【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十三章 聖女の血

11-1 襲撃前夜、それぞれの想い①

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「ど、どどどどうしたの?」

 真夜中にいきなり現れた婚約者。カイルーズは動揺するあまりどもってしまう。

「え、ええ」

 カイルーズの問いに頷いたユリエは、すぐに暗い顔をして俯く。

「ユリエ?」

 訝しく思ったカイルーズが身をかがめて、その顔を覗きこもうとした時。

 ぽたっ……

 回廊の床の上に水滴が落ちた。

「…………っ」

 驚きに目を見開く彼の目の前で小さくシャックリを上げたユリエは、両手で顔を覆って泣き出してしまう。

「ユリエ」

 いきなり泣き出したユリエをじっと見つめ、カイルーズは眉根を寄せると、何も聞く事なく、目の前で震え泣く婚約者の体を抱き寄せた。

「ぅう~、う~~」

 ユリエは引き寄せられるがまま、その広い胸の中で思い切り泣き崩れたのだった。



 ふ~、ふ~

 コクン

 自室の応接室。ソファに腰掛け、暖かいミルクを口に入れたユリエを見つめていたカイルーズは、美しい模様の描かれた角砂糖を一つ、ユリエの飲むミルクに入れてやりながら言った。

「落ち着いた?」

 好みの甘さになったミルクを、銀のスプーンで軽くかき混ぜてくれたカイルーズに向かって、ユリエは子供のような仕草で頷く。

「そう」

 優しく微笑むカイルーズの顔を見返しながら、ユリエは申し訳なさそうに顔を伏せた。

「こんな時刻に本当にごめんなさい。あなただって、明日は早いのに……」

「もう、その事はいいって、言ってるじゃん。しつこいね、君も」

「でも……」

 それでもまだ、申し訳なさそうに眼差しを伏せる、その濡れた目元を優しく拭いながら、カイルーズは尋ねる。

「何故泣いたのか、聞いてもいい?」

 その問いに、ユリエは困ったような顔になる。

 何故? 何故涙が出たのか……。実際、よくわからないのだ。

 困惑したような様子のユリエを不思議そうに見ていたカイルーズは、軽い口調で冗談っぽく言った。

「怖い夢でも見たの?」

 その言葉を聞いた瞬間、ユリエの表情が強張る。

 当たり、だ。この年になって、夢を見て泣くなんて! サンジェイラにいる弟妹ですら、もうそんな年ではないだろう。

(恥ずかしい!)

 穴があるなら入りたいとは、まさにこの事だ。

 しかし、真っ赤になって顔を伏せるユリエの頭を撫でたカイルーズは、穏やかな声で小さく返事を返しただけだった。

「そうか」

「…………」

 なんだか、甘やかされているみたいで、くすぐったい。

 いつもは、弟妹、果ては姉達の面倒を見る事が多かったユリエからしてみれば、年下の青年にこんな風に甘やかされるのは初めてで、とても照れくさかった。

「え~っと、でも、こんな風に部屋を訪ねるのは早計だったかな? 僕もほら、男な訳だしさ」

 背を撫でながらの婚約者の言葉に、ユリエは羞恥に顔を真赤に染め上げる。

 抱き締めた華奢な体。肩を流れる髪から見え隠れるうなじも赤く染まり、カイルーズはそこに口づけたい欲求を一生懸命抑え込んでいた。

「ご、ごめんなさい」

 カイルーズから体を離したユリエは、軽はずみな自分の行動を恥じる。婚姻前の婚約者の部屋を、夜着一枚という姿で真夜中に訪問した事になるのだ。まるで、夜這いである。

(馬鹿馬鹿馬鹿ッ)

 普段のユリエでは、決してしないような行動だった。

「このまま部屋まで送って行ってもいいケド。どうする?」

「どうするって?」

 真赤になった顔を上げてカイルーズを見ると、彼も顔を僅かに赤くして言った。

「夜も遅いし、使用人を呼ぶのも忍びないし、明日も早いし、その……泊まっていく?」

「え?」

 瞬間、真っ赤だったユリエの顔が更に赤くなる。

 湯気が出てしまうのではないかと思われる程、赤くなった彼女の顔を見下ろしたカイルーズは、慌てて首を左右に振る。

「も、もちろん、僕はソファで休むから、君は寝室の僕の寝台を使って」

 その言葉を聞いた途端、ユリエは一気に眦を上げた。

「駄目よ! あなた、明日すごく忙しいでしょう!? 第一、何!? 今まで起きてたの? とっくに休んでいてもいい時間帯じゃない。きちんとベッドで休む事! いいわね?」

 一気に姉モードになってお説教し始めたユリエに対し、カイルーズは項垂れながら頷く。

「ハイ……」

「私なら、来る時も一人だったのだから、帰りも大丈夫よ」

 カイルーズを休ませる為、自室に一人で戻ろうとするユリエに、今度はカイルーズが反発した。

「それは、絶対駄目。戻るなら、僕が送る」

「でも、それじゃあ、また、あなたが休むのが遅くなってしまうじゃない」

 自分の所為で、明日、かなりのハードスケジュールな婚約者の就寝時間が、これ以上伸びるのは忍びない。そう考えたユリエは、一瞬目を閉じ、決意を固めると、カイルーズに目を向け、言った。

「仕方ないわ。一緒に寝ましょう」


 女神の息子である、兄と弟の生誕祭を明日に控えた真夜中。場所は、この国の王位継承者の寝室。この部屋の主である者の趣味に合わせて設えられた、漆黒の天蓋に覆われた寝台。もちろん、その寝台上を覆うシーツの色も真黒だ。

 その寝台の上で絡み合う男女……

「な~~~んてね」

 カイルーズは小声でそう言うと、自分の寝台の半分を占領しているユリエの、穏やかな寝顔を見下ろした。

 ー絶対に、ここからこっちに入っちゃ駄目よ!ー

 寝台の真中を境とし、線引きをしたユリエは、安心したようにすぐに寝入ってしまったのだ。

 そりゃあ、結婚前にどうにかなろうとは思っていなかったが、こんな好機を与えられ、男として期待していなかったと言ったら嘘になる。

「安心しきちゃってさ。人の気も知らないで」

 スヤスヤと眠るユリエの方に手を伸ばし、その小さな鼻を摘んでみる。

「……っふ、ん~~、ん~」

「あははははははっ」

 息苦しさに悶える婚約者の顔を見てひとしきり笑った後、カイルーズも横になる。さすがに、そろそろ寝ないとやばい。横で眠るユリエの顔を見つめながら、ウトウトと目を閉じかけた。
 好きな女(ひと)が横で無防備に眠っていて、手も出せない状態故、眠れないかとも思われたが、神経が図太く出来ているおかげで眠れそうだ。

 そんな中、眠っていたと思われた婚約者は、目を閉じたまま、ささやくような小さな声で話しかけてくる。

「ねぇ、カイル。もし、私が私でなくなってしまったら。その時は、お願いだから……私を連れ戻してね」

 その、懇願にも似た切なる願いは、穏やかな眠りの腕(かいな)に抱かれかけたカイルーズの胸に静かに届いたのだった。
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