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第十三章 聖女の血
4-1 予期せぬ来訪者①
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「痛っ……、痛い、イタタタタタタタッ、この、わざとか!?」
湯浴みを終えたリュセルは、自室にて、手の甲や頬に負った切り傷の手当を受けていた。
わざと痛いように弟の傷の消毒をしていたレオンハルトは、最後に小さく切った貼布を血止めの塗り薬を塗った傷の上に貼りつける。傷口は浅く小さいものが数か所あっただけなので、痕も残らずに治癒する事だろう。
「まったくお前は、この時期に仕事を増やしてどうするんだい? 今日はこのままおとなしくしていなさい、いいね?」
手当てをしながらも、お小言を炸裂させていたレオンハルトは、そう締めくくると、使用していた薬類をクマ吉に片付けさせる。
「了解」
答えた弟に嘆息したレオンハルトは、無感動なその瞳を、リュセルと同じように湯浴みを終えたばかりのローウェンとアルティスに向けた。
「お前達もだよ」
それに対し、ローウェンとアルティスは気まずそうに答える。
「はい、ごめんなさい」
「承知した」
レオンハルトは二人の答えに満足そうに頷き、腰をかけていたソファよりおもむろに立ち上がった。
「では、私は戻るよ。ウインター神官長補佐を待たせているからね」
再び、神殿の使者と神子の衣装の打ち合わせをする為に立ち上がりかけたレオンハルトに、リュセルは不思議そうな顔を向ける。
「ウインター神官長補佐? セフィ殿はどうした?」
弟の疑問を聞き、ティルから上着を受け取ったレオンハルトは、それを羽織りながら答えた。
「アルターコート神官は、繋ぎ目の役目から外れたらしい。神殿での職位が上がり、忙しくなったのが理由との事だ」
「そうか。寂しくなるな」
セフィ程の優秀な神官、急に職位が上がっても不思議ではない。
「今度こそ、いい子にしているんだよ」
低い声で脅され……、いや、言い含められたリュセルは、それに不貞腐れたように頷く。
「そんなに何回も言われんでも、わかってるさ。さっさと行っちまえ」
片手を振って面倒臭そうに言うリュセルにため息をつきながらも、レオンハルトは部屋を出て行った。
「は~~~~~~、怖かったねぇ」
小言の鬼と化したレオンハルトと、そのレオンハルトに静かだが迫力たっぷりに怒られていたリュセルを眺めていたローウェンは、額の汗を拭いながらそう呟く。
「はっ! 甘いな、ローウェン。あれ位、可愛いもんだ」
肩をすくめながらそう自慢げに言うリュセルを見て、アルティスはレオンハルトの隠れ苦労を悟った。やんちゃ過ぎて何をしでかすか分からない半身を持つと、心の休まる時はないだろう。
(まあ、レオンハルト殿は、それすら楽しんでおるのであろうがな)
どんなにやんちゃしようとも、反抗しようとも、リュセルの動向は、すべてレオンハルトの手の内だ。その手の平の上で、見事に転がされている。
「さて、これよりいかがする? 部屋を出る事は禁じられてしもうたし」
アルティスは、リュセルとレオンハルトの関係に内心苦笑しつつ、そう声をかける。
「僕は、聖銃の調整をしたいんだケド、さすがにあんな事があってすぐには出来ないカナ」
「そうよな」
王族の訓練場を半壊させといて、すぐにその元凶たる聖銃の調整に取りかかるのはどうかと思う。
「でも必ず、リュセル兄さんの力に合わせて調整しとくから、楽しみにしててね!」
「ああ、頼むぞ」
そう言い合って、ガッシリと腕を組み合うリュセルとローウェンを眺めながら、アルティスは小さく欠伸を洩らす。
「アル?」
眠そうな兄に気づいたローウェンは、小首を傾げながらアルティスの顔を覗き込む。
「ああ、すまぬ」
「どうしたの、眠いの?」
眠るには、まだ日が高すぎるが。
「旅の疲れが出たんだろう。今日はこのまま、三人で昼寝でもするか」
