【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十三章 聖女の血

8-2 菫色の瞳の真実

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「はぁ……」

 本日何度目になるか分からないため息を聞いたリュセルは、顔を下に向けると、自分の被衣の調整をしてくれていたルークに尋ねた。

「今夜はため息が多いですね。どうしましたか?」

 心配そうな、優しいその声を聞いたルークは、慌てて頭を振る。

「いえ、な、なんでもありません。失礼致しました」

 その返事にリュセルは頷く。

「疲れているのかもしれませんね。神官の皆様は、もう就寝の時間でしょう? 俺達の予定がつかないばかりに、こんな夜遅くにお呼び立てしてすみません」

「と、とんでもありません。もったいないお言葉です、剣鍵様」

 リュセルの言葉を聞いたルークは慌てまくる。いくら、神殿に戻った後の事が気になると言っても、仕事は仕事。神官として、しっかりとこなさなければ。ルークは瞳に力を漲らせた。

 そんな風にリュセルとルークがやりとりをしているすぐ傍では、同じようにレオンハルトが、他の神官達の手によって宝主の正装に着替えさせられていた。

 場所はこの前の執務室ではない。城の中にある、祈りの間の一つ。神殿の大聖堂のように大きくはないが、女神像も配置された、本格的な聖堂である。その上、リュセル達が試着する場に選んだここは、城の奥にある王族専用の祈りの間だ。朝と晩、リュセルやレオンハルトはもちろん、ジェイドやカイルーズも、短い時間ではあるが、王国の繁栄と一日の無事を女神に祈っている。

 他にも城内には祈りの間は存在するが、そこは一般に公開されていて、市民や城に勤める使用人達の祈りの場となっていた。神官のように長い祈りを捧げる訳ではないが、それは人として当たり前の事だった。祈りの間に行く余裕がなければ、朝食前と就寝前に祈る者もいる。女神への信仰が、この世界の理のすべてだからである。

 しかし、何故ここ(祈りの間)で試着する事になったかというと……。

「おお~、やっぱり、神聖なる女神像の前で見ると違うねぇ。うふふん、綺麗だよ、リュセル」

 このお方、ジュリナが駄々をこねた所為だった。

 二人が着替えている間、エリザベスを肩車してグルグル回って遊んでいたジュリナは、着替えが終わった途端、まるで値ぶみするようにリュセルとレオンハルトをジロジロと眺め始めていた。

「綺麗ですわ、リュセル様。素敵です、レオンハルト様」

「こ、光栄です、ティアラ姫」

 婚約者の邪気のない瞳で、真心を込めて褒められては、リュセルは何も言えない。だが、婚約者の姫君に綺麗と言われたリュセルの男心は本当に複雑怪奇だ。

 そんなリュセルの心を読んだのか、ニヤニヤと笑いながらジュリナは言う。

「いいねぇ、そのレース。綺麗に仕上がってるし、模様も美しいよ。それにしても、お前ら、そうやって並んでると、新郎新婦みたいで笑えるな! あはははははっ」

 場所も祈りの間で、教会に造りが似ているし。

「そのまま、結婚してしまえよ! そうすれば、ティアラをやらなくて済むし」

 それが本音か。

「ジュリナ殿ッ!」

 止せばいいのに、ジュリナの軽口にリュセルが反論しようと口を開きかけた瞬間

「……………………」

 動きが止まった。

「……?」

 口を開きかけたまま動きを止めたリュセルに、ジュリナが怪訝そうな視線を向ける。

「リュセル?」

 様子のおかしな弟に気づき、レオンハルトが声をかけると

「レティシア」

 そう、言った。

 明らかに様子がおかしかった。

 感情の起伏のない平坦な声。リュセルはまっすぐに前を見たまま、レオンハルトやジュリナが傍で自分を凝視している事にもまるで気づいていない。

 そんな様子を、レオンハルトは前にも見た事があった。

「リュセル!」

 兄の焦ったような声を聞くと同時に、リュセルは言葉の続きを紡いだ。

「レティシア・サンジェイラ。この者の命の灯が、今まさに消え往こうとしておる。しかし、彼女はまだ、死す運命(さだめ)に在らず!」

 そして、驚きに目を見張るティアラへと目を向け呼んだ。

「ティアラ!」

 それだけですべてを察した女神の娘は、胸元に手を添えて、息を大きく吸い込んだ。

 旋律を奏でる為に。


 ”愛し子達よ”


 祈りの間にティアラの可憐な詩声が響き渡り、祈りの詩が発動された。リュセルはその詩の力を頼りに、意識をサンジェイラへと飛ばす事に成功したのだった。



*****



 その夜、サンジェイラ城内にある一室で、一人の女性が息を引き取ろうとしていた。控え目に笑う姿が印象的な、誰にでも優しい女性だった。彼女にかかると、どんなに頑なな者の心もすぐに開かれたものだ。

