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第十三章 聖女の血
8-1 ライサンの想い
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場所は変わり、セイントクロス神殿アシェイラ支部。
「おや、ルーク。こんな時刻にお出かけですか?」
聞こえた穏やかな声に気づき、ルークは後ろを振り返った。
「報告はしただろうが。宝主様と宝鍵様の正装衣装の最終合わせだ。お忙しいお二人だからな、今夜しか空いていないんだ。仕方がないだろう」
数名の衣装係りの若い神官達を引連れた自分の補佐役の元へと歩み寄り、ライサンは不思議そうに尋ねる。
「リチャードはいかがしました?」
いくら順調な引き継ぎを経たとはいえ、繋ぎ役の任に不慣れなルークの為に、生誕の儀の準備の間、ライサンは神官査であるリチャードを手伝いにつけていた。
「あんな変態、夜に街に出したら大変な事になるだろうが。衣装合わせだけだからな。奴は留守番にした」
目線で合図をし、他の神官達を先に行かせているルークの言葉を聞いたライサンは、少々困ったような顔をした。
「そうですか。でも、リチャードは、外に不慣れなあなたの為につけたも同然なのですがねぇ。一人で大丈夫ですか? 迷子になったら、きちんと最寄りの街内警備の騎士の詰め所に行って、名前と身分を言うのですよ。泣かないで待っていられますか?」
「こんの、馬鹿上司! ふざけた事言ってないで、仕事に戻れッ……アルターコートが待ってるだろうが!」
目の前の相手を睨み付け、激昂のまま怒鳴り散らすルークに対し、当のライサンは朗らかな笑い声をその場に響かせた。
「あはははははは~、残念、今休憩中なのですよ。大丈夫、私には優秀な付き人が付いていますからね。仕事も予想以上に大はかどりです」
ルークの繋ぎ目就任と同時に、ライサンの付き人に就任した盲目の青年。神官長補佐の仕事を軽減する為、そのような処置をとったと聞いた。
事実、セフィがライサンの付き人に就いてからというもの、繋ぎ目の仕事を合わせても、ルークの仕事量は半分に減っていた。神官長の仕事の補佐を、セフィと二人で分けて行えるようになったからだ。
それでも、あくまでも神官長補佐の任に在るのは、ルークだ。公式の場では、常にライサンのすぐ後ろにいる。ただ、通常の仕事時、ライサンの横にいる者はルークではなくなった。それだけの事。
(…………何をしんみりとしてるんだ、俺は!? こんな、はた迷惑人間の面倒を見ずに済むようになって清々したわ!)
第一、昼間一緒にいなくても……。
「ふふ。では、戻って来た時、お腹が空いているかもしれませんね。軽い夜食と暖かいお茶を用意して待っていますよ」
「…………」
最近、ルークは自室に戻る事は、ほとんどなくなっていた。寝起きは、ほぼ、ライサンの……、神官長の私室にて行っている。
「ふふ、何を緊張しているのです? 慣れないあなたの体に、さすがに二日も続けて無体な事はしませんよ」
昨夜、あの寝室で行われた事を思い出し、ルークは震えた。
創世の女神に愛と忠誠を誓った敬虔な使徒たる自分が、肉欲の虜になりつつあるのが許せなかった。しかも、それを自分に植え付けようとしているのは、神の使徒、神官の中でも高位に在る、神官長の位にいる者。それも、幼い頃よりルークの傍で兄代わりとして面倒をみてくれていた相手だ。
現在は、面倒をみる者、みられる者の立場が逆転しているが、頑なな態度を崩さない、祖父のひねくれ者の養い子を、昔のライサンは、それはもう、親身になって面倒をみていたものである。
兄代わり、幼なじみ、直属の上司。そんな相手に過ぎないとずっと思ってきた相手なのだ。ライサンは……。
そして、そんなルークの反応を見て、何を思ったのか、彼は優しい声で穏やかに尋ねた。
「私に抱かれるのは嫌ですか? 反応を見る限りは、そんな風には思えませんが」
「……ッ」
耐えきれずに、ライサンから目を逸らしたルークは、固く目を閉じる。
