【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十三章 聖女の血

18-1 神化

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 かつてディエラで聞いた、あのオルゴールのような箱から奏でられた音。

 それと同等、いや、それ以上に破壊的な音が、アシェイラ王都中に響き渡った。前回のような、宝鍵にのみ効くような生易しいものではない! それは、すべての神子の精神を破壊するような、凄まじい威力を秘めた音。

「くッ!」

「うあああああああああああッ」

 小さなレオンハルトの呻き声、リュセルの悲鳴と共に、一瞬で……

 強制的に同化が解かれた。


 剣より弾かれた自分の体に戻ったリュセルは、あまりの衝撃に白目を剥いて気絶しかける。

 しかし、その時。

 ーリュセル!ー

 女神の呼び声と共に、この音を防護する術が、瞬時に頭の中に駆け巡る。女神に導かれるがまま、自分の感知能力にブロックをかけたリュセルは、すぐに傍に倒れていた兄の頭を抱え込んだ。意識はあるようだったが、音の影響で苦痛に歪んでいたレオンハルトの表情は一瞬で元に戻る。

 女神の記憶。

 その中から引き出した知識の一つを駆使した事になるリュセルは、膝の上にレオンハルトの頭を乗せたまま、驚きに目を見張っているサイレンに目を向けた。

 その後ろでは、イプロスが死の旋律を奏で続けている。

「驚きましたね。平気なのですか?」

「二度も同じ手をくらうものか」

 それに、あの時と違い、リュセルは女神の意識と記憶を自覚している。

 フラフラとしながらも起き上がり、同じように足元のおぼつかない兄に手を貸しながらサイレンを睨み見ていたリュセルは、急激に膨らむ闇の気配に気づいた。

「なッ!?」

 その気配をよく知るリュセルにしか気づかれぬ程、微弱なそれは、すぐ傍でする。


 恐ろしく邪悪で

 子供のように無邪気な

 懐かしくて愛しい、弟神の気配。


「あ……あ、あ、あ…………」

 空を仰ぐ、紫電の瞳。

 抗えない何かに促されるかのように立ち上がり、大きく見開いた瞳を空に向けているセフィランの元へ、リュセルは咄嗟に駆け寄る。

 乗っ取られる!

