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第十三章 聖女の血
11-2 襲撃前夜、それぞれの想い②
しおりを挟むユリエとカイルーズが、同じ寝台で穏やかな眠りに就いた頃、アシェイラ城後宮、客室の一室では、ルカイナが両腕に娘を抱いて、眠る前の一時、昔話を聞かせていた。
「じゃあ、お母様は、ジェイド国王陛下がルリカ様宛に初めて書かれた恋文を失くされてしまったの?」
自分達幼なじみ四人のやんちゃだった若かりし頃の話をしていたルカイナは、右横で体を摺り寄せているティアラに向かい、にっこりと笑いかけた。
「ああ」
「そんな、お母様……、わ、悪びれもなく」
あっさりと返事をした母に、その左横にいたジュリナはつっこみを入れる。
「仕方ないだろう? 気持ちよ~く昼寝をしていたら、その間に通りがかりのヤギが食っちまってたんだから」
通りがかりのヤギって、一体。
「それで、いかがしましたの?」
ジュリナが顔を引きつらせている間にも、話の続きが気になったティアラは、そう言って、甘えるように続きを催促する。
「もちろん、手紙を書き直して、無事、ルリカの元へ届けたよ」
「まぁ! 内容を知っていたの?」
ティアラの驚きの声を聞いたルカイナは、無責任に首を横に振る。
「ジェイドが書いた恋文の内容なんて、興味が全然なかったしな。知る訳ないよ」
では、どうやって、ヤギに食べられた手紙を届けたというのか?
「…………私が代筆した手紙を届けたのさ」
それまで妻の話を黙って聞いていたキキョウは、ティアラの後ろから顔を出すと、そう言ってルカイナを責めた。
「まったく、あの時は散々だったよ。ルリカにはすぐにバレてしまうし、ジェイドには怒られるし、あれが原因でで二人の仲がうまくいかなくなってしまうような事になっていたらと思うとぞっとする」
「でも、うまくいったろ? 手紙じゃ駄目だって事に気づいて、直接ジェイドの奴がルリカに告ったんだから」
「それは、結果論だろう!? まったく、君ときたら、いつもそうなんだから」
昔からルカイナの尻ぬぐい……いやいや、フォローをする事が多かったキキョウは、後ろからティアラの柔らかな髪を梳きながら呟く。
「でも、そんなお母様だったから、お前達を産んだ後の憔悴した姿に、お父様はとても不安になったものだよ」
昔を懐かしむような言葉。それを耳にしたティアラは、背後の父を振り返る。
「わたくし達を産んだ後のお母様?」
「そう。普通の出産でも、母親達は命懸けだ。命懸けで、我が子をこの世界に産み落とす。神子を誕生させるという事は、とても尊く、そして大変な事なんだと、ジュリナが産まれたた時、知ったんだ」
聖女が一年半もの間身ごもる、女神の子供。それを産み落とすというのは、母体に多大な負担をかける行為なのだ。
自分の中の、生命力という生命力、すべての力を持っていかれるような、あの感覚。
「私が産まれた後、お母様はしばらく起き上がる事も出来ない状態だったと……」
ジュリナのその言葉を継いで、ティアラも言う。
「わたくしの時も、同じだったと聞きましたわ」
「己はまだ、ましな方さ。元々体は丈夫だしな。ルリカなど、レオンハルトを出産した後、意識不明の重体になったんだからねぇ」
初めて聞く話に、ジュリナもティアラも度肝を抜かれる。
「三日三晩、意識が戻らなかったらしい」
ルカイナの神妙なその言葉に頷いて、キキョウは語った。
「鏡主出産の影響で、絶対安静をしばらく余儀なくされたお母様に変わり、お父様が、王子誕生、剣主誕生の祝賀にアシェイラ城に出向いたのだけど……。久方ぶりに会うルリカを見て、びっくりしたものさ。すごく痩せて、髪が真っ白になってしまっていたんだ」
力の強い神子程、聖女にかかる負担は増える。
「死ななかったのが不思議な位だったと、後でジェイドに聞いた」
過去に女神の子供を産んだ聖女が、出産と同時に亡くなった例は幾つもあった。
「知ってるか? レオンハルトが産まれたのは夕刻位だったのだけど、その瞬間、空が一気に暗くなって、流れ星が幾つも幾つも空いっぱいに流れたんだ。あの時は、びっくりしたねぇ」
当時を思い出すように目を細めるルカイナの言葉。それを聞いたジュリナは小さく頷く。
それは、女神の片割れの誕生を、世界が祝福していたという事だろうか?
