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第十三章 聖女の血
6-2 新たな正装衣②
しおりを挟む「…………………………。ちょっと、待て」
「はい」
まだ仮縫い段階のそれを、正装用の下着姿になったリュセルに着せつけていたルークは、いきなりの停止命令にも慌てずに従う。
「そ、そのデザイン、は?」
震え気味のリュセルに気づく事なく、ルークは返事を返す。
「剣主様のご命令通りに致しましたが。何か問題でもありましたでしょうか?」
レオンハルトが下した細かい指示通りに出来ていると思っていただけに、リュセルの強張った表情が不安を誘う。ルークは繋ぎ目としての初仕事で失敗してしまったのかと思い、少々不安になりながらリュセルの言葉を待つ。
「い、いや、なんでもない。続けてくれ」
「はい」
リュセルの返事に安心して、ルークは作業を再開した。
(こ……、これ(正装衣装)は、想像以上だ)
想像以上に、美麗である。
白地なのは前の衣装と変わらない。女神の基本色である、白、銀、金、褐色のみを使用しているのは、それが女神の子供の正装衣装である以上、変化ないのは仕方のない事だ。問題はそのデザイン。衣装の袖や裾、頭に被る被衣に施された見事な刺繍。金と銀の糸で縫われたそれは、職人の渾身の作である事が分かる程、繊細で美しいものである。
そして、リュセルを呆れさせ、現実逃避をしたくさせたのが、刺繍の更に外側、被衣、袖、裾に縫い付けられたレースだ。刺繍の模様と繋がるように刻まれた月と星。美しい刺繍の施された白銀のレースである。花を模った女性的なデザインの刺繍でない事だけが、唯一の救いだった。
複雑な着方は変わらないが、そのデザインは、前に着た正装衣装とあきらかに異なっている。
(むしろ、前のよりも女性的だ。麗しいデザインだ。あぁ、小物類もか……)
柔らかな深紅の布上に並べられた装飾具を横目に見て、リュセルはげんなりとしてしまう。
刺繍と同じ模様が彫刻された、細身のシルバーサークレット。被衣を固定する為に使われるものだ。細い鎖で繋がれたブレスレットとアンクレットにも、月と星を模った無色透明の金剛石が控え目に飾られている。
(? なんだ、この紋様)
幅広の褐色の帯に刺繍された模様だけ、他の刺繍のように月と星を模ったものではない。
まるで何かの呪いのような、文字のようにも見えてくるそれは、古代神聖文字をアレンジした魔除けだった。レベルの低い邪鬼では、近づく事も出来ぬだろう。
実は、白色をした帯紐の中には、レオンハルトの髪が一緒に編み込まれており、この衣装がただの正装でない事を表している。邪鬼と邪神の動きを警戒した、レオンハルトの防御策だった。
「少し袖の部分が短いようですが、サイズはちょうどいいようですね。着心地はいかがですか?」
まだ仮縫い段階だが、レースや刺繍など、細かい部分の出来あがっている衣装を着たリュセルを見上げ、満足そうにルークは尋ねる。
「着心地は悪くない。ただ、少し帯がきついか」
動きづらく、デザインが麗し過ぎる事を除けば、最上級の布地を使ったこの衣装は、思った以上に着心地はよい。
「それは、失礼致しました」
リュセルの言葉に、ルークは慌てて帯を緩めにかかる。
ほぼ抱き合うようにして帯を締め直しているルークのうなじが、不意にリュセルの目に飛び込んだ。
(……ん?)
花びらのような形をした、欝血痕。
それも、真新しい……。
(な、な、なななッ)
「相手は誰だッ!?」
あまりの驚きに、リュセルはつい声に出してしまっていた。
「え?」
結ぶ為に帯を持ち、リュセルの脇下に両手を回したまま、ルークは彼の肩越しにまぬけな声を上げる。
そんな相手の戸惑いを放置し、赤い髪に見え隠れる情事の痕と思しきものを凝視したまま、リュセルは考えた。
(そういえば、この人、確か恋患いしていたはずだよな。ま、ままままさか、神殿にいる初老の巫女とそんな関係に!? そ、そそそんな、せめて縁側でお茶を飲み合う茶飲み友達で止まれよ、馬鹿野郎!)
