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第十二章 月華の乙女
16-1 タイムリミットまで……
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コンコン
コンコン
「ウインター神官長補佐?」
二度ノックを繰り返した後、リュセルは部屋の主の名をドア越しに呼んだ。
「お留守のようですね」
後ろに控えていたセフィは、まるで反応のない室内の様子にため息をつく。
「留守って……、病欠だろう? 部屋にいなくてどこにいるんだ!?」
「わ、私に言われましても」
困惑したようなセフィの声を聞いて、リュセルはセフィの隣りにいる兄に視線を向けた。
「いないならいないで都合がいい。室内を調べよう」
弟の視線を受けたレオンハルトは、そう言いながら、髪に挿していたヘアピンを一つ外す。そのまま扉の鍵にヘアピンを挿しこみ、カチャカチャとやり始めたレオンハルトにセフィは顔を引きつらせ、その光景に慣れてしまったリュセルは、部屋の鍵が開けられるのを兄の手元を見ながら待っていた。
「開いたよ」
レオンハルトのその言葉と共に、扉は簡単に開かれる。
「よし!」
ダンッと音を響かせて、不法侵入にも関わらず堂々と室内に入室した女神の息子達に対し、セフィは慌てたように叫んだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと、こんな……、勝手に入室してしまっていいのですか!?」
「神官長補佐が戻ってくる前に出て行けば問題ないだろう」
そう言いながら静かに室内を見回すレオンハルトに向かい、セフィはオロオロしながらも頷くしかない。
「わ、わかりました。では、私は誰か来ないか見張っております」
目は見えないが、気配や音に敏感なセフィは、わずかな足音でも相手を特定出来る。見張り役には適任だろう。
「ああ、頼む」
二人がそう言い合っている間にも、リュセルは一度来た事のあるルークの部屋の中の捜索を始めていた。
机の上。綺麗に片づけられ、何も置かれていない。
本棚。ぎっしりと本が並べられている。聖書が主だ。
クローゼットの中。同じデザインの神官服が二着と、もしもの時の為か、私服と思われる服が一着。それ以外は何もない。
食器棚。珈琲カップとソーサー。珈琲の粉、珈琲を淹れる時の為の器具がある。(この前リュセルが勝手に使ったものだ)
寝台の下。塵一つない。ここまで神経質だとある意味すごい。
ルークの部屋は簡素な為、元々備え付けられていたであろうこれらの家具しかなかった。彼の私物は、珈琲や本のみだろう。それ故に、捜索はすぐに打ち切られたのだった。
「どこにもない」
探しようにも、探す場所があまりない。
「そうか」
レオンハルトも自分が探すまでもないと思ったのか、リュセルの言葉に短い返事を返しただけだ。
「絵はないし、本人もいないし。何しに来たんだ、俺達は……」
どっかりと椅子に腰を下ろし、うつろな目のままそう呟いたリュセルを横目に見つつ、レオンハルトは窓枠を指先でツーっとなぞる。かすかな汚れが優美な白い指先につく。
「…………」
それを無言のまま眺める兄の姿を見つめていたリュセルは、机の上に肩肘をついただらしない姿勢のまま言った。
「何、細かい事してるんだ? お前はどこぞの姑か小姑か」
弟の軽口を無視しつつ、レオンハルトは小さく笑った。
「神経質な性格の割には、細かい場所が汚れていると思ってね」
そう言いながら、先程リュセルが調べた寝台の下を覗く。やはり、床は綺麗なのだが、寝台の枠には埃がついている。
「細かい場所まで気が回らない状態でいたという事だろう」
そのままクローゼットまで移動し、乱暴に開け放っていたリュセルとは対照的に静かに開ける。他の場所は細かい場所に汚れが溜まっていたにも関わらず、そこだけ異様に綺麗だった。
「…………」
それに気づくと、レオンハルトはわずかに目を細め、クローゼットの隅に綺麗に畳まれ、置かれていた布を拾い上げる。
「なる程ね」
それは、価値ある絵を保護する為に特別に作られた保護布。
