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第十三章 聖女の血
9-2 セフィランの決意
しおりを挟む「レオンの”力”と同じ、俺の”記憶”の方も、封印がかかっていて、すべてのレイデュークの記憶を覚えている訳じゃない。でも、先程のスノーの精神体との邂逅により、この出来事の始まりの記憶が流れ込んできた」
レオンハルトに支えられながら立ち上がったリュセルは、顔を強張らせた状態のジュリナに、せつないような、悲しいような、寂しい瞳を向ける。
「始まり……」
表情と同じように、強張った声でおうむ返しに繰り返すジュリナにリュセルは頷く。
「俺達の生誕の儀の前、おそらく、ローウェンとアルティスは、アシェイラに戻るはずだ。その時話す。レオンにも」
静かにそう告げるリュセルの銀の瞳を見返したジュリナの瞳が、不意に不敵に揺れる。
「長い話になるんだね。上等だ、途中で寝ないように気をつけるよ」
そう言いながら、今度は幼なじみに視線を移す。
「な~に、神妙な顔してんだい! 似合わないよ、止めとけ止めとけ、さっさといつもの仏頂面に戻りな」
ジュリナの軽口にレオンハルトは目を見張った後、クスリと小さく笑う。
「お前には、敵わんな」
重大な事実と、自分達の真実を知っても尚、変わらぬ彼女の在り方に、リュセルもレオンハルトも救われる。
それはきっと、他の同胞達も同じだろう。彼らとなら、すべてを乗り越えられる。すべてを知っても、前に進んでいける。光り輝く未来を見つめられるのだ。
「な~に、今更気づいてるんだい」
そう言ってウインクをしたジュリナは、部屋の隅で涙を流しながら深く頭を下げる神官達の姿に気づく。ティアラの詩った、祈りの詩の影響で、呆然自失状態にあったのである。
「あちゃ~~~~、あっちも何とかしないといけないねぇ。お前達は、動きにくいその衣装、さっさと脱いじゃいな」
ジュリナはそう言いながら、床に敷いた自分の上着の上にティアラの体をそっと横たえると、神官達の元に歩いて行き、その状態を見る。
「あ~、よしよし、もう泣くんじゃないよ。男の子だろう?」
涙でグシャグシャになった赤髪の神官長補佐の青年の顔を、持っていたハンカチで拭ってやる。大の男の泣き顔など、見苦しいだけであるが、原因が原因なだけに、無下に出来ない。
「リュセル、私の”力”を得るのが怖いかい?」
ジュリナが神官達を介抱するのを眺めていたレオンハルトは、隣に立つ弟にそう問いかける。
「お前は? 俺の”記憶”を知るのが怖くないか?」
レオンハルトは、小さな子供が母の手を探すような頼りなさで、リュセルの手を握った。
「怖いさ。しかし、一人じゃないからね」
兄の言葉にリュセルは頷く。
「ああ、俺もだ」
そう言いながら、握った手を強く握り返す。
神族であるレイデュークは、記憶も心も力も、すべてが大き過ぎて、神子でありながらも人でしかない者には、畏れを抱かせるには十分だ。でも自分達は、お互いの存在があるし、ジュリナのような頼もしい同胞もいる。
「乗り越えよう、絶対。俺はこの先も、お前と生きていきたい」
弟の言葉に、ゆっくりと目を閉じたレオンハルトは頷いた。
「ああ」
同じ思いだった。
この先も、ずっと。
自分達の肉体が終わりを迎える、その時まで。
魂が再び女神のものに戻る、その時まで。
閃光のような一瞬一瞬を、大切に生きたい。
その為に、戦おう。
世界を守る為、人々を守る為。
そしてあの、悲しい神を救う為に……。
(スノー……)
女神の嘆きの声が、耳の奥に鳴り響いていた。
*****
「決行は、剣主と剣鍵の生誕の儀の時にします」
セフィは自室の洗面室にある鏡に向かいながら、そこに映る金髪の美丈夫、サイレンの言葉を聞いていた。
「十日後か」
紫電の瞳を真っすぐに、鏡の向こうのサイレンに見据えながらそう答えたセフィは、すぐに問いかける。
「人数は?」
「四人。私とクロードとエルヴィス。それと、彼を連れて行きます」