「セフィ……ッ」

 ドンッ

 音がする程激しく、体ごとぶつかると、両手でセフィランの肩を掴み、大きく揺する。

「違う、それは……、それは、お前じゃない! セフィッ…………、セフィラン!」

 虚ろになっていく瞳に焦り、彼の胸を押さえ込む。まるで、大切なものがそこにあるかのように……。

「お前の運命も真実も、ここに在る! ……ここ、ここだッ! ここにしかない!」

「……運命?」

 抑揚のなくなった声を聞くと、今度は翠緑の髪のかかる頬を挟みこんで引き寄せた。

「見ろ、いいから俺の目を見ろ! 譲るなッ……! スノーの邪心に支配されるな!」

 リュセルに命じられるがまま、まるで口づけを交わすような近距離で相手の銀の瞳を見下ろしていたセフィランは、不意ににっこりと笑った。

 それは、セフィ・アルターコートであった時を思い出させる、優しい微笑。

「セフィ……、ラン?」

 呆然と呟くリュセルの腰を引き寄せ、彼は嬉しそうな声で言った。



「姉上」



 弾む声。

 無邪気な……。まるで、子供のような。

「会いたかった」

 そのままゆっくりと、寄せられたリュセルの唇に自分の唇を重ねる。闇の腕(かいな)に抱かれたまま、リュセルは頭の中が白くなっていくのを感じた。

 それは、絶望へのカウントダウンだったのだろう……。



 妖しい弧を描く、セフィランの唇が自分の唇の上を微かに掠めたと思ったと同時に、何者かに体を後ろに引っ張られる。

「兄さッ……」

 そのまま、レオンハルトの片腕に抱えられ、空中を舞い、セフィランと十分距離をとった場所に着地した。兄は弟の身を後ろに移動させ、庇う。

「兄さんッ」

 リュセルの呼びかけに一瞥を寄こしたレオンハルトは、厳しい口調で答えた。

「黙っていろ」

 話している余裕がない。

 リュセルは兄の命に従うと、庇われた兄の体越しにセフィランを凝視する。



「マスター」

 視線の先では、リュセル達の事など視界にも入れていないサイレンが、その場に額ずき、セフィランの足の甲に口づけていた。

 当然のように、それを受けたセフィラン……、いや、セフィランの姿をした彼は、困ったような顔をしながら自分の息子の体を見回す。

「傷だらけじゃないか。この子は僕の大事な息子だよ? 乱暴にしてもらっては困る」

 困ったようにそう言う主に、サイレンは申し訳なさそうに言った。

「はい、申し訳ありません」

「この意識の同化は、僕の子供だとしても、長くはもたない。早く僕の元にこの子を連れて来て」

「仰せのままに、マスター」

 従順な僕(しもべ)の返答に機嫌よさげに頷くと、彼はリュセルとレオンハルトに目を向けた。


 彼。

 セフィランの姿をした、闇の化身。

 邪神、スノーデューク。

 まぎれもない、本人。

 過去に、クロードやサイレンなど、僕(しもべ)である邪鬼達の体に、意識のみを同化させて乗っ取った事があったが、今の状態はそれと同じものであるようだ。

 まだ完全に、闇の贄の体を自分の体に出来てはいないらしい。

 直接、邪神の体の目前に、新しい器。闇の贄の体がないと、魂の移動が出来ない事を今までの彼らの会話から悟ったレオンハルトは、彼らを見つめたまま考えを巡らす。

(邪神の復活を阻止するには、アルターコート神官……あの、邪混鬼の体を奪取するか、最悪の場合、破壊するしかないという事か)

 どちらにしろ、非常に厳しい戦況になっていると言ってもよいだろう。

「…………姉上。ふふ、正確には、姉上達、かな?」

 邪悪に輝く、紫電の瞳。

 スノーデュークは嬉しそうにそう言うと、一歩、リュセルとレオンハルトの方へと近づいた。

「姉上の力」

 手の平を上にして、ゆっくりとレオンハルトを指差す。

「姉上の記憶……」

 そして、リュセルに指先を移動させ、彼は笑った。

「姉上の力を持つ子は危険だから、氷漬けにしてその力を永遠に封印してあげる。記憶を持つ子は、今の記憶を全部消して抜けがらにするよ。僕だけをずっとずっと、愛してくれるように。僕だけを見てくれるように。両方共、僕の傍から離さない」

 うっとりとしたような声音。それを聞いたリュセルの背筋に寒気が走った。

 氷の中に封印された兄の体。その傍で、記憶を失くした自分が、邪神にうつろな微笑みを向けている。そんなおぞましい図が、脳裏に浮かんでしまったのだ。

 そんな事が、彼の望みなのか!?

 なんという、己が姉神への執着心。

 彼の身勝手の為に、アシェイラ国民を犠牲にする訳にはいかない。ここで自分達が負ければ、王都は跡形もなく無くなり、アシェイラ国は壊滅する。そして、その後、ディエラ国、サンジェイラ国も同じ運命を辿る事になるであろう。

 リュセルは一度、固く目を閉じると、ある決意をする。

 そして、庇われていた兄の背から横に移動し、前に出ると、厳しい視線を弟神に向けたまま、半身の名を呼んだ。

「レオン」

 自分の魂の片割れの決意を知っているレオンハルトは、それに短い返事を返す。

「わかっている」

 それに小さく笑うと、リュセルはわざと明るい口調で言った。

「ベースの姿はどっちにするか? お前か俺か……。お前にすれば、麗しの美神の誕生で、俺は非常に嬉しいのだが?」

 その言葉に対し、レオンハルトは一瞬沈黙を落とし、淡々と答える。

「……いや、女神をイメージしている宝鍵の正装姿の方がいいだろう」

 その方が創世の女神を連想させるだろう。

「つまり、俺の姿をベースにするのか」

 こんな時だというのに、麗しの兄の姿を見たいリュセルの残念そうな声が響き、レオンハルトはその後頭部を軽く叩く。

「自分の姿を自分で見られる訳がないだろう? 馬鹿な事言ってないで、準備しなさい」

「ああ」

 兄の言葉に返事を返すと、面白そうな視線を向けて来るスノーデュークから意識を逸らす。

 そうして向けた視線の先、気高い金色の瞳が自分を見つめていた。
 
 兄と向かい合った形になるリュセルは、導かれるがまま、広げられた腕の中に入り、その背に両腕を回して隙間ない位に密着する。

 固く抱き合う兄弟の姿を見たサイレンは、警戒の色を強くする。

「マスターッ!」

 サイレンが叫んだ瞬間、レオンハルトとリュセルの額に不可思議な紋様が浮かび上がった。

 神紋。

 それが浮かぶと同時に、同化もしていないのに鞘が拡散し、レオンハルトの持つ神剣が白銀の光を放つ。

「いくよ」

 緊張を孕んだ兄の声に、リュセルは固い返事を返す。

「ああ」

 神気を放つ、抜き身の剣。

 レオンハルトは、持ち方を変えた剣の先をリュセルの背に向ける。

 そして

 左手で弟の体を抱いたまま、レオンハルトは一気にそれで……



 リュセルの体ごと自分の体を刺し貫いた。








「ッ!?」

 無邪気な笑みを浮かべたままの己が主を、サイレンは咄嗟に自分の腕の中に抱き込み、周囲に溢れた白銀の光の洪水から庇った。

 恐ろしい程の、膨大な量の神気。

 完全な復活を果たしていない主が敵うはずもない、圧倒的な力。

「姉神様……」

 焦りと恐怖に呆然と呟くサイレンの腕の中で、スノーデュークは狂ったように大きな笑い声を響かせる。

「姉上、姉上……、ああ、会いたかった! ずっとずっと会いたかったよ! あはははははははははははははッ」

 一瞬とも永劫ともいえる、目の眩むような光が止むと、そこに立っていた人影は二つではなく、一つだった。

 白色に、褐色、金銀の色を用いた独特なデザインの神子衣装に身を包んだ青年。白磁の肌に金色の瞳。風に煽られる被衣から覗く銀色の髪は、青年が目を伏せると同時に一気に足元まで伸びる。