柔らか過ぎず、硬すぎない。絵の保護に最も適しているとディエラ国内で絶賛されているその布の製造方法を知るのは、有名な、かの芸術一門だけ。そして、その予想通り、レオンハルトが開いた大きな布の隅には、ケフォスタンの名が刻まれていた。
ここに、月華の乙女が在った事は間違えようのない事実のようである。
「ウインター神官長補佐を探すしかないと思う」
ルークの私室を出た後発せられた疲れたようなリュセルの言葉を聞き、レオンハルトとセフィも同意するように頷いた。
「でも、一体どこに行ってしまわれたのでしょう」
そんなセフィの声音の中には、困惑の他にいきなり消息を絶ってしまったルークを案じるような響きが含まれている。
確かに、月華の乙女の事を抜かして考えると、いきなりいなくなってしまったルークの身が心配だ。
「昨夜、神官長館で見かけたから、まだあそこにいるとか?」
「でも、それでしたら、本日も神官長館で仕事をしている神官査の方々がすぐに気づくと思いますよ」
間を空けぬセフィの答えに、リュセルも納得する。
「そうだよな~。黒猫朗読会を開いたにしても、長過ぎるだろ」
「ですから、それはないですって」
ライサンとルークがノンちゃんの本を片手に小説内容を朗読し合っている姿など、普段の二人を知っているだけにセフィは想像ですら笑えない。
「……リュセル、昨夜も気になったのだが、もしや、私が居ぬ間に、その、黒猫朗読会とやらに参加したのかい?」
前を歩くお兄様のその言葉に、リュセルの顔は一気に強張る。そういえば、これって、内緒だった。
「し、しししししてない。お、おおおお、おう、してないぞ。俺がお前の言う事をきかなかった事が、あ、あああるか!?」
どもりながら、わかりやすい嘘をつくリュセルに、隣でそれを聞いていたセフィは、顔を引きつらせた。
「たくさんあるね」
そう言いながら後ろを振り返ったレオンハルトは、美しい、典雅な頬笑みを浮かべていた。
城に戻ったら、お仕置き決定!
リュセルは心の中に寒々しい隙間風を吹かせながら、白目を向いて茫然自失した。
「と、とりあえず、神官長館に行って大神官様にこの事を報告致しましょう」
美しいが凄みのある微笑みを浮かべるレオンハルトと、魂が抜けた状態になってしまっているリュセルの間に立たされている現状が耐えられず、セフィはそう提案する。
「ああ、他の神官査達にも聞き込みたいからね」
レオンハルトの了解の意に、セフィはほっと胸をなで下ろす。
「行くよ、リューイ」
その呼びかけと共に手を引かれたリュセルは、泣きたい気分のまま、兄の美貌を恐る恐る見上げた。
「に、兄さん」
「ん?」
優しく自分を見つめる瞳の奥に、自分の仕置きを恐れる弟を揶揄い、面白がるような色を見つけ、リュセルはムッとしながら怒りに任せて立ち直る。
「なんでもない、行くぞ」
そう言って、兄を押しのけて先に歩きだしたリュセルの後を歩きながら、セフィはついつい呆れたような声を出してしまう。
「意地悪ですね、剣主様。わざとですか?」
「ふ……、つい、可愛くてね」
揶揄われるリュセルは災難だが、兄として、可愛い末弟を溺愛するレオンハルトの気持ちはわからなくもない。
「でも、仕置きはきちんとするつもりだよ。けじめだからね」
では、月華の乙女が戻って、晴れて城に戻れても、リュセルには大変な事が待っているという事か。
(ファイトですよ、剣鍵様)
この事に関してどうする事も出来ないセフィは、とりあえず、心の中でリュセルにエールを贈った。
「それに、父上からの命令で、ここにいられるのは本日いっぱいという事になっている。今日、月華の乙女を見つける事が出来なかったら、残念だが、そのまま戻るしかあるまい」
がんばれ~がんばれ~っとエールをリュセルに贈っていたセフィは、その言葉を聞いた瞬間、驚きに体を揺らした。
「そうなのですか?」
「騎士団の用事で城に帰還した折、これから在る誕生式典に万全の体調で参加する為、病み上がりのリュセルをあまり城外に置いてはならぬと言われたのだ」
いつもおかしな事しか言わぬジェイドにしては珍しくまともな命令だが、実際は、折角王都にいるのに、リュセルと離れているのが嫌なのだろう。素晴らしい位に息子馬鹿である。あっぱれだ。
「では、必ず本日中に月華の乙女を取り戻さないといけませんね」
