【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十二章 月華の乙女

12-2 甘い口づけ

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 大き過ぎる使命を負っていようとも、彼らは決して孤独ではないのだ。

 対して、闇の子は、産まれながらに一人。

 頼るべき者は、いずれ自分を喰らう事になる父神だけ。

 この、違いの大きさに絶望した事もある。

 それでも、産まれて来なかった方が良かったと思った事はない。

 そう思う事は、己の命と引き換えに自分を産み落とした母と、自分のような邪悪な者を愛し、慈しんでくれた師匠達の存在を否定する事だからだ。


 ーセフィラン、もうすぐ準備がそろいます。後、必要なのは”聖女の血”だけ。それが揃えばマスターの目覚めが訪れるのですー


 昨夜、リュセルが眠った後に行ったサイレンとの定期交信にて、彼は嬉しそうにそう言っていた。リュセルの体液を邪神が摂取した事により、状況は思ったよりも切迫している。

(だが、まだ間に合う)

 聖女の血。

 それが揃うのを阻止すれば、邪神の復活は訪れまい。そして、復活の機を逃した邪神を葬るのだ。

「そうしたら、やっと……俺は光の道を歩いていける」

 しかし、それまでの道筋がひどく暗く険しい事を、セフィは知っていた。







 神官長館から大聖堂までの夜道を、ランプの明かりと月の明かりのみを頼りに進む。

 ギィ

 セフィの言葉通り、祈りの儀の時以外は固く閉ざされているはずのその扉の鍵は開いていた。大聖堂の奥、女神像の前に優美な立ち姿が在る。女神像を見上げていた彼は、リュセルの入室に気づくと、ゆったりとした仕草で振り返った。身に纏う神官服の裾が優雅に舞う。いつもは無造作に垂らしているだけの胡桃色をした髪を複雑な形に結いあげた彼は、神聖な雰囲気を醸し出す神官服がよく似合っていた。

 無表情だったその美麗な顔は、弟の元気そうな姿を目にした途端、安心したように綻んだ。

「リュセル、いい子にしていたかい?」

 耳に心地よい優しい声に、リュセルはほっと息をつく。やはり、半身の存在は、自分の精神を安定させる。いや、それは、自分だけではないだろう。おそらく、レオンハルトも同じはずだ。他の女神の子供も同じ。その存在なしでは、生きていけない。支え合う為に、ここにいる。出会う為に、生まれてきたのだ。

「レオン」

 駆け寄って抱き合いたい気持ちを抑え、ゆっくりとした歩調で半身たる兄に歩み寄る。

「ずいぶん遅かったんだな。騎士団の方は大丈夫なのか?」

 意地を張って、軽い口調でそう尋ねたリュセルにレオンハルトは鷹揚に頷いた。

「ああ、大事ない」

 いつものような簡潔な返答に、リュセルは不満よりも安心感を覚える。

「しかし、レオンでないと収拾がつかない事ってなんなんだ? カイルーズの奴が手を焼いてたんだろう?」

「騎士団の内部で少々問題があってね。大丈夫、すべてきちんと治めてきたよ」

 さすが、前騎士団総帥。いとも簡単に言うが、カイルーズが手を焼く程の事だ。おそらく、何か大変な事が騎士団内部で起こったのだろう。それを、この短期間でよく……。いや、もう何も言うまい。レオンハルトの影響力は絶大なのだという事だけ分かっていればよい。(面倒なので、考えるのを放棄)この事は城に帰ったら聞こう。

「そちらはどうだ?」

「え?」

「月華の乙女の行方は知れたかい?」

 レオンハルトの問いに、リュセルは首を振る。

「いや、まだだ。今はそれを持っているらしい例の二人に接触中」

「…………」

 それに無言で答えたレオンハルトは、不意にリュセルの頭を撫でた。

 既視感

 昼間、自分の頭を撫でたセフィの固い掌を思い出す。

「セフィ殿から、何か知らせがいったのか?」

 だから、明日の朝戻るとの事だったのに、早めに戻ってきたのか。

「ああ」

 今、自分はひどく情けない顔をしている事だろう。

 もっと認めて欲しい、頼られたい。

 強くなりたいと思うのに、守りたいと願う相手に心配をかけ、守られている、この現実。力のなさと、己が精神の脆さが、はがゆくて仕方ない。

「そんなに急かず、必要な時は頼りなさい。それも大事な事だよ」

 自分の髪を撫でていた優しい手に引き寄せられ、気づけばその腕に抱きしめられていた。兄の肩の上に俯いた額を押しつけながら、リュセルは頷く。

「レオン」

 間近で見つめる兄の瞳は、リュセルのすべてを包み込んでしまう程に暖かい、慈愛の光に満ちていた。どちらからともなく、引き寄せられるように顔を寄せ合う。

(あ……)

 一瞬、戒律の事を思い出したが、レオンハルトの唇に触れた瞬間、そんな事どこかに吹き飛んでしまった。

 しっとりとした、温かな極上の感触。その甘やかすような優しい口づけにすべてを委ね、リュセルは気持ちが昂ってゆくのを感じる。今朝、あんなにも最悪な目覚めをして、気分が最悪だったのが嘘のようだ。

 夢。

 あの、恐ろしい悪夢。

 あれを、ただの夢として片づけていいのだろうか?

