【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十三章 聖女の血

9-1 女神の力の在りか

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「ロー?」

 急に立ち上がったローウェンを不思議に思い、アルティスは涙のにじむ瞳を弟に向ける。その視線の先、ローウェンは真っすぐにレティシアを見つめ、あらわになった両方の眼差しを前に見据えていた。

 いつも眼帯の奥に隠されていた、忌色の瞳。それが晒されている事に、悲しみにくれる他の者は気づかない。アルティスが驚きに目を見開くその先で、同化もしていないのに、額に神紋を輝かせた弟は大人びた口調で言う。

「大丈夫、アルティス。こんな事で、レティは絶対に死なないから」

 そう宣言すると同時に、小さな唇を精一杯に大きく開き、その場に神の旋律を響かせた。


 ”愛し子達よ”


 変声期前の、少年期の短い間にしかにしか聞けぬような、涼やかなボーイソプラノ。いきなり響いた素晴らしい詩声に、その場にいた者達は皆一様に驚きに目を見張る。

 
 ”その目に映るは未来という光のみ
 その魂は石のごとく揺るぎがない

 光と闇の祝福を受けしその心”


 懐かしく、それでいて神聖的で、自分達の魂を揺さぶる母の詩。

 聖母の旋律


 ”彼らが戦うは

 尊いものを守るため
 愛しいものを救うため”


「ロー、ローウェン! まさか、これが……」

 祈りの詩なのか!?

 何故、どうして、ローウェンがそれを詩えるのか。アルティスは混乱しつつも、詩う半身の姿から目が離せない。


 ”身を焦がすような闇の渦
 悲哀をともなう心の痛み

 彼らが挑むは酷なれど
 希みは決して絶たれはしない”


「あ、あ……あああああぁぁ」

「う、ヒック、うううぅ」


 愛おしい、慕わしい、懐かしい。何に対する思慕なのか分からぬまま、皆、その場に膝をつき、頭を床に擦りつけるようにして下げて涙を流す。

 そんな中。

「ぅん……」

 レティシアの瞼がわずかに震えた。

「母上!」

 それに気づいたアルティスが、レティシアの手を握り、その顔を覗き込む。


 ”愛し子よ 愛し子よ

 我が詩声は風となる
 お前達を守る光となる為

 我が心は共にある
 お前達を導く影となる為”


 ローウェンは、大きく両手を広げて詩う。願いを形にする為に。


 ”愛し子よ 愛し子よ

 共にありし我が想い
 万物に宿りし我が祈り

 そは彼らの為に在る
 そはお前達の為に在る

 あの子の為に奏でし祈りの詩”


「…………アル?」

 弱々しい掠れた声で紡がれた声に、アルティスは泣き笑いを浮かべる。

「母上……」

「泣いているの? 私の可愛い子」

 頬を撫でる優しい母の手から感じる温もり。アルティスは静かに泣きながらそれに縋った。


 ”喜びも悲しみもすべて忘れ
 我が腕で眠れ 愛し子よ”


 それを見届けたローウェンは、安心して詩を終わらせる事が出来たのだった。


「レティ……」

 詩い終えると同時に、ローウェンはぼんやりとレティシアに呼びかける。

「ロー。あなたも……、泣いているのね」

 おいで。と伸ばされる痩せた腕の中に飛び込む前に、ローウェンの細い体がグラりと揺れた。

「ロー!」

 咄嗟に立ち上がり、ローウェンの体を抱きとめたアルティスは、力が抜け、完全に意識を手放した状態のローウェンの頭を膝の上に抱える。

 息もある。脈もある。ただ、意識が完全にない。

 レオンハルトやジュリナに聞いた、祈りの詩を詩い終えた後の、リュセルとティアラの状態と同じだ。

「ロー。お主が、母上を救ってくれたのだな」

 アルティスは震える声でそう呟くと、力の抜けた半身の体を強くその胸に抱き締めた。







 目の前に、傾国の美貌。


 リュセルが目を開けると、眼前に広がったのは、滴るような色香を醸す、実兄の顔だった。

「レオン」

 呼びかけると、目に見えてレオンハルトが安心したように息を吐く。

 場所はまだ、祈りの間。リュセルは宝鍵の正装衣装のまま、その場に跪いた兄の膝の上に頭を乗せている状態だった。サンジェイラに意識を飛ばしている間、器の体の方は、あのまま倒れ伏したのか。

「ティアラ姫は?」

 この場に祈りの詩の詩声を響かせたであろう、ティアラの事を心配して尋ねながら身を起こすと、レオンハルトが視線で彼女の位置を示す。ジュリナの腕の中、横抱きに抱えられ、意識を失っている美姫の姿が見えた。

「リュセル。あの、邪神の言葉の意味は」

 レオンハルトの問いに、リュセルは兄の、その滑らかな白い頬に手を添える。

「やはり、見えていたんだな。サンジェイラの光景。さっきの出来事が……」

 金色に輝く、気高い瞳。

 同化をせずとも、レオンハルトは半身の目を通して、ここではない場所の光景を見つめていた。邪神と相対し、それを打ち払うリュセルを、なすすべもなく見つめている事しか出来なかったのだ。