「おやおや。まったく、また潔癖な事でも考えているのでしょう? 何度も言いますが、あれは全然、汚くもなければ、背徳でもなく、女神に背く行為でもありません。馬鹿ですねぇ」
「なっ!」
憤りのまま、クワッと目を見開いたルークが、自分の方に再び顔を向けるのを見たライサンは、素早い動きで文句を言う為に開かれた唇を塞いだ。
「ッ」
咄嗟に唇を引いて、きつく唇を閉ざしたルークは、甘く柔らかな感触を受け入れるのを頑なに拒絶する。
「まるで、貞淑な人妻のような反応ですね」
閉ざされたルークの唇の表面に己が唇を擦りつけるような間近で、ライサンは揶揄うような言葉を発する。
「誰が、人妻だッ……ッんぅ…………」
憤りのまま口を開いたルークは、その隙をついたライサンに再び唇を奪われ、柔肉の侵入を許してしまう。それは、頑なな唇と歯の間を押し開き、その奥に眠る舌に密着し、艶めかしい動きのまま、絡みついてくる。口内の粘膜という粘膜を丁寧に漁られながら、ルークの舌はいつものように逃げ惑う。
感じるのが嫌だった。自分の浅ましさを認めたくなかった。
そんなルークの抵抗が無駄だというように、ライサンは逃れようとする舌をゆっくりと辿り、目の前の体を引き寄せ、その背に両手を回す。相手の方が背が高い為、僅かに仰向く形になる。
(ん……? やはり、これ位では駄目ですか)
ライサンは薄目を開けると、認めたくない快楽に震えるルークの背中を宥めるように撫でる。
人一倍羞恥心が強く、己の性欲を嫌悪する潔癖なこの青年が、自分からライサンのしがみ付いてくるのは、快感が己の許容量を超えた時だけだ。子供のようにライサンの名を呼びながら、泣きながら達する姿が可愛くて、ライサンの心の一番奥に在る、柔らかい黒い部分を刺激してたまらない。
普段の、一部の隙もない禁欲的な姿からは想像もつかないような壊れぶりを、ライサンに抱かれる度に見せているのだが、本人はまるで気づいていないのである。
それが愉しくもあった。
「はッ……」
そんな中、苦しげに眉根を寄せる姿に気づいたライサンは、大量の唾液を掻き出すようにして、舌を引き抜く。
「ッは、はぁ、はぁ」
ルークが途端に荒い息を吐き出すのを見てとると、呆れたように彼は言う。
「鼻で息をしなさいって、いつも言ってるでしょう? いい加減慣れませんか?」
はぁはぁと忙しない呼吸を繰り返すルークは、顔を真っ赤に染め上げたまま、ライサンを睨みつける。
「まぁ、いいです。では、行ってらっしゃい。早く帰ってきて下さいね?」
優しい声でそう告げながら、濡れた唇を右手の甲で乱暴に拭うルークの手を退け、持っていたハンカチで丁寧に拭いてやる。
そして、にっこりと笑ったライサンは、草食動物のような、無害そうな顔のまま言った。
「今夜は、ここを使わない代わりに、ここで奉仕してもらいますから」
スルリと、さりげない動きで再び体が密着し、その右手に尻の挟間を撫でられ、続いて左手で唇を撫でられる。
ルークは、驚きに目を見開いたまま、目の前の青年の穏やかな顔を凝視するしかなかった。
任務から戻った後の自分の運命の事を考えて、派出にヨロけながら去って行くルークを見送り、ライサンは不意に振り返る。
「…………」
翠緑の髪の盲目の青年が、廊下の向こうでライサンを待っていた。
「おやおや、休憩時間はもう終わりですか?」
「はい。お戻り下さい、セリクス神官長」
付き人のその言葉に、ライサンは小さく頷く。
「分かりました」
それを聞くと、セフィは軽く頭を下げて、一足先に神官長室に戻る。
「…………」
セフィの姿が視界から消えると同時に、ライサンはその顔から一切の表情を消す。そして、窓の向こう……、夜の闇の、遙か彼方に視線を向けた。
「君はまだ……」
瞳の奥に映る、忘れられない景色を思い出しながら、誰かに問いかける。
「まだ、あの日々を、覚えているか?」
問いかけ、そして問いかけた事に後悔するように自嘲した。
「俺は覚えている。ここにいる。たった一人で…………。いや、今は違うか」
神経質で潔癖な、赤髪の青年。ずっとずっと、弟のように可愛がってきたのだ。彼を見つけたその瞬間から、自分は一人ではなくなった。
初めて欲した存在。