 もしかすると、あれは、今後の自分達の戦いに深く関わってくるものかもしれない。たぶん、レオンハルトに話した方がいいのだと思う。

 しかし、話そうにも……

(肝心の、夢の事がよく思い出せん)

 起きたばかりの時は何かしら覚えていたと思うのだが、時が経つにつれて、何かに封印でもされるかのように記憶が薄れていくのを感じていた。

(あなたなのか? 母上)

 もう一人の自分でもある、創世神にして母神、レイデュークの思惑が絡んでいるような気がしてならない。なんだか、悪い事の前触れのような気がして不安でならなかった。

「レオン」

 だが、そんな不安な時だからこそ、リュセルは闘志を燃やす。口づけが解かれると同時に、リュセルは決意のこもった目を兄に向けた。

「?」

 いつもならこんな口づけの後はとろけるような目線を向けてくる弟の目が、何故かメラメラと燃えているのを怪訝に思いながらも、レオンハルトは続きの台詞を待った。

「例え、この先どんな事があろうとも、俺がお前を守る」

 こんな場面でのいきなりの台詞に、レオンハルトは一瞬、呆気に取られた。

「もう二度と離れる事のないように、強くなるさ」

 自分達の生誕祭、リュセルからすれば帰還の日が近づいている所為か、どことなく不安なのだ。

 それは、レオンハルトも同じ事だった。

 折角取り戻した自分の片翼を再び失うのではないのかと、彼らしからぬ弱気な事を気づくと考えていた。

 何故なら、自分達の生誕の日は、月の影響を最も受ける日。一年の中で女神の力が増すと言われている日の一つだったからだ。それ故に、一年前のあの日、ティアラと女神の鏡の力を利用して、リュセルを異世界より呼び戻す事に成功したのだから。

 しかし、女神の力が増すという事は、その双子神たる邪神の力も増すという事。

 一年前のリュセル帰還の儀の際は何事も起らなかったが、今回はどうなるか。邪気の動きが活発になっている今、何事も起こらないと言いきれない。

「だから、強くなるんだろうが! 聞いてたか? 人の話!?」

 兄の乏しい表情を読み取ったリュセルは、そう言ってレオンハルトの耳を引っ張った。

「そんな顔するな。俺は絶対に、もう二度とお前の元を離れない。例え離れてしまう事があっても、必ず戻る。約束する」

 そんな、どこかの姐さんばりの漢らしい台詞と共に、抱き締められる。

「リュセル」

 庇護対象たる弟に励まされたレオンハルトは、一瞬目を見開くとすぐに小さく笑った。

「当たり前だろう。お前は、私のものだ。産まれる前から決まっていた。例えまた離される事があろうとも、逃しはしない。地獄の底まで追いかけるよ」

「……その怖い例え、止めてくれ」

 レオンハルトの背を抱いていたリュセルは、背筋がぞっとするのを感じつつ、そうつっこみを入れる。

「ふふ、何故だい? お前は違うのか?」

 それまで大人しくリュセルに抱かれていたレオンハルトの腕が己の背を撫で下ろすのを感じたリュセルは、体が兄に添おうとするのを止める事が出来ない。

「ち、違わないが。レオンッ……いくらなんでも、ここでは……」

 神官服の裾を割って忍び込む不埒な手を抑えながら、リュセルは首を振る。

「ならば止めるかい?」

 笑みを浮かべながらの兄の言葉を聞き、リュセルはぐっと息をつまらせる。折角、禁欲……自制の誓いをたてたというのに! ここでは、真面目な神官生活を送ろうと思っていたのに! いや、そもそも、レオンハルトと共にいる時点でそれは無理な話だ。自分の意思に関係なく、半身に求められれば、たやすく体は発情する。

「通常時でこんな状態で、もし、陰の日でもきたら、俺は一体どうなってしまうんだろうか」

 自分の体の淫乱さを嘆きながら、リュセルは目の前の聖人のような雰囲気の兄から目を背ける。

「お前は、何も心配する事はない。その時が来たら、焦らして焦らして、死ぬほど啼かせてあげるよ」

 レオンハルトは低い声でそうささやくと、神官服の上から弟の肌を愛撫した。

「……ッ」

「どうするんだい? 止めるか、続けるか……、お前が選びなさい」

 いつものようにずるい聞き方をしてくる兄に対し、リュセルは内心罵倒を浴びせかけながらも答えた。

「つ、続けて、……くれ」

 禁欲の誓いが破られた瞬間だった。
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