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第十三章 聖女の血
2-2 サンジェイラ一行の到着
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白の月初旬二節目。暦の月が変わって二日目の、よく晴れた日。
冬の暦に変わっても尚、暖かな気候のアシェイラ国に、北方の遠き大地、サンジェイラ国より嬉しい客人達が到着した。
「お久しゅうございます、ジェイド国王陛下」
通された玉座の間にて、まず、国王たるジェイドに挨拶をして優雅に腰を折ったのは、背の低い、華奢な体つきの姫君である。
肩先に散る黒髪に飾られた、百合の花を模った髪飾りは可憐で、象牙色の肌を覆う振り袖も、珊瑚色を基調にした下地に描かれた百合の花が目を見張る程に美しい。その平凡な容貌の中、意志の強さを表している薄茶の瞳は、薄いピンク色の細縁に覆われた眼鏡の下で生き生きと輝いていた。
決して美人ではない。しかし、何故か目を奪われてしまう。一見、十五~十六の少女にしか見えない、幼い容貌の女性。
ユリエ・サンジェイラ。
サンジェイラ国の元第三王女にして、現王妹。
つい最近まで、国王の参謀も務めていた彼女は、その座を弟のシオンに譲ったばかりである。
「国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しいご様子、とても嬉しく思います」
ユリエが述べる挨拶を聞いていたジェイドは、玉座の上で鷹揚に頷きながらにこやかに言った。
「堅苦しい挨拶はいいよ、ユリエ姫」
本日は、他国の客人を迎えているというだけあって、いつものTシャツ姿ではなく、正装とまでいかないが、きちんと宮廷衣に身を包んでいる。王の威厳に溢れた(見た目は)ジェイドに優しく話しかけられ、彼とあまり話した事のないユリエは、緊張に顔を強張らせる。
ジェイドを、賢王として密かに憧れているから尚更だ。
「元気そうだね、安心したよ。サンジェイラの方々は皆、お変りないのかな?」
その言葉を聞くと、毎夜のように送り込まれてくる暗殺者に悩まされる兄王の事を知るユリエは、一瞬ギクッとするが、うまくそれを隠しながら微笑む。
「はい。皆、元気にしております」
自身の命が狙われ始めている事も秘密にしつつ微笑むユリエに、それを悟ったのか悟っていないのか、ジェイドはにっこりと笑って頷いた。
「そうか、それは上々。サンジェイラの復興、アサギ王の活躍の噂は、このアシェイラまで届いているよ。頑張っているみたいだね。この調子なら来年にはもっと情勢も安定するだろうし、ユリエ姫も安心して嫁いで来られるね。楽しみだな~、ねぇ、カイル」
玉座に一番近い場所に立っていたカイルーズは、父王のその言葉に照れたように頷いた。
「はい、父上」
そんな彼の瞳は、ユリエが入室してきたその時から彼女に向けられ、それ以外は目に入らない様子だ。
ユリエはそんな婚約者の視線に気づいているのか、サンジェイラの娘らしく、恥ずかしそうにわずかに俯いて、首まで赤くしてしまっている。
「うんうん、挨拶はこれ位にしようか。行っていいよ、カイル。久しぶりだろう?」
ユリエに駆け寄りたくてそわそわしている様子の息子にそう話しかけると、カイルーズは父王に一礼して、駆け寄るまではしなかったが、少し離れた場所にいる婚約者の元へと近づいて行った。
近づくカイルーズに気づいたユリエは、婚約者の王子に挨拶をする為、優雅に腰を折ろうとする。
「久し振り、ユリエ!」
「きゃあっ!」
挨拶する間もなく、いきなり抱きつかれたユリエは、あまりの事に悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょ、ちょっと、あなた、こんな場でいきなり何するの!? まずは、挨拶! 基本でしょう!? ……う……って、苦し…………、ギ、ギブギブっ」
年下の青年にギュウギュウに抱き締められたユリエは、あまりの苦しさに呻き始める。バシバシと広いその背を叩くが、ユリエの体に回された強靭な腕はビクともしなかった。
(い、息が……、し、死ぬ)
そんなユリエの危機を救ったのは、聞く者を虜にし、女性を蕩かしてしまうような甘い美声。
「カイルーズ、嬉しいのは分かるが、女性はもっと優しく扱うものだぞ」
呆れたようなその言葉と共に、ユリエを包み込む腕の力が緩み、彼女の手がカイルーズの隣に来ていた青年の手にとられた。
「リュセル王子」
目の前に婚約者がいるというのに、ついついその美貌に見惚れ、うっとりとした声を出してしまう。
月の光を象徴するかのような煌く銀の髪に、鋭く凛々しい目元に在る薄い銀の瞳。張りに満ちた肌は白磁のように白いが、王子の略装たる宮廷衣に包まれた体はたくましく、バネのようにしなやかだ。まるで、天上に還ったという男神のように威風堂々としたその姿。
このアシェイラ国の女神の息子であり、第三王子。そして、やがてユリエの義弟になる予定の彼は、相変わらず男としての魅力に溢れ、そしてただ、美しかった。
「お久しぶりです、ユリエ姫。会う度に綺麗になりますね。あなたは……」
まるで女性を口説くような甘い低音でそうささやいたリュセルは、とったユリエの左手の甲に口づけを落とす。