長旅の疲れを見せるアルティスを気遣って、リュセルはそう提案する。
「レオンを働かせておいて、自分はのん気に昼寝など、気が引けるが……。俺の手伝いを必要としないのだから仕方ない」
新たな神子衣装の制作に携われない事を根に持ちつつそう言ったリュセルは、ふふふっと含み笑いを洩らす。
「二人共、父上が抱いて眠ってあげよう」
その言葉によって同禽する事が強制的に決まったローウェンは、喜びの声を上げる。
「わ~~い、父上、大好き!」
「我は、抱かれるよりも抱く方がよいのだが」
複雑そうなアルティスのぼやきを聞いたリュセルは、その顔に魅力的な甘い微笑を浮かべて、彼の肩を抱いた。
「たまには、いいだろう? 子猫ちゃん」
その挑戦(?)に、アルティスも妖笑で応戦する。
「ふふ、後悔するでないよ、リュセル殿」
「上等だ」
ただ昼寝するだけなのに、この二人は一体何なのか……。
挑発し合う二人の横で、ただ一人、ローウェンは、ティルが用意した(何故か)フリフリレースたっぷりの枕を抱えて歌っていた。
「お昼寝♪ お昼寝♪ 父上とアルとお昼寝~~♪」
リュセル達が仲良く三人で昼寝の用意をしている、ちょうど、その時。
「ルー……、ねえ、ルー!」
アシェイラ城天井裏。
昼間でも暗い、王族専用の抜け道にて中腰になったまま進んでいたキキョウは、前を行く青年の名を呼んだ。
「なんだ?」
人一人やっと通れるような狭い抜け道の為、彼は振り返りもせずにそう答えを返す。
「じょ、城内に侵入出来たのはいいけれど、なんでこんな風に隠れながら進まなくちゃいけないんだ?」
「仕方ないだろう? 警備の者に見咎められて、色々聞かれたらまずいし。王宮の方は万民に開かれているが、後宮の方は王族と一部の使用人以外立ち入り禁止だしね。大丈夫大丈夫、レオンハルト王子の部屋の位置は知ってるからさ」
青年の軽い返事に、キキョウは顔を引きつらせる。
「もう、この辺りは後宮の方だと思うんだけど……」
キキョウの反応など異にも返さず、青年はそう言いながら、懐から古臭い一枚の紙を取り出す。アシェイラ城内の見取り図だ。
「十年以上前のものだから少々不安だが、アシェイラ城が改築したって話も聞かないし、大丈夫だろ。ん~~、この辺りは応接室か?」
そう言うと青年は、下の様子を探る為、地図に×印のついた場所を探す。×印がついている場所は、この抜け道の覗き穴がある場所だ。○印が出入り口のある場所。つまり、天井板が外れる場所である。
この地図は、ジュリナがアシェイラ城の重要保管室にあったものを模写し、写したもの。自分自身はすべて暗記して覚えてしまったので、彼にくれたのだ。
「この抜け道を知ってる者は限られているからな。この国の王族と他国の宝主宝鍵のみ。他国の王族にすら明かされない。本当なら己が知るのはいけない事なんだ」
「でも、ジュリナは、君の身を守る為に、この事を教えたんだね」
「ああ、優しい子だよ」
そう言いながら、はしばみ色の瞳を優しく和ませた青年は、下の様子を探れる覗き穴をようやく発見する。
「お、あったあった。どれどれ……。キキョウも見てみろ」
「あ、うん」
小さな穴を覗きこんだ二人は、その部屋に人がいる事に気づいた。
「誰かいる」
「手紙では近況を伝えあっていたけれど、実際、こうして会えて、君が元気そうで安心したよ」
父王が従者に命じて用意させた応接室。その場所に通されたカイルーズは、そう言って、向かいに座る婚約者に目を向けた。
肩先にかかる、艶やかな黒髪。好奇心を映しこんだ、黒々と瞬く夜の瞳。ひ弱そうに思われがちだが、その腕が、体が、意外とたくましい事を知っている。
ユリエは久方ぶりに会うカイルーズの生身の姿を目にし、嬉しい気持ちと共に、何故か少々の気恥しさを感じていた。
「カイルも元気そうで、万万歳ね!」
なんだかドキドキとしてしまい、ユリエは変な返し方をしてしまう。婚約者のおかしな返答を聞いたカイルーズは、きょとんとした顔になった。
(もーーーー、どうして誰もいないのよ! ローウェンもアルティスもどこ行ったの!?)