 暴君だった前王には、もったいない程の伴侶だった、レティシア元王妃。

 寝台の上に力なく横たわった彼女の顔色は悪く、瞼は力なく閉じられていた。段々と弱まっていく脈拍に、王宮典医も匙を投げたのだった。

「母上……、母上」

 サンジェイラ城に帰城してからというもの、一時も休まず母の傍にいたアルティスは、悲しい声で母を呼び続ける。また名前を呼んで欲しくて、自分を見て欲しくて。離れて行って欲しくなかった。まだ傍にいて欲しい。

 長い寿命を持つ女神の子供であるという事実以前に、通常、親とは子よりも先に逝くものだ。それは仕方のない事。

 でも、こんな……、こんな亡くなり方は酷過ぎた。

 アルティスの横でレティシアの青白い顔を見ていたローウェンの視界がぼやけてくる。涙があふれて止まらない。

「レティ……、逝かないで」

 泣きながらそう訴えたローウェンの周りでも、すすり泣く声がいくつも聞こえる。

 アサギを始め、レイン、シオン、スカイ、イズミ、ツバキ、サクラ。上の王弟、王妹を筆頭に、他の弟妹や前王の側室達まで。王族一同がここに集まっていたのだ。そして部屋の外、扉の前にはマーリンが控え、静かに涙を流していた。

 どんなに彼女が愛されていたか、集まった彼らの顔を見るだけでよく分かる。一様に泣き濡れた顔。でも、ローウェンは知っていた。一番辛いのは、アルティスだと……。それは、母親を亡くした経験のある者にしか分からない。悲しくて悲しくて、どうにかなってしまうんじゃないかと思うくらい悲しくて。ローウェンは涙を拭いながら、レティシアの手を握るアルティスの手に自分の手を重ねた。

「死なないで、レティ。お願いだよ」

 そう呟いた時だった。


 ー無駄だよ、その女は今夜死ぬー


 無邪気に響く、少年の声を聞いた。

(ッ!?)

 無邪気な中に潜む、邪悪な魂に気づいたローウェンの背筋に、ゾクリとした寒気が走った。

「アル?」

 母の手を握ったまま動かない兄。それは、他の者も同じ。

「まさか、時が……止まっている」

 ーそう、やっぱり君は頭がいいねー

「誰!?」

 再び響いた声に、ローウェンは即座に立ち上がる。

 声の主は姿を現さない。声はするのに、姿は見えなかった。

 ーそっちの目を隠しているから見えないんだよー

 そんな言葉と共に、ローウェンの左目を覆っていた漆黒の眼帯の紐が切れ、落ちる。

 一気に視界が開けたローウェンは、いきなり目の前に現れた少年の姿に驚いた。

 ーやあー

 蒼と菫、左右非対称の色の瞳を見開いて自分を凝視するローウェンを真っ直ぐに見つめ、少年は人懐っこく笑う。

 自分とそう変わらぬ年齢の少年。闇のように暗い色をした髪は肩先を流れ、白色の肌はまるで雪のよう……。
 恐ろしい程に邪悪な、暗黒の美貌を有する少年は、紫電の色をした両の瞳を猫のように細め、嬉しそうに言った。

 ーその、左の目。見えざるモノを見通す瞳。それでしか僕の姿は見えていないんだよ。姉上が僕を忘れていない大事な証ー

「じゃ、邪神、スノーデューク」

 ローウェンは本能的に目の前の少年の正体を悟り、恐怖に顔を引きつらせた。

 ーそんな顔しないでよ。ショックだなぁ……。君はもしかしたら、今回の僕の器になったかもしれなかった子なのにさー

「器?」

 ーそう、闇の贄。僕が今の体を捨てた後、その体を捧げる者の事。邪混鬼たるセフィランという器がなかったら、また三千年前のように僕の瞳を受け継ぐ姉上の子を養子にして、僕の器にしただろうからねー

「養子……って」

 おうむ返しに呟く事しか出来ないローウェンに向かい、邪神は無邪気に告げる。

 ー僕の血を注いで僕の子供にするんだよ。僕の目を持つ子供にのみ、それは出来るんだ。だから、もしかしたら君は、僕の子になってたかもしれないんだよ。ローウェン、可愛い姉上の子ー