この事を知ったらうるさく騒ぎ出す事が予測されるリュセルに言うつもりのないらしいレオンハルトに対し、セフィはそう言って頷いたのだった。
タイムリミットは、後一日。
コンコン
「ウインター神官長補佐?」
二度ノックを繰り返した後、リュセルは部屋の主の名をドア越しに呼んだ。
「お留守のようですね」
後ろに控えていたセフィは、まるで反応のない室内の様子にため息をつく。
「留守って……、病欠だろう? 部屋にいなくてどこにいるんだ!?」
「わ、私に言われましても」
困惑したようなセフィの声を聞いて、リュセルはセフィの隣りにいる兄に視線を向けた。
「いないならいないで都合がいい。室内を調べよう」
弟の視線を受けたレオンハルトは、そう言いながら、髪に挿していたヘアピンを一つ外す。そのまま扉の鍵にヘアピンを挿しこみ、カチャカチャとやり始めたレオンハルトにセフィは顔を引きつらせ、その光景に慣れてしまったリュセルは、部屋の鍵が開けられるのを兄の手元を見ながら待っていた。
「開いたよ」
レオンハルトのその言葉と共に、扉は簡単に開かれる。
「よし!」
ダンッと音を響かせて、不法侵入にも関わらず堂々と室内に入室した女神の息子達に対し、セフィは慌てたように叫んだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと、こんな……、勝手に入室してしまっていいのですか!?」
「神官長補佐が戻ってくる前に出て行けば問題ないだろう」
そう言いながら静かに室内を見回すレオンハルトに向かい、セフィはオロオロしながらも頷くしかない。
「わ、わかりました。では、私は誰か来ないか見張っております」
目は見えないが、気配や音に敏感なセフィは、わずかな足音でも相手を特定出来る。見張り役には適任だろう。
「ああ、頼む」
二人がそう言い合っている間にも、リュセルは一度来た事のあるルークの部屋の中の捜索を始めていた。
机の上。綺麗に片づけられ、何も置かれていない。
本棚。ぎっしりと本が並べられている。聖書が主だ。
クローゼットの中。同じデザインの神官服が二着と、もしもの時の為か、私服と思われる服が一着。それ以外は何もない。
食器棚。珈琲カップとソーサー。珈琲の粉、珈琲を淹れる時の為の器具がある。(この前リュセルが勝手に使ったものだ)
寝台の下。塵一つない。ここまで神経質だとある意味すごい。
ルークの部屋は簡素な為、元々備え付けられていたであろうこれらの家具しかなかった。彼の私物は、珈琲や本のみだろう。それ故に、捜索はすぐに打ち切られたのだった。
「どこにもない」
探しようにも、探す場所があまりない。
「そうか」
レオンハルトも自分が探すまでもないと思ったのか、リュセルの言葉に短い返事を返しただけだ。
「絵はないし、本人もいないし。何しに来たんだ、俺達は……」
どっかりと椅子に腰を下ろし、うつろな目のままそう呟いたリュセルを横目に見つつ、レオンハルトは窓枠を指先でツーっとなぞる。かすかな汚れが優美な白い指先につく。
「…………」
それを無言のまま眺める兄の姿を見つめていたリュセルは、机の上に肩肘をついただらしない姿勢のまま言った。
「何、細かい事してるんだ? お前はどこぞの姑か小姑か」
弟の軽口を無視しつつ、レオンハルトは小さく笑った。
「神経質な性格の割には、細かい場所が汚れていると思ってね」
そう言いながら、先程リュセルが調べた寝台の下を覗く。やはり、床は綺麗なのだが、寝台の枠には埃がついている。
「細かい場所まで気が回らない状態でいたという事だろう」
そのままクローゼットまで移動し、乱暴に開け放っていたリュセルとは対照的に静かに開ける。他の場所は細かい場所に汚れが溜まっていたにも関わらず、そこだけ異様に綺麗だった。
「…………」
それに気づくと、レオンハルトはわずかに目を細め、クローゼットの隅に綺麗に畳まれ、置かれていた布を拾い上げる。
「なる程ね」
それは、価値ある絵を保護する為に特別に作られた保護布。
柔らか過ぎず、硬すぎない。絵の保護に最も適しているとディエラ国内で絶賛されているその布の製造方法を知るのは、有名な、かの芸術一門だけ。そして、その予想通り、レオンハルトが開いた大きな布の隅には、ケフォスタンの名が刻まれていた。