 美しい銀の流れを描くその髪は、宵闇の中、月の輝きを放つ。白い顔の中、爛々と輝く金色の瞳は神々しく、聖なる光に満ちていた。

 そして……、額には、不可思議な神の紋。

 髪が長い事を抜かせば、その姿は先程までのリュセルの姿そのものだ。凛々しい美貌の銀の王子。だが、彼を包む雰囲気が、それを壊していた。

「スノーデューク。……愚かな我が弟」

 静かな口調でそう告げた声も、元のリュセルのもの。

 創世の女神、レイデュークの特徴の中、銀髪と金の瞳のみがそろっただけの状態でも、スノーデュークは知っていた。目の前にいる青年の、二つに割れていた巨大な神の魂が一つになっていたからである。

 彼は、リュセルであり、レオンハルトであり、そして……、レイデューク自身でもあった。

 女神の力。そして、それを使用する為の記憶の全開放を目にしたサイレンの額に、じっとりと汗が浮かび上がる。

 初めて感じる、恐怖という感情から。

「僕と戦うの? 戦えるの? 一万年の昔、僕と戦う事が出来ずに、ひ弱な人間に頼ったくせに!」

 古の昔、世界を救う為に立ち上がった三人の勇者。

 アシェイラ

 ディエラ

 そして、サンジェイラ。

 あの人間達は、戦えぬ姉神の代わりに、何度も何度も自分に戦いを挑んできた。姉神より、大いなる愛と守護を受けながら……。

「好きだよ、姉上。お願いだから、人間達の事なんて忘れて僕の事だけ愛してよ」

 自分に向かい両腕を伸ばす弟神を悲しそうに見つめた後、彼は顔を伏せて項垂れた。

「お前がそう言う度に……、わらわは、俺は消えて無くなりたくなったものだ」


 遙か昔。

 創世期前の時代よりも、もっともっと前。それは、まるで気が遠くなるような古の時代。たくさんの神々が、この世界を支配していた頃。

 あの頃の、弟神の優しい面ざしが、容易に思いだせる。


 ー大丈夫ですか? 姉上ー


 自分の事よりも、姉や他神の事を気遣うような弟だった。

 優しい彼だからこそ、他の仲間が天上に安息の場を見出し、去る時も、彼だけは戻ってきてくれた。他にいた姉妹や兄弟は、すべて天上に去ってしまったというのに……。

 他に神のいなくなったこの世界で、闇より産まれた邪心に支配されゆく弟の様子に気づけなかった。光の眷属神であるレイデュークと違い、闇の眷属神である弟は、元々闇の力に呑まれ易いというのに。安息の力をもたらすという闇は、それと同時に恐ろしさをも秘めている。

 二神しかいなくなった、世界。

 弟神の持つ闇から産まれし、邪気。

 自分は人間達を見つめ、守る事に力を注ぎ、時を費やし、傍で段々と様子のおかしくなっていくスノーデュークの異変に気づかなかった。

 いや、目を逸らしていた。

 自分を見つめる、弟の瞳に宿った熱が怖くて……。

 そして

 気づいた時には、すべてが遅かったのだ。


「すまぬ、スノー。すべては俺の罪。お前がこうなってしまったのは、俺の所為なのだ」

 かつて自分が戦えなかったのは、弟神への捨てきれなかった情が原因。

 元の弟に戻って欲しい!

 切なるその願いが、胸に溢れていた。

「だが、もう逃げぬ。責任をとるぞ」

 そう言いながら、手にした神剣を握り構える。

「俺がこの世界に転生したのは、この時この為。スノーデューク、お前を倒し、自分自身と決着をつける為!」

 姉の言葉を聞いていたスノーデュークは、わなわなと震えながら、首を何度も横に振る。

「どうして? どうして……? わからない! わからないよ、姉上! どうして僕を拒絶するの!?…………ッどうして愛してくれない。こんなにも、こんなにも、愛しているのに!」

 聞く者が耳を塞ぎたくなってしまうような、悲痛な叫び声だ。

「さあ、スノーデューク。……哀れな子。浄化の光をその身に受けるがよい」

 無慈悲な光の制裁が、セフィランの身を借りた邪神の意識に下されようとしていた。

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