欲しくて欲しくて、それでもずっと我慢して、やっぱり我慢できなくて。手に入れる為に、少々強引な手を使った。それ故にルークは、ライサンの求愛にかなり戸惑っているようだった。
はっきりと嫌とは言わない。肯定も否定もしないルークは、顔を真赤にしてそっぽを向くのが精一杯のようなのだ。今の関係は、友達以上恋人未満といったような形だろう。それでも、ここまで来るのに、かなりの時がかかった。完全に恋人関係になるには、もっとかかるかもしれない。
まあ、それも楽しいか。
そう。ずっと、このままでいられたら、どんなに楽しいだろう。
神殿の仲間達と、笑い合って過ごしていけたら……。
しかし
「そうも言っていられないようだ」
邪気の脅威は、すぐそこまで迫っている。おそらく、剣主と剣鍵の誕生祭の日、何かしら仕掛けてくるだろう。
剣主、剣鍵、鏡主、鏡鍵、玉主、玉鍵。
すべての女神の子供達が集結する予定なのだから、自分の出番はないとは思う。しかし、もしもの時は。
「俺達も、戦わねばなるまい」
そう……、命をかけて戦う。
それが、あの方と交わした約束だから…………。
細身の体を覆う美しい髪。
シミ一つない、なめらかな肌。
慈愛深い母のような、それでいて、傷つきやすい少女のような、見る者に懐かしさを与える不思議な美貌。
泣き濡れた、高貴な色をした大きな瞳。
彼女の発していた、芳しい不思議な香りが鼻腔の奥に甦りそうで、ライサンは目を伏せる。彼女が自分の初恋だった。最後の恋だった。そう思っていた。…………ルークに出会うまでは。出会った事に後悔はない。彼女を裏切ったとも思ってはいない。今一番大切な者は、あの、素直じゃない、ひねくれものの自分の補佐役だ。
それでも、彼女の願いとあれば、自分はまた戦うのだろう。必ず守ると、誓ったのだから。
だから、もう一度問いかけた。
「あの日々を、覚えているか?」
ここにはいない、かつての仲間に向かって。
「おや、ルーク。こんな時刻にお出かけですか?」
聞こえた穏やかな声に気づき、ルークは後ろを振り返った。
「報告はしただろうが。宝主様と宝鍵様の正装衣装の最終合わせだ。お忙しいお二人だからな、今夜しか空いていないんだ。仕方がないだろう」
数名の衣装係りの若い神官達を引連れた自分の補佐役の元へと歩み寄り、ライサンは不思議そうに尋ねる。
「リチャードはいかがしました?」
いくら順調な引き継ぎを経たとはいえ、繋ぎ役の任に不慣れなルークの為に、生誕の儀の準備の間、ライサンは神官査であるリチャードを手伝いにつけていた。
「あんな変態、夜に街に出したら大変な事になるだろうが。衣装合わせだけだからな。奴は留守番にした」
目線で合図をし、他の神官達を先に行かせているルークの言葉を聞いたライサンは、少々困ったような顔をした。
「そうですか。でも、リチャードは、外に不慣れなあなたの為につけたも同然なのですがねぇ。一人で大丈夫ですか? 迷子になったら、きちんと最寄りの街内警備の騎士の詰め所に行って、名前と身分を言うのですよ。泣かないで待っていられますか?」
「こんの、馬鹿上司! ふざけた事言ってないで、仕事に戻れッ……アルターコートが待ってるだろうが!」
目の前の相手を睨み付け、激昂のまま怒鳴り散らすルークに対し、当のライサンは朗らかな笑い声をその場に響かせた。
「あはははははは~、残念、今休憩中なのですよ。大丈夫、私には優秀な付き人が付いていますからね。仕事も予想以上に大はかどりです」
ルークの繋ぎ目就任と同時に、ライサンの付き人に就任した盲目の青年。神官長補佐の仕事を軽減する為、そのような処置をとったと聞いた。
事実、セフィがライサンの付き人に就いてからというもの、繋ぎ目の仕事を合わせても、ルークの仕事量は半分に減っていた。神官長の仕事の補佐を、セフィと二人で分けて行えるようになったからだ。
それでも、あくまでも神官長補佐の任に在るのは、ルークだ。公式の場では、常にライサンのすぐ後ろにいる。ただ、通常の仕事時、ライサンの横にいる者はルークではなくなった。それだけの事。
(…………何をしんみりとしてるんだ、俺は!? こんな、はた迷惑人間の面倒を見ずに済むようになって清々したわ!)