 いくら、宝主と宝鍵。

 二人で一人の、唯一無二の関係であるからといっても、視覚だけとはいえ、何故意識体となった半身について行く事が可能だったのか。

 ずいぶんと前に、ジュリナが言った言葉。


 ー同化率が高すぎるな、お前達。ー


 同化を解き、自分の体に戻る時の、あの違和感。まるで、再び魂が分たれてしまったかのような、あの苦痛。

「は……、あははははは、そうか…………、そうだったのか、レイデューク」

 力なく笑うリュセルの言葉に、母神からの答えはない。答えがない事こそが、その事実を肯定している事になった。

「知っていたのか? お前は。いつ……、いつ気づいた!?」

 リュセルの問いに答えず、レオンハルトは宥めるようにその背を撫でる。

「彼女の意識と心は俺の中に。では、彼女の力は? 神の力は、一体どこにある!? 祈りの詩を含め、俺が今まで使用してきた力。それは、彼女が宝鍵としての能力を最大限に引き出したに過ぎない」

 歴代の宝鍵達が、その能力をどれ位使いこなせていたかというと、本来の能力の半分にも満たない程度のものだ。女神の子供であるが故の、それは限界だった。いくら神の子でも、神に在らず。リュセルが100%、その能力を使う事が可能なのは、彼が女神の記憶を持つ生まれ変わりだからだ。

 レオンハルトに詰め寄り、その顔を凝視しながら、リュセルは叫ぶ。

「レイデュークの力は、一体どこにあるんだ、レオン!?」

 世界の創造、破壊。

 それを可能にしてしまうような、”女神の力”。

「母上……。レイデュークは、人としてこの世に生を受ける時、どうしても魂を二つに分ける必要があった。神の力、記憶、心。それらは大き過ぎて、人の身に移す事は不可能だったからだ。その為、魂を分離させ、それらを分散させたのだ」

 初めて聞くその話の内容に、ジュリナは声もなく立ち尽くし、リュセルは予想通りの事実に、固く目を閉じる。

「先に”力”のみを、産まれ往く己が子に移し、後から”記憶”と”心”を次に産まれようとする子に移した。だから、お前は女神の想いと共にあるのだ、リュセル」

「なら……、女神の力は、まさか」

 言葉を返さぬリュセルの代わりに、ジュリナが呆然と尋ねる。


「そう、”女神の力”は、私と共に在る」


 自分の胸元に右手を添えてそう言ったレオンハルトは、静かに語った。

「ただ、それを使う事も、制御する事も出来ぬ。魂の片割れである、お前なしではな」

 創世の女神レイデューク。

 その力の強大さ、尊さは、彼女の記憶を持つリュセルならば、よく分かる。

 人智を超えている……。

「いつ、知ったんだ?」

 乾いた声で尋ねたリュセルに、レオンハルトはゆっくりと顔を傾けた。静かに重なった唇が、静かに離れるのを感じる。

「ヒューマンの、叛逆事件時。あの邸で、お前が死んだと思い、力を暴走させた時だ。自分の中に存在し、自分の管理外にある力に気づいたのだよ。どんなに使おうとしても、自分では使う事が出来ない得体の知れぬ力」

 その時は、それが神の力である事に気づきもしなかった。気づいたのは、リュセルが女神の生まれ変わりだと分かってから……。

 まるで、パズルのピースが当てはまるが如く、すべてを知り、悟った。

 子供の頃。リュセルを異世界に送る事が決まった夜、呆然自失状態にあった自分の前に、まるで幻のように現れた女神。彼女から受けた口づけと、謎めいた言葉の意味。


 ーレオン。お前とリュセルは、例え分たれていたとしても根は一つ。いずれ、一つに還るが運命(さだめ)。魂を分けたのは、わらわの弱さの所為じゃ。その痛みはわらわの罪。どうか許しておくれ、吾子ー

 ようやく、その意味を悟ったのだ。

「何故、黙っていた?」

「まだ話す、その時期ではなかったからだ」

 弟の問いにそう答えながら、顔を伏せるレオンハルトの表情に気づいたリュセルは、その頬に手を伸ばす。

「泣くな」

 リュセルの言葉を耳にしたレオンハルトは、ゆっくりと目を見開く。その瞳は乾いていて、涙の痕は一欠片もない。それでも、兄の背に腕を回し、引き寄せながらリュセルは繰り返した。

「泣くなよ、兄さん」

 それに、一瞬だけ、泣き笑いのような表情を浮かべたレオンハルトは、そのまま、自分の半身の体を掻き抱く。

 ああ…………

 そうか。

 こんなにも、心が寄り添うのは

 本当に、元々が一つだったからなんだ。

 支え合う為に、別れて産まれた。

 人の身に、神の魂は大き過ぎるとか、そんなのは、ただの言い訳に過ぎない。

 レイデュークが、魂を分け、惹かれ合わせた理由。

「ただ、母上は、寂しかっただけなんだな」

 リュセルはそう呟きながら、涙の滲む銀の瞳で、愛しい世界を見つめていた。

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