弟たちが王族専用の訓練場で騒ぎを起こした事実をまるで知らないユリエは、内心悲鳴を上げて二人を責める。そして、落ち着く為、何杯目になるか分からない紅茶に口をつけた。
「でも、カイエ兄さんの手紙によると、兄さんに苦労かけてるみたいじゃない。駄目よ、もっとカイエ兄さんの負担を軽減してあげないと! また、病気になっちゃうわよ」
気恥しさを誤魔化す為にそう言って顔を上げると、テーブルの向こう側のソファにいたはずのカイルーズの姿はなかった。
「え?」
驚きにユリエが目を見張っていると、彼女の座るソファが新たな重みで更に沈む。
「!?」
そうして、いきなりユリエの隣りに移動したカイルーズは、不機嫌そうに言った。
「折角二人きりなのに、僕以外の男の話しないでよ。それに、さっきから君が話す事って、サンジェイラ国の復興の話ばかりじゃん。それも大事な話だケドさ、今、僕はユリエの話が聞きたい」
「え? ぁ……、ご、ごめんなさい」
湯浴みを終えたリュセルは、自室にて、手の甲や頬に負った切り傷の手当を受けていた。
わざと痛いように弟の傷の消毒をしていたレオンハルトは、最後に小さく切った貼布を血止めの塗り薬を塗った傷の上に貼りつける。傷口は浅く小さいものが数か所あっただけなので、痕も残らずに治癒する事だろう。
「まったくお前は、この時期に仕事を増やしてどうするんだい? 今日はこのままおとなしくしていなさい、いいね?」
手当てをしながらも、お小言を炸裂させていたレオンハルトは、そう締めくくると、使用していた薬類をクマ吉に片付けさせる。
「了解」
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それに対し、ローウェンとアルティスは気まずそうに答える。
「はい、ごめんなさい」
「承知した」
レオンハルトは二人の答えに満足そうに頷き、腰をかけていたソファよりおもむろに立ち上がった。
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再び、神殿の使者と神子の衣装の打ち合わせをする為に立ち上がりかけたレオンハルトに、リュセルは不思議そうな顔を向ける。
「ウインター神官長補佐? セフィ殿はどうした?」
弟の疑問を聞き、ティルから上着を受け取ったレオンハルトは、それを羽織りながら答えた。
「アルターコート神官は、繋ぎ目の役目から外れたらしい。神殿での職位が上がり、忙しくなったのが理由との事だ」
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小言の鬼と化したレオンハルトと、そのレオンハルトに静かだが迫力たっぷりに怒られていたリュセルを眺めていたローウェンは、額の汗を拭いながらそう呟く。
「はっ! 甘いな、ローウェン。あれ位、可愛いもんだ」
肩をすくめながらそう自慢げに言うリュセルを見て、アルティスはレオンハルトの隠れ苦労を悟った。やんちゃ過ぎて何をしでかすか分からない半身を持つと、心の休まる時はないだろう。
(まあ、レオンハルト殿は、それすら楽しんでおるのであろうがな)
どんなにやんちゃしようとも、反抗しようとも、リュセルの動向は、すべてレオンハルトの手の内だ。その手の平の上で、見事に転がされている。
「さて、これよりいかがする? 部屋を出る事は禁じられてしもうたし」
アルティスは、リュセルとレオンハルトの関係に内心苦笑しつつ、そう声をかける。
「僕は、聖銃の調整をしたいんだケド、さすがにあんな事があってすぐには出来ないカナ」
「そうよな」
王族の訓練場を半壊させといて、すぐにその元凶たる聖銃の調整に取りかかるのはどうかと思う。
「でも必ず、リュセル兄さんの力に合わせて調整しとくから、楽しみにしててね!」
「ああ、頼むぞ」
そう言い合って、ガッシリと腕を組み合うリュセルとローウェンを眺めながら、アルティスは小さく欠伸を洩らす。
「アル?」
眠そうな兄に気づいたローウェンは、小首を傾げながらアルティスの顔を覗き込む。
「ああ、すまぬ」
「どうしたの、眠いの?」
眠るには、まだ日が高すぎるが。
「旅の疲れが出たんだろう。今日はこのまま、三人で昼寝でもするか」
長旅の疲れを見せるアルティスを気遣って、リュセルはそう提案する。
「レオンを働かせておいて、自分はのん気に昼寝など、気が引けるが……。俺の手伝いを必要としないのだから仕方ない」
新たな神子衣装の制作に携われない事を根に持ちつつそう言ったリュセルは、ふふふっと含み笑いを洩らす。
「二人共、父上が抱いて眠ってあげよう」
その言葉によって同禽する事が強制的に決まったローウェンは、喜びの声を上げる。
