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第十二章 月華の乙女
16-2 懺悔①
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神官長館に着いた三人を出迎えたのは、ルパートの付き人である中年の神官だった。
「大神官様筆頭に、神官長、神官査の皆様や神官長補佐の代理としてラテーヌ神官も、来月の神子様の誕生式典の打ち合わせの会議に出席中で、本日は夕刻になるまでお体が空きませんよ」
万事休す……。
夕刻までという事は、本日は昼食も会議室でとり、一日中そこに立てこもるという事だろう。
「ウインター神官長補佐が心配して怒鳴っていたとおり、俺達の生誕の儀の準備はかなり手間取っているみたいだな。なんでだ?」
神官長がさぼっていたにしても、なんだか念入り過ぎる準備の仕方だ。それは、邪鬼の介入を懸念したレオンハルトの指示だったのだが、今この場で説明している余裕はない為、彼は話題をさりげなく変える。
「それにしても、困ったね。セリクス大神官だけでなく、神官査全員会議中とは」
レオンハルトはそう言うと、目の前にいた出迎えの神官の首裏に素早い動きで手刀を決めた。
「ッ!?」
ドサッ
いきなりの事に、されるがまま、その場に倒れた神官の体を片手で支えると、レオンハルトは口をOの字に開けてブルブルと首を左右に振りまくっている弟に静かに告げる。
「仕方ない。今の内に中を捜索しよう」
「お、おおお、お前、聞いてたか!? 中で皆が会議してるんだぞ!」
「ああ。会議室は確か二階。アルターコート神官を見張りに立たせ、静かにすれば、一階の捜索は可能だろう」
リュセルの慌て声を聞き流しながら、レオンハルトは抱えていた神官をその場に横たえる。
「し、しかし」
「お前は騒がしいから外で待っていなさい。どこにも行ってはいけないよ。いい子にできるね?」
制止の言葉を聞かぬ兄を見返し、リュセルは困惑した。ここでの捜索にタイムリミットがある事を知らぬリュセルは、レオンハルトが急ぐ理由がわからない。
「いい加減子供扱いをやめろ!」
つっこみを入れるリュセルに対し、それを了承と受け取ったレオンハルトは頷くと、セフィを呼んだ。
「アルターコート神官」
「はい。では、剣鍵様、すぐ戻って参りますので少々お待ち下さいね。」
常識人と思われたセフィも、にっこりとした朗らかな笑みを残し、兄に続いて神官長館の中に消えて行く。
「おーーーーい」
一人取り残されたリュセルの、乾いた声が虚しく響いていた。
「はあ。なんであんなに大胆不敵になれるんだ、あいつは」
リュセルは兄の言いつけどおり、神官長館前の道から少しずれた場所にある植え込みの陰に隠れて休む事に……いやいや、待っている事にした。植え込みの裏は芝生になっており、大きな木が影になって、なかなか心地いい空間になっている。昼寝にはもってこいの場所だ。
「はー、徹夜明けで全然寝てないからな、少し休むか」
今まで眠気を忘れていたが、思い出したらまた眠くなってきた。
ドサッ
仰向けに芝生の上に体を投げ出し、そのまま横を向いて体を丸める。完全に眠る体勢になっていたリュセルは、意識がふわふわとして、目がうとうとし始めるのを感じた。天気のいい、うららかなお昼時。草の匂いと大きな木のさざめき。実に素晴らしい状況である。
気持ちがいい。
その時、不意に誰かの手が髪に触れるのを感じた。
(レオン?)
兄が自分に触れる時の感触に似た、柔らかで優しい仕草、指先。髪を梳くその気持ち良さに、うっとりとしてしまう。その優しい手はそのままリュセルのうなじを渡り、肩に触れ、体の線を辿りだした。
(な、んだ?)
おかしいと思うのに、疲れ過ぎている所為か目が覚ませない。背後に何者かの気配を感じる。ビクビクと震える肌の感触を布越しに楽しんだ手は、そのまま前に回ってきた。
「……ッくぅっ」
股間に伸ばされた手に布越しに自身を捕えられ、リュセルは低く呻いた。
荒いような、闇の吐息を耳元で感じる。
布越しでは我慢出来なくなったのか、中に侵入しようとする手をリュセルは阻もうとする。
「も、止めろ……ッ」
リュセルの拒絶を聞いた手の主は、動きを止めると同時に耳元でささやいた。
「半身にはたくさんあげてるじゃないか。僕にもちょうだいよ、姉上」
……ッ!
その瞬間、リュセルの意識は一気に覚醒する。
心臓がドクドクと脈打ち、身体の底から冷えているにも関わらず、大量の汗を流していた。
「……クソッ」
起き上がったリュセルは、自分に毒づくと、額から流れ落ちた汗を神官服の袖で拭う。そして、いつまでもそこに居たくなくて、そのまま植え込みの陰から出る。周囲に人はいない。こんな状態の自分を誰にも見られたくないので、人の姿がないのは都合が良かった。
無意識に歩き、暗い目をしたまま、リュセルは考える。
意識し過ぎるから、逆に見たくないと思う夢を見るのだろうか? それとも、邪神の復活が近いからか?
(スノーデューク)
悶々とそう考えている間にも、夢の内容が記憶から段々と消え失せ、末梢されていく。
(待ってくれ、レイデューク。忘れても何の解決にもならないだろう!?)
おそらく、これは邪神サイドからの警告だ。スノーデュークより送られた悪夢。お前など、いつでもどうにでも出来るのだという、嘲笑めいた警告なのだ。
力在る神の、なんという傲慢さ。
そんな悪夢を、送られた傍から末梢させていくレイデュークに何か意図があるのか? リュセルは自分の記憶から先程視た悪夢が遠ざかるのを感じると同時に、派出に舌打ちをする。
「チッ、逃げても始まらないだろうに!」
そんなにも、己が弟神と向き合うのが怖いか?
怖い……。
「すまん、母上。怖いよな」
あの美しい菫色の瞳を愛し過ぎた故に。
いくら別意識とはいえ、母神自身の魂を持つ自分がどこまであの弟に抗いきれるだろう。そう考えるが、母からの答えはない。
(ん?)
目覚めてから、まるで操られるが如くフラフラと歩いていたリュセルは、いきなり目の前に広がった光景に一瞬唖然とする。
「なんだ、これ?」
漆黒のベール(カーテン)に覆われた扉。
怪し過ぎる……。
「ここ、神官長館入口の裏側か」
神官長館は出入り口は一つとの事だったから、この扉の先にある部屋は、神官長館とは完全に独立した場所であるといえる。考え事をしている内に、ここまで移動してしまっていたようだ。
「やばいな。戻らないとレオンに叱られる」
リュセルはそうぼやきながら、その部屋をとりあえず見なかった事にしようとしたのだが
「うわっ、びっくりした!」
急にその妖しげな扉が開き、中から人が出てきた。彼は外に出るなり、いきなりいたリュセルにびっくりしたようだった。
「あ、次の方ですか? すみません、私の懺悔は済みましたので、どうぞ」
(懺悔?)
というと
「ここが懺悔室か!?」
リュセルの大声に、懺悔室にて懺悔を終えたばかりの所為か、すっきりしたような顔のその神官は訝しげに言った。
「そうですよ。あなたも懺悔をしにいらしたのではないのですか?」
「は!? いや、……あ~、いやいやいや、そうそう、私もそうなのです」
たちまちの内に胡乱な目になった彼の不信感を拭おうと、リュセルは慌ててそう言うと、目の前にある、まるで中に魔女でも潜んでいそうな怪しげな扉を開け、中に入室した。
(ふ~、レオンの説教炸裂決定だな)
トホホな気持ちでそう思いながら、中に入室したリュセルが室内を見回すと、そこは薄闇に覆われていた。一つしかない窓は漆黒のカーテンで仕切られ、暗い室内を照らす照明は燭台一つのみ。その灯りが、机と椅子を置いたら何も置けぬ程に狭い、この室内の唯一の光だ。
ゴクっ
リュセルは生唾を飲み込むと、椅子に腰を下ろす。途端に椅子のすぐ左横にあった窓の向こうから声がかかった。
「我ら皆、創世の女神、セイントクロスの母の尊い子。懺悔をなさい。女神の名のもと、すべてを許します」
カーテンを隔てている為、姿は見えず、声だけでは相手を特定しずらい。しかし、リュセルはこの時間の懺悔室当番の神官査を知っていた。
神官長を含め、神官長補佐を除いたアシェイラ支部の主だった高位の神官達は、会議中との事であったが、懺悔室当番であった彼は違ったらしい。
(さて、どうするか)
リュセルは一拍置いて少し考えた後、とりあえず何か懺悔する事はないか記憶を探る。
普通に考えれば、彼から月華の乙女に関する情報を聞き出す絶好の機会なのだが、そんな事現在のリュセルは考えもしない。
(懺悔懺悔懺悔懺悔)
「いかがしました?」
いつものおちゃらけた声音とは違う、穏やかで優しげなその声の主は、懺悔に来た神官が罪を告白しようか悩んでいるようにとったらしい。気長に待ってくれている。
(懺悔……。レオンに内緒で黒猫朗読会に参加した事を告白するか? それとも)
「実は」
「はい」
リュセルは眉根を険しく寄せると、息を吐きだした。
「兄が…………鬼畜王なのです」
鬼畜王でごめんなさい。
ジュリナがこの様子を観察していたら、大声で笑いだしたに違いない懺悔の内容であった。
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