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第十三章 聖女の血
10-1 長く濃い一年を経て
しおりを挟む選んだ宝は、剣。
確実に仕留める為
確実に、弟神の魂を切り裂き、消滅させる為。
力を移す器に望んだのは、剣主の肉体。
最も強靭で、戦闘力の在る者。
記憶と心を移す器に望んだのは、剣鍵の肉体。
最も柔軟で、適応力の在る者。
「レオンの誕生。自身が選んだ聖女、ルリカの元で健やかに成長するのを、彼女はずっと見守ってきた。女神の力はうまく隠されていたしな。しかし、女神の心はそうもいかなかった」
リュセルがルリカの体に宿った時、サイレンに気づかれた。
「女神の生まれ変わりとまでは、気づいてはいなかったようだがな。女神の影響を受けた、最も近しい子供が現れると思ったようだ」
まるで、獲物を狙う肉食獣のようなしつこさで、ルリカは狙われた。いや、正確には、ルリカの腹に宿る小さな命。リュセルが……。
「そう。その為に、母上の身とリュセルの命を守る為に、当時の玉鍵であったカルティア姫が提案したのが、産まれる前にリュセルを逃す事。ここではない、別の世界。別の神が支配する、女神も邪神も介入する事の出来ぬ、異世界へ」
静かな声でレオンハルトが当時の事を語る。だが、その後の事は、ジュリナもよく知っている。ルリカが臨月を迎える前、ジュリナ、レオンハルト、当時の玉鍵カルティア、玉主アリーナが、ここ、アシェイラ城に集結した。
剣鍵の魂を、異世界へ逃す為。
鍵のいないジュリナもレオンハルトも、それぞれ女神の宝を使用しはしたが、力を半分も引き出せはしなかった。リュセルの異世界送りを可能にしたのは、カルティア達、女神の玉の力だ。得体の知れぬ場所に、異分子であるリュセルを強引に受け入れさせた。
しかし、その世界は、この世界と違い、人間同士で争い合うような、危険な場所でもあったのだ。
人同士で憎み合い、殺し合う。
国同士で争い、妬み合う。
そんな場所に、同胞を送る。大切な仲間を……。
あの世界の現状を宝鍵として感知し、知ったカルティアは、送った魂の半身であるレオンハルトに真実を明かす事はしなかった。ただ、ジュリナにだけは語って聞かせた。絶対に、レオンハルトに話さない事を約束させて。
ーいずれ戻って来る事になるであろう剣鍵が、どんな者であっても動ずるな。必ずレオンハルトを支えてやっておくれー
異世界で育つリュセルをカルティアもアリーナも危惧し、その魂が暗くかげる事を覚悟しているようだった。
そして、十七年後。
今度は玉ではなく、女神の鏡の力で、リュセルは帰還した。
一度にたくさんの同胞に会う事は、相手を不安にさせるという理由で、あの時、ジュリナはリュセルと直接会う事はせず、ティアラに立ち会いを任せ、セイントクロス神殿の別室で待機していたのだ。
直接、剣鍵帰還の場に立ち会ったティアラから聞いた話によると心配はいらないようだったが、それでもジュリナは、リュセルの性質を疑った。カルティアの危惧は杞憂に過ぎないのかどうか、確かめる必要があったのだ。
だが、初めてリュセルに対面した時。その心配は、絶対にない事を悟った。
見た事もないような、柔らかな雰囲気を漂わせる幼なじみ。その隣に立つ、銀髪の青年。
本人に決して言う事はこの先もないだろうが、初めて対面した、ディエラ城の玉座の間、謁見の間で、ジュリナは一瞬、リュセルに見惚れた。
見た目の美しさにではない。
彼女が見惚れ、安堵の念を覚えたのは、彼の表情。どこまでも真っすぐな、かげりのない綺麗な瞳。その魂、性質は、異世界でも汚れる事はなかった。汚れずに、半身の元へ、自分達の元へ戻って来た。
あの時、ジュリナは泣きたい程の安堵を覚えながらも、不敵な表情を浮かべて、妹の婚約者でもあるリュセルを真っすぐに見据えたのだ。
それからの事は、あっという間だった。
「早かったな、一年」
ジュリナはしみじみとそう呟いて、向かいに座るリュセルの、変わらぬ、汚れのまったくない、真っすぐな銀の瞳を見つめた。