第一、昼間一緒にいなくても……。
「ふふ。では、戻って来た時、お腹が空いているかもしれませんね。軽い夜食と暖かいお茶を用意して待っていますよ」
「…………」
最近、ルークは自室に戻る事は、ほとんどなくなっていた。寝起きは、ほぼ、ライサンの……、神官長の私室にて行っている。
「ふふ、何を緊張しているのです? 慣れないあなたの体に、さすがに二日も続けて無体な事はしませんよ」
昨夜、あの寝室で行われた事を思い出し、ルークは震えた。
創世の女神に愛と忠誠を誓った敬虔な使徒たる自分が、肉欲の虜になりつつあるのが許せなかった。しかも、それを自分に植え付けようとしているのは、神の使徒、神官の中でも高位に在る、神官長の位にいる者。それも、幼い頃よりルークの傍で兄代わりとして面倒をみてくれていた相手だ。
現在は、面倒をみる者、みられる者の立場が逆転しているが、頑なな態度を崩さない、祖父のひねくれ者の養い子を、昔のライサンは、それはもう、親身になって面倒をみていたものである。
兄代わり、幼なじみ、直属の上司。そんな相手に過ぎないとずっと思ってきた相手なのだ。ライサンは……。
そして、そんなルークの反応を見て、何を思ったのか、彼は優しい声で穏やかに尋ねた。
「私に抱かれるのは嫌ですか? 反応を見る限りは、そんな風には思えませんが」
「……ッ」
耐えきれずに、ライサンから目を逸らしたルークは、固く目を閉じる。
「おやおや。まったく、また潔癖な事でも考えているのでしょう? 何度も言いますが、あれは全然、汚くもなければ、背徳でもなく、女神に背く行為でもありません。馬鹿ですねぇ」
「なっ!」
憤りのまま、クワッと目を見開いたルークが、自分の方に再び顔を向けるのを見たライサンは、素早い動きで文句を言う為に開かれた唇を塞いだ。
「ッ」
咄嗟に唇を引いて、きつく唇を閉ざしたルークは、甘く柔らかな感触を受け入れるのを頑なに拒絶する。
「まるで、貞淑な人妻のような反応ですね」
閉ざされたルークの唇の表面に己が唇を擦りつけるような間近で、ライサンは揶揄うような言葉を発する。
「誰が、人妻だッ……ッんぅ…………」
憤りのまま口を開いたルークは、その隙をついたライサンに再び唇を奪われ、柔肉の侵入を許してしまう。それは、頑なな唇と歯の間を押し開き、その奥に眠る舌に密着し、艶めかしい動きのまま、絡みついてくる。口内の粘膜という粘膜を丁寧に漁られながら、ルークの舌はいつものように逃げ惑う。
感じるのが嫌だった。自分の浅ましさを認めたくなかった。
そんなルークの抵抗が無駄だというように、ライサンは逃れようとする舌をゆっくりと辿り、目の前の体を引き寄せ、その背に両手を回す。相手の方が背が高い為、僅かに仰向く形になる。
(ん……? やはり、これ位では駄目ですか)
ライサンは薄目を開けると、認めたくない快楽に震えるルークの背中を宥めるように撫でる。
人一倍羞恥心が強く、己の性欲を嫌悪する潔癖なこの青年が、自分からライサンのしがみ付いてくるのは、快感が己の許容量を超えた時だけだ。子供のようにライサンの名を呼びながら、泣きながら達する姿が可愛くて、ライサンの心の一番奥に在る、柔らかい黒い部分を刺激してたまらない。
普段の、一部の隙もない禁欲的な姿からは想像もつかないような壊れぶりを、ライサンに抱かれる度に見せているのだが、本人はまるで気づいていないのである。
それが愉しくもあった。
「はッ……」
そんな中、苦しげに眉根を寄せる姿に気づいたライサンは、大量の唾液を掻き出すようにして、舌を引き抜く。
「ッは、はぁ、はぁ」
ルークが途端に荒い息を吐き出すのを見てとると、呆れたように彼は言う。
「鼻で息をしなさいって、いつも言ってるでしょう? いい加減慣れませんか?」
はぁはぁと忙しない呼吸を繰り返すルークは、顔を真っ赤に染め上げたまま、ライサンを睨みつける。
