。
「驚かせてすみません、剣主様、剣鍵様。でも、あのお二人はいつもああなのです。この神殿内の神官は全員わかっている事ですので、二人が言い合いしていても皆見て見ぬ振りをしています。ですのでお二人も、そのようになさって下さい」
驚いている様子のリュセルと、無言でライサンとルークを眺めるレオンハルトに気づいたセフィが、小声でそうささやく。
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