【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十三章 聖女の血

12-1 あふれる愛しさ

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 ローウェンとアルティス。北の少年達が眠れぬ夜を過ごしていた頃、リュセルは自室にはいなかった。彼は唯一人、ある場所にいた。


 後宮の更に奥。隠されるようにして存在する、開かずの塔。
 広いアシェイラ王都の中でも最も高みに存在する場所である。階段を昇るのが大変であるという難点を除けば、この場所程素晴らしい景色が見られる所はない。

 そしてここは、実は一年前、異世界より帰還したばかりのリュセルが閉じ込められた塔でもあった。あの頃のリュセルが滞在していた部屋、その更に上、普段は鍵がかけられて入れない頂がある。展望台にもなるであろうそこから下界に向け、まるで降り注ぐ雨の如く、尊き女神の祈りが与えられていた。


 ー愛し子よ 愛し子よ

  我が詩声は風となる
  お前達を守る光となる為ー


 夜着に上着を羽織っただけという姿で、リュセルは祈りの詩を詩う。まるで、王都を護ろうとするかのように……。

 今夜、女神の詩に抱かれて、人々は安らかな眠りについている事だろう。母の子守歌にも似たその旋律は、懐かしく、愛しく、そして、ただ、せつない。


 ー愛し子よ 愛し子よ

  共にありし我が想い
  万物に宿りし我が祈りー


 分かっている。これは、気やすめにしかならない。祈りの詩で王都全体を包もうと、サイレンを始めとした力の強い邪鬼相手では、破魔の名残程度、さした打撃も受けないだろう。邪気の侵攻を、わずかに遅らせる程度の効力にしかなるまい。

(それでも、何もしないよりマシだ)


 ーそは彼らの為に在る
  そはお前達の為に在る

  あの子の為に奏でし祈りの詩ー


 何もせずにはいられない。愛しい人々が暮らすこの王都が、明日、邪鬼に攻められるのが分かっているのに。眠ってなど、いられるはずもなかった。


 ー喜びも悲しみもすべて忘れ
  我が腕で眠れ 愛し子よー


 何度目になるか分からぬラストを詩い終える。そして、同時にまた初めから詩う為、息を吸い込む。


「いい加減にしなさい、リュセル」

「愛しっ、ブッ……!?」

 詩い出しをいきなり邪魔されて、リュセルは吸った息を不様に吐き出し、むせた。

「レ、レオン!?」

 いつの間に来たのか、自室で休んでいると思われた兄が、険しい顔をして後ろに立っていた。

 昼間の雨が嘘のような、満天の星空の下、レオンハルトは小さくため息をついた。

「三十曲目」

「は?」

 意味不明な数字にリュセルが首を傾げると、ゆったりとした歩調で弟に近づいたレオンハルトは、表情を変えぬまま、事実を口にした。

「次で三十曲目になる。もう、止めなさい」

 三十曲? そんなに詩っていたのか。

「って、数えてたのかい!?」

 リュセルの全力つっこみに、兄は憮然と頷く。

「ああ。最初から見ていたよ」

 全然、気づきませんでした。

「おかしいとは思ったんだよ。人の気配に敏い、しかも、半身である俺が起きても目を覚まさない上、部屋を出ても気づかないなんてな。狸寝入りかい」

 両手を広げて肩をすくめる弟にため息をつきつつ、レオンハルトは手を伸ばす。

「眠れないでいるのは分かっていたからね。気分転換に散歩に行く位、仕方ないと思ったのだよ。まさか、この塔に昇り、祈りの詩を詩うとは思わなかったが」

 優しく頬に触れられ、リュセルは目を伏せる。

「何もせずに、いられなかった」

「…………」

 無言のまま抱き寄せられたリュセルは、その背に腕を回しながら、兄の耳元で不安を吐露した。

「明日、ここは戦場になるぞ」

「ああ」

「護りきれるかどうか、分からない」

「そうだな」

 淡々と返される返事。リュセルは何故かそれに安堵を覚える。

「例え、すべてを失っても、お前だけは失いたくない。護りたいと思う俺は、女神の息子失格か?」

「……リュセル」

 見なくても、弟が自嘲するように笑っているのが、レオンハルトには分かった。

「私も同じ気持ちだよ、リュセル」

 同じ鼓動を感じる。互いの温もりを閉じ込めるように、固く抱き合い、目の前の存在を掻き抱く。

 一年前……。

 あの頃は、こんなにもこの存在が愛しくなるなど、思ってもいなかったように思う。
 帰還以前の事となると、遙か遠い、異世界での自分は、こんなにも尊い存在を得る事など、想像もしていなかったに違いない。