「ああ」
ジュリナの言葉に頷くと、リュセルは軽く目を伏せる。
あっという間だったが、濃い一年だった。
色々なものを知り、たくさんの人々と出会い、何よりも信用の出来る仲間を得た。そして、本当に愛する事の意味を知り、それに翻弄されもした。
「本当に、早かったな」
リュセルはそう言うと、顔を上げて、何よりも信用の出来る仲間、かけがえのない盟友達の顔を見回す。皆一様に、決意のこもった、澄んだ真っすぐな目をしている。
「レオン」
そして、隣の兄に目を向けると、愛しい琥珀の瞳がまっすぐに見返してくる。
「お前も気づいていると思うが、俺達が女神の力を解放出来るのは、おそらく一度だけだ」
「そうだろうね」
神の力の保持者として、その力の巨大さを知るレオンハルトは、弟の言葉に静かに頷く。
「一回だけ……? どうして?」
ローウェンは驚きと落胆の声を上げてしまう。
女神の力と、それを使う為の記憶。それらが揃えば、邪神に対抗出来る大きな武器になる。何故なら、自分達は神子であると同時に人間なのだ。
人よりも長い寿命と強靭な肉体、鋭敏な感覚を持っていても、その体をこの世界に送り出したのは、聖女と呼ばれる人間の母。
半神半人。
それが、女神の子供の真実だ。
自分達は、神には成り得ない。
幾千年も昔、唯人であった三人の勇者が、邪神を打ち倒す事が出来ず、封印まで持ち込む事が限界であったように……。
邪神を倒す、徹底的なモノがないのだ。
だが、同じ神である、創世の女神レイデュークの力は、邪神に唯一対抗出来るものである。
それが、一度しか使えない?
「多分、二度目は俺達の体がもたない。巨大な力の解放に耐えきれず、消滅してしまう可能性が高いんだ」
「あ……」
リュセルの説明を聞くと同時に、ローウェンは気づく。彼らは女神の生まれ変わりといっても、肉体は自分達と同じ、女神の子供であるのだ。
神の魂を受け入れるには、脆過ぎる体。
例え、二つに分離させようが、普通の人間の体に神の魂を降臨させようとすれば、その体は一瞬で消滅するだろう。リュセルとレオンハルトの肉体が女神の魂を受け入れられるのは、彼らが神子である故だ。
しかし、その女神の子供の肉体を以てしても、女神の力の使用には、一度しか耐えられない。
「チャンスは、一度きりという事だね」
話を聞いたジュリナは、そう言って頷いた。
「そう、出来れば邪神との対決の為に、この力は使いたい」
レオンハルトはそう言うと、同胞の顔を見回す。
「その前に、ルカイナ姫を守る事が先決だがね。邪鬼の襲撃より聖女を守り、邪神の復活を防ぐ事。これが当面の我々の任務だ。邪神との対決は、その後になるだろう。肉体の復活を阻止出来れば、邪神の魂を破壊する事は容易い」
その言葉を聞いたローウェンは、ずっと気になっていた事を口にした。
「ねぇ、邪神は肉体を必要としてるんでしょう? 今の体は三千年前の神子の体で、その体の限界がきているから……。今回、僕の体は使わないで、邪混鬼の体を使うって言ってたケド、それって、もう肉体は手に入れているって事だよね?」
「ああ、次の邪神の器である闇の贄、邪混鬼は既にサイレンの手の内に在るようだ」
その辺りの女神の記憶は曖昧で、霞がかかっているようによくわからない。だが、邪混鬼が既に、邪神の傍に用意されているのは間違いないようだった。
「俺も全部が全部、女神の記憶を知っている訳じゃない。膨大な神のデータをすべて思い出したら、俺の脳ではもたない。破裂してしまうかもな」
リュセルの答えに、皆、納得したように頷く。確かに、リュセルの話す内容や言葉は断片的なものが多い。これも、人の体の限界の所為なのだろう。
「では、まずは、これからの予定を話し合おう。ルカイナ姫の守護と、邪鬼の襲撃に備えるのだな。一番可能性が高いのが、二人の生誕祭当日。明日か……」
アルティスのその言葉にレオンハルトは頷き、これからの自分達の任務内容の打ち合わせを始めたのだった。
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