「まぁ、いいです。では、行ってらっしゃい。早く帰ってきて下さいね?」
優しい声でそう告げながら、濡れた唇を右手の甲で乱暴に拭うルークの手を退け、持っていたハンカチで丁寧に拭いてやる。
そして、にっこりと笑ったライサンは、草食動物のような、無害そうな顔のまま言った。
「今夜は、ここを使わない代わりに、ここで奉仕してもらいますから」
スルリと、さりげない動きで再び体が密着し、その右手に尻の挟間を撫でられ、続いて左手で唇を撫でられる。
ルークは、驚きに目を見開いたまま、目の前の青年の穏やかな顔を凝視するしかなかった。
任務から戻った後の自分の運命の事を考えて、派出にヨロけながら去って行くルークを見送り、ライサンは不意に振り返る。
「…………」
翠緑の髪の盲目の青年が、廊下の向こうでライサンを待っていた。
「おやおや、休憩時間はもう終わりですか?」
「はい。お戻り下さい、セリクス神官長」
付き人のその言葉に、ライサンは小さく頷く。
「分かりました」
それを聞くと、セフィは軽く頭を下げて、一足先に神官長室に戻る。
「…………」
セフィの姿が視界から消えると同時に、ライサンはその顔から一切の表情を消す。そして、窓の向こう……、夜の闇の、遙か彼方に視線を向けた。
「君はまだ……」
瞳の奥に映る、忘れられない景色を思い出しながら、誰かに問いかける。
「まだ、あの日々を、覚えているか?」
問いかけ、そして問いかけた事に後悔するように自嘲した。
「俺は覚えている。ここにいる。たった一人で…………。いや、今は違うか」
神経質で潔癖な、赤髪の青年。ずっとずっと、弟のように可愛がってきたのだ。彼を見つけたその瞬間から、自分は一人ではなくなった。
初めて欲した存在。
欲しくて欲しくて、それでもずっと我慢して、やっぱり我慢できなくて。手に入れる為に、少々強引な手を使った。それ故にルークは、ライサンの求愛にかなり戸惑っているようだった。
はっきりと嫌とは言わない。肯定も否定もしないルークは、顔を真赤にしてそっぽを向くのが精一杯のようなのだ。今の関係は、友達以上恋人未満といったような形だろう。それでも、ここまで来るのに、かなりの時がかかった。完全に恋人関係になるには、もっとかかるかもしれない。
まあ、それも楽しいか。
そう。ずっと、このままでいられたら、どんなに楽しいだろう。
神殿の仲間達と、笑い合って過ごしていけたら……。
しかし
「そうも言っていられないようだ」
邪気の脅威は、すぐそこまで迫っている。おそらく、剣主と剣鍵の誕生祭の日、何かしら仕掛けてくるだろう。
剣主、剣鍵、鏡主、鏡鍵、玉主、玉鍵。
すべての女神の子供達が集結する予定なのだから、自分の出番はないとは思う。しかし、もしもの時は。
「俺達も、戦わねばなるまい」
そう……、命をかけて戦う。
それが、あの方と交わした約束だから…………。
細身の体を覆う美しい髪。
シミ一つない、なめらかな肌。
慈愛深い母のような、それでいて、傷つきやすい少女のような、見る者に懐かしさを与える不思議な美貌。
泣き濡れた、高貴な色をした大きな瞳。
彼女の発していた、芳しい不思議な香りが鼻腔の奥に甦りそうで、ライサンは目を伏せる。彼女が自分の初恋だった。最後の恋だった。そう思っていた。…………ルークに出会うまでは。出会った事に後悔はない。彼女を裏切ったとも思ってはいない。今一番大切な者は、あの、素直じゃない、ひねくれものの自分の補佐役だ。
それでも、彼女の願いとあれば、自分はまた戦うのだろう。必ず守ると、誓ったのだから。
だから、もう一度問いかけた。
「あの日々を、覚えているか?」
ここにはいない、かつての仲間に向かって。
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