 そう言って額を合わせ、菫色をしたローウェンの左目を覗きこんだ邪神が次に何か言おうとした時。

 ーローウェンに触れるな!ー

 聞き慣れた青年の声と共に邪神の体は吹き飛んだ。

「リュセル兄さん!?」

 宝鍵の正装衣装だろう。純白の神子の衣装に身を包んだリュセルが、ローウェンとスノーデュークの間に立ちふさがっていた。

 ー姉上!ー

 ローウェンを庇い、剣呑な眼差しを向けるリュセルとは対照的に、スノーデュークの瞳は喜色に緩む。

 ー去れ、スノーデューク。この子に触れるんじゃない!ー

 リュセルの怒声に対し、スノーデュークは不思議そうな顔をする。

 ーどうして? その子は、僕の子になったかもしれない子だよ。何故、可愛がっちゃ駄目なの?ー

 その言葉を聞き、リュセルは緩く頭を振る。

 ーわらわは、もう……、もう、あのような残酷な真似は許さぬぞー

 リュセルの口調と女神の口調。本人意識していないのだろうが、混乱のあまりごちゃ混ぜになってしまっていた。

 ー折角、夢以外で会えたのに。相変わらず冷たいね、姉上。ひどいよ。その夢だって、剣主の坊やが邪魔をして会えなくなってしまっているのにー

 レオンハルトと共に休んだ時だけ、最近悪夢を見ない。やはり、自分に無断で何かしてくれていたのか。
 リュセルは今ここにいない、己が半身から力を分けてもらっているような気がして、瞳に力を込めてスノーデュークを見据える。そうして、愛しさに胸が痛くなるような女神の感情を抑えて息を吐き出した。

 ーもう一度言う。二度とこの子に手を出すな。これ以上の干渉は許さぬ。去れ、スノーデューク!ー

 女神とリュセルの声が一緒に放たれたような気がして、ローウェンは驚きに息を呑んだ。

 ー…………必ず、姉上は僕のものになるんだからー

 悲しげなそんな声と共に、スノーデュークの姿は、その場から霧のように掻き消えたのだった。



 ー………………ふぅ、は~~、あ~、しんどいー

 スノーデュークが去った後、リュセルはそうぼやきながらその場に両膝をつきうずくまった。

「リュセル兄さん……」

 ローウェンの呼びかけにも答えず、リュセルは顔を上げずに肩を震わせる。泣いているのだ。

「どうして泣くの?」

 その問いに、腕の中に顔をうずめたまま、女神が答えた。

 ー悲しいからじゃ、吾子ー

「愛しているから、悲しいんだね。……母様」

 ローウェンはそう呟くと、リュセルの隣りにしゃがみこみ、半透明なその頭を優しく撫でる。

「意識だけきちゃったの? リュセル兄さん」

 体が半透明なのはその所為だろうと、不意に思いついたローウェンがそう尋ねると、リュセルはあっさりと顔を上げた。

 ーああ、まあなー

 涙の跡はあるが、あっけらかんとしたその顔から、女神の嘆きは綺麗に消え失せている。

「なんだかリュセル兄さん、今、かなりややこしい状態だねぇ」

 愛している弟神を想い、女神は泣くが、レオンハルト一筋でスノーデュークの事などなんとも思っていない(ひどい)リュセルは、大切な娘(設定)のローウェンに手を出されて、逆に怒っているようだ。

 ーまあな。しばらくすれば、母上も落ち着くさー

 自分の事、女神の事を完全に割りきってしまっている様子のリュセルは、同じ魂であろうとも、レイデュークを別の者として考えている。

 泣き虫で、少女のように繊細な母神。もう泣いて欲しくないが……。

 ポロポロポロ

 リュセルの意思に関係なく、涙がこぼれる。

 ーおのれ、スノーデューク。覚えてろよー

 泣きながら毒づくリュセルに、ローウェンは状況も忘れて笑ってしまった。そんなローウェンに目を向けた後、リュセルは小さく微笑んで立ち上がる。

 ーローウェン。多分、ここで俺の姿が見え、声が聞こえるのはお前だけだー

「うん」

 泣きながら真剣に話すリュセルを見つめたまま、ローウェンは緊張しながら小さく頷く。

 ー今、命の灯が消えようとしているレティシア元妃。彼女の運命(さだめ)は、本来ここで終わるはずではなかった。スノーデュークとサイレンの手によって、ねじ曲げられてしまったものなんだよー

「そんな……。何とかならないの!? リュセル兄さん!」

 そんな事、あっていいはずがない! ローウェンは真剣な表情でリュセルの長身を見上げた。

 ーうん、そうだな。では、ローウェンー

 リュセルはそう言うと、ローウェンの頬を両手で挟み込む。そうしてゆっくりと身をかがめると、少年の滑らかな額に、神紋の鈍く光る己の額を合わせた。

 ー俺の代わりに詩ってくれー

 その言葉を最後に、ローウェンの視界は、眩い白銀の光に埋め尽くされた。



(あ……ッ)

 白昼夢から覚めたような感覚で、ローウェンは目を瞬いた。

「母上、母上……」

 隣では、悲しげな声で自分の半身が母を呼んでいる。

「レティシア様……」

「レティシア様ぁ」

 周りから聞こえる、兄弟達の泣き声。

 今のは、夢?

 しかし、先程までの事が夢でない事は、自分の膝の上に落ちた漆黒の眼帯が物語っていた。鋭利な刃物で切られたかのように、紐が切れてる。邪神に切られたものだ。では、リュセルの言葉も夢ではないはず。

 必ず、呼び戻す。

 絶対、死なせない!

 ローウェンは立ち上がると、腹の前で両手を組み、大きく深呼吸をする。そして、輝く両の瞳を前に向けた。
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