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第十三章 聖女の血
9-3 三千年前の悲劇
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その日は、雨だった。
比較的晴れの日の多いアシェイラ国では珍しい事だ。
「明日は晴れるといいね」
窓の外の雨空を見上げながら、ローウェンはそう言った。
「とうとう明日か。準備はもういいのかい?」
ローウェンの後ろでは、ティアラと共にソファに腰かけたジュリナが、向かいのレオンハルトにそう尋ねている。
「ああ、すべて終了した。後は当日を迎えるのみだ」
レオンハルトはいつものように、優雅に紅茶を飲みながら答えている。
「ローウェン、早くこっち来いよ。ティアラ姫の作ったタルト、本当に美味そうだぞ」
その隣でティアラがタルトを切り分けるのを手伝っていたリュセルは、そう言ってローウェンを呼ぶ。
「わ~い、嬉しいな~~~~っ!」
ローウェンの意識は窓の外の天気からテーブルの上のおやつに一気に移り、アルティスの手を引いて小走りに同胞の待つソファに向かう。
「ほら、ローウェンのは一番大きなやつだぞ」
「ありがとう、父上! 大好き!」
リュセルの背中に抱きつき、その頬にお礼のキスをする。
「はっはっはっ、甘えん坊め」
ローウェンの父親になりきったリュセルは、大らかに笑いながら娘(設定)の頭を撫でる。
「はい、アルティス。あなたの事を考えて、甘さは控えめにしましたの」
にこやかに笑ったティアラは、ローウェンと共にソファに腰を下したアルティスにタルトの乗った器を渡す。
「ああ、すまぬ。お気遣い痛み入る、ティアラ姫」
リュセルとレオンハルトの生誕の日を翌日に控えた日。
初めて、現代の女神の子供が同じ場に集結した。
レオンハルトの自室でお茶会を開きながら、ティルもクマ吉も下がらせ、純粋に同胞だけが集まったのだ。
「レティシア元妃の具合もいいようで、安心したよ」
ティアラお手製のタルトを豪快にムシャムシャと食べながらそう言ったジュリナに向かい、アルティスは礼儀正しく頭を下げる。
「心配をおかけしてすまなかった、ジュリナ殿。もう床を上がれる程に回復した故」
「そ~そ~、レティが言ったんだよ! ”私の事はもういいから、アシェイラに戻りなさい”って」
奇跡的な程、高スピードで回復を遂げたレティシアは、母元を離れる事に難色を示したアルティスをそう言って説得した。
「アサギ兄上筆頭に、皆がついていてくれておるから大丈夫であろう。王都の結界も張り直したしな」
邪鬼の侵入を許し、破壊された結界は、完全に修復した。
「そうか」
アルティスの言葉に安心したように頷くと、リュセルは飲んでいた紅茶をソーサーに戻す。
「では、話そうか」
事の発端を。始まりの話を。
その言葉を聞き、皆一様に緊張の面持ちでリュセルを見つめる。ティアラもアルティスもローウェンも、三人には前もってジュリナが真実を話していた。
リュセルとレオンハルトの真実。女神の魂が分たれた、生まれ変わりだという事を……。
リュセルのみが女神の生まれ変わりと信じて疑っていなかった三人は驚愕こそしていたが、ジュリナと同じようにそれをすぐに受け入れた。
こんなにも素晴らしい仲間達に出会わせてくれた運命に感謝する。リュセルはそう思いながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「すべての始まりは、三千年前。一鬼の邪鬼が覚醒した事だった」
邪鬼。
邪気の塊、邪神の欠片。
「奴は、元々一介の邪鬼に過ぎなかった。それどころか、邪鬼というよりも人間に近しい考え方を持った、邪鬼の中でも変わり種だったんだ。古の記憶と己が使命に覚醒するまでは……」
「古の記憶……。古の邪鬼。最初の一鬼? ……まさか、そいつは」
驚きの声を上げるジュリナに対し、リュセルは頷く。
「そう、何度か相対している邪鬼。サイレン。奴の事だ」
くすんだような金の髪、瑠璃色の瞳の美丈夫。人間そっくりな見た目、話し方、考え方。
すべては三千年前、当時の女神の子供と縁を結んだ事から始まった。
「親友……と呼ばれる仲になったようだ。サイレンと、当時の神子の一人は」
リュセルの言葉を聞き、今度はローウェンが驚きの声を上げる。
「親友!? 邪鬼と女神の子供が!?」
在り得ない! 善の象徴である自分達と、悪の象徴たる邪鬼が共に過ごすなど。
「それ程、型破りな邪鬼だったんだ。でも、だからこそ気づいた。本来の自分の存在意義と目的に」
存在意義は、邪神の願いを叶える事。
目的は、邪神の復活。
それまでは、どんなに力のある邪鬼でも、邪神を復活させようと考える者は現れなかった。ただ、人間を脅かし、邪気を広げる事しか考えていなかった。
「それらに気づいたサイレンは、邪神を復活させる為、親友であった神子を裏切ったんだ」
裏切り?
「殺したんですの?」
震えながらそう呟くティアラの肩を、ジュリナが優しく抱いた。
「いや、邪神の魂の入れ物。器……、闇の贄にしたのさ」
闇の贄。
レティシアが危篤の折、現れた邪神の精神体が言っていたのを、ローウェンは思い出す。自分がそうなるはずだったと……。
「後は、セイントクロスの地に襲撃をかけ、あの地で眠りについていた母神、レイデュークの腕の中から邪神の魂を盗んだ。……簡単に捕られたよ。スノーの魂を封印する事にすべての力を費やしていたからな。成す術もなかった」
当時の事を想い、女神が悔いているのか、リュセルは憂うような表情を浮かべる。
「ローウェンのような忌色を持つ女神の子供は、邪神の器に成り得る。その神子は、ローウェンよりも忌色が深刻だった。両目が、そうだったんだ」
ローウェンは弾かれたように、左目に手を伸ばす。ここには同胞しかいない為、眼帯はしていない。左の菫色の瞳。この色の所為で、忌み子として差別され、不幸な事もたくさんあった。
これが、両目に? そんな事、耐えられない。両目では、隠す事も出来ないじゃないか!
真っ青になったローウェンを心配して、冷たくなってしまった手を握ったアルティスは、泣きそうに目を潤ませる弟の頭を撫でて落ち着かせてやる。
「神子の体を器とし、復活をした邪神と、当時の女神の子供達は、壮絶な戦いを繰り広げた。神子の一人を奪われ、女神の宝を一つ欠いた状態で、よくやったと思う。長い戦いの果て、相討ちにまで追い込む事に成功したんだ。邪神の器が邪混鬼ではなく、器としては弱い、神子の体であった事が幸いしたんだな」
それが、本当に幸いだったのか? 中身は違うとはいえ、同胞と戦ったのだ。当時の神子達の葛藤は、計り知れない。
自分達が、仮にローウェンと戦わなければいけない事になったとして、そんな悲しく厳しい現実を受け入れられるか? 話を聞くだけで、涙が溢れる。事実、ティアラとローウェンは耐えきれずにすすり泣いていた。
「当時の女神の子供達は、その戦いにより全滅している。彼らの命と引き換えに、邪神はまた復活に、長い長い時を必要とする事になった。そしてその間に、女神は……母上は、行動を起こしたんだ」
人として、生まれ変わる。
邪気の浄化の使命を担う、女神の子供として
今度こそ、自分自身で決着をつける為に……。
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