「わ~~い、父上、大好き!」
「我は、抱かれるよりも抱く方がよいのだが」
複雑そうなアルティスのぼやきを聞いたリュセルは、その顔に魅力的な甘い微笑を浮かべて、彼の肩を抱いた。
「たまには、いいだろう? 子猫ちゃん」
その挑戦(?)に、アルティスも妖笑で応戦する。
「ふふ、後悔するでないよ、リュセル殿」
「上等だ」
ただ昼寝するだけなのに、この二人は一体何なのか……。
挑発し合う二人の横で、ただ一人、ローウェンは、ティルが用意した(何故か)フリフリレースたっぷりの枕を抱えて歌っていた。
「お昼寝♪ お昼寝♪ 父上とアルとお昼寝~~♪」
リュセル達が仲良く三人で昼寝の用意をしている、ちょうど、その時。
「ルー……、ねえ、ルー!」
アシェイラ城天井裏。
昼間でも暗い、王族専用の抜け道にて中腰になったまま進んでいたキキョウは、前を行く青年の名を呼んだ。
「なんだ?」
人一人やっと通れるような狭い抜け道の為、彼は振り返りもせずにそう答えを返す。
「じょ、城内に侵入出来たのはいいけれど、なんでこんな風に隠れながら進まなくちゃいけないんだ?」
「仕方ないだろう? 警備の者に見咎められて、色々聞かれたらまずいし。王宮の方は万民に開かれているが、後宮の方は王族と一部の使用人以外立ち入り禁止だしね。大丈夫大丈夫、レオンハルト王子の部屋の位置は知ってるからさ」
青年の軽い返事に、キキョウは顔を引きつらせる。
「もう、この辺りは後宮の方だと思うんだけど……」
キキョウの反応など異にも返さず、青年はそう言いながら、懐から古臭い一枚の紙を取り出す。アシェイラ城内の見取り図だ。
「十年以上前のものだから少々不安だが、アシェイラ城が改築したって話も聞かないし、大丈夫だろ。ん~~、この辺りは応接室か?」
そう言うと青年は、下の様子を探る為、地図に×印のついた場所を探す。×印がついている場所は、この抜け道の覗き穴がある場所だ。○印が出入り口のある場所。つまり、天井板が外れる場所である。
この地図は、ジュリナがアシェイラ城の重要保管室にあったものを模写し、写したもの。自分自身はすべて暗記して覚えてしまったので、彼にくれたのだ。
「この抜け道を知ってる者は限られているからな。この国の王族と他国の宝主宝鍵のみ。他国の王族にすら明かされない。本当なら己が知るのはいけない事なんだ」
「でも、ジュリナは、君の身を守る為に、この事を教えたんだね」
「ああ、優しい子だよ」
そう言いながら、はしばみ色の瞳を優しく和ませた青年は、下の様子を探れる覗き穴をようやく発見する。
「お、あったあった。どれどれ……。キキョウも見てみろ」
「あ、うん」
小さな穴を覗きこんだ二人は、その部屋に人がいる事に気づいた。
「誰かいる」
「手紙では近況を伝えあっていたけれど、実際、こうして会えて、君が元気そうで安心したよ」
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肩先にかかる、艶やかな黒髪。好奇心を映しこんだ、黒々と瞬く夜の瞳。ひ弱そうに思われがちだが、その腕が、体が、意外とたくましい事を知っている。
ユリエは久方ぶりに会うカイルーズの生身の姿を目にし、嬉しい気持ちと共に、何故か少々の気恥しさを感じていた。
「カイルも元気そうで、万万歳ね!」
なんだかドキドキとしてしまい、ユリエは変な返し方をしてしまう。婚約者のおかしな返答を聞いたカイルーズは、きょとんとした顔になった。
(もーーーー、どうして誰もいないのよ! ローウェンもアルティスもどこ行ったの!?)
弟たちが王族専用の訓練場で騒ぎを起こした事実をまるで知らないユリエは、内心悲鳴を上げて二人を責める。そして、落ち着く為、何杯目になるか分からない紅茶に口をつけた。
「でも、カイエ兄さんの手紙によると、兄さんに苦労かけてるみたいじゃない。駄目よ、もっとカイエ兄さんの負担を軽減してあげないと! また、病気になっちゃうわよ」
気恥しさを誤魔化す為にそう言って顔を上げると、テーブルの向こう側のソファにいたはずのカイルーズの姿はなかった。
「え?」
驚きにユリエが目を見張っていると、彼女の座るソファが新たな重みで更に沈む。
「!?」
そうして、いきなりユリエの隣りに移動したカイルーズは、不機嫌そうに言った。
「折角二人きりなのに、僕以外の男の話しないでよ。それに、さっきから君が話す事って、サンジェイラ国の復興の話ばかりじゃん。それも大事な話だケドさ、今、僕はユリエの話が聞きたい」
「え? ぁ……、ご、ごめんなさい」
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