「前にも言ったよな、レオン。もし、再び別たれる事があっても、心配いらない。必ずお前の元に戻ると」

「ああ」

 リュセルは兄の典雅なる美貌を覗きこむと、唇が触れる程近くで再び約束を口にした。

「必ず、戻る。……愛しているから」

 目の前で、琥珀から金色に色を変える気高い瞳。何よりも愛しい、半身の存在。

「お前と出会えるのをこの十七年の間、ずっと待っていた。我が兄、我が剣主、我が……半身よ」

 一年前、セイントクロスの泉で初めて対面した時、レオンハルトが口にした言葉を、リュセルはそのまま口にする。あの時の、あふれる様なレオンハルトの想いが、今でなら痛い位に分かった。愛しくて、愛しくて、愛しくて、一つでないのが、せつなくて悲しい。

 そのまま引き寄せられる様に、どちらからともなく唇を合わせ、再び掻き抱き合う。それはまるで、かつて一つであった頃に戻ろうとするかのような行為だった。



*****



「うわ~、すごいすごい!」

 昨日の雨が嘘のような、快晴。

 ここ数日、王都はまるで創世祭の時のような飾り付けをしていて、祝賀モード一色だったが、本日はそれにも増してすごい盛り上がり方だった。

 白、銀、金、褐色。

 女神の色で作られた飾りが神聖的に美しい、レイデの木。他にも、レイデの木の枝を編み込んだリースやモニュメントにも、豪華なオーナメントが飾られる。オーナメントには、必ず剣を模した紋様が描かれており、それらは王都の至る所に設置された垂れ幕や旗にも描かれていた。
 それは、街だけではなく、本日限りは、アシェイラ城を飾る垂れ幕や旗も、アシェイラ王家の紋から宝剣の紋に入れ替えられているのだ。

 まるで、創世祭の当日のように……。いや、それ以上の盛り上がり。

 そんな外の騒がしさに目を丸くした少女は、夜着姿のまま階下に降り、祖父に尋ねた。

「ねぇねぇ、おじいちゃん! どうして、お外がこんなに騒がしいの? まだお日様が昇ったばっかりだよ?」

 五歳になったばかりの彼女には、どうして街の人たちが嬉しそうなのか分からず、不思議でならなかった。

「それはな、今日が特別な日だからじゃ」

 既に朝食の支度を済ませていた祖父は、たった一人の孫娘の為に用意した、宝剣の紋様が描かれた真白なロウソクを出した。

「うわ~~! きれい!」

「今日の夕刻。剣主様と剣鍵様がお産まれになった時刻に、灯を灯すのだよ」

「けんしゅさまとけんじょうさま?」

 無邪気に問い返す孫娘に、祖父はにっこりと笑って聞いた。

「今日は、何節目じゃ? ルリカ」

「十七節目! えっと、しろの月しょじゅんの……あ~~~~!」

 答えが分かったのか、はしゃぐ少女の頭を撫で、彼はそれを口にした。

「そう。今日は、剣主様と剣鍵様の生誕の日じゃ」


 白の月初旬十七節。

 二十五年前のこの日、空を彩る数多の流星と共に、この国の第一王子が誕生した。産まれた子供は、女神の瞳を受け継いだ、当代の剣主。

 十八年前のこの日、空を飾る月が二つに分裂し、ありえない程の量の白銀の光を、地上に注いだ。この国の第三王子の誕生を、例え、城から生誕の発表がなくとも、皆悟った。異世界で産まれたのは、女神の髪を受け継いだ、当代の剣鍵。


「ねえ、おじいちゃん。去年は、剣主様だけのお祝いだったよね? どぉして?」

「それはな、剣鍵様は、産まれてすぐに、悪者に連れさらわれてしもうたからじゃよ」

「えーーーーーーっ!?」

 十八年前、アシェイラ国民に知らされた、王子誘拐事件。

「でもな、長い長い間、お城の偉い人達や剣主様が探し続け、辺境の地で無事お育ちになっていた剣鍵様を、一年前にようやく見つけたのだよ」

「よかったねぇ、剣鍵様」

「ああ。だからこうして、今年は盛大にお祝いする事が出来るんじゃ」

 初めて一対の神子が揃った、生誕祭。

 その喜びは、アシェイラ王都の人々だけではない。アシェイラ国民すべての喜びだ。証拠に、王都以外の街や村でも本日は祝日となり、皆それぞれの街や村で、盛大に祝賀のお祝いをするのである。

「じゃあ、今日もパレードがあるの? おじいちゃん」

 国王や第二王子の生誕の日には、馬車に乗った彼らが窓から顔を出して手を振り、王都の主要道路を周っていた。

「いやいや、剣主様と剣鍵様は女神の息子様だからなぁ。お顔を出す事はせんのだよ。神殿で行われる生誕の儀でお忙しいだろうし、噂では、昼間、お城で舞踏会が開かれるようじゃ」

「昼間? お昼にぶとう会するの? 夜じゃなくって???」

 朝食のパンとスープを口にしながら尋ねる孫娘のカップにミルクを注ぎ、祖父は頷く。

「お産まれになった時刻に、生誕の儀を行うしきたりだからの。その前にやるんじゃろう」

「ふぅん、いいなぁ。お城で舞踏会」
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