ここに、月華の乙女が在った事は間違えようのない事実のようである。
「ウインター神官長補佐を探すしかないと思う」
ルークの私室を出た後発せられた疲れたようなリュセルの言葉を聞き、レオンハルトとセフィも同意するように頷いた。
「でも、一体どこに行ってしまわれたのでしょう」
そんなセフィの声音の中には、困惑の他にいきなり消息を絶ってしまったルークを案じるような響きが含まれている。
確かに、月華の乙女の事を抜かして考えると、いきなりいなくなってしまったルークの身が心配だ。
「昨夜、神官長館で見かけたから、まだあそこにいるとか?」
「でも、それでしたら、本日も神官長館で仕事をしている神官査の方々がすぐに気づくと思いますよ」
間を空けぬセフィの答えに、リュセルも納得する。
「そうだよな~。黒猫朗読会を開いたにしても、長過ぎるだろ」
「ですから、それはないですって」
ライサンとルークがノンちゃんの本を片手に小説内容を朗読し合っている姿など、普段の二人を知っているだけにセフィは想像ですら笑えない。
「……リュセル、昨夜も気になったのだが、もしや、私が居ぬ間に、その、黒猫朗読会とやらに参加したのかい?」
前を歩くお兄様のその言葉に、リュセルの顔は一気に強張る。そういえば、これって、内緒だった。
「し、しししししてない。お、おおおお、おう、してないぞ。俺がお前の言う事をきかなかった事が、あ、あああるか!?」
どもりながら、わかりやすい嘘をつくリュセルに、隣でそれを聞いていたセフィは、顔を引きつらせた。
「たくさんあるね」
そう言いながら後ろを振り返ったレオンハルトは、美しい、典雅な頬笑みを浮かべていた。
城に戻ったら、お仕置き決定!
リュセルは心の中に寒々しい隙間風を吹かせながら、白目を向いて茫然自失した。
「と、とりあえず、神官長館に行って大神官様にこの事を報告致しましょう」
美しいが凄みのある微笑みを浮かべるレオンハルトと、魂が抜けた状態になってしまっているリュセルの間に立たされている現状が耐えられず、セフィはそう提案する。
「ああ、他の神官査達にも聞き込みたいからね」
レオンハルトの了解の意に、セフィはほっと胸をなで下ろす。
「行くよ、リューイ」
その呼びかけと共に手を引かれたリュセルは、泣きたい気分のまま、兄の美貌を恐る恐る見上げた。
「に、兄さん」
「ん?」
優しく自分を見つめる瞳の奥に、自分の仕置きを恐れる弟を揶揄い、面白がるような色を見つけ、リュセルはムッとしながら怒りに任せて立ち直る。
「なんでもない、行くぞ」
そう言って、兄を押しのけて先に歩きだしたリュセルの後を歩きながら、セフィはついつい呆れたような声を出してしまう。
「意地悪ですね、剣主様。わざとですか?」
「ふ……、つい、可愛くてね」
揶揄われるリュセルは災難だが、兄として、可愛い末弟を溺愛するレオンハルトの気持ちはわからなくもない。
「でも、仕置きはきちんとするつもりだよ。けじめだからね」
では、月華の乙女が戻って、晴れて城に戻れても、リュセルには大変な事が待っているという事か。
(ファイトですよ、剣鍵様)
この事に関してどうする事も出来ないセフィは、とりあえず、心の中でリュセルにエールを贈った。
「それに、父上からの命令で、ここにいられるのは本日いっぱいという事になっている。今日、月華の乙女を見つける事が出来なかったら、残念だが、そのまま戻るしかあるまい」
がんばれ~がんばれ~っとエールをリュセルに贈っていたセフィは、その言葉を聞いた瞬間、驚きに体を揺らした。
「そうなのですか?」
「騎士団の用事で城に帰還した折、これから在る誕生式典に万全の体調で参加する為、病み上がりのリュセルをあまり城外に置いてはならぬと言われたのだ」
いつもおかしな事しか言わぬジェイドにしては珍しくまともな命令だが、実際は、折角王都にいるのに、リュセルと離れているのが嫌なのだろう。素晴らしい位に息子馬鹿である。あっぱれだ。
「では、必ず本日中に月華の乙女を取り戻さないといけませんね」
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