禁断の、将来有望な青年神官×初老の巫女の想像をしていたリュセルは、不意にルークの耳元に息を吹きかける。
「ッ!?」
不意打ちに、ルークは持っていた帯を取り落とし、固まる。
「な、な、なッ」
いきなりの事にリュセルから体を離したルークは、顔を引きつらせる。
(ん? これは……)
敏感なその反応を見て、リュセルは眉根を寄せて考え込む。
レオンハルトに快楽の芽を無理矢理に覚え込まされていた頃、まだ行為に慣れる前の自分に反応が似ていたのだ。少しの刺激にも耐えられず、口では拒否の言葉を紡ぎつつも兄の与える刺激を拒否し切れず、最終的には、その手管に溺れてしまっていた頃。確か、自分もこんな固い反応をしていたはずだ。(初々しいとも言う)
今となっては、レオンハルトの指も唇も拒否する事なく、兄の望みのままに体を熟れさせてしまうリュセルだが、最初は確かに戸惑い、拒んでいた。
(お相手の老巫女は、そんなテクニシャンなのか!?)
リュセルは衝撃を受ける。
「あ、あの、剣鍵様?」
戸惑いの声を上げるルークの長身を見上げたまま固まるリュセルに、他の神官達も戸惑うような顔になる。
ちょうどその時。
カチャ
僅かな音をたてて、もう一人の神子であるレオンハルトが執務室の扉を開けた。
「準備は進んでいるか?」
厳かなるその声に、慌てて神官達は礼をとる。
それに頷いて答えたレオンハルトは、正装衣装を着た弟に目を向け、満足そうに言った。
「ああ、よく似合っている。しかし何故、帯が外れているんだい?」
その言葉に、リチャードは床上に落ちた褐色の帯を慌てて拾う。
「貸しなさい」
そのまま恭しく差し出される帯を受け取ったレオンハルトは、ゆったりとした優雅な所作で、弟の腰上に帯を結ぶ。先程のルークと同じように密着した体からは、彼の纏う香水の高貴な香りが漂った。髪が長い為、うなじは見えない。見えても、リュセルが付けでもしない限り、欝血痕(キスマーク)はないだろう。
(なんて、あったりして)
リュセルはそう思いながら、兄の胡桃色の髪を掻き分け、うなじを晒し、そこを凝視する。予想通りの、欝血の痕はおろか、シミ一つない、白雪のような肌だ。
「ないな」(当たり前だ)
ボソリと呟いたリュセルの言葉を聞いたレオンハルトは、面白そうに聞き返す。
「何が、ないんだい?」
その頃には、帯は締め終わっており、レオンハルトはリュセルから体を引き離していた。
「あ~、こっちの話」
「? 私の髪で遊びたいなら後にしなさい。今日は予定が多い」
弟の言動の意味が分からないレオンハルトは、そう言ってリュセルを嗜める。
「分かった。では、この忙しさを抜けたら付き合ってくれ。お前の顔に似合う、美麗な髪型をまた考え出したんだ」
説明が面倒なリュセルは、兄の誤解をそのままに、そう答えたのだった。
「では、剣鍵様は、こちらにてサイズの微調整を。剣主様は、そちらで着付けを致します」
先程の動揺を押し隠し、冷静を装いつつ、そう言ったルークの言葉を受け、控えていた衣装担当の神官達がリュセルの周りに移動する。
「失礼致します、剣鍵様」
メジャーやマチ針、クリップのようなものを装備した彼らは、一言断りの言葉を入れると、リュセルの着た衣装の具合を調べ始め、調整が必要な場所に印をつけていく。
そんなリュセルから少し離れた場所では、先程のリュセルと同じような状態で、ルークがレオンハルトに剣主の衣装を着つけていた。その隣では、リチャードが的確な動きでそれを補佐している。いつもは変態神官丸出しな彼だが、さすがにこの場では真面目に公務を全うしているようだ。
宝主の衣装は、優美な印象を見る者に与える宝鍵の衣装と違い、凛々しく勇ましいデザインのものだった。
被衣はなく、肌の露出を抑えた禁欲的なものではなく、解放的なイメージのあるものである。袖も裾も被衣も長い宝鍵の衣装と違い、見た目的にもすっきりとしている。
リュセルは用意された、踵の低い、帯と同じ紋様の刻まれた褐色のサンダルを丁寧に履かされながら、面白くないような気持ちになる。
なんなんだ、この違いは!?