穏やかな声でサイレンが上げた名。それは邪鬼の中でも力の強い邪鬼達。まさに、邪神の腹心。確実に片をつけるつもりで、アシェイラ城を攻めるのだ。
「あいつを連れて行くのか?」
邪鬼の幹部とも言うべき者達の名の後に続いた、”彼”という言葉にセフィは興味を示す。
「はい。アシェイラ城内に侵入し、結界を破壊し、ルカイナの血を手に入れる事が出来る唯一の者ですからね。ふふふ、サンジェイラの結界を破った腕前は見事でしたよ。さすがに、女神の玉の破壊までは出来なかったようですが」
いつも以上に饒舌なサイレンに対し、セフィは呆れ顔で皮肉を言った。
「どうしたんだ? 今日はいつも以上にうるさいな」
それにも、サイレンは笑顔で応じる。
「そうですか? きっと、嬉しい気持ちが出てしまっているのでしょうね」
ウキウキしているサイレンとは対照的に、セフィの気持ちは大きく沈み揺らぐ。
何故なら
「もうすぐマスターが復活なされる。嬉しいでしょう? あなたも、その体を捧げる日が近いという事ですよ。マスターの為に死ねる。なんと貴い、最上の喜び。出来る事なら代わりたい位です」
鏡の向こう側でうっとりとした恍惚の表情を浮かべるサイレンを見つめ、セフィは思っている事と真逆の答えを返す。
「ああ……。嬉しいさ」
そう言いながらも、考える。
殺すしかない…………。
邪神の復活を阻止し、自分が生き残るには、最後の聖女を葬るしかない。目覚めの鍵となる聖女の血は、生き血でなければならない。死人の血では何の効力もないのだ。
ルカイナを殺せば、自分は助かる。
現代の女神の子供の代での邪神復活は、まず、ありえなくなるだろう。そして、今の器は邪神の魂を支え切れなくなり、消滅するはず。邪神の器がたくさんの眠りを必要とし、一定の時間しか活動が出来ないのは、その力の大きさ故だ。
強大な力を受け入れるには、あの体は脆過ぎる。だが、次代の器である、邪鬼との混血であるセフィも似たようなもの。それ程、神の魂は強大なのだ。
セフィの体を器としても、長い眠りと短い覚醒を繰り返し、いずれ同じように限界を迎えるだろう。そして、その間に、サイレンは再び邪混鬼を誕生させようと、実験を繰り返す。
(そして、邪混鬼が産まれなかったら、女神の子供より忌色を持つ子供を見つけ出し、器とするのか)
何代かに一人、不意に現れる”忌み子”。
サイレンはその子供を狙い、いつでもその身を攫えるよう、必ず監視してきた。今回、忌み子である玉主が狙われなかったのは、忌み子よりも邪神の器に適している闇の贄の確保に成功していたからである。つまり、セフィがいなかったら、今回、邪神の器とされたのは、ローウェンだったに違いないのだ。
女神の弟神への忘れ得ぬ情は、己が子を不幸に突き落とす。
そう……、三千年前のように。
セフィは今回重要な役目を負うであろう青年の姿を思い出し、言った。
「あいつは、裏切る事はないのか?」
足元にまで届くような蒼い髪の、顔半分を仮面で隠した青年。
セフィの問いを聞いたサイレンは、その顔に美しい微笑を浮かべる。
「大丈夫。目的を達成するまでは、彼は私達の味方です。裏切る事は、まず、ありえません」
では、あの青年を味方につけて、ルカイナを殺そうとするのは、やはり無理か。
(最初に戦う事になるだろう)
あいつの目的が、ルカイナの……、聖女の血である限り、聖女の死を望む自分の前に立ちはだかる。
「セフィラン。では、当日は手はず通りに、真っすぐにマスターの元に来て下さいね。剣主と剣鍵の生誕の儀の日、あなたの剣鍵監視任務を解きます。早く帰ってらっしゃい」
その言葉を最後に、鏡の向こうのサイレンの姿は消え、鏡はセフィの姿を映し出す、本来の役目を果たす事になる。
「ルカイナ」
ルカイナ・ディエラ。現代の鏡主と鏡鍵の母。最後の聖女。最も、血の濃い者。
「必ず、殺してやる」
セフィは血がにじむ程強く両手を握りしめ、紫電に輝く瞳を鏡の向こうの自分に向けていた。
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