「でも、どんなに痩せこけても、髪がどんなに真白になってしまっても、ルリカは幸せそうだったな。幸せそうに、レオンハルト王子を抱いていた」
今は亡き友人の事を思い出しながら、キキョウはそう呟く。
「そう。己もルリカと同じ、お前達が愛しい。己達の宝物なのだよ。ジュリナ、ティアラ」
その言葉と共に、ギュッと母の腕に抱き締められ、二人の娘は幸せそうに目を閉じた。
「ふふ」
そんな三人を、父は穏やかな目で見つめ、穏やかな夜は静かに更けていったのだ。
ディエラの朱金の姫君達とその父母、彼女達が家族の絆を深め合っている頃。
セイントクロス神殿アシェイラ支部、神官長私室では、窓を大きく開け放ったライサンが、夜空に瞬く星々や美しく輝く白銀の月に目を向ける事無く、ただ、じっと目を閉じていた。まるで、聞こえる何かに耳を傾けているかのように……。
夜風に柔らかな白髪が静かに揺れる。動かぬライサンは自分の補佐役が入室した事にすら気づかぬ程、それを聞く事に集中していた。
その為……。
「おい」
「ひょえっ!?」
すぐ後ろから声をかけられた瞬間、奇妙な声を上げて、驚きに身をすくめた。
「ル、ルーク? 一体どうしました? こんな真夜中に」
赤髪の補佐役の青年が、訝しげにライサンを見ていた。
「明日は神子様方の生誕の儀本番ですので、今夜は確か、呼んでいませんよね?」
自室でゆっくり休めるよう、今夜はルークを傍に置く事をせず、誘いをかけなかったのだ。
「それとも、寂しかったのですか?」
ここしばらく、この部屋で共に寝起きを共にしていた為、一人寝が寂しくなったのかとライサンは思ったが……。
「バ、バカタレ、全っ然違うわッ!」
力いっぱい否定されてしまった。
「では、どうしたのですか? 今日は夜の祈りの儀以降、ずっと部屋を大掃除しているようだと、アルターコートが言っていましたが」
「ああ、そうさ。埃が溜まりまくっていてな。我慢ならなかったんだ」
憤慨したようなルークの言葉に、ライサンも頷く。
「ずっと私の部屋で寝起きしていましたからねぇ。全然部屋に戻っていなかった分、それは仕方ないでしょう。……とは言っても、そんなに溜まってなかったんじゃないですかぁ? まったく、神経質なんですから」
「うるさい! ともかく、部屋を掃除してる内にあるものがない事に気づき、それを取りに、ここに来ただけだ!」
「あるもの?」
はて、何だろう? ここに、ルークの替えの神官服の他に、彼の物などあっただろうか? ルークの為に常備した珈琲は、ライサンが買ったものだし。
ライサンが首を傾げている間にも、ルークは部屋内を探して周り、寝台の傍に置いてあったそれを見つけ出していた。
「あ、あった!」
「ああ、それですか」
絨毯やソファの掃除には不可欠な、白い粘着テープを筒状にしたモノ、通称、”コロコロ”。コロコロ転がしながら、小さなゴミや落ちた髪の毛を粘着テープに貼り付け、拾う事の出来る優れ道具だ。まぁ、掃除に必要と言えば、必要だろう。
ここで寝起きをするようになってから、神経質なルークは、自前のそれを持ち込み、部屋の掃除を担当するようになっていた。いつも綺麗に片付いた部屋で生活出来て、密かにライサンは助かっていたのである。
「そう。これを取りに来たら、お前が黄昏ていたんだ。何か聞こえるのか?」
ルークには、わずかな風の音しか聞こえない。
「…………いえ、何も聞こえませんよ」
穏やかな微笑を浮かべたまま、窓を閉めると、ルークのいる方へと歩き、距離を縮める。
「ふん」
鼻を鳴らしながらライサンを睨み見た時、ルークはようやく現状を認識した。
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