宝主とか、宝鍵とか、そんなに大切なのか!?(注※大切です)
そんなリュセルの気持ちを余所に、レオンハルトは端麗かつ、非常に格好いいデザインの衣装を着付けられていく。
(ん? でも、刺繍は一緒か)
片方だけ在る袖や、上衣の裾、その下に履いた下衣の裾に刺繍された金と銀の模様は、リュセルの衣装と同じもののようだ。
白色の下地に、片腕のみを露出した上衣。裾は長く、脛の辺りまで届いていた。長いといえど、リュセルの足首まで届く長さの裾よりは短い。下衣がある為である。レオンハルトの長い脚を覆う下衣も、上衣同様にゆったりとしたもの。唯一リュセルの衣装に似ていると思われるのは左袖だ。レースこそついていないが、袖のない右側と違い、ゆったりとした長いものになっていた。
リュセルの付ける帯よりも幅狭の褐色の帯を締め、その肩の上に、前回の衣装ではなかった褐色のマントを羽織り、右胸の上で留める。
そこでリュセルを驚かせたのは、手首を飾るブレスレットと、額に嵌められるサークレットのデザインだ。色こそ、リュセルの銀と違い、金色をしていたが、デザインはまったく同じものだった。
弟の問うような視線に気づいたレオンハルトは、小さく笑う。
「お前があまりにもうるさいからね。今回の装飾具はお揃いにしておいたよ」
いや、その前に、優美さを増した今回の衣装をどうにかしてくれ。
お前は似合ってるさ。元々、美麗な女顔な訳だし、優美な装飾具も、端麗な宝主の衣装も、似合い過ぎる程、似合っている。この野郎……。
リュセルが睨む先では、リチャードが渡した櫛を、ルークがその胡桃色の髪に入れていた。ゆっくりと丁寧に梳き、緩くみつ編みを編み、帯と同じ紋様が描かれた金具で留める。故意的に緩く編まれた為、サイドには編み込まれなかった髪がそのまま垂らされ、非常に優美で麗しい。
リュセルの為に凛々しさを抑えた衣装を仕立てたというのは、間違いはないようだ。
(俺に合わせた衣装にするのではなく、レオンに合わせた衣装にして欲しかったぞ)
つまり、宝鍵の優美なデザインに合わせるのではなく、宝主の凛々しいデザインに合わせて欲しかったという……。
「前もって測らさせていただきましたので、宝主様はサイズの微調整は必要なさそうですね」
着付けの終わった衣装とレオンハルトの体とのフィット感を調べていたルークは、そう言って頷く。
上衣も下衣も、マントの長さも、ちょうどいい。装飾具の大きさも申し分ない。
「そちらはどうだ?」
ルークの呼びかけに、リュセルの衣装のサイズ調整をしていた神官が、落ち着いた声音で返事を返す。
「ウインター神官長補佐が言われた通り、上衣の袖に少し調整が必要なのと、サークレットが少し大きいようです。他は問題ありません。上衣の裾も、被衣の長さも規定通りです。それらはこのまま、本縫いにかかってもよいでしょう」
「では、調整が必要な場所のみ頼む」
「はい、ウインター神官長補佐」
配下の神官とそう話し終えると、ルークはリュセルとレオンハルトに言った。
「お疲れ様でした。これで衣装の打ち合わせは終了です。このまま本縫いにかかりますが、何か御要望がありましたら、今の内に仰せ下さい」
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