「リュセル」
弟の魅力にポ~っとなってしまっているユリエに気づいたカイルーズは、面白くなさそうに、弟の名を呼ぶ。
「とにかく、別室に行けって。父上が部屋を用意してくれたらしいから。こんな所で熱烈歓迎なんてしたら、恥ずかしがり屋なサンジェイラの姫たるユリエ姫は困るだろう?」
そんなリュセルの援護をする為に、ユリエの後ろにいたローウェンも言う。
「僕らの事は気にしないで、義兄上。リュセル兄さんもレオンハルト兄さんもいるし、適当にしてるから。ユリエ姉上とラブラブしてていいよ!」
弟の言葉に驚いたのは、今度はユリエだ。
「ロ、ローウェン!」
半身のその言葉に、常識人だと思われていたアルティスも静かに頷く。
「我らに気遣いは無用だぞ、義兄上」
「君達……」
思いもよらぬ援軍に、カイルーズの瞳は感激に潤む。
「ファイトだ、カイルーズ! なんなら、そのまま子供でも作ってしまえ」
リュセルも調子に乗って、すぐ上の兄をけしかける始末。先程は別室に場所を移せと、まともな事を言っていたのに……。相変わらず乗りやすい男である。
「こ、こ、子供!?」
度肝を抜かれて目を見開くユリエを見下ろし、カイルーズは熱っぽい瞳を向けた。
「そうだね、ユリエ。僕は王子が二人と姫が一人欲しいんだケド、君はどう思ってる?」
「そ、そそそそそんな事、まだ考えていないわよ、馬鹿!」
真赤になって半泣きになりながら、なんとかカイルーズの腕から逃れようとするユリエを不憫に思ったのか、ゆったりとした歩調で弟達の元へとやって来たレオンハルトが言った。
「リュセル、父上からの伝言は伝えたのかい? とにかく場所を移しなさい、カイルーズ。ここでは人目が多い、ユリエ姫も気が休まらないだろう」
腰まで流れる長い胡桃色の髪をなびかせてやってきた麗人に、ユリエの目は釘付けになる。
リュセルやカイルーズと同じ位の長身。その鍛えられたたくましい体躯がなければ、姫君といっても良かったであろう。それも究極の美姫だ。感情の表れぬ、琥珀の瞳があまりにも神聖的で、直視するのに少々勇気がいる。リュセルが男神なら、レオンハルトはまるで女神のような濡れたような麗しさに満ちていたのだ。
しかし、見た目とは裏腹に、厳格な性格をしている長兄の事をよく知る二人の弟は、彼の指示に従う為、そそくさと動き始めた。
そうして、ようやく婚約者の腕から解放されたユリエは、気を取り直してレオンハルトに向かって優雅に一礼した。
「お久しぶりです、レオンハルト王子」
「こちらこそ、お会いできて光栄ですよ、ユリエ姫」
ユリエの挨拶に答えて腰を折ったレオンハルトは、そのまま彼女の手の甲に唇を寄せる。
そんな中、アシェイラの三王子に囲まれたユリエは、内心感心してしまう。三人とも長身な所為もあるかもしれないが、迫力が半端ない。
(三人並ぶと圧巻ね。吟遊詩人達に”夜空の月星”と謳われるのも無理ないわ)
月はリュセル。星はレオンハルト。そして、夜はカイルーズ。アシェイラ国の三王子は、いつからかそう呼ばれるようになっていた。アシェイラのみならず、他国も含め、貴族の娘達の間では有名な話だ。
玉座の間を出た後、カイルーズやユリエ、ジェイドと別れたリュセルは、年下の玉主玉鍵コンビを自室に招いた。
前回の月華の乙女事件での神殿行きの前にメンテナンスに出されていたクマ吉をリュセルに返す為、二人はアシェイラを訪問していたので、実は会うのは久方ぶりではない。
その時も、陰の日を終え、少し大人びてしまったローウェンに少々寂しくなってしまったものだが、今も成長期真っただ中にある少年を前にして、リュセルはなんだか感慨深い気持ちになってしまう。
十五歳以前のサンジェイラの王子の責務として、いつもの赤い着物風ドレスを着こなした女装姿をしているのだが、前に会った時よりも背が伸びているようだ。伸びやかな手足も、今だ少年のまろやかさは残しつつも、ただ細いだけというものではなくなってきている。隣にいるアルティスの成長速度が速い所為で、なかなか気づけないが、確実にローウェンも成長していた。
アルティスなど、身長はもう175cmに到達したのではないだろうか。リュセルと5~6cmしか違わないような気がする。ローウェンはようやく160cmを超えたといったところか。
(ティアラ姫よりも小さかったのになぁ)
今、ティアラと並べば、確実にローウェンの方が大きいだろう。
父親のような目で娘(設定)二人を眺めるリュセルに対し、ローウェンは隣のアルティスに目線で訴えた。
(な、ななななんか、リュセル兄さんが遠い目してるんだケド)
(うむ。いつもの如く、おかしな事を考えておるのだろう。気づかぬ振りをしていようぞ、ロー)
(うん、そうだね!)
目線で会話をし合った二人が頷き合っていると、遠い目をしてローウェンとアルティスを見つめていたリュセルは不意に目頭を拭った。
(へ!? 泣いてる……。泣いてるよ! なんで!?)
(なんだか、感極まったような泣き方だな)
再び目線で会話をした少年達の前で、レオンハルトはティルが用意した紅茶を飲んでいる。
「二人共、サンジェイラからの旅をつつがなく終えて安心したよ。旅の道中、何も問題